春川鳴動
2015年 9月24日 PM17:01 春川市
「・・・ん?」
ふと目が開く。ひびの入った壁と落ちている二つの薬きょうが目に入ってくる。
ロシア軍の戦車隊長であったが、部隊が壊滅したために中国兵になりすまして中国軍部隊に紛れ込んでいるダニエル・ボロディンは春川市のある通りで目を覚ました。
ダニエルはうつ伏せに倒れており、ダニエルが肩からかけているサバイバルキットから飛び出た日本製のマチェットが地面に落ちていた。
壁で体を支えながら起き上がり、マチェットを拾い上げて鞘にしまい、スリングで体に掛ける。同じくスリングで繋がっている95式小銃も無事であった。
人民連邦兵にRPG-18を撃たれて撃破された05式水陸両用車が炎を燻らせながら鎮座しており、人民連邦兵や中国兵双方の死体や車両の残骸があちこちに散乱していた。
夕暮れの空にはあれだけ飛んでいた人民連邦軍機の姿はなく、夕焼けの光で橙色に輝く中国軍機達が遥か遠方を飛行していた。どうやら地対空ミサイルの脅威は未だになくなってはいないようだ。
激しい銃声と砲撃音が聞こえてくる。中国軍は既に春川市の中心部に侵攻しているようだ。ガソリン爆発のキノコ雲がビルの谷間から立ち上ぼり、中国軍のWZ-9がミサイルを喰らって爆散した。
ダニエルはその光景を立ったまま眺める。摩天楼が夕日の逆光で影となって浮かび上がっている。ダニエルの上を何機かのJ-10とWZ-9か通りすぎていった。
すると、人民連邦軍のS-60五十七ミリ対空機関砲が火を吹き、WZ-9の一機が黒煙を吐き始めた。追い討ちをかけるようにZSU-23自走対空機関砲も射撃を開始し、二機のWZ-9が撃墜されていった。
その光景を見ながらダニエルは路肩を歩いていく。交差点には幾つかの対空ミサイルと戦車や中国軍の炊事場が設営されており、食事にありつこうと中国兵達が群がっていた。
それをみたダニエルも空腹感を覚える。だが、あの中に入っていって食事をとることは不可能だ。ダニエルは食料がありそうな民家を探すことにし、再び歩道を走り始めた。
BMP-1と衝突したまま動かなくなった92式装甲車が道路を塞ぎ、人民連邦兵の肉片が散らばっている。その中で、ダニエルは多数の弾痕が穿たれ、壁が半分吹き飛ばされている二階建ての民家を選ぶことにした。
まずは腹を満たすのが主目標だ。ここでこのまま夜を過ごすのもいいかもしれない。
「うわっ!!」
早速玄関のドアを開けると、思わず声をあげてしまう。乾いた血を壁や天井中に飛び散らせ、腸を撒き散らしながら苦悶の表情を浮かべている二人の人民連邦兵の死体が玄関と居間に続く廊下で一人ずつ倒れていた。
思わず顔をしかめながら半長靴で固まりかけた血溜まりを踏みつけながら廊下を歩く。AK-74と粗末な服装を見たところ元北朝鮮兵であるだろう。だが、奥の方を向いたまま仰向けに倒れている。本来なら玄関から撃たれるのが妥当だ。
「(こいつらは玄関から撃たれたのではなく、奥から撃たれたのか・・・?)」
ダニエルは冷や汗をかきはじめる。廊下の向こうの居間には小さな穴の空いた暖簾のようなものがかけられており、中が見えない。だが、尋常ではない澱んだ臭いが漂い、鼻が曲がりそうになる。95式小銃に銃剣を取り付けて構えた。
覚悟を決めたダニエルは暖簾を払い、居間に飛び込む。すると、ダニエルが予想していた情景が飛び込んできた。
M16やK2といったアサルトライフルを装備した元韓国軍の人民連邦兵達が血塗れで倒れており、同じく壁にも血が飛び散っている。まるで鎌鼬に切り裂かれたかのようだ。
この住居では北朝鮮と韓国の兵士がお互いに銃撃戦を行ったのだろう。表面上では人民連邦とひとくくりにされているが、北朝鮮人と韓国人のお互いへの憎しみは消えた訳ではなかったのだ。
気味が悪くなったダニエルはこの住居から出ようとしたが、表で丁度鉢合わせした中国軍部隊と人民連邦軍部隊が銃撃戦を始めてしまい、ここから出られなくなってしまった。今外に出ればたちまち蜂の巣にされてしまう。
とりあえず台所に行き、冷蔵庫の戸を開けた。中には僅かなチーズと水が入っているだけであったが、タンパク質が多く含まれているチーズがあるのは嬉しかった。
銃弾が幾つか飛び込み、機関銃で撃たれた人民連邦兵がガラスを突き破って転がってきたが気にせずチーズを口に入れ、他にも戸棚にあった菓子を食い漁ると、だいぶ腹が満たされた。本当ならもっと食べられるのだが、凄惨な死体を見たあとだったので食欲がかなり減衰している。
居間に戻ると、突然睡魔がダニエルを襲い、ふらついたダニエルは血塗れの死体の中に倒れてそのまま眠りこんでしまった。
◇
『戦闘機隊の連中は七百機の敵機を撃墜したと言っている』
『七百機はないだろう。「史記」には長平の戦いで白起将軍が趙の将兵四十万を捕虜にして全員生き埋めにしたといっているが当時の趙の兵力を考えると明らかに疑問府がつく内容だよな・・・これと同じようなものか』
『日本の南京大虐殺も同じような理由で怪しまれてるよな。日本兵があんなに殺すくらいの余裕を持ってるはずがないと思うぜ』
『おいおい、その言葉、司令の耳に入ればお前の首が空を飛ぶぞ』
『それなら我が中国国民が日本兵ごときに虐殺されるはずがないからとか言い訳しとくよ』
『まあ、あんときは中華民国だったからな。台湾連中の先祖、だろ。あいつらが第二次上海事変で何をしたかって考えると胸糞が悪い』
機内に乗員たちの無駄話が響く。
夕暮れの中、中国本土から派遣されてきたYH-20もとい轟撃20地上火力支援機が護衛機に付き添われながら春川市の東方四キロ地点を飛行していた。
Y-20大型輸送機をベースにし、改造の末にII-76に近い姿となった四発エンジンの機体には二十五ミリガトリング砲と四十ミリ機関砲、さらに05式自走迫撃砲が搭載している物と同型の百二十ミリ迫撃砲を搭載しており、機体上部には無人機や衛星との通信を行うアンテナも装備されている。
既に春川市の中心付近までの制圧を完了しているが、対空兵器の妨害で航空支援を簡単には行えなくなっている。したがって、轟撃20が数キロ離れたところから砲撃を行い、対空兵器を破壊すると共に地上部隊の支援も並行して行うという手筈だ。
轟撃20の側には直援のJ-11戦闘機四機とミサイル対策のためチャフ、フレアを満載した二機のY-8輸送機が飛行し、遠距離から電子妨害をもかけている。轟撃20は二機しか生産されていないので、撃墜されると大きな損害を被る。だが、そのような防御措置を持ってしても対空機関砲や高射砲の前には非力だ。なので、数キロ先からのスタンド・オフで支援を行う予定なのである。
『迫撃砲装填完了』
『無人偵察機からの敵味方識別情報をモニターに転送する』
『射撃用意!!』
機内で乗員達が端末を操作している。その側には各ターレットの射撃要員達が席についていた。
『人民連邦連中め、轟撃の力に戦慄しやがれ』
『お前のやつは射程外だろ』
二十五ミリ機関砲担当の乗員に四十ミリ機関砲の担当乗員が笑いながら話しかける。二十五ミリ機関砲の乗員は若干ふてくされ始めた。
『・・・射程外でも上を狙えば当たるんじゃあないのか?』
『そんなことしたら鉛の雨が味方にも降る羽目になっちまうぜ』
『まあ、お前の息子みたいに射程が短いってことだ』
『おいちょっとまて』
『ようし、こちら火器管制士官だ。全員聞け。目標までの距離五キロ。百二十ミリ迫撃砲は中島沿岸の対空機関砲部隊に砲撃を行い、それに伴って各個射撃を開始せよ』
『了解』
モニターに夕暮れの春川市が映っている。迫撃砲担当の乗員が端末を操作し、迫撃砲を鳳儀山沿岸付近に指向して発射ボタンを軽く押した。
『迫撃砲発射!!』
迫撃砲から爆炎と共に砲弾が発射され、約二秒後に鳳儀山の麓からものすごい爆発炎が立ちのぼった。次の砲弾を装填する音が響くなか、四十ミリ機関砲も射撃を開始する。
『おお!!爆発がすごいな!!』
『こうやって砲弾を撃ちまくれるのはやはり男として実に嬉しいことだよ』
『しかし、護衛戦闘機隊のノーズ・アートは妙にあれだよな・・・』
『あいつら恥ずかしくないんだろか・・・まあ、恥ずかしくないんだろうな。というよりこっちが恥ずかしいな』
百二十ミリと四十ミリ砲の乗員がコーヒーを飲みながら話す。すると、ミサイル接近警報がなり響いた。
『レーダー誘導ミサイル飛来!!数は二発!!』
『チャフ散布開始!!』
ミサイル接近に対し、側にいたY-8輸送機の一機が陽光に照らされて輝くチャフをばらまいた。
ミサイルは二発ともチャフの雨に突入して爆発した。そしてSA-6ミサイル発射機は轟撃20に四十ミリ機関砲を撃ち込まれて味方ごと破壊されてしまう。
隣の二十五ミリ担当乗員が二十五ミリガトリング砲を三秒間程発射した。
ばらけた多数の曳光弾が春川市に向かっていき、至る所で炸裂していく。すると、陸上の友軍部隊からの無線が飛び込んできた。
『こちら地上部隊!!ガンシップからの機関銃掃射は止めてくれ!!弾丸がこっちにも飛んできたぞ!!』
『二十五ミリ機関砲は速やかに射撃中止!!射撃中止!!』
『畜生、しくじった!!』
二十五ミリガトリング担当の乗員が机を叩く。Y-8がフレアを放出してミサイルを自爆させている。側の四十ミリ機関砲担当の乗員が笑い始めた。
『ばーか。射程距離外だってのに無茶苦茶撃つからだよ』
『ああクソ・・・』
百二十ミリ迫撃砲が再び発射され、機内が揺れる。そして春川市の道路が爆発を起こし、人民連邦のZSU-23シルカが何両か吹き飛んだ。轟撃20には多数の弾薬が搭載されているので弾薬には事欠かないが、被弾すると一瞬で火だるまとなって爆散してしまう危険をはらんでいる。
連続発射される四十ミリ機関砲が次々と人民連邦軍部隊を凪ぎ払っていく。ホークミサイルやSA-2が砕け、BTR-60が大穴を開けられて沈黙し、そして歩兵達に二十五ミリガトリング砲が乱射され、歩兵達は弾雨に打たれて血と肉を撒き散らし砕けていった。
未だに留まらない轟撃20からの怒濤の砲撃で春川市は激しく鳴動している。まるで雷神が太鼓をうちならしているようだ。沈み行く太陽は、人民連邦の終焉を予期しているのだろうか。
◇
2015年 9月24日 PM18:02 日本海上
太陽が地平線の下に沈み、微かに残光が西の空を明るく染めている日本海上では、中国空軍所属である三機のJ-8II戦闘機「フィンバック」が人民連邦軍のE-737早期警戒管制機の真上に覆い被さっている。
『こちら幽州戟隊。司令部へ、予定の作戦を開始する』
『司令部了解』
『幽州戟隊、いくぞ』
『了解!!』
J-8IIの部隊名は幽州戟という。彼らは逃げ延びた人民連邦軍の早期警戒管制機(AWACS)を空中で取り囲み、中国或いは中国軍が占領した朝鮮半島の航空基地に強制着陸させて拉致するという密命を帯びているのだ。
人民連邦軍のAWACSは東方に全速で退避しようとしている。距離が遠くなる前に中国軍基地に拉致しなければならない。それに、拉致対象のAWACSの航続時間も残り二時間程度となっている。
J-8IIがそれぞれ胴体と主翼の付け根近くに異常接近し、機関砲を操縦席近辺に撃ちながら脅しをかける。
『左だ!!左に旋回しろ!!』
隊長がハングルでAWACSにそう呼び掛けるが、応答すらない。かれらは南南東に進路を向けて未だに飛行している。
『応答しませんね。撃墜してもいいですか?』
『司令部からは「拉致せよ」と言われている。撃墜は最後の最後だ』
このままでは、航空自衛隊の防空識別圏に入ってしまう。だが、彼らの機影は既に航空自衛隊のレーダーに捉えられていた。