千島湖に追いすがる上海
2015年9月24日 PM15:13 春川市
『狙撃だーっ!!』
97式歩兵戦闘車の車長がハッチに身を隠しながら叫ぶ。ついさっきまで97式歩兵戦闘車の車長と話していた中国軍の分隊長が胸を撃ち抜かれて倒れている。
ダニエルはすかさず中国兵と共に05式水陸両用車の影に隠れた。だが、先程まで話していた隊長がまだ取り残されている。彼にはまだ息があったのだ。
『おい秩分!!あそこで倒れている隊長をここに隠すんだ!!援護してやるから急げ!!』
『りょ、了解!!やってみます!!』
『頼むぞ!!』
中国兵の一人が05式水陸両用車の裏から走りだし、血塗れで倒れている隊長の元に駆け寄った。そして、両腕を掴んで引きずり始める。
もしかしたら彼も狙撃されてしまうかもしれない。この行為は非常にリスクを伴う行為であるのだ。
他の味方もいつでも援護を行えるように小銃を構えている。ダニエルもそれに合わせて95式小銃を構えた。
直後、商店の二階の窓が煌めき、隊長を引きずっていた中国兵が倒れる。すぐさまダニエルは首を引っ込めた。
『撃たれた!!』
『畜生!!』
隊長を引きずっていた中国兵は絶命してしまったが、狙撃手の位置を特定出来た05式水陸両用車が主砲を放ち、狙撃手がいた場所を粉々に吹き飛ばした。
ほぼ同時に通りに現れた一個小隊程の人民連邦兵達が銃撃を始め、ダニエルの隣にいた中国兵が額を撃ち抜かれて倒れる。
そして、建物の屋上から人民連邦兵が発射したRPG-18の成形炸薬弾がダニエル達が貼りついている05式水陸両用車の側面を突き破った。
車体の裏に隠れていたダニエルは唐突に来た衝撃で眩む目を押さえながらなんとか建物の壁にふらふらと歩み寄ったが、05式水陸両用車の爆発による衝撃で彼は気を失ってしまった。
◇
同時刻 朝鮮半島 江原道の沿岸
『こちらは「金剛山」。各艇・・・定の作戦を実行する』
『一番艇了解!』
『二番艇了解!』
「三番艇了解!」
『「金剛山」・・・艇、これより無線を封・・・する』
朝鮮半島江原道の沿岸では、人民連邦海軍の「羅津」級フリゲート「531」番艦とも称される「金剛山」と、「上海」II型警備艇三隻が白波を立てて航行している。
上海II型警備艇は小型の船体ながら三十七ミリ機関砲や二十五ミリ機関砲を装備している。「金剛山」は他国の大型艦と比べても遜色ない大きさを持つが、対艦ミサイルを二発しか搭載していない。
それに、中国軍の攻撃で対艦ミサイルの貯蔵施設を破壊されてしまったので、「金剛山」は唯一の取り柄である対艦ミサイルを装備していない。
彼らの任務は六十キロ沖に展開している中国海軍の補給艦「千島湖」と随伴駆逐艦への奇襲攻撃だ。磁気嵐により通信障害が発生しているこの状況を利用した奇襲攻撃で補給艦を撃沈すれば、中国軍艦隊に有効な被害を与えることができる。だからといってそれが彼らにもたらす恩恵は無いに等しいのだが、どのみち彼らは滅びてしまうだろう。総司令部からの通信も無い。それならばできる限り敵を悩ませてから滅びるほうがいいと言う考えから、彼らが編成されたのだ。
元韓国軍である南側の艦艇は人民連邦の主要艦隊として投入され、既に中国軍や一時的に介入した米軍に撃沈されている。南側のコルベット艦なども幾つか残存しているが、かつての北朝鮮が設営していた隠しドックに係留されているままだ。
偵察に行った半潜水艇からの報告によると、中国軍の補給艦「千島湖」の他に日本国海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射したことで有名な053H3型フリゲート「連雲港」、056型コルベット艦二隻を確認している。
「いいか、補給艦「千島湖」の艦橋前には百ミリ連装砲と二つの機関砲が備え付けられている。後ろの格納庫にも同数だ。ここを優先的に破壊するぞ」
「了解です」
「056型コルベットは七十六ミリ砲を前部に装備し、YJ-83対艦ミサイルも装備している。ミサイルの発射機はどこにあるのか分かっていない。ミサイルを撃たれると非常に厄介だ」
「金剛山」の左隣を航行する上海II型警備艇の後部艇上では、三十七ミリ機関砲の射撃要員達と砲術士である李懐文が敵艦の写真を見ながら作戦の再確認をしている。
「よって、五分後に半潜水艇隊が艦隊の中心部に浮上し、金属片を散布する。そして、我々が先陣を切って突入し、敵艦の砲を潰す」
懐文が鉛筆で053H3型フリゲートの写真の艦橋手前部分を丸で囲った。
「この053H3型は三十七ミリ砲を四基搭載している。我々のそれよりも性能が高い。注意しとけ。現在の状況では電波干渉が激しく、レーダーの能力も極めて低下している。敵のレーダー員が目を皿のようにしてレーダーを常に見続けるほど熱心でないかぎり我々を捉えられないだろう。何か質問は?」
「・・・ありません」
「よし。持ち場に戻れ」
射撃要員達が機関砲座に座ると、懐文は艇側面に移動し、同僚の側に立った。
「よう、懐文じゃないか。部下たちに講義してきたのか?」
「まあな。中国が手塩にかけて作った補給艦の一隻でも潰せりゃ御の字だ」
懐文はそういって手摺に吊り下がっている浮き輪を触る。側にいる同僚が憂鬱な表情で口を開いた。
「だがなあ・・・なんかこう・・・男ってのは守るべき物があるから勇敢になれるんだろう?俺達に守るものはあるのか?」
「・・・将軍様はお亡くなりになられたからな。あの安今龍ってのはなんか気に入らん。何で俺達が南の奴らの指揮下に入らなければいけないんだ」
「少なくとも、安今龍の為に戦う訳じゃないってことだな」
同僚が溜め息を吐く。
「そう言えば、例の半潜水艇隊の隊長の祖父さんが日帝の士官学校出らしいぞ」
「そうなのか!?」
懐文の言葉に同僚が驚愕する。上海II型は既に敵艦を取り囲むように展開しようとしていた。
「敵の目の前で金属片をまく任務を帯びた半潜水艇の奴らは生きて帰ってこれるか分からないだろう?だけど向かっていくんだ。それだから・・・そいつには日本兵の勇敢な血が混じってるんじゃないのかと思ってな・・・」
「・・・」
同僚がうつむく。彼らの回りだけ雰囲気が暗くなってしまっているが、射撃要員達は呑気に無駄話で賑わっている。
「・・・やめよう。こういう話は」
「・・・そうだな」
二人がそういうと、艦橋から艇長が現れた。とたんに二人の足が閉じられ、背筋が伸びる。
「こちらは艇長だ!!各員へ、これより本艇は中国軍艦隊に肉迫攻撃を敢行する!!」
艇長が北朝鮮国旗を仰ぐ。
「諸君らの訓練は決して無駄ではない!!この朝鮮半島に姑息なる核攻撃を仕掛け、混沌をもたらした中国軍に諸君らが一矢を報いるのだ!!それこそが将軍様への弔いになる!!各員、一層奮励努力せよ!!!」
艇長が力強い訓辞を行うと、上海II型の艇上にいる全ての乗員が国旗と艇長に敬礼を行った。
「ようし、間もなく敵コルベット艦が目視できるだろう。第一対艦戦闘準備始め!!補給艦は後で八号調理(北朝鮮指導者に献上するための最高級製品や料理の事)にしてやれ!!」
「了解!!」
「半潜水艇が金属片を散布する予定時刻まで残り二分!!」
射撃要員達が機関砲に取りつき、弾丸の装填を開始した。
三十七ミリ連装機関砲の砲弾が五つ繋がれた弾帯を乗員達が機関砲の薬室に押し込んでいく。上部にある二十五ミリ機関砲の装填も完了したようだ。
懐文は双眼鏡を取りだし、敵のいる方向に双眼鏡を向けた。
水平線上に幽かながら白い船体が見える。目標のコルベット艦だ。周辺にも二、三隻見える。そして右横にも幽かに映る大型艦は「金剛山」だろう。
「敵艦を目視で確認。攻撃準備!!」
懐文は後部三十七ミリ機関砲の側についた。だんだんとコルベットがはっきり見えてくる。補給艦「千島湖」もはっきり姿を表した。
「本艇は敵艦の後ろから接近している!!まもなく金属片の散布時刻だ!!」
そうすると、いきなり白い艦体の回りがきらきらと輝いた。半潜水艇部隊が金属片を散布したようだ。
「左弦後方から接近し、艦橋と主砲を潰すぞ!!一番、三番、四番砲塔は射撃準備!!」
「畜生、俺らの出番は無しかよ」
二番砲塔の乗員が愚痴をこぼす。背後から近付くにつれて056型コルベットの艦体が大きくなり、三十七ミリ機関砲の射撃要員が手回しで機関砲の砲身をコルベットに向けた。
「各砲連続射撃開始!!」
「目標は煙突部分だ!!撃ち方始め!!」
懐文が叫ぶと、三十七ミリ砲の射撃手が機関砲を次々と発射し始めた。他の機関砲も次々と射撃を開始し、白い艦体が砲弾に抉られていく。
056型コルベットの回りには輝く金属片が宙を舞い、海面には半潜水艇が転覆していた。乗員の姿は見えない。
◇
「被害状況知らせ!!」
056型コルベット「大同」の艦内で艦長が叫ぶ。艦橋にも弾を受けたために機材はめちゃくちゃになり、あちこちで乗員が倒れている。
『こちら第一機械室!!発砲を受けて死傷者多数!!救護班を!!』
『排煙機能低下!!機関速力を六十パーセントまで緊急低下させろ!!ダメコン急げ!!』
「艦長、小型の・・・上海型と見られる艦艇からの砲撃を受けている模様です・・・」
肋骨を押さえながら副長がそう報告する。割れた窓ガラスからは背を向けて遠ざかっていく上海II型が見えていた。
「機関担当の乗員は防毒マスクを装着しろ!!砲術長!!主砲発射準備!!」
「ダメです!!主砲が・・・砲撃を受けて主砲発射不可です!!」
「対艦ミサイルは積んでな・・・」
直後、再び艦橋を狙った三十七ミリ機関砲の砲撃で艦橋に砲弾が飛び込み、艦長は吹き飛ばされて倒れた。
煙が辺りを覆い、内臓を引きずった副長がふらつきながら歩き、そして倒れこんだ。救護班の姿も見えない。
艦長自身の右腕もあらぬ方向に折れ曲がり、頭からは血も流していた。目が霞み、薄れる意識を無理矢理引き戻した。
「航海士・・・舵を取れ!!」
「自分は・・・左手が・・・」
「いいから舵を取れ!!!」
「りょっ・・・了解・・・!!」
左手がもげている航海士が半泣きで舵を握る。申し訳ないとは思いつつも艦長は命令をだし続けた。
「『千島湖』と『連雲港』は気づいているのか!?」
「『連雲港』の回りに水柱を確認!!敵フリゲート艦が『連雲港』に砲撃を行っている模様です!!」
「『営口』も砲撃を受けて損傷している模様です!!」
艦長は双眼鏡で砲撃戦が繰り広げられている海を見る。煌めいている場所には、人民連邦軍のフリゲート艦「金剛山」が艦体一面に備え付けられた砲を全力で中国軍のフリゲート「連雲港」にむけて放っていた。
「・・・人民連邦のフリゲートか・・・最大戦速!!機関がイカれても構わん!!あのフリゲートに体当たりを行う!!」
「えっ・・・!?・・・あっ、いえ、了解!!最大戦速!!」
艦長の命令に別の副長が驚きの声を漏らすが、すぐに復唱した。056型の最大速力は二十五ノットだ。中国のエンジンは基本的に性能が悪い。だが、人民連邦の旧式フリゲートくらいには追いつけるだろう。
そのころ機関室には最大戦速の命令が届き、ガスマスクをつけた乗員達がコンソールのまえに取りつき、脂汗を流しながら機関を操作していた。
「現在最大戦速、速度二十四ノットです」
「機関長!!インタークーラーが破損しています!!」
「何だって・・・畜生!!こんな状況で最大速度を出せなんて・・・タービンが爆発するぞ!!俺らを殺す気か!!」
機関長の顔が青ざめる。タービンにあるシリンダーの温度と圧力が上昇していることを知らせるブザーがなり響き始めていた。
このままでは空気の圧力に耐えきれず機関が爆発してしまう。おまけに、敵艦に体当たりまでしてしまうのだ。056型コルベット「大同」の運命はもはや宣告されているも同然だった。