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中露戦争  作者: 集束サイダー
泥沼戦線
28/55

番外編  老兵達の理想郷

今回は番外編です。

2015年 9月12日 カムチャツカ半島 ペトロハバロフスク・カムチャツキー原子力潜水艦基地



カムチャツカ半島のペトロハバロフスク・カムチャツキー海軍基地のとあるドックの上では、国境警備隊所属のフェンレスキィ・カリストフが部下のコルトスと共に煙草を吹かしていた。


「全く・・・我々も貧乏になったものだな」

「ええ・・・大統領には言えませんね、この会話は」


カリストフはコルトスと共に憂鬱な気持ちで景色を眺めている。ロシア人パイロットが中国軍に拷問を受けて殺害されたという胸糞のわるいニュースを昨日聞かされたのもある。


原子力潜水艦基地であるこの場所は、潜水艦ドックのみでせわしなく作業員が動き回り、ドックでは黒く染められた原子力潜水艦達が並んでいる。その中でも特に巨大な潜水艦である「ペンザ」が浮きドックで丁寧な整備を受けていた。


だが、端のほうには錆び付いたシエラI型原子力潜水艦が放置されるようにして停泊している。そして、警備隊のソヴレメンヌイ級駆逐艦やグリヴァク級フリゲート艦も同じようにぼろぼろの状態で停泊していた。


「もう金がないというか、オースィニー・ルナーだのミチエーリだのといった値段の高い艦ばかり作るから余計じり貧になるんだよな」


カリストフはコルトスに小声でそういう。


「もう仕方ないですよ。そういえば知ってます?北京で中国共産党の悪口が飛び交っていて、それに対して中国共産党がいろいろと規制をかけてるって専らの噂だとか」


コルトスがそういい、錆び付いた警備艇の甲板に飛び乗る。カリストフもそれに続き、小さな艦橋の内部に入った。


「なるほどな。共産党はついに国民にまで不信感を抱かれるまでに墜ちたか」


カリストフは席に座って新聞を読み始める。コルトスも雑誌を読み始めた。ふと、操舵手のミショップが成人用の雑誌を手に艦橋へ上がってきた。


「あ、艇長。お帰りでしたか」

「どうしたミショップ。また二次元の世界を想像していじくってたのか」

「仕方ねえだろコルトス。俺らには妻も売春婦もいないんだぜ?しかもここで暮らしてるようなもんだ。だいたい出さないと勤務に集中できんだろ」

「まあ、俺らは一番割りに合わん仕事をしているのかもな」


そう、彼らの任務はカムチャツキー基地周辺海域の夜間警備だ。彼らにあてがわれている警備艇はソビエト時代に建造され、そのまま三十年近くも使用され続けている。全長は約二十メートルで排水量は五十トン、武装は艇首に据え付けられたKPV重機関銃とまともに作動するかも分からないストレラ2携帯ミサイルが二基と拳銃が三挺艇内にあるのみだ。それに、この警備艇の乗員数は八名なのだが、彼らを除いて皆給料のいい原子力潜水艦の整備に転属してしまい、乗員はカリストフとコルトスとミショップのみとなっている。それに、彼らの実家とカムチャツカ半島は地球半周分程も離れているので彼らはこの警備艇を住処としている。彼らも貧乏なので、本来なら司令部に送るはずの検挙した密漁船から得た罰金の半分を頂く、というのは日常茶飯事となっている。


「艇長、最近舵の効きが悪くなってます」

「仕方ないさ。もうポンコツだからなこいつは・・・」


最近はロシア海軍の予算が新鋭艦に多数回され、彼らのような辺境部隊には支給が滞ることが多くなってきている。燃料もそうであり、カリストフの警備艇の燃料タンクが満杯になることはない。そのせいで、彼らの警備艇は燃料節約のために毎回低速で同じコースを回っているのだ。





その日の夜、彼らはいつも通りに基地周辺の警備任務についていた。

暗い海の上を航行する警備艇内部では黄色いライトが光り、艇長のカリストフが交互に雑誌とレーダーを見つめ、部下のコルトスとミショップも同じような格好で椅子に座っている。


本来なら許されないことであるが、貧しさゆえの特権か、彼らはほぼ暇潰しをしながら警備を行っている。


「・・・・・・ん?」

「何だこの反応は・・・でかいな」


ふとコルトスがレーダーを見て声を上げる。首降り式レーダーの画面の端っこに大きな光点が写っていた。ミシェッピがレーダーの首降りを光点のある方向に指向性を持たせるように調節して光点を凝視する。


「艇長、レーダーに反応ありました。方位三十、大きさは二百メートルを越えてます。密漁船とは桁が違いますよ」

「何なんだこの艦の正体は・・・」


そういったカリストフは雑誌を置き、双眼鏡を手にして甲板に出た。瞬間、強い陸風が彼の肌をつんざく。それでも構わず彼は大型艦がいる方角に向けて双眼鏡を除いた。


「ミショップ!!方位三十に向けて進め!!もっと近づくんだ!!」

「了解!!」


艦橋内部にそう叫ぶと機関が唸りをあげ、たちまち速度の上がった警備艇は光点にぐんぐんと近付いていった。


そして、ついに光点の正体が明らかになる。暗闇の中から、とてつもない大きさの艦が姿を現した。


「なにい!?」


カリストフは思わず叫んだ。なんと、彼の目の前には全艦退役したはずの旧ソビエト連邦海軍所属であったキエフ級航空母艦が悠々と航行していたのだ。


「おい!!コルトス!!ミショップ!!あれを見ろ!!」


カリストフは部下たちに向けて叫ぶ。すると、コルトスとミショップは素早く甲板に飛び出し、目の前の大型艦に驚愕する。


「ええっ!!?こ、これは・・・キエフ級・・・!!」

「何故こんなところに!?」


前方の大型艦は飛行甲板と巨大なレーダーを装備した巨大艦橋を持ち、艦首には多数の兵器が搭載されている。それらはキエフ級の特徴とことごとく重複している。甲板には、コンテナやタンク、ドラム缶などの物資が大量に積載されていた。


ふと、キエフ級の後部が一定の感覚で点滅し始める。


「発光信号だな・・・」

「ええと・・・後方の警備艇に告ぐ。こちらは・・・・・・重航空巡洋艦・・・ノヴォロシースク・・・って、えええ!?」

「ノヴォロシースクだと・・・まあ、どのキエフ級でも驚くがな・・・」


「ノヴォロシースク」はキエフ級航空母艦の三番艦である。ソビエト海軍を長きに渡って支えてきた航空母艦であったが、ソ連崩壊によって予備役へと編入され、火災事故を起こしたあと韓国に売却されたはずであったのだ。


「だのに・・・なぜここにノヴォロシースクがいるんでしょうか」

「分からんな・・・だが発光信号で『着いてこい』と言ってきている」

「着いていってみませんか?なぜノヴォロシースクがいるのかが分かるかも知れませんし」

「それもそうだな。たまには新鮮な事も味わいたい。よし、ノヴォロシースクに追従するぞ」


そうしてカリストフたちはノヴォロシースクを三十分ほど追いかけた。すると、カムチャツカ半島特有の美しい山々が見えてくる。そしてノヴォロシースクは山々の麓に生い茂る森林の中にゆっくりと入っていった。


「おお・・・・・・凄いなぁ・・・」


カリストフたちもそれに続く。夜の森は生き物の楽園だ。全方位から虫や鳥のなき声が聞こえてくる。水路はとても広く、ノヴォロシースクも余裕を持って通れる程の幅であった。鬱蒼と茂る木々の葉は紅く色付いている。


そのまま一キロ程進んでいくと、暗闇の中に幾つかの灯りが浮かび上がった。どうやら集落のような住居群を形成しているようだ。そしてノヴォロシースクがゆっくりと停船する。そして、しばらくすると陸地に何人かの人間が降り立ち、大声で警備艇に向かって接岸するように促した。


「おーい!!こっちだー!!」



「なんだろうか・・・何が起こるんだ・・・」

「村が形成されていますね」


彼らは接岸し、陸地に降り立った。すると、七十歳くらいの老人が元気のいい声でカリストフたちに話しかけてきた。


「ようこそ、『ノヴォロシースク』へ」


老人はそういって手を差し出す。カリストフも手を差し出すと、老人は両手で彼の手を包み込んだ。後ろにいたコルトスとミショップにも他の老人が笑顔で詰め寄り、強引に握手を行った。


「あ、あなたたちはノヴォロシースクの乗員の方ですか?」

「その通り!!早速だが艦長が君たちに会いたいとおっしゃっている。案内しよう」


老人はそういってカリストフたちを先導し始める。集落を見ても、ここにいる人間は老人だけだ。若い人間は一人も見当たらない。


「艇長、お年寄りしか見当たりませんね」

「ああ。何故だろうか・・・」


そして彼らはノヴォロシースクに乗り込み、通路を歩く。通路はパイプなどが錆びてはいるものの、手入れは非常に行き届いている。途中もいろんな乗員に出会ったが、その全てが老人であった。


「こちらだよ」


先導している老人がドアを指す。そしてドアを開け、艦長らしき老人に敬礼すると立ち去っていった。


「ようこそノヴォロシースクへ。私はノヴォロシースクの艦長だ。艦長とだけ呼んでくれたらいい」


室内では杖をつき、白髪が生え、皺が顔に貯まった八十歳ほどの軍服を着た老人が椅子に座っていた。本能的にカリストフたちは直立不動の姿勢になる。


「君達は国境警備隊所属か?」

「その通りであります!!」

「すまないな。ここは年寄りしかおらんから君達はさぞ珍しかっただろう。かくいう私も君達が新鮮に思えるがな」


艦長はそういって微笑む。ふと、ミショップが口を開いた。


「艦長。ノヴォロシースクは韓国で解体された筈ですが、何故ここにいるのでしょうか?」


ミショップの問いに艦長はかなり嬉しそうな顔をして答える。問いを期待していたかのような顔だ。


「ああ。ノヴォロシースクは確かに解体されたことになっているな。だが違うんだ」


艦長は目を瞑る。そしてノヴォロシースクの壁を優しくさすりながらノヴォロシースクと彼らの間に起こった出来事をゆっくりと話し始めた。


「ご存知だと思うが我々はノヴォロシースクの元乗組員だ。かつては極東に配備されて任務についていた。だがな・・・同志ゴルバチョフが失脚しソビエト連邦が崩壊した後我が国は財政難の一途を辿った。政府もノヴォロシースクを維持できなくて予備役に入れ、ついにはCICの火災事故の為にとうとうノヴォロシースクを除籍することにしたんだ。ノヴォロシースクは武装を解かれ、解体される運命にあった。だが、我々としてはどうしてもノヴォロシースクと別れるのが辛かったんだ。だからな・・・私は乗組員の中から有志を募って武装を解かれる寸前のノヴォロシースクに乗り、そのまま脱走したんだ。当然政府は全力で我々を追った。いや、今も追っているのだろうか。それはわからない。航海の末、我々はカムチャツカに逃げ込み、ここに辿り着いた。この人里離れた場所に持ってきた資材で何軒かの住居を作り、畑を作り、更には水車を作って電力も賄えるようになった。まあ、我々の主たる住処はこの艦だかな。そして二十年もの間我々はここで生きながらえてきたんだ。だが、皆高齢化が芳しくなくなってきている。私とていつ死ぬか分からんのだよ」


艦長はそういい、涙を流す。


「表向きには韓国で解体された、と言われている。だが本当は違う。ここは衛星でも容易には発見出来ない。いずれほっとけば我々は朽ち果てる身だ。我々はここで余生を送りたい。だから、君たちが基地に帰っても我々の事は決して伝えないでくれ。私からの真摯な願いだよ・・・」

「・・・はい!!」


カリストフ達は揃って艦長に敬礼を行う。艦長は心底嬉しそうな顔をして微笑んだ。







やがて、朝が訪れた。朝日が顔を出し、幻想的な光が辺りを包み込む。カリストフ達は見上げるような大きさがあるノヴォロシースクの下に接岸されている警備艇の上で朝日を眺めていた。


「この朝日も何千回見ただろうかね。だが何度見ても飽きない。素晴らしいものだ」


警備艇から勝手に持ってきた雑誌を読みながらカリストフ達の隣で釣りをしている老人がそういう。カリストフの心の中に、老人の言葉が強く響いた。


「思えば、こんな風に朝日を見たことはなかったな・・・」

「そうですね・・・とても綺麗な朝日だなぁ・・・」


確かに、カリストフ達はマンネリズムな日常を過ごし続けてきたのでこのような事でセンチメンタルな気持ちになることはなかった。それがここに来てからはなぜかそんな気持ちになってしまう。カリストフたちは無感情な毎日をただただ受け入れてきたが、ノヴォロシ―スクの艦長の話を聞いてからはそんな毎日に飽き飽きし、自分達に残っている将来について考え始めるようになったのだ。


「おっ、おおおっ、釣れたぞっ」


老人が釣竿を振り上げる。糸の先には、海水を撒き散らして胴体を振り乱すマスが引っ掛かっていた。


「どうする君たち、朝飯喰っていくか?」


老人が釣り針を外しながらカリストフ達の方を向く。


「ええ。では、お言葉に甘えて」

「おう。じゃあ艦長を連れてくるとするかね」

「いえ、艦長はここにこられなくとも・・・」

「何言ってんだい。艦長のことだから喜んで来るはずだ。いいからここで待ってろって」


老人はそう言い、足早にノヴォロシースクへと駆けて行った。


「俺達、こんなに歓迎されたことないですよ・・・なんかすごく嬉しいです・・・」

「俺もだよコルトス・・・ミショップもそうだろう?」

「ええ。とても温かみがあって・・・」



しばらくすると、老人たちが艦長を車椅子に乗せながらカリストフ達の前にやってきた。


「艦長・・・お体に響かれませんか?」


高齢の艦長の身を案じてコルトスが声をかける。


「大丈夫だ。まだまだそんな年じゃあないぞ。さあ、朝飯にしようか」


車椅子を押してきた老人が苦笑いを浮かべる。一同は笑いあい、集落の中で一番大きい建物の中に入って行った。



食事はジャガイモと淡水魚を焼いたものという自給自足の象徴であるような献立だ。本来なら数分で終わるはずの食事が老人たちの質問攻めや昔話の自慢などによって一時間余りにまで伸びてしまったが、その交流時間の間にカリストフ達と老人たちは昵懇になることができたのであった。



食事が終わり、警備時間のリミットも近付いてきたのでカリストフ達は帰途につくこととした。彼らの警備艇の周りには何十人もの老人が見送りのため集まり、次々と彼らに別れの言葉を投げかける。


そんな中、艦長が自ら車椅子をこぎ、カリストフの前にたどりつくとカリストフに拳銃のホルスターを差し出した。カリストフはホルスターを受け取り、拳銃を取り出してみる。すると、紅い星を形どった彫刻が彫られているCZ-75自動拳銃の初期生産版が顔をのぞかせていた。


「これは・・・・・・」

「それは私が現役だったころ上層部から贈与されたものだ。だが今の私には必要がない。だから、君がもっていてくれ」

「はい!!一生大事に致します!!」


カリストフはそう答えると、部下と共に警備艇に乗り込み、艦長たちに向けて直立不動の敬礼を行い、老人たちもそれに呼応して敬礼を行った。


ミショップが艦橋に入り、エンジンをかける。老人たちの声を全身で聞きながら、彼らは警備艇を動かした。


燦然と輝くノヴォロシースクとその乗員たちが遠のいていく。ノヴォロシースクが完全に見えなくなるまでカリストフ達は敬礼を行っていた。







「艇長はこのあと何をしたいと思っていますか?」


白く眩しく輝く太陽の下を航行する警備艇の上でミショップがカリストフに問う。


「んー?俺は・・・まず金を貯めて上等な船を買ってベーリング海でタラバガニを取りまくって叩き売ってだな・・・・・・んで若くて才能のある好青年を雇ってそいつに漁をさせる。そして俺はペンザかどっかでMっ気のある女の子を性的に苛めながら一日中酒を浴びることにしたい」

「あ、俺も同じこと考えてました」

「俺もですよ」

「おいおいお前らもかよ」


どっと笑いが起こった。ひとしきり笑った後、カリストフ達はノヴォロシースクがいた方角を向き、再び敬礼を行った。



「彼らの記憶は俺たちだけが覚えてる、ということになりますね」

「ああ。彼らはあそこで朽ち果てていくだろう。だが・・・彼らにとっては本望にちがいない。彼らにとっての『理想郷』で余生を送り、死んでいくことができるのだから」
























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