上陸
2015年 8月30日 PM2:50 日本海
波の高い日本海上ではとてつもなく巨大な艦が堂々と航行していた。中心の巨大艦を最強のイージス艦や補給艦が取り囲み、海の下では原子力潜水艦がドーベルマンのように絶えず辺りを警戒している。
人はこれを空母打撃群と呼ぶ。アメリカが十セット保有している空母艦隊であり、原子力空母を中心にイージス駆逐艦や巡洋艦が鉄壁の守りを固め、大統領の命あらば敵対国家に対して護衛艦搭載の巡航ミサイルや空母艦載機による刹那の隙もない熾烈な攻撃を行う、まさに最強の艦隊である。
補給は常に行われ、攻撃の手を緩めることはまずない。空母打撃群の疲労が高まると、他の空母打撃群とそっくり交代してしまえる。大国アメリカならではの戦法だ。
艦隊の中心にいる艦載機を満載した空母の名前は「ジョージ・ワシントン」と言い、おそらく日本で最も有名な空母であるだろう。
この艦はアメリカ海軍「第7艦隊第5空母打撃群」所属であり、艦隊を形作っている駆逐艦「ラッセル」「マッキャンベル」「ステザム」、巡洋艦「シャイロー」「アンティータム」は「ジョージ・ワシントン」の直衛として空母打撃群に編入されている。
なぜ彼らは日本海を航行しているのか。それは、当然二日前に起きた出来事が発端だった。
二日前、安今龍と称する指導者が朝鮮半島で新国家の設立を宣言し、「人民連邦」を名乗る国家が朝鮮半島に出現したのだが、人民連邦はすぐさま地上部隊の攻撃で在韓米軍のイージス艦や航空機を掌握した。
これについては流石のアメリカも黙ってはおらず、朝鮮半島沖に第5空母打撃群を派遣、現在に至る。
「艦長!!『マッキャンベル』より前方に不明艦隊東進中との報告が入りました!!」
空母「ジョージ・ワシントン」の艦橋内部にて、通信担当員が護衛駆逐艦からの通信を受け取った旨を艦長に伝える。
「西方からだということは・・・中国だろうか。まさか、上陸する気か・・・?」
「ジョージ・ワシントン」艦長は髭を生やし威風堂々とした顔を朝鮮半島に向け、
「まあいい、作戦開始予定時刻まで三十分だ。全艦にトマホークの点検を行えと伝えろ。」
と命令し、彼は腕を組んで艦橋の窓の前に立った。
◇
人民連邦 全羅北道沖
人民連邦の「全羅北道」地区では、中国軍の上陸艦隊が朝鮮半島の海岸に上陸しようとしていた。
艦隊の編成は071型ドック揚陸艦一隻、072型揚陸艦五隻、052型駆逐艦二隻、052C型が二隻の計十隻だ。
「海岸まで五十キロだ。よし、エアクッション及び水陸両用車を発進させろ!!」
中国人民解放海軍上陸艦隊旗艦「井崗山」艦内で「井崗山」艦長が言うと、旗艦を始めとした上陸艦隊各艦から726型、724型エアクッション揚陸艇や05式水陸両用戦車が次々と吐きだされる。さらに、各艦のヘリ甲板からZ-8A大型輸送ヘリや自衛隊のOH-1に酷似した形状のWZ-19武装偵察ヘリが飛びたっていく。
中央の「井崗山」やその他の艦艇を取り囲むように堂々と進撃する揚陸艇は、まるで硫黄島の米軍を彷彿とさせていた。
そして航海の後に中国の上陸部隊は二つの海岸線に猛然と上陸を開始するが、迎撃が全くない。水陸両用車のなかの一隻が途中沈没してしまった以外は損害等も無かった。
無事上陸した中国軍の揚陸艇の蓋が開き、中からは数両の96式戦車や95式対空機関砲、その他の多数の兵士が吐きだされ、たちまち海岸は騒々しくなっていった。
「進め!!進め!!」
戦車隊長である行操が指揮を取り、96式戦車や05式水陸両用車が後ろ側にあるエンジンから猛々しく排気煙を噴出させながら次々と前進していく。
それに戦車の目となる歩兵やハンヴィーのデッドコピーである「猛士」が続き、最後尾には対空車両が追従し、後ろでは揚陸艇が次の部隊を運ぶために180度回頭していった。
「『井崗山』へ、こちらは跳虎隊。現在部隊と共に進撃中」
『井崗山了解だ。それと、貴隊の百キロに敵性航空部隊が接近中。数は四機、恐らく戦闘攻撃機と思われる。現在我が軍のJ-11がそちらに急行中だ。』
「了解!通信終わり」
行操は無線機の周波数を機甲部隊及び味方歩兵向けに切り替えると、大声で散開を命じた。
『よし・・・全部隊聞け!!現在敵航空機が我々を目指して飛行中だ!!あと一分で到達する!!全部隊はすみやかに散開しろ!!』
中国軍部隊は戦車を中心に散開し、爆発の被害を極限まで減らす陣形に移行した。
しばらくすると、遠距離から轟音が聞こえてくる。その音は着々と大きくなり、ついに音源がその姿を現した。
「うぎゃあああ!!!」
「ひいいいいっ!!!」
味方の歩兵が銃撃を受けて砕け散る。人民連邦のF-4Eとかつて米軍の第五航空団に所属していたF-16がそれぞれ二機づつ20mmバルカンを発砲しつつ突入してきた。
猛士が20mm砲弾をサンドバッグの如く叩き込まれて四両程吹き飛び、WZ-19が二機共に凄まじい数の穴を穿たれ、黒煙を噴出させつつよろけて墜落する。
F-16とF-4は、一度上空を飛び抜けてから再び旋回し、再度彼らを蹂躪せんと豆粒のような小ささの戦車に機首を向けた。
「うわあああああ!!!!助けてくれぇぇ!!!」
味方の歩兵が顔を覆ってにげまとっている。
突如、航空機たちが一斉にあさっての方向に機体をかたむけ、鮮やかに煌めくオレンジ色のフレアを空中に撒き散らした。横から四発のミサイルが飛来し、フレアのカーテンに立て続けに突っ込んで爆発する。
だが、辛うじてフレアの海から抜けたミサイルの一発が、上昇していたF-16に追いすがっていく。
F-16はしきりに旋回して回避行動を取るが、ミサイルに懐まで一気に詰め寄られ、近接信管が作動し、ミサイルが爆発。四散した破片にエンジン部分を破壊されて推力が低下していき、機首を上向きにしながら墜落した。
残りのF-16がなんとか姿勢を立て直した瞬間、二機のJ-11が機銃を射撃しながらF-16の間をすり抜ける。F-16が煙を吐き、F-4Eが回避のため機体いっぱいに搭載していた爆弾を投棄した。
爆弾はそれぞれ慣性降下し、二秒足らずで全弾が地表に着弾して爆轟。爆風が残骸と化している猛士の火をかき消し、歩兵や水陸両用車が宙を舞った。
「ぐおおっ!!」
「わあああああっ!!」
味方が悲鳴を上げる。
行操も顔を覆っていたが、爆風が彼を襲ったかと思うと、何かが腕をすり抜けて頬に付着した。
手のひらにそれを乗せると、凄まじい悪臭が鼻をつんざいた。持ち上げると、何とも言えない感触の髄液が垂れる。それは人間の脳髄であった。
「うっ、っぷっ・・・げええええっ」
行操は本能的に脳髄を放り捨て、すぐさま嘔吐した。発煙弾発射機が嘔吐物にまみれていく。
上空では既にF-16が二機とも撃墜され、残ったF-4Eは一目散に退避しようと機首をJ-11と逆方向に向けていた。
そこにJ-11の発射したR-73ミサイルがF-4Eに直撃、瞬く間に砕け散ると、残りの一機があろうことか低空でアフターバーナーに点火し、逃走を図った。
当時は西側最大出力を叩き出したJ-79エンジンが老体に鞭打って唸りを上げ、美しい橙色の噴射炎を伸ばす。
たちまちF-4Eは音速域に達し、よりにもよって中国軍地上部隊の上空で衝撃波を撒き散らして、自らもその衝撃波で空中分解していった。
衝撃波で中国軍の猛士や05式が破壊され、宙に舞い上がる。味方歩兵の眼球は飛び出し、鼓膜や毛細血管も破れ、彼らは声にならない叫び声を上げた。
行操はヘルメットに防護されて鼓膜や眼球を損壊することはなかったが、激しい耳鳴りが彼を襲う。
『低空での音速飛行』これは、全世界共通のタブーであり、自殺行為だ。飛行機が音速を越えると、衝撃波が発生する。これを低空でやってしまうと、衝撃波が地上ではねかえり、自機が衝撃波を受けて空中分解してしまうのだ。
ただし、マッハ二(約二千五百一二キロ)以上だと、衝撃波がはねかえって機体に当たるより機体が速くなるので、機体に影響はなくなるという。
行操はなんとか上を見上げると、軍艦色のJ-11が再び編隊をくみ、雨雲が架かってモノトーンに染まった空の彼方へと飛行していくのが見えた。
◇
人民連邦 釜山沖
深度六十メートルの海中では、全体的に細長い形の潜水艦が静かに息を潜めていた。
その潜水艦の名は「ジミー・カーター」と言う。世界一の静粛性を誇るシーウルフ級原子力潜水艦の三番艦であり、特殊部隊を運用するために特別な改修が施されている。
「ジミー・カーター」の艦体上部にはSDV(SEALs輸送潜行艇)が搭載されたドライデッキ・シェルターが二つ備え付けられている。一つのSDVにつき八名の人員を輸送可能だ。
今回「ジミー・カーター」は巡洋艦「カウペンス」の完全制圧を担当する。同海域には他のイージスもいるのだが、それは「オハイオ」の担当だ。
「ジミー・カーター」一番ドライデッキ・シェルター内では、艦上構造物制圧チーム(チーム1)が潜水具を装備していた。
「注水まで三十秒だ。速く正確に着けろよ」
「了解」
その中で部下たちに先駆けて装備を着用したチーム1隊長のシーリングは、部下たちを見ながら言う。
部下たちはシーリングの言葉を聞きつつ装備を着用し終わった。全員がSDVの前に立つ。
『こちらは「ジミー・カーター」だ。注水を開始するぞ。ママの母乳で溺れんなよ』
「チーム1了解だ。『母乳』じゃなくて『おっぱい』っていえよ」
「チーム2了解。母乳か・・・俺のこれじゃダメか?」
チームの隊長達が軽口を叩く。すると、ドライデッキ・シェルターの空気が押し出され、海水がなだれ込んでくる。
「ようし、コックを捻ろ。鼻から吸って口で吐くんだ。忘れんなよ」
「了解。忘れやしませんよ。あの地獄の訓練で叩き込まれましたからね」
「あんときは酷かったよな。睡眠の大切さがよくわかった訓練だった」
だんだんとシェルター内が海水で満たされていく。
『ようし、SDV発進。必ず戻ってこいよ』
「了解だ」
シェルターが完全に水没すると、航海士の声でシェルターの蓋が開き、そこからSEALs隊員を乗せたSDVが後ろ向きに放たれ、動力であるスクリューを作動させて前に進んでいった。
目指すはイージス艦「カウペンス」。