溝川銃撃戦
2015年 9月16日 PM17:12 モスクワ市内の溝川
モスクワ市内の小学校で発生したテロ事件から五時間が経ち、テロリストが潜んでいると思われる下水道にロシア連邦保安局対テロ特殊部隊「アルファ」が展開していた。
アルファが到着したのは一時間前だが、テロリストの偵察、作戦の構想を練るためにここまで時間を絶やしていた。
下水道の出口は谷状の地形の川になっており、対岸は雑木林が繁り、その雑木林や川の至るところに黒い野戦服とバイザーの付いたヘルメットを被ったアルファ隊員が銃を構えている。
『四十三地点のテロリストは未だにとどまっています』
『了解。チーム1は速やかに突入準備を行え。チーム4は配置につけ』
「チーム1了解」
「チーム4了解」
指揮官が無線で部隊に指示を出す。今回の作戦には十六名のアルファ隊員が出動している。彼らは四人づつのチームに別れ、それぞれチーム1、2、3、そして狙撃班であるチーム4という編成になっている。
まずテロリスト達が根拠地にしていると思われる下水道内部の大部屋をチーム1がかき回し、可能ならそこで駆逐する。大部屋は下水道の出口と直結しているので、そこからテロリストが逃走を図った場合には狙撃班であるチーム4が狙撃を行い、テロリストを壊滅させる手筈となっている。チーム2と3はそれらのバックアップを担当する予定だ。
『ようし。テロリストはサブマシンガンとアサルトライフル、対戦車ロケットを携帯している。突入の際には十分注意しろ』
指揮官が日本の技術者に大金を払って提供してもらった全長八センチのボール型偵察ロボットのコントローラーを操作しながら無線機でチーム1に突入を促す。ちなみに、今回の作戦では低高度無人機も使用している。
「チーム1了解。突入を開始します」
下水道の大部屋のドアに張り付いていたチーム1の隊員がドアに貼り付けた指向性爆薬を炸裂させた。
『チーム1へ!!至急!!指向性地雷が設置されてい・・・』
「ううっ!!!」
金属製のドアが吹っ飛び、チーム1の隊員がなだれ込むように突入した瞬間、ドアに向けて設置されていたクレイモア対人指向性地雷が敵を感知して炸裂した。
唐突に起こった出来事であったが、高度な瞬発性と敏捷性を持ったアルファ隊員達はすぐさま横跳びし、襲いかかるクレイモアの爆風を辛うじてかわした。室内から排水口に向けて十六人のテロリストが逃走を計り、最後尾の数人がマイクロウージーをアルファ隊員に向けて乱射した。
「畜生!!撃ち殺せ、躊躇するな!!」
アルファ隊員達がASライフルをテロリストに対して応射し、銃弾が部屋を飛び交い、鍋や缶詰、食器などが砕けて宙を舞い、出口に向かって逃げ出したテロリスト達の内三人がアルファ隊員に射殺された。
「こちらチーム1。テロリストは逃走。内三人を射殺しました」
『了解、チーム1はそのまま命令あるまでそこを死守。チーム4は発見次第テロリストを射殺しろ』
上半身から動脈血を吹いて倒れこんだテロリストのバラクラバを剥ぎ取り、髪の色と瞳の色を確認する。
バラクラバから溢れんばかりにはみ出した金髪を掴んで引いてみると音を立てて金髪が抜けた。
「鬘を被ってる。白人じゃないな」
「こいつらも鬘だ」
アルファ隊員が死体を確認し、鬘を投げ捨てて今度は眼球に指を突っ込む。
蛞蝓のような感触と共に青いカラーコンタクトレンズが取れ、アジア人特有の黒い瞳が姿をあらわした。
「やはりアジア人だな。証言と合わせても中国人である可能性が高い」
『こちら指揮官。テロリストが出口から現れたらすぐさま射殺しろ』
「了解」
溝川の対岸にある雑木林の岩場では、周辺の草と同化するために草を模したギリースーツを半分被ったチーム4がブルハップ式のSVDドラグノフ狙撃銃を構えている。側には機関銃手の援護つきだ。
狙撃手はVz61スコーピオン・サブマシンガンと同じデザインのグリップを握りしめ、現れる筈のテロリストの姿を思い浮かべた。相手はサーモバリック弾頭を所持しているかもしれない。そう思うと、彼は自然と冷や汗をかく。アルファの隊員たちも人間であることに変わりはないので、強大な力の前に戦慄を覚えるのも必然的だろう。
そして、巨大な排水口から憎むべきテロリストの大群が飛び出してくる・・・筈だった。突如排水口が濃い煙に覆われて見えなくなり、そして唐突に閃光が彼らを覆いかくした。
「!?」
「しまった!!閃光弾か!!」
閃光の跡が網膜に焼き付き視界を確保しようとして必死に目を凝らすと、川を走って下りながら逃げていくテロリスト達の一人が九連装マルチショットグレネードランチャーを持っているのが見えた。
何とかドラグノフのスコープを覗きこみ、煙に覆われているなか浮かび上がるテロリストの影に向けて引き金を四回引いた。
ドラグノフの銃身から猛烈な勢いで七.六二ミリ弾が発射され、数時間前に捜索部隊をマイクロウージーで蜂の巣にしたテロリストの胴体をぶち抜いて修復不能なほどの傷を内蔵に与え、さらにもう一人のテロリストの左手から中指と薬指を奪い去った。
さらに物凄い発射音と共に隣の機関銃手が煙幕に向けてPKM機関銃を発射し始めた。それと同時にチーム2も機関銃を掃射し、光の尾をひいた曳光弾が次々と煙幕に飛び込んでいく。先程狙撃されたテロリストが内臓をずりおとしながら水の中に倒れこみ、周辺に幾つもの水柱が上がった。
そして煙幕の中から悲鳴が上がり、三人のテロリスト達が血しぶきをあげて倒れ、水中で転げ回った。
『テロリストが川を下って逃走中だ。奴らは煙幕を使用している・・・おっ、テロリストが二手に別れた。雑木林に七人入っていったぞ』
指揮官が情報を伝える。すると、またテロリストのいる方向がまたしても煙幕に覆われ、煙幕の中からRPG-7対戦車ロケットの対人榴弾が飛来し、チーム2がいる所で炸裂した。
『こちらチーム2!!RPGで撃たれました!!負傷者二名発生!!』
『了解チーム2。負傷者の救護にあたらせる。無傷の者は川にいる二人のテロリストをぶっ殺せ。チーム3は雑木林に逃げ込んだテロリストの駆逐をしろ。チーム1は速やかに下水道から雑木林に向かい、チーム3を援護しろ。チーム4は狙撃手を残してチーム3の援護、狙撃手はチーム2の狙撃支援を行え』
「チーム1了解」
「チーム2了解」
「チーム3了解」
「チーム4了解」
『チーム2へ。連中はRPGを所持している。十分警戒しろ』
「了解」
そしてチーム2で残った二人が銃を構え、三メートル程の大きさがある岩場に隠れていると思わしきテロリストに銃を向けた。
「チーム4が狙撃支援を行ってくれるようだが・・・隊長やグリーニの仇をとらねば腹の虫が収まらんな。まあ、死んではいないが」
機関銃手のチァーシカがPKMを構えながら言う。彼は谷の中腹で機関銃による中距離支援を行う予定だ。
「ああ。だが、死ぬなよ。作戦が失敗したらヴィンペルやクレチェット、オモンの連中にも笑われちまうからな。生き恥はかきたくない。いくぞ」
チァーシカの相棒であるピソークがAK-74Mを持って谷をかけ降りる。彼は近距離での戦闘でテロリストを始末する予定だ。
ふと、岩場からテロリストがバラクラバ(目だし帽)に覆われた黒い頭を出す。すかさずチァーシカがPKMを六発撃ち、岩の破片が幾つか宙を舞うとすぐさまテロリストは頭を引っ込めた。
その隙をみてピソークが音を立てないようにして岩場に密着する。そして、AK-74Mをつき出すようにして岩場の裏に飛び出した。
裏では予想通り二人のテロリストが隠れており、一人は先の太い凶悪な出でたちをしたサーモバリック弾頭がはめこまれたRPG-7を持ち、一人はドットサイトのついたミニウージーを構えていた。
驚きの表情を浮かべるテロリストの胸を撃ち抜き、更にミニウージーを持ったテロリストにも銃口を向けて発砲した。だがテロリストは恐ろしいほど素早く後ろに飛び退き、ピソークの放った弾丸はテロリストの目の前を横切る。
すると岩場の影で銃声が轟き、谷の中腹でPKMを構えていたチァーシカが足に弾を受け、チァーシカは悲鳴をあげて谷を転げ落ちた。
「チァーシカっ!?」
思わずピソークはチァーシカの方を向いてしまう。なんとテロリストは一瞬の隙をついてウージーをチァーシカに撃ち込み、チァーシカを一時的に無力化したのだ。
「いいっ!!後ろ見ろ!!」
水浸しになって立ち上がったチァーシカがそう叫んでまた倒れる。ついチァーシカのいる方向を向いていたピソークがすぐさま後ろを振り向くと、先程ピソークの銃撃をかわしたテロリストがサバイバルナイフを構えながら飛び込み面の様にピソークとの間合いを詰め、サバイバルナイフを突き入れてきた。
防御の為に本能的につき出した左手が鋭利なサバイバルナイフに貫かれ、左手から生えた若干血塗られたサバイバルナイフが夕焼けの陽光を鈍く照り返していた。
ピソークは一瞬驚愕の目を見開いたテロリストの腕をねじりあげようとしたが、サバイバルナイフに貫かれた左手の筋が激しく痛み、つい力を弱めてしまう。
瞬間、テロリストに膝蹴りを喰らい、首を絞められながら水中に押し付けられてしまった。その上にテロリストが馬乗りになり、ピソークの首筋を何回か殴打する。
バイザーの付いたヘルメットから水が入り、どんどんと息が苦しくなっていく。目の前にいるテロリストは相当な訓練を受けているようだ。負けじとピソークもテロリストの首筋を掴んで引き倒した。そして口元を数回殴り、左手に刺さっているナイフを無理矢理引き抜いた。
そしてテロリストの左太股にサバイバルナイフを思いきり突き刺し、悲鳴をあげたテロリストの鼻に掌底を入れて岩場に叩きつけた。
だが、ヘルメットに入った水が鼻を閉塞し、思ったように思考が動かない。ヘルメットを取った。その隙を見てテロリストが太股に刺さったナイフを抜き、再びピソークの息の根を止めんとナイフを突き出してきた。
その時。
「ピソーク!!!」
チァーシカがPKMを腰だめで構えて叫び、驚いて振り返ったテロリストの胴体に強力な七.六十二×五十四ミリ弾を大量に撃ち込み、テロリストは鮮血を噴き出しながら川の中に倒れた。
「チァーシカ・・・すまないな」
「喰らっちまったよ。ここにな」
ピソークを半ば見下ろしながら立つチァーシカがヘルメットのバイザーを指差す。バイザーには二つの深いひびが入っていた。
「ヘルメットがなかったら死んでいた・・・まったく、腕のいい奴だったな」
チァーシカが川で死んでいるテロリストを見ながら言う。アルファが装備しているMASKA-1Shヘルメットのバイザー部分は九ミリパラベラム弾を防護するほど頑丈だ。
ふと、物凄い殺気を感じ、ピソークとチァーシカは後顧する。すると、先程最初に射殺したはずのテロリストがサーモバリック弾頭がはめこまれたRPG-7をピソーク達に向けて引き金をひこうとしていた。
「・・・!?」
「ああクソ・・・」
二人とも死を覚悟した。銃はテロリストに向けられていない。このまま自分たちもあの学校の犠牲者のようになるのか。そういう考えが彼らの頭をよぎった。
その瞬間、RPG-7のトリガーとテロリストの指が飛び、そしてすぐにテロリストが頭から脳髄を撒き散らして倒れた。
「ち、チーム4か・・・」
チァーシカが脂汗を垂らしながらそういう。そこには、SVDドラグノフを持ってギリースーツを被った狙撃手が立っていた。
『ご名答だ。全く、てめえらがあちこち転げ回るから撃つ機会を逸しちまったよ』
「すまないな。あとで上等な酒を奢ってやるよ・・・指揮官へ。こちらチーム2。テロリスト二名を射殺、負傷者一名発生」
『こちらは指揮官。了解。随分苦戦してたな。来週からもっと鍛練する必要があるかもしれん。まあいい、引き続きテロリストの掃討に当たれ』
「了解」