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中露戦争  作者: 集束サイダー
泥沼戦線
24/55

敗走艦隊

2015年 9月8日 AM7:14 人民連邦 元山市沖


朝鮮半島の利権を我が物にせんとするロシア軍と中国軍、更に北朝鮮と大韓民国が結集した人民連邦軍が三つ巴の戦争を繰り広げている元山市の沖合では、ロシア空母「ノボシビルスク」「アドミラル・クズネツォフ」を中心とした艦隊が展開していた。


だが、彼らは百八十度回頭し、元山市から全速で日本海へと舵を切って航行を始めた。すなわち撤退である。

なぜかと言うと・・・元山市に上陸したロシア軍が壊滅したからだ。あまりにも中国軍の兵力が強大すぎたのと、更に人民連邦軍の頑強な抵抗にも手を焼き、被害を出しすぎてしまったため撤退を余儀なくされてしまった。


そもそも上陸した地上部隊の数が少なすぎたのが主な要因であったのだ。ロシア軍の揚陸戦力は揚陸艦「ヤクーツク」から発進した上陸艇四隻に「ヤクーツク」の側面に繋ぎ止められた四隻の「ズーブル」級エアクッション揚陸艇、それと数隻の揚陸艦のみだ。それに反して中国軍は陸続きなのでスムーズに元山市へと戦力を投射できる。


撤退していく空母や揚陸艦の甲板に任務を終えた航空機やヘリが帰還していく。中には黒煙を吐き、満身創夷でよろよろと戻ってくる機体もおり、戦闘の激しさを雄弁に物語っていた。



『シミター隊が着艦してくるぞ!!デッキをとっとと空けろ!!』

『シミター隊も大分やられたようだな・・・四機いたのに二機しかいねぇ』


そんな航空母艦「ノボシビルスク」艦上では、甲板の乗員たちが慌ただしく動き回り、帰還してくる艦載機の誘導や格納などを行っていた。


だが帰ってくる航空機の数が少ない。発進した三十機のSu-33と十二機のSu-32の内、十七機のSu-33と八機のSu-32が未帰還状態となっている。


そして、また甲板上のアングルドデッキに三機のSu-33が滑り込んでくる。どの機体にも風穴があき、爆風に炙られたらしく機体の一部が焦げついていた。


『急げ急げ!!次来るぞ!!』

『シビアーナ隊をどかせろ!!ミラーシが着艦するぞ!!』

『次はミラーシって・・・おい、あいつ火い噴いてんぞ!!大丈夫なのか!?』


そして、二機のSu-32が着艦進入をしてくる。その内の一機は火を噴いて車輪を半分だけ出しており、今にも墜落しそうな雰囲気をかもし出していた。


『あいつ車輪が半分しかおりてねえ!!全然大丈夫じゃねえぞ!!』

『お、おいこのまま来る気かよ』


着艦指示用のFLOLS(フルネルレンズ光学着艦システム)のランプがしきりに着艦中止を指示しているが、Su-32のパイロットはどうやら気にも留めないようでSu-32は片車輪のまま着艦コースへと入り、甲板の乗員たちが大騒ぎし始めた。


『おい!!やめろ!!俺らを殺す気か!!!』

『畜生!!海へ墜ちろ!!海!!!』

『「ノボシビルスク」よりミラーシ2、直ちに着艦を中止せよ!!繰り返す、直ちに着艦を中止せよ!!くそったれ、死ぬぞおい!!』


そんな彼らの悲痛な叫び声にも気付く筈がなく、Su-32はアングルド・デッキに激突し、カモノハシのような機体はそのままひしゃげて艦内に飛び込んだ。


ぐしゃぐしゃになったSu-32は激しく爆発し、甲板にあいた穴からさながら火山の噴火を彷彿とさせるような爆炎が噴き上がり、甲板上の乗員たちがあっけらかんとした顔でその情景を見つめていた。


『うわああああああ!!!!』

『何だ!!敵の攻撃か!?どうしてここまで気づかなかったんだあぁ!!!』

『ち、違う!!事故だ!!Su-32の一機が事故ったんだ!!くそ、誰も聞いてないぞ!!』


艦内ではこの事故に気付かなかった乗員たちが敵の攻撃と勘違いして訳もわからず逃げまとい、さながら地獄のような状況と化していた。甲板上では艦上消防車がひたすら炎に向けて放水している。



『消火だ!!とにかく火を消せ!!小便でも構わん!!』

『「ノボシビルスク」が炎上した!!敵の攻撃か!?』

『対空対潜戦闘用意!!全防御火器起動!!敵を見つけたらすぐにぶち殺せ!!』

『「ノボシビルスク」被害状況不明です!!』

『「オースィニー・ルナー」より「ノボシビルスク」へ!!そちらの被害状況を知らせよ!!』


随伴艦からの安否を確かめる通信や混乱しているような無線が入ってくる。


『こちら「ノボシビルスク」。着艦事故発生。されど航行に支障なし。敵対勢力の攻撃ではない。繰り返す。着艦事故発生。航行に支障なし』

『こちら「アドミラル・ラーザリェフ」了解。艦隊各艦もこれを了解した。迅速な消火を願う』




こうしてロシア艦隊は元山市より完全撤退。これにより、朝鮮半島の半分を中国軍が占拠したことになった。だが、人民連邦の首都である春川市が残っている。ロシアとしても朝鮮半島の利権を易々と諦める訳にはいかない。中国とロシア、この二大国のいずれかが完全に手を引かなければ中露戦争は終焉を迎えないのだろう。








2015年 9月8日 AM8:23 元山市


『動くなよ、この野郎・・・いい銃じゃないか』

「くそ、何が起きてんだ?」


長い夜が過ぎ、ようやく太陽が東の方角から眩しい赤光と共に登り始めた元山市のとある溜池の中では、人民連邦軍所属の徳閑名が緊急脱出した中国軍のJH-7の搭乗員にAK-12をつきつけられていた。


閑名は溜池に座り込むようにして水に胸まで浸かり、ねとついたアオミドロが付着しているゴーグルを外す。すると、重厚なパイロットスーツを淡水で濡らした中国人の搭乗員がホログラフィックサイトとフォアグリップの付いたAK-12を閑名の至近に向けている。


「おい待ってくれ。そいつは俺のだぞ」

『黙れ。死ね』


いきなり彼がAK-12を振り上げ、閑名の左頬を銃床で殴り付けた。銃床の直角に尖った部分が閑名の頬を打ち、左目の眼底が砕ける音とともに閑名の意識は再び途絶えたが、視界が暗転する瞬間に閑名は見た。AK-12を振り抜いた中国軍の搭乗員の頭が小銃弾を喰らって弾けるのを。






ふと、呻き声や泣き声と共に部下の声が聞こえる。閉じられている目を見開くと、見知らぬ室内の天井が目に入った。横を向くと、最後まで生き残っていた部下の仲輩と人民連邦軍南部の兵士が座り込み、部屋中に手足が欠損したり裂傷を負ったなどの理由で治療を受けている兵士が閑名と同じように寝かせられている。


そして左頬と左目に電撃のような痛みが走り、閑名は思わず声を上げた。

手を左頬に当てると、ぐじゃぐじゃのガーゼが貼られ、左目が異常に見えにくくなっていた。明らかに常態とはかけ離れている。


「隊長!!大丈夫ですか!?」

「・・・ああ・・・ここはどこだ?野戦病院か?」


閑名は辛うじて起き上がり、部下の仲輩に話しかける。すると、仲輩の横にいた見知らぬ兵士が閑名に状況を説明し始めた。


「初めまして、徳閑名曹長。俺の名前は雰白当。階級は少尉だ」


僅かに髭を生やし、叩き上げで少尉にまで上り詰めたであろう筋肉のついた体をした兵士がそういう。


「・・・雰少尉殿、こちらこそ初めまして。先程は池の中から救っていただき・・・っ!!」


そういいかけた閑名は眼前暗黒感のような症状を出してよろめき、べったりと血が付着した壁に頭をぶつけた。


「閑名曹長、大丈夫か?」

「隊長!!無理は禁物ですよ!!」

「いや、大丈夫だ。俺はまだ戦える。少尉、自分の武器は何処に置かれておりますか?」

「そこに置いてあるが・・・戦えるか?」

「大丈夫です。やれます」


閑名はAK-12を取り、廊下にでると、その場にへたりこんでしまう。左目の視界がやはりおかしい。以前友人から「不思議のアリス症候群」というものを聞いたことがある。周りの物が大きくなったり小さくなったりするように見える病気で、自分も大きくなったり小さくなったりしたような神秘的だが不快な感覚に陥ってしまうという。


閑名はアリス症候群にかかった事が無いのでよくわからないが、とにかく左目で物を見ると歪んで見える。魚眼レンズを通して見ているかのようだ。


「今現在戦闘は終結している。ロシア軍は撤退し、中国軍が元山を押さえている状況だな。我が人民連邦軍はほぼ壊滅したが、まだ残存部隊が抵抗を続けている。ここもその一つだ。」

「つまり、ここは最後の砦という訳ですね」

「その通り。この建物は雑木林の中に位置し、北部側のZU―23対空機関砲が四基配備されている・・・いや、『四基だけ』だな・・・」


辛うじて立ち上がった閑名を見つつ白当は疲れた顔つきでそういう。どうやらこの建物は上二階、地上二階の要塞を想起させる建造物らしい。中にはそれなりの味方がいるようで、閑名が立っている間にも弾薬を持った兵士たちが廊下を駆け抜けていった。


「武器弾薬は十分ある。何日、何年か分からんが我々は何としてもここに留まり、可能な限り敵を悩ませなければならない。昔の日本兵と同じ状況だな・・・」


閑名は白当の言葉を聞くと、決意を新たにしたようにAK-12を強く握りしめた。







2015年 9月8日 PM14:46 択捉島 メンデレーエフ空港


以前「千島・樺太交換条約」によって南樺太と引き換えに日本の領土と明記されていたのだが、大日本帝国が降伏したあとにソ連が侵攻して不法占拠されてしまった北方領土。ソビエト共産党が解体され、頭を潰されたら体も生命活動の停止を余儀なくされるようにソビエト社会主義共和国連邦そのものが消滅してもなおロシア軍に占拠されている状況なのだ。


かつて日本がアジア全域に進撃し、連合軍と激しい戦争を繰り広げた太平洋戦争の火蓋を切ることになった真珠湾攻撃の直前には南雲機動部隊が最終集結し、日本軍がアリューシャン列島に進撃するときの編成準備をしたりと日本軍に戦略的に重宝されていた北方領土に位置する島の一つである択捉島に位置し、そこにロシアが新設したメンデレーエフ空港には、中国軍の大規模ミサイル基地を破壊する「臨照の彗星作戦」のためにエンゲリス空軍基地から飛来してきた八機のTu-160「ブラックジャック」が白い翼を地面の上で伸ばしつつ機体を休めていた。



碧空には秋~冬に多い千切った綿のような不規則な雲が浮かんでいる。そんな択捉島の大地を踏みしめて煙草を吸っているのは爆撃機隊隊長機「インデューク1」機長のオリディアト・ドルキィだ。


彼らの隊は燃料補給のためにメンデレーエフを訪れ、最終出撃準備を行っている。午後の六時にはもう出撃しなければならない。そんなTu-160の側には、スペツナズ輸送用の「カミエータ(ほうき星)」を搭載したTu-95「ベア」が駐機している。


ちなみに、護衛機として対空ミサイルを装備した四機のSu-34「ブラティパス(NATOコードネーム:フルバック)」がTu-160と共に出撃する予定だ。なぜSu-34なのかというと、かなりの長距離長時間爆撃行であるため、乗員の疲労が溜まりやすい。それらの事を考慮した故にSu-34という戦闘爆撃機が選出されたのだ。実際、Su-34は長時間飛行する乗員の為にトイレ(と言ってもおまるのような簡易的なもの)や冷凍ボルシチなどのインスタント食品を調理するための電子レンジが機内に備え付けられている。


風に吹かれて飛んでいく煙草の灰を見ていると、カミエータとスペツナズを搭載したTu-95の二重プロペラが回転し始め、たちまちプロペラが旋盤のように目にも止まらぬ速さにまで加速する。そして、重厚な車輪がアスファルトを踏みしめて動き、Tu-95はタキシングを開始した。


そして、滑走路の端にたどり着き、無線で管制塔に離陸を開始するという旨を伝えると、レシプロならではの唸るような爆音が数オクターブ高くなって滑走を開始し、その巨大な翼を一杯に持ち上げて紺碧の空へと飛び上がっていった。




(頼むぞ、スベツナズさん。あんたらが対空ミサイルを残らず破壊するか否かで俺達の生死が変わるんだからな。撃墜だけは勘弁だ)


ドルキィはそう念じ、遠ざかっていくTu-95を見つめていた。


インデューク隊、出撃まであと三時間。




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