赤い虎よ、狐を囲め
人民連邦の首都である春川市の周辺には多数の中国軍が集結している。
道路を96式戦車や92式装輪装甲車、猛士等が地面を埋めつくし、上空ではWZ-9やWZ-19、Z-8などのヘリコプターや航空機達が猛然と空を覆い尽くしている。
そんな中国軍のとある歩兵部隊の中に、ロシア軍の戦車隊長だったダニエル・ボロディンが紛れ込んでいた。
彼は十八日前にロシアの上陸軍として戦車部隊を率いて人民連邦北部の文川市へと突入し、人民連邦の部隊の幾つかを撃破した。
だが、中国軍の第二砲兵隊がミサイル基地「連弩」から発射した五発のDF-21Cがダニエルの戦車部隊に直撃し、彼の部隊は壊滅してしまった。
辛うじて生き残った彼は救助を諦め南進し、殺害した中国兵の装備を奪取して中国兵になりすまし、中国軍春川市攻略部隊の車両に隠れて乗り込んでここまでやって来たのだ。
だが、紛れ込むというのは簡単な事ではなかった。ダニエルはロシア人であり、アジア人とは瞳の色が違う。それはゴーグルを着用して隠してはいるが、それでも彼は中国語をほとんど話せない。なので、出来るだけ接触を避けながら部隊と共に行動し、常に警戒しながら一日千秋の思いで周辺の草木に隠れていた。
十日間もの間、これを繰り返してきたおかげでダニエルの疲労は溜まりに溜まっている。今すぐにでも寝転がってしまいたいが、中国兵に囲まれている状況ではそれも出来ない。
『全部隊へ、至急!!至急!!春川市への突入を開始せよ!!航空部隊は航空優勢の確保を行え!!自走砲部隊は先制砲撃!!戦車部隊は速やかに敵防衛部隊を撃破し、突入路を開け!!』
『なんだって!?攻撃開始時刻は二時じゃないのか!?』
『繰り返す!!弾道ミサイル接近中!!当地点に着弾する可能性あり!!全部隊は速やかに春川市に突入を開始せよ!!』
『弾道ミサイル!?核なのか!?』
『どうするんだ!?』
『落ち着け!!!死にたくなかったら車両に乗り込め!!急げ!!』
『着弾まで四分!!』
95式小銃を持ちながらトラックの後部にもたれていると、突然中国兵達が大騒ぎを始めて次々と兵員輸送車に乗り込んだ。咄嗟にダニエルもトラックの後部にしがみつく。
『第四十八砲兵大隊全車両、射撃開始!!!第一目標は空港!キツネどもを焼き尽くせ!!』
山中から中国軍の03式三百ミリロケット砲が一斉に発射され、多数の尾を引きながら春川市へと飛翔していく。
ロケット弾は立て続けに春川市の建物に命中し、昼間だと言うのに影が出来るほどの火炎をぶちまけた。
『ロケット連中に遅れを取るな!!各部隊、全力砲撃開始!!』
春川市を俯瞰するように周辺の山に布陣している05式自走榴弾砲で編成されている砲兵部隊も砲撃を開始し、最初の一斉射撃で人民連邦軍の前線防御陣地の一つに巨弾の雨を降らせ、これを壊滅させた。
そこに96式戦車で編成された戦車部隊が我先に突入しようと衣岩湖にかけられた橋を渡り始める。すると、破壊した筈の防御陣地から多数の暴風号戦車が現れた。
『前方、敵戦車・・・・・・ううっ!!』
暴風号の百二十五ミリAPFSDS弾を喰らった先頭の96式が炎を上げ始める。そして、それを皮切りに次々と暴風号が主砲を放ち始めた。
『撃て、撃て!!』
『野郎!!』
負けじと96式戦車部隊も主砲を撃ち返し、暴風号戦車の二両を破壊した。だがその後にK1戦車が現れ、中国軍戦車部隊を追い詰める。
すると、中国軍のWZ-10戦闘ヘリコプターが三千メートル先から対戦車ミサイルを発射し、人民連邦軍の戦車を何両か吹き飛ばした。
人民連邦軍が一瞬混乱した隙を逃さずに96式戦車部隊が残りの戦車を蹴散らして市内に突入。春川市の防衛ラインを蹴散らした。
『弾道ミサイル着弾まで三十秒!!』
『・・・こちら第四十八砲兵大隊!!陣地設営により退避は不可能!!全部隊へ、幸運を祈っている!!この町を必ずぶん取ってくれ!!頼む!!』
『第七十三機械化歩兵大隊了解!!貴隊の活躍は決して無駄にしない!!』
ロケット砲大隊長の腹を決めたような潔い無線が聞こえたすぐ後に、大隊の真上にR-39弾道ミサイルが飛来し、キノコ雲が上がるほどの物凄い爆発と共にほじくり返され、幾つもの03式ロケット発射車両がぐちゃぐちゃになって宙を舞った。
『うおおおお!!!』
『やばい!!やばいぞ!!』
「畜生っ!!」
ダニエルが乗っているトラックの後ろにも爆発の衝撃が伝わり、トラックが何回も大きく揺れた。
逃げ遅れた車両が空に投げ出され、次々と地面に落下してひしゃげる。中には友軍車両の上に落下してしまうものもあった。
そして、追い討ちを掛けるように人民連邦軍の防御陣地からも砲火が飛ぶ。
アパートの屋上から発射されたカールグスタフM2がダニエルがしがみついているトラックの前方にいた96式戦車の右履帯を粉砕し、側を走っていた92式装甲車が急に右旋回した96式戦車に巻き込まれ、双方ともそのまま縺れあい、戦車より重量の軽い装甲車が弾き飛ばされて転がった。
『あぶねえっ!!』
『うおおおっ!!』
咄嗟に運転手が左ハンドルで装甲車をかわし、辛うじて難を逃れた。側で猛士がVADS-1高性能二十ミリ対空機関砲の水平射撃を喰らって火を吐き、衣岩湖に飛び込もうとしていた05式水陸両用車がAT-3サガー対戦車ミサイルの直撃を受けて転がりながら湖に飛び込んだ。
R-39の爆発で吹き飛ばされた03式多連装ロケットの発射筒がトラックの荷台に突き刺さり、トラックに納められていた幾つかのHJ-8対戦車ミサイルが荷台から転がり落ちる。人民連邦軍の兵士たちが機関銃を撃って弾幕を張り、トラックに銃弾が命中して音を立てた。
『やばいやばいやばいぞ!!俺達みんな死んじまう!!』
『ミサイルが落ちちまった!!』
『うわっ!!』
ガラスが砕ける音がし、運転手の短い悲鳴が聞こえた。
「くそっ!!!」
ダニエルは必死に掴まっているが、度重なる反動で握力が限界点に達しようとしていた。そこにK1戦車が放った粘着榴弾がトラックに命中し、トラックは容易く押し潰され、そのままローリングして衣岩湖に突っ込んだ。
「!!!!」
いきなり衣岩湖の水中に叩き込まれたダニエルは苦しみもがく。潰れたトラックが気泡を吐き出しながら沈み、砲撃で上がった水柱が水面下に幾つか飛び込んだ。
水面には水に浸かった車体が見える。どうやら中国軍は水陸両用車での侵攻を開始したようだ。
ダニエルは苦しみながら95式小銃を手に握り、水面から顔を出した。
そして空気を思いきり吸い込んで一瞬安堵したのもつかの間、ダニエルの三十センチ前に十四.五ミリ弾が着弾し、その衝撃でまたダニエルは水中に押し戻される。
すると水面を覆いつくすように気泡が水中に差し込み、爆竹のような物凄い轟音が水中にまで轟いた。
再び水面に浮き上がり、辺りを見回してみる。すると、辺りが煙と水柱に覆われており、直撃を受けて火炎を上げた05式水陸両用車がまるで轟沈する軍艦のように車体前部を天に突き上げながら湖に沈んでいった。陸地では装甲戦闘車両以外の車両が多数の穴をあけて煙を上げており、歩兵たちも肉片と化している。
どうやらダニエルが水中にいる間、人民連邦軍所属のMLRS(多連装ロケットシステム)搭載のM26ロケット弾による掃射が行われたようだ。このM26ロケット弾一発一発には七百発弱もの小弾頭が充填されており、M26を複数発連続発射すれば雨のような量の小弾頭が敵陣に降り注ぐことになる。
生き残った05式の主砲が轟く音が何回も聞こえ、そのたびに人民連邦の建物が爆発に包まれた。そして、衣岩湖に05式水陸両用車だけに留まらず、05式自走迫撃砲、92式装甲車といった水上を航行可能な車両も次々飛び込んでいった。
ダニエルは必死に泳いで05式水陸両用車の後部に掴まる。そして、05式を盾にして銃火から身を守りながら湖の対岸近くにまで侵攻した。
だが、ダニエルがしがみついている05式が古めかしい砲の砲撃を受け、反動でダニエルは再び水の中に叩き込まれてしまった。
ダニエルが水中でもがいている間に05式水陸両用車が履帯にL16八十一ミリ迫撃砲の砲撃を受けて浸水し、そのまま車体を露出させたまま着底する。そして、05式の乗員たちがハッチを開けて毒付きながら飛び出してきた。
『畜生!!人民連邦風情が!!』
『だいたいなんでこんな奴等の街に攻め込まないといけないんだ?戦術核を使えばいいだろう』
『あいつらは小日本の朝鮮統治に一番反対してた伊藤博文を殺したんだよ。だから邪魔者がいなくなって統治をやり易くなった小日本に奴等は統治されたんだ。つまり、奴等は自分から小日本に統治されるようにしちまったんだよな。後先考えずに恨みに任せて殺すからああなったんだよ。そしてその事態を招いた張本人である安重根を祭り上げる韓国人・・・奴等、真性の馬鹿だ』
『なるほど。そいつは見栄を張るために車高の高い車でローダウンしたりウイングつける奴並みに馬鹿・・・・・・』
瞬間、乗員たちがブローニングM2重機関銃を撃ち込まれて砕け散り、左肩と顔を吹き飛ばされた中国兵の死体が嫌な音を立ててダニエルの上に落下した。
「畜生、何て所だ!!」
ダニエルは思わずロシア語で毒付く。上空では自衛隊のOH-1に酷似した形状のWZ-19ヘリコプターが対空ミサイルを喰らって胴体をもぎ取られ、そのまま湖に墜落した。立ち上る水柱を尻目にZ-8輸送ヘリコプターが次々と現れて低空でホバリングし、ハッチから多数の兵士が湖に飛び込む。
八十人以上の中国兵が湖の浅瀬に集結し、たちまち湖は激戦地となっていった。
◇
同時刻 春川市郊外の臨時滑走路
『春川市に中国軍が侵攻!!全機至急発進せよ!!』
スピーカーから司令官の怒鳴り声が響きわたる。春川市の南方二十キロに位置する人民連邦軍の臨時滑走路では、操縦士、整備士、兵士等多数の人間が右往左往していた。
高速道路を流用した滑走路の周りには百機を越える数の航空機、ヘリが敷き詰められており、一機一機に次々と整備士が群がり燃料を注入し、機銃の弾薬やミサイルを装填していく。
そして重いパイロットスーツとヘルメットを装着した操縦士達が機体に乗り込み、エンジンを一斉に始動。一気に高速道路が爆音に包まれた。
韓国と北朝鮮が融合しただけあり、この航空部隊も西側と東側の航空機が混じりあっている。F-4EやF-5E、F-15KやKF-16、FA-50などの西側戦闘機もいれば、MiG-21、MiG-15、MiG-17、Su-25、といった東側機もあり、果てはCOIN機とも呼称される軽攻撃機であるOA-10「ブロンコ」やかつて北朝鮮が中国から極秘輸入したH-6爆撃機やH-5爆撃機までもが揃えられ、出撃準備を行っていた。
まず四機のF-15Kが雷鳴のような爆音を轟かせながら空に舞い上がる。そして次々とKF-16やF-4Eなどの西側機体が離陸していき、そのあとに東側機体が続々と発進していく。そして、最後に他の機体とは根本的に大きさが違う爆撃機達が高速道路のアスファルトを揺らしながら大空に飛び上がっていき、空を埋め尽くすかのような大編隊の中に加わっていった。
「ここまで飛行機が集まると壮観だな・・・まるで映画みたいだ」
そんなひしめきあうような数の航空機たちの中にいるKF-16の機内で人民連邦の操縦士である南幽新がぼやいた。
『チョンリク5よりグァンズン2へ。きっと我が軍の底力の象徴だ。こんだけいりゃああと五年は戦えるかもしれないぜ』
幽新のKF-16のすぐ側を飛んでいるF-5Eの操縦士がそんな言葉を返してくる。
幽新はこれまでに中国軍機を四機撃墜している。あと一機で彼は「エース」なのだ。会敵が待ち遠しい。今度は何機墜としてやろうか。そう思うと彼は落ち着いてはいられなかった。