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中露戦争  作者: 集束サイダー
泥沼戦線
18/55

旧世代の遺物

2015年 9月5日 中南海天安門前


中南海の天安門前では、作業員がいったり来たりを繰り返しながら破壊された建物の復旧作業を続けている。


こないだのロシア軍による弾道ミサイル攻撃で北京と周辺の工業団地が大損害を追ってしまい、中国共産党の本部までもが破壊されてしまった。


救急車四千台にヘリコプター百二十機をも動員して市街地の復旧を急ピッチで進めているのだが、どうにも瓦礫と負傷者が多すぎて作業の進展率は芳しくない。それに、今回の件によって対空兵器の配備率を根本的に見直すことも検討しなければならないのだが、周りの軍需工場の約三十パーセントが使い物にならなくなっている今の現状では、生産も厳しい状況だ。


そんな天安門広場の前では、中国共産党の高官たちが椅子に座っている。特にその中心に占位している周銀平の回りには、何人もの特警隊員が銀平を警護し、回りには対空ミサイル車両が何両も置かれ、彼らを空の脅威から守らんと空を睨んでいる。


「主席、我が軍の部隊が二十六時間前にモンゴルを完全制圧したとのことです」

「そうか。ロシアに対しては『連弩』からのミサイル攻撃を加えておけ。それと、ミサイルには三十対一の割合で核を詰めておけよ」


部下が周銀平に報告し、銀平は単調に返答した。


『連弩』とは、中国雲南省の密林地帯に位置する中国軍の大規模ミサイル基地だ。ミサイル工場も隣接しており、数百発の弾道ミサイルを有している。


名前の由来は古代から中国民族が使用してきた(ボウガン)を束ね、一度に多数の矢を斉射できる兵器「連弩」からだ。中国有史以来いつ何時の時代でも弩は使用され、弓よりも射程が長くて訓練を要さずに使用できる上に携帯性や命中精度にも優れていたので幾多の兵士に愛用されていた。それに、長い弓よりも室内ではその取りまわしから有効な近接武器でもあったのだ。連弩は制圧能力が非常に高かったのだが、非常に大型なので城や陣地の防衛に使用されたという。なお、日本の戦国時代にも火縄銃を数十本束ねたものが開発されている。


そんな中、頭に血の滲んだ包帯を巻いて椅子に座らずに立ち尽くしている凌順は、憂い表情で空を見上げていた。


あのときの巨人の投石のようなミサイル攻撃が終わった後、憎たらしい程までに晴れていた空の下で、しれっとシェルターから出てきた周銀平を思い出す度に怒りがこみあげ、吐き気まで催してくる。


(あの豚め・・・絶対に殺してやる)


口元を押さえながら、凌順は横目で周銀平を睨みつつそう心の中で毒付いた。



人民連邦 北江原区 文川市


険しい山々に囲まれた人民連邦領土内の文川市周辺では、ロシア軍の戦車部隊が文川市へ向けて進軍している。


その戦車隊の先頭を走るT-90のキューボラから顔を出しているのは、戦車隊長であるダニエル・ボロディンだ。


彼の率いる戦車部隊は、中国領内で作戦行動を行っていたのだが、突如揚陸艦に乗艦するよう命令され、そのまま朝鮮半島へと上陸してきたのだ。北部に上陸した理由は、東海岸から上陸する友軍と連携して人民連邦の首都である春川市を挟撃するためだ。


部隊の編成は、前方に戦車十二両、真ん中にツングースカ対空戦車六両と弾薬補給車四両、後方にBMP-3歩兵戦闘車十両と戦車八両がついている大部隊である。


だが、 もともと人民連邦北部は山間部が多く、戦車には分が悪いのだが、空爆のみで済ませられる訳ではない。敵対勢力のなかにはゲリラ戦法をとる部隊も多数いるだろう。それに怯えて空爆のみを続けていれば、爆弾の浪費につながるだけだ。


「よし、町まであと一キロだ。弾薬車を待機させ、後方の戦闘車に歩兵を降ろすよう伝えろ」

「了解!」


ダニエルは部下にそう命令する。しばらくすると、後方のBMP-3が後ろのハッチから次々と随伴歩兵を繰り出していった。


そして、彼らは戦車などの車両の側に付き、隅々まで周囲に目をやれない戦車の目となる。


ダニエル自身も、歩兵対策用にAKS-74Uをスリングで下げている。戦車が破壊されて放棄せざるを得ない状況になる可能性も捨てきれない。


人民連邦北部の痩せた農村地帯の畑の上を、重量数十トンにも及ぶ鉄の巨象の群れが行進している。


生きるのに精一杯の農民たちは、自らの畑を踏み潰されても微塵の抵抗すらできず、戦慄と憤りが心の中を渦巻くのをただただ感じるばかりだ。


申し訳ないとは思いながらも、ダニエルは無表情を貫く。農民たちの冷眼を全方から受けているが、軍の車両がいないのが気掛かりだ。やはりゲリラ的な戦法を仕掛けるに違いない。ダニエルはそう踏んだ。


だんだんと町の中に入ってきたようだ。町とは言っても、スラム街のような寂れた集落のような場所である。ダニエルは重機関銃を構えつつ進んでいく。


町の中には老若男女多数の民間人がいる。戦車の音を聞き付け、急いで建物の中に逃げ込む者、呆然と立ち尽くす者など様々だ。


ふと、木が折れる音がした。木製の何かを履帯で踏みつけたようだ。すると、間髪入れずに子供の哭泣する声。どうやら子供の玩具を破壊してしまったようだ。


「ぼ、坊や。すまない・・・あぐっ!」

「こ・・・のガキぃぃ!!!」


子供に謝っていたダニエルのこめかみに石が命中し、ダニエルはキューボラにもたれかかった。泣いている子供とは別の子供がダニエルに石を投げつけ、一目散に逃走したのだ。


随伴歩兵の怒号が聞こえ、やがて銃声が聞こえて来ると、今まで沈黙していた民間人の中の数人が拳銃を取り出した。


そして、子供に銃を発砲した歩兵に拳銃の弾を何発も撃ち込み、彼を無惨に殺害した。


「やはり便衣か!」

『来た来た、やはり来ましたよ』


ダニエルは十二.七ミリ重機関銃を便衣達に向け、横薙ぎに発砲した。彼らはちぎれ飛び、返り血がダニエルのT-90に降りかかる。


これを皮切りに、他の便衣たちも一斉に銃を乱射し始め、たちまちロシア軍は袋の鼠と化した。


一番辛いのは随伴歩兵だ。戦車の強靭な装甲に守られる事もなく、ただただ敵の射線に無防備な体をさらすことになる。


ツングースカやBMP-3も射撃を開始し、便衣達がうごめく建物の中に大型機関砲を叩き込んでいく。


「うぎゃあああああ!!」

「あそこの建物の二階に主砲を発射しろ!!対戦車榴弾だ!!」

「了解!!」


随伴歩兵が銃弾の嵐を受けて崩れ落ち、車内でダニエルが大声で命令すると、砲弾の中に炸薬が充填してある対戦車榴弾が砲身に送り込まれる。


そして、すかさずT-90が主砲を発射すると、目標とされた建物が砕け散り、便衣たちがバラバラになって四散した。


ダニエルはキューボラの中に身を隠し、ハッチを閉めた。銃撃が激しすぎて被弾する可能性があるからだ。


便衣ではない農民たちは銃撃戦の中で蒼惶(そうこう)し、便衣たちはAK-47にPPSH-43やVz61、TT-33やそれをコピーした51式拳銃など共産主義時代の古き良き銃を目一杯彼らに対して撃ち込んでくる。


「十二時方向に戦車だ!!数は四両!!」


突如前方の建物の影から連邦軍のT-62をモデルにかつての北朝鮮が独自改造を行い開発した天馬号戦車が四両現れ、立て続けに主砲をロシア軍戦車部隊に放つ。


だが砲弾は戦車の表面で炸裂し、周りの歩兵を吹き飛ばしたが、一両のT-90も撃破することは叶わなかった。恐らく支給が滞り、APFSDS弾は主力部隊に回されたのだろう。天馬号の全てが彼らに榴弾を発砲してきたのだ。


「APFSDS急げ!距離百、撃て!!」


ダニエルが車内で叫ぶと射手が照準を合わせて主砲を発射し、APFSDSの鋭利な弾身は極超音速で飛翔して先頭にいる天馬号の装甲を容易に突き破り、さらに後続のT-90も主砲を撃ちはじめ、多数の孔を穿たれた天馬号は堰を切るように炎を噴き出して爆発した。


激しい攻撃にさらされつつもロシア軍部隊は前進し続ける。RPG-7がBMP-3の側面に命中してBMPが炎上すると、ツングーツカがその二本の砲身を眩耀させながら三十ミリ機銃をRPGの発射地点に叩き込み、RPGを撃った兵士の居たところは抉りとられ、林の如く沈黙した。


そのツングースカにPPSH-41サブマシンガンを持った便衣がツングースカによじ登るが、ツングースカの乗員にハッチの間からCz75を顔面に撃ちこまれて即死し、ツングースカの上から地面に落下してしまった。


ふと、プロペラが回転するような爆音が遠くから聞こえる。ダニエル達が耳をすましていると、突如山の間から銀色に輝く飛行機がプロペラを猛然と回転させながら急降下してきた。


その飛行機は、サラブレットの如く洗練された胴体の上に網目が極限まで押さえられたキャノピーが乗っかり、胴体から双方に突きだした銀色の翼には真紅の星が塗られていた。


『おい、あれって・・・アメリカの・・・』

「P-51・・・マスタングか!!」


図星であった。その飛行機は、かつてアメリカ軍の主力戦闘機としてB-29の護衛に就いて日本軍相手に善戦し、日本兵には「イワシ」と呼ばれて憎悪の対象となった戦闘機だ。本機はヨーロッパ戦線にも投入され、ドイツ軍の亜音速ジェット戦闘機に翻弄されつつも活躍し、ドイツ軍を追い詰めた名機中の名機である。


戦車兵たちは驚愕した。七十年前、八ミリフィルムの中の世界で飛んでいたようなレシプロ機が今、自分達の目に映っている。


二機のP-51は戦車隊めがけて降下し、主翼のかつてブローニングM2重機関銃が据え付けられていた銃架に備え付けられた六門のKPV十四.五ミリ重機関銃を雨あられと撃ち込む。


降り注ぐ弾雨が機甲部隊を舐め回し、さっきまで旺盛に辺りを取り囲んでいた随伴歩兵が完全に殲滅されてしまった。P-51はそのまま山の表面を滑るように飛行して退避しようとしたが、ツングースカが烈火の如く三十ミリ機関砲を彼らに撃ち込み、P-51の一機は主翼を多数の三十ミリ弾に叩き折られて山の中腹に激突した。


『くそ、P-51がレーダーに映らない!!』


ツングースカの乗員が毒付く。先程のP-51は、材質がほぼ木製であった。北朝鮮空軍のレシプロ機は朝鮮戦争などでソ連から提供されたり奪取した物が多数を占めている。北朝鮮政府はレーダーに映らない飛行機を目指し、これらレシプロ機の材質を木製にするという異常な改造を命じたのだ。故に機体の強度は落ちているが、一般の航空機よりステルス性は高い。


もう一機のP-51は、ツングースカの射撃をものともせずに山の向こうへと消えていった。すると、建物の一角から正規歩兵が二発のRPGを発射すると、一両のT-90が上面装甲を砕かれて炎上した。


彼らは文川市の中心部を猪突猛進し、立ち塞がる物を蹂躪していく。連邦軍の戦車の数も比較的に少ない。便衣兵も化けの皮を剥いて軍服を着た格好で銃を乱射してくる。


ふと、一時の方向から多数の随伴歩兵を伴ったT-34-85戦車が現れ、猛然とエンジンを吹かしながら進撃を開始した。T-34の背中には、多数の歩兵が騎乗している。歩兵が戦車の上に乗ることは「タンクデザント」と呼称され、かつてのソ連がよく使用した戦法だが、いかんせん死傷率が著しく高いことでも知られている。戦車の上に乗る歩兵は、ほぼ毎日砲火と銃撃にその身を晒すことになり、榴弾の破片でも歩兵が死亡したり、うっかり寝てしまうと戦車から落下して脊柱を折って動けないまま後続の味方戦車に轢殺されるはめになり、ばらばらになった歩兵の残骸が戦車にこびりついて惨憺たる状況と化してしまう。戦車長がキューボラから顔を出すたびに兵士が減っているのはもはや日常茶飯事であり、上に乗る歩兵の平均寿命は一週間から二週間ほどだったという。



「隊長!前方にT-34が二両!!」

「おおっ!!ずいぶん年季の入った戦車じゃねえか!!」

「隊長!!あれ乗員だけぶっ殺して記念品としてお持ち帰りしましょうよ!!」


そんな彼らの願望など気にも止めず、T-34-85戦車は後方のBMP-3の車上から発射されたコンクルス対戦車ミサイルに容易く撃破され、随伴歩兵やタンクデザント兵を巻き込んで爆発した。


最初こそ士気旺盛にAK-47を射撃してきたが、ダニエル達のT-90が迫ってくると死にもの狂いで遁走を開始した人民連邦軍兵士達に先頭のT-90数両が同軸機銃を叩き込み、倒れた彼らを履帯で轢き潰していく。


戦車の足裏で全身の骨が砕け散る感触を感じて憂鬱な気分になったダニエルは、無線機のコール音に反応して即座に無線機を取る。


『こちら揚陸艦「ヤクーツク」だ。地上部隊へ、至急文川市から退避しろ!!いいな!!』

「おいちょっと待ってくれよ・・・くそっ!!」


唐突に無線は切られ、ダニエルは本能的に毒付くと同時に危機感を抱いた。文川から退避しろということは・・・何らかの攻撃、それも大規模なものか・・・?


ダニエルはふとハッチを開けて空を仰ぐ。すると、信じられない物体が彼の目に飛び込んできた。太い鉛筆のようなミサイル五発がものすごい速度で後続のT-90に着弾したかと思うと、T-90やBMP、ツングースカが寸分刻みにされ、ダニエルのT-90も吹き飛ばされて文川市の外れに位置する民家に落下した・・・



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