遊牧民族の落日
「一人でも多く倒せばついに勝つ 名誉の戦士は十人倒して死ぬるのだ」
「防御戦闘」第十一項
2015年 9月3日 ベルギー ブリュッセル
NATO(北大西洋条約機構)の本部があるベルギーのブリュッセルには、続々とNATO各国の首脳が集結していた。
理由は勿論中露戦争の事についてだ。だが、他の問題についても各国が議論する必要がある。
次々と停車した車から各国の代表が下車し、入口へと入っていく。
そして本部のホールにて、各国の代表が円卓を取り囲むように着席し、既に隣の代表と話をしている者までいる。そして、事務総長の声が響くと、蛇口を捻るかの如くざわめきが止まった。
そしてアメリカ大統領が立ち上がり、
「さて皆さん。まずは最近発生した中露戦争の事についてですが、この件に対して我が国は第7艦隊を派遣し、さらに蜂起した人民連邦に奪取されたイージスを四日前奪還しました」
と口火を切るように言った。
「ちょっと待ってください!イージスが奪取されたとはどういうことですか!?」
イギリス代表が驚愕しながら質問する。当然だろう。機密情報の塊を一時的だが敵対勢力の手に渡してしまったのだ。
「ええ、それについては説明させていただきます。この間、『人民連邦』なる集団が武装蜂起したのはご存知でしょう。その人民連邦軍の地上部隊の奇襲を受け、不覚ながら三隻のイージスを奪取されてしまったのです。勿論早急に奪還し、乗員も排除しました」
「・・・・・・・・・・・・」
「何てことだ・・・!!」
「貴国の危機管理能力は目に余るものがありますぞ!?」
「イージスを奪取されるだと・・・そんなことがあっていいのか!?」
ほかの代表も次々と非難を開始する。そんな中、アメリカ大統領は更に続ける。
「中露間の問題につきましては、既に国連が非難をしておりますが、彼らの泥沼戦争は留まるところを知りません。既に中国、ロシアには十八ヵ国が『中国人、ロシア人の渡航禁止』、『全ての資源の一部の輸入、輸出禁止』などの経済制裁を加えておりますが、彼らには生ぬるいでしょう」
「うむ。中国は今回の戦争で核を使用しました。これについては?」
「国連で対処するのは不可能と仰りますが、我々にも『イスラム国』という大きな問題を払拭しなければならないという義務を抱えているのです」
「中国もロシアもお互い核の恐ろしさは了承しているはずです。彼らは核を撃たれまいとお互いの発射施設を潰しあうでしょう。ですので、中露戦争のことについては保留として・・・」
「その通りです。陸軍国ドイツとしましても、多国籍軍を編成し、幾度となく空爆を行ってもしぶとく抵抗を続けるイスラム国の壊滅のほうが最優先事項かと」
「戦略爆撃機を用いても潰しきれない相手です。このままだと世界の秩序が乱れます。このさい中国やロシアは置いときましょう」
既に各国代表は中露戦争の話題から全力で離脱しようとしている。ヨーロッパの国々にとっては数千マイルも離れているアジアの出来事より地理的に距離が近く、事が重くなっている『イスラム国』の方が重要なのだろう。
◇
モンゴル ウランバートル郊外の草原地帯
モンゴルの「ステップ」と呼称される草原地帯では、モンゴル特有のテントのような形の住居である「ゲル」を終の住処とし、馬や羊等の家畜を飼いつつゲルごと移動する「遊牧」が今でも盛んだ。
そんな遊牧民のある一家の主人であるヒレホト・フミトクレールはいつも通りの朝を迎えようとしている。
羊の世話をし、乳を搾り、食料調達などをしたり、他の人間と取引をしたり・・・そんな生活の繰り返しだ。
最近は、ゲルにもソーラーパネルやテレビが備え付けられ、軽トラックも普及してきたので、移動が随分楽になった。
朝露が陽光に照らされて燦然と煌めく草原地帯の真ん中で、朝食の馬乳酒を流し込むように飲み、ヒレホトはいつも通り羊の世話をしようと馬に乗った。
ゆっくりと歩きながら羊の群れに近づくと、遠距離から爆音が聞こえてくる。
ヒレホトの所有している軽トラのような音だが、どことなく全体的に重い音だ。と、思ったら、霞む朝霧の中から音源がその正体をヒレホトの前に現した。
「あれは!?」
驚愕するヒレホトの五百メートルほど先から、中国軍の猛士が数十両ほど突撃してきたのだ。
ヒレホトの回りに多数の銃弾が命中し、何匹かの羊が銃弾を受けて弾ける。
羊毛が千切れ飛んでゆっくりと滞空する中、ヒレホトは状況を瞬時に把握して即座に馬の胴体を踵で蹴って馬を走らせた。
猛士はハッチに備え付けられた重機関銃をひたすら撃ち続けてくる。ヒレホトは馬から飛び降り、ゲルの中で馬乳酒をかき混ぜている家族にこの事を知らせようとゲルの入り口から中に飛び込んだ。
「何てことだ・・・・・・!!」
そこでヒレホトが目にしたのは、血塗れで人の体をなしていない姿の家族だった。ヒレホトは目眩を起こしそうになる。
そうこうしている内に重機関銃の弾がゲルをめちゃくちゃに引き千切り、ヒレホトは必死に裏に止めてあるトラックへと走りよった。
ドアを開けるなり座席に飛び込み、イグニッション・キーを差してから回し、エンジンをかけた。
そして、アクセルを踏んでギアを上げて一気に加速していき、住処から一目散に遠ざかる。後ろからは猛士だけではなく、03式空挺戦闘車までもが加わった。
03式が機関砲を射撃すると、ヒレホトのトラックの回りが炸裂し、ヒレホトは叫びながら急斜面をかけ降りていく。
ふと、ヒレホトのトラックが激しく揺れる。
「あっ!し、しまったっ!!」
ヒレホトは緊張のあまりにギア操作を誤り、エンストを起こしてしまったのだ。だが、不幸中の幸いか、下り斜面であったため、クラッチを切ることで再び走行を再開できた。
安心もつかの間、猛士に機関銃を多方向から撃ち込まれ、運転席が穴だらけになってトラックが炎上し始め、ヒレホトは悲鳴を上げながら岩に乗り上げて横転し、トラックは爆発炎上した。
辛うじて車内から這い出たヒレホトの目の前には、履帯をなり響かせながら迫る03式空挺戦闘車が見えていた。
それがヒレホトの見た最後の光景であったことは言うまでもない。
◇
モンゴル国 ウランバートル
モンゴルのウランバートル中心部は、モンゴル軍の戦車の残骸や中国人民解放軍の車両で埋め尽くされていた。
大統領官邸の回りには中国軍の03式空挺戦闘車や実質的には戦車駆逐車である05式自走迫撃砲が大量に配置され、鼠の一匹も逃さんとばかりに官邸を取り囲んでいる。
上空ではY-20大型輸送機やIL-76大型輸送機が辺りを飛び交い、航空優勢が中国の方にあることを如実に表していた。
数日前に、突如中国軍の第15空挺軍がモンゴルのウランバートル周辺に電撃的に降下を敢行し、空挺軍はウランバートルに侵攻、現在に至る。
モンゴル軍の戦力は、歩兵に加え、旧ソビエトの装備(それも共食い整備の挙げ句に大幅に数をすり減らした)が多数を占めていた。
ウランバートルでは激しい戦闘が行われ、モンゴル軍は主戦力のT-72五十八両のほとんどを撃破され、実質的には壊滅している。
そんな大統領官邸の中で、モンゴル国の大統領であるレホユク・ニシメツルプは、藁にもすがる思いで官邸内を歩き回っていた。
約二十四時間前、中国軍が最後通告を出してきたのだが、レホユクはこれを黙殺し、ロシアに救援を要請したのだ。
ロシア側の反応を知る術はないが、ロシアに全ての望みをかける。最後通告の期限まであと一分もない。
そうこうしているうちに、最後通告の期限が切れ、その瞬間に窓ガラスが叩き割られると同時に、中国軍の特殊部隊が猛々しく突入してきた。
当然ながらレホユクはいとも容易く捕らえられ、連行されてしまったのだが、レホユクは希望に満ちた表情を浮かべていたという。
◇
ウランバートル東方百キロ
初秋の巻雲が蒼空を雄大に彩るモンゴル上空では、四機のSu-27が一糸乱れぬ端麗な編隊を組んで飛行している。
そのSu-27は、モンゴル空軍所属であり、数年前から計画された空軍再編計画の魁として先行配備された機体である。
そんなSu-27の隊長機に乗っているのは、ツェレル・シガニレーム空軍少佐だ。
彼らは、モンゴル辺境の空軍基地からウランバートルへ向かい飛行している。基地司令は「お前らは戦闘機でロシアに亡命しろ、お前らは必ず生きていてくれ」といい、発進許可をくれたのだが、ツェレルとしては国家の非常時に逃げるなどモンゴル戦士の恥さらしと考え、基地司令に隠れて整備兵にミサイルと燃料を満載にしてもらい、ウランバートルに向けて出撃したのだ。
『私を信じてくれる勇敢な戦士たちよ、これから先は何をしても逃げられない空域だ。それでもついてきてくれるか!?』
『お言葉ですが隊長、それは愚問です。我々が隊長に恩返しをしないでいられる筈がありません!!』
『その通りですよ隊長!!どうかお供をさせていただきとうございます!!』
『国のために忠誠を尽くす。これが我々の存在意義だと存じております!!』
ツェレルは七発のミサイルを搭載し、ぴったりと付いてくる部下たちにそういうと、威勢のいい声が帰ってくる。ツェレルは安堵の息を吐いた。
『もうウランバートルの上空は中国軍の巣窟と化しているだろう。だが、恐れずに敵中に突入し、最期まで敵を悩ませろ。それが今我々が行える最善の方法だ』
『はっ!!』
『よし、現在高度三万二千フィート、前方六十キロに敵機影多数。長弓で敵の輸送機をやる』
彼はそういい、操縦桿の兵装切り替えボタンを押してR-77中距離ミサイルの発射準備を整える。
そしてツェレルは前方のY-8型輸送機二機をロックオンした。僚機たちもY-20やIL-76などの大型機を二機ずつロックオンしたようだ。
R-77などの長射程ミサイルを戦闘機のような機動性のある目標に発射すると、回避までのタイムラグを与えてしまう。なので、ツェレル達は大型機を狙っている。
『よし、弓を放て!!!!』
ツェレルの言葉と同時に四機のSu-27から八発のR-77が発射され、白い尾を引いて蒼空の彼方へと向かっていった。
R-77は超音速で目標とされた大型輸送機たちに突っ込んで炸裂し、八機の輸送機が爆炎を噴き上げて堕ちていく。
そして、ツェレルたちは残ったR-77ミサイルをSu-30に向けて距離二十六キロから放った。
『・・・ミサイルだっ!!全機速やかに散開してフレアを撒け!!』
突如ミサイルが接近している旨をパイロットに伝える警報がなり響き、それに瞬時に反応したツェレルが指示を飛ばす。
彼らは機敏に上下左右へと散り、促迫するミサイルの目の前にフレアを撒き散らした。
中国軍のミサイルはフレアに惑わされて次々外れ、爆発する。同時に、先程発射したR-77が三機のSu-30を撃墜した。
更に、二十機ほどのJ-10やJ-11がツェレル達の小隊目がけて向かってくる。ミサイルがこれでもかというほど飛来し、ツェレル達に襲いかかる。
『うっ・・・あああ・・・』
『むっ・・・ムニメトロ!!!』
四番機のうめき声が無線機から聞こえたかと思って後ろを向くと、四番機が近距離で爆発したミサイル三発の破片を受け、ぐしゃぐしゃになって落下していった。
『畜生・・・!』
二番機が怒りを露にし、翼下に搭載しているR-73短距離ミサイルを二発、飛来してくるJ-10に向かって発射するとそのまま編隊から外れ、中国軍機の大群の中に突入していった。
『おい!!何処に行くんだ!!編隊を離れるなっ!!』
ツェレルの忠告も聞かず、J-10を撃墜した二番機は中国軍機を追い回す。
そんな二番機に八機のJ-11が取り付き、二発のミサイルを発射。ミサイルは二番機に回避の暇を与えず、二番機の機首周りで炸裂した。
『ああくそ、ピュリィエもやられちまった!』
そして中国軍機の大群とすれちがい、本命の輸送機隊へとツェレル達は追いすがっていく。後ろからは中国軍機が輸送機を守らんとツェレル達を追尾する。
ツェレルはコクピットの中から逃げるように飛んでいる輸送機群を見据え、武装をR-73短距離ミサイルに切り替える。三番機の苛立ちがつのる歯ぎしりが聞こえてくる中、ツェレルは眼前にその巨体を晒しているY-20をロックオンし、ミサイルを発射した。
ミサイルはY-20の貨物室あたりに命中し、Y-20は炎を吐き始め、ぐらりと傾く。
『んなっ!?』
ふと、肉をつぶしたような音が響き、コクピットが赤く染まった。Y-20のハッチから転がり落ちた搭乗員がツェレルのSu-27のキャノピーに衝突して弾けたのだ。すぐさま血はキャノピーの横に押しやられていったが、固まった血がキャノピーの至る所を汚してしまった。
三番機もツェレルに倣ってR-73を発射し、Y-9の主翼を根元からもぎ取った。
『シリャイ、真ん中にいる中国軍の警戒機を叩き落とすぞ』
『了解です!!』
『だが・・・・・・警戒機の隣に変な戦闘機が居やがる』
輸送機隊の中心では、Y-8輸送機を改造し、指揮機能を付与したKJ-200型早期警戒機が編隊の指揮を執っている。ただ、その中心には中国軍の黒い塗装でカナードがついた新型戦闘機であるJ-20が二機、KJ-200の側兵であるかのように占位しているようだった。
『待て、ミサイルは撃つな。あの戦闘機とドックファイトに持ち込み、墜とした後に警戒機を落とす。解ったな』
『了解。ですが隊長、あの戦闘機はステルスのはずなのにきっかりレーダーに映っていますよね?』
『・・・確かにそうだなぁ・・・カナ―ドが付いてるからだろう・・・ステルスの意味は既にないがな』
突如、J-20がR-73ミサイルを発射し、ツェレル達のSu-27機内にミサイルアラートが鳴り響くと、すかさずフレアを十八発ほどばら撒き、ミサイルを惑わせて爆発させた。
フレアの残量は残り四十六発。もう少しはやれそうだ。
ツェレルは照準を接近してくるJ-20に合わせ、機銃を六十発ほど射撃した。当たりはしなかったが、回避行動をとったJ-20の後ろに回り込む。
そしてJ-20の真後ろについて操縦桿のボタンを押し、眼前に映る黒い戦闘機に三十ミリ機銃を目いっぱい叩きこんだはずだった。だが・・・J-20を庇うようにSu-30が間に割り込み、ツェレルのSu-27が発射した三十ミリ弾を自らが受け止めたのだ。
『何だと・・・!!』
ツェレルは目を見開いて驚愕した。ふと、山吹色の火線が伸び、Su-27が多数の弾を喰らって、ツェレルのコクピットにも弾が飛び込んでツェレルの心臓周辺に強化ガラスの鋭利な破片が突き刺さる。だが、試験投入のつもりだったのかJ-20も遁走を始め、二機揃って退避していった。
『っはあっ・・・・・・』
『隊長!!大丈夫ですか!!』
『大丈夫だ・・・早く警戒機を墜とせ!!!!』
そういってツェレルは操縦桿を引き、離脱しようとしているKJ-200に機首を向けた。そして、R-73をKJ-200にむけて発射しようとしてボタンを押すが、ミサイルが発射されない。ミサイルの故障だろうか。
『隊長、ミサイルの故障ですか?』
三番機のシリャイがフレアをありったけばら撒きつつ言う。
『分からんな・・・さっきの攻撃でやられたかもしれん・・・お前は撃てるか?』
『残弾二発、撃てます!!』
『よし・・・頼んだぞ―――――ああっ!?』
ツェレルは思わず目を疑った。出しぬけにツェレルのR-73が三発、ほぼ同時に発射されてツェレルの前方を飛んでいたシリャイ機に直撃したのだ。シリャイは声も上げられずに爆死してしまい、また一人モンゴルの勇敢な戦士が碧空に散って行った。
『ああ・・・・・・何てことを・・・おれ・・・が』
ツェレルはもう錯乱しかけていた。あろうことか、図らずも部下を自らの手で撃墜してしまったのだ。戦士としてのプライドもズタズタに引き裂かれている。もともと全滅になるとは想定していたが、まさかこんな形になるとは毛ほども考えていなかった。
後方からは敵機の大群が追いすがってくる。ガラスの破片による流血でパイロットスーツは血塗れになっており、意識も朦朧としてきた。ミサイルアラートが鳴り響いているが、もう何もしたくない。できることなら、寝床に埋もれて寝てしまいたい。ツェレルはそんなことを考えてると、ミサイルが数発命中したようで、ツェレルはSu-27ごと猛火に包まれて、モンゴルの草原へと降り注いでいった。