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中露戦争  作者: 集束サイダー
泥沼戦線
13/55

巨人の投石器

「これから死ぬ身だというのに、いつもどおり疲労回復薬を注射してもらったよ。これから死ぬからいいとはいえなかった」

大日本帝国陸軍大将 阿南 惟畿

2015年 8月27日 AM9:23

ロシア モスクワ クレムリン宮殿大統領官邸



大統領官邸の会議室では、二日前のように政府高官が集結していたが、その多くが代理か、負傷状態での出席であった。


理由はもちろんBe-200の墜落によるものだ。搭乗していた五十二人の内二十五人が死亡し、十二人が重症を負って入院するという悲惨な事態になってしまったのだ。


「さて、今回行われた中国のミサイル攻撃は我が軍の奮闘により見事防ぐことができた。」

ロシア連邦大統領のラスプーチンがそういい、頭に包帯を巻いている高官の一人を睨み付ける。


「だが、ミサイルの破片による死者が出てしまった。既に三十二人の死者と百十五人の負傷者が確認されている。それと、中国の黒河市に展開していた我が軍の部隊が中共軍のDF-21によって壊滅した。」

ラスプーチンの言葉に驚きの表情を浮かべている高官も少なくなかった。


「この攻撃を皮切りに中国の見境なしの弾道ミサイル攻撃が始まるだろう。これに対して我が国がただ指を加えて傍観するなどあり得ることではない。」


「当然ながら我が軍は既に報復準備を整えている。現在我が軍の弾道ミサイル潜水艦二隻が千島列島に展開し、中国のミサイル基地と北京、その周辺の工業地帯に照準を合わせているのだが・・・核の使用は控え、あくまで通常弾頭を使用するものとする。これは世間の批判を中国へ逸らすためでもあるな。それと、負傷者を多数増やして復旧に手間取らせることも視野に入れているからだな。たとえば親の仇に復讐するとき、あえて殺さずに両手両足を切断しておくだけにして精神的にも身体的にも苦しみぬかせるような・・・すまない。話が逸れたな・・・」


そういってラスプーチンは水差しでコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。



同時刻 千島列島沖  原子力弾道ミサイル潜水艦『ペンザ』艦橋司令室内部


千島列島沖の海上には、二つの巨大な物体が浮上していた。いや、二隻だろう。一隻は人類最大の潜水艦であるタイフーン級を凌ぐ大きさであり、弾道ミサイル潜水艦であるのに街の名前が艦名につけられた弾道ミサイル原子力潜水艦「ペンザ」と、もう一隻は新型弾道ミサイル原子力潜水艦「ユーリ・ドルゴルーキィ」であった。


こういう(たぐい)の潜水艦は普通なら潜行状態でミサイルを発射するのだが、今回は写真撮影も兼ねて浮上状態でミサイルを発射することになったのだ。


随伴艦のグリヴァク級のヘリ甲板上で、望遠レンズの付いたカメラを持った三人のロシア海軍兵が目の前にいる大型潜水艦を凝視していた。


「いや、しかし凄い大きさだな『ペンザ』は・・・」

「ああ、向こう側にいる『グローム』に匹敵してるぜ・・・」

「『ユーリ・ドルゴルーキィ』の影が薄すぎて困るよなぁ・・・」

彼らは新型の「バルク」弾道ミサイル発射の時を今か今かと待っている。なお、報道関係者等は一切シャットアウトしている状況だ。ロシアの軍艦以外の船はたとえ警備隊の船であろうとも近づけない。



原潜「ペンザ」内部


「この『ペンザ』が世界で始めて敵国の都市に潜水艦発射弾道ミサイルを発射した潜水艦になるな・・・」

司令室内で「ペンザ」艦長のウラージャー・カインコフは司令室の中でそんなことを呟いた。


CICを兼ねる司令室の中は暗く、壁を埋め尽くすように配置されたモニターの光が部下たちの顔を照らしている。


「『バルク』全弾発射準備完了。各ミサイル発射コース、弾着地点の座標指定完了しました。」

「現在速力0ノット。全原子炉異常無し。」

「現在のところソナーに反応はありません。」

「ユーリ・ドルゴルーキィより発射準備完了との事です。」


部下が次々と状況報告するなか、カインコフは腕時計を見ると発射キーを取り出した。


「よし、作戦時刻0900だ。ミサイル発射準備を開始しろ!!」

カインコフが言うと、カインコフは発射キーを差し込み、一気に回した。そして更にもうひとつキーを出し、鍵穴に差して今度は同時にキーを回す。


すると、蓋が開いて紅い発射ボタンが顔を出し、発射可能の旨を伝える緑ランプが点灯した。


「ミサイル区画の乗員は速やかに退避しろ!!」

「目標地点の再確認完了!!コース異常なし!!」

「発射まで三十秒!!全バルクのロケットエンジンの出力、温度異常ありません!!」


カインコフは目を瞑り、家族の顔を思い浮かべる。すると、家族が知らない中国人の家族に変わり、背景が北京のビル街に変わった。カインコフの頭の中で中国人の家族は幸せそうに笑い、和やかに歩いている。


(違う・・・違うんだ・・・私がやるんじゃない・・・)

瞬間、激しい罪の意識を感じたが、中国が核を用いて何をしたかを思い出して振り払った。


「発射まで十秒・・・五、四、三、二、一、発射!」

「行け、行ってくれっ!!」

カインコフが紅いボタンを押し込むと激しい振動が艦体を震わせ、「ペンザ」の胴体から二十四発の「バルク」戦略弾道ミサイルが鼓膜が音の詳細な振動や音量を中枢神経へと伝達するのを拒絶するような固体ロケットエンジンの重低音を辺りに撒き散らしつつそれぞれの使命を果たすべき地へと飛翔していった。


今回発射する「バルク」には核を搭載せず、全てが通常弾頭か、クラスター弾頭であった。本来なら核を搭載するのが普通だが、大統領たっての要望や冷戦時代の終結により核を使用する必要性が著しく低下したため通常弾頭を搭載していたのだ。


ほぼ同時に「ユーリ・ドルゴルーキィ」からも十六発の「ブラヴァ」弾道ミサイルが発射された。


千島列島沖の冷涼な海の上から、四十発の戦略ミサイルが天を目指して舞い上がる。それらの高度はみるみる上がり、電波干渉が非常に激しい熱圏をこえ、限りなく宇宙空間に近い場所へと身を投げ出す。


そしてそれらは慣性で放物線を描き、目標へと烈火の如く突入する。「バルク」や「ブラヴァ」などの弾道ミサイルは、SLBM(潜水艦発射式弾道弾)という種類に分類されているが、潜水艦発射弾道ミサイルのほとんどは尋常じゃなく巨大だ。

アパートに比肩する大きさのミサイルを二十発あまり搭載する戦略原子力潜水艦はまさしく「巨人の投石器」という言葉が似合うだろう。




中国 北京


北京のとある商業ビルの事務所に勤務している張概は毎日のように仕事に追われていた。


特に明日は税務署の調査が入るので、事務所は税務署の人間に見せる書類の整理でてんやわんやだ。


半年前にも税務署の調査が入ったのだが、この会社の売り上げが急激に上昇したので税務署の調査が入ることになったのだ。

張概は書類が詰まった段ボールを持ち、会議室へと運び、会議室のテーブルに段ボールを置く。


「はあ、抜かりのない税務署だな。本当に来るのだろうか・・・先日に言ってくるなんてなぁ」

部長が座りながら会議室に書類の入った段ボールを置いてきた張概に愚痴るように言った。


それに対して張概は

「まあ、悪徳な方法で売り上げを上げた訳ではないですし、きっと通りますよ。」

と答えると、係長代理の王盲新が

「けどな、しかしなんで俺たち見たいな企業の監視には余念が無いくせに共産党の汚職は見逃すんだろうな~」

と言う。


「おい王欄、そんなこと言うと命を取られるぞ」

部長が王盲新に注意する。ふと、外から遠雷のような音が轟く。


「・・・なんの音でしょうね?」

「分からん」


張概が疑問に思っていると、音源がこっちに向かってくるように思えた。

刹那、ロケットのような物がビルの根本に命中し、窓ガラスが粉砕される。


「うわああああ!!!」

「何だ!!何があったんだ!?」

「早く!!早く逃げるぞ!!」


彼らは慌てふためき、条件反射で逃げる者や腰が抜けた者などが現れる。

ビルはどんどん傾斜していく。倒壊するのも時間の問題だ。事務所の色々な物が床を転がり、割れた窓ガラスから下に落ちていった。


張概はパソコンの画面に頭をぶつけ、床を転げおちるが、辛うじて窓枠を両手で掴んだ。


渾身の力でよじ登ろうとするが、ビルがまた揺れて張概は落ちそうになる。下を見るとすくむような高さから、他のビルもロケットの爆風の衝撃波で砕かれて倒壊していくのが目に入った。


窓ガラスが割れる音がしたので上を向くと、部長が椅子と共に窓ガラスを突き破って大渋滞となっている道路へと落ちていった。


「ぶ、部長~!!」

「うわっ・・・あぁぁ」

さらに王盲新が書類を撒き散らしつつ落下していく。張概は落ちまいと必死で掴まるが、ビルは無慈悲に傾いていき、道路を挟んだ隣のビルに激突した。


「おわああああああああ!!!」


張概は隣のビルの窓ガラスを突き破って隣のビルの一室に投げ出されたが、このビルも倒壊し始め、張概は二度までも窓枠を掴むことはできず、ビルの二十一階から落下した。


風を受けつつ頭から落下していると、張概の脳裏にはかつての思い出が浮かび上がっていた。

家族との思い出、同僚や友人との思い出・・・何より母親の顔が頭に浮かんだ。


ふと頭に衝撃を感じたと思ったら、張概は下で渋滞に巻き込まれていた車の屋根を頭から突き破り、車内に落下していた。


知らない女が悲鳴をあげているようだったが耳には入らない。張概の視界には倒壊してくるビルが見えている。ビルはもうもうと煙や瓦礫を撒き散らしながら彼らに覆い被さるように崩れ、下に居た全ての物を押し潰していった・・・




北京 中南海 中国共産党本部前


中南海の中国共産党前の広場にて、共産党党員の凌順は一人中国共産党本部前に佇んでいた。


(共産党員はおおよそシェルターに避難した。部下も退避させておいたからもう安心だろう。)


深閑としている広場には人っ子一人いない。だが二十秒間隔で火の玉と化した巨大なミサイルが北京の各地に着弾し、大きな爆発が起こっていた。


時折ミサイルが分裂し、多数の子弾が空中に広がって幾多のビルディングの表面で炸裂する。


(私は・・・中国共産党党員なんだ・・・国民が逃げ場もない状況で苦しんでいるのにシェルターなんぞに退避していられるか!)


一発のミサイルが四つに別れ、そのうちの二発が中南海目がけて突入してくる。


(・・・・・・来たか・・・)

凌順は目を瞑り、静かに爆発に備えた。


バルク弾道ミサイルの子弾頭が中国共産党本部に直撃し、緋色の焔が辺りを覆いかくす。


凌順は爆発の衝撃波で吹っ飛ばされて頭を打ち付けるが、すぐに立ち上がり、大火災が発生している共産党本部を見る。


本部の右側に連立する形で位置する塔が衝撃波に切断されて前に倒れかかり、激しい地響きと共に地面に叩き付けられて砕け散り、本部の屋上に堂々と掲げられていた国旗にも炎は燃え移り、黄色い星が散りばめられた赤い国旗が紅蓮の炎に蝕まれていく。


「・・・こうも我が国の首都を易々と攻撃してくるような国と戦争を始めるべきではなかったのだ・・・人民の一人も護れずに何が人民解放軍だ!!!」


凌順は北京を攻撃したロシアよりも首都が攻撃されているのに何もできない解放軍の情けなさと自分の不甲斐なさにやりようのない怒りをあらわにした。


「この戦争の責任は私が取ろう・・・・・・いつかその時が来る・・・」


凌順は炎上し続ける共産党本部を見ながらそう呟く。死を恐れない覚悟のこもった言葉であった。

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