空想の世界
壁にもたれてタバコに火をつけた。今演奏しているバンドの曲を耳に入れながら視線を前のほうで目を輝かせながら聴いている女の子に移した。
女の子の名前をマリちゃん。僕の彼女だった子だ。今、演奏しているバンドのボーカルと恋に落ちて僕が振られてしまった感じだ。
またボーカルのほうに視線をうつして、タバコの煙とともに下手くそと毒づいた。
もともとこのバンドと僕のバンドは仲が良かった。良かった。過去形だ。マリちゃんをとられてからもう仲が良くない。いや、僕が勝手に避けているだけかもしれないけれど。とにかく、今日も一緒のイベントに出演をしているけれども、どこか釈然としない気持ちはある。
『僕らは流れ星さ』
そう、ボーカルが歌い、曲が終わった。マリちゃんは前のほうで人一倍大きな拍手を送る。その拍手と視線は、ちょっと前まで僕に送られていたのだ。そして、それらはもう僕に送られてくることはないのだ。
「えー、えっと、次の曲は……」とボーカルは話だす。視線はもちろんチラチラとマリちゃんのほうを見ている。
「僕に大切な人ができて、その人のために作った曲です。聴いてください。空想の世界」
照れながら、チラチラとマリちゃんのほう見ながらそう言ってのけた。マリちゃんも満更じゃなさそうな顔でそれを受け止める。
曲はギターとボーカルからはじまった。
『愛だけじゃ食べていけない。生活できない』
マリちゃんは僕の作る曲好きではなかったらしい。それが振られた理由だ。付き合っている当初は好きと言ってくれていたはずなのに。
僕が作る曲は何人かの心を動かせても、たった一人の――そもれすごく大切な一人の心を動かすことができなかった。それはすごく悔しい。
『音楽は美しいから』
ボーカルが歌う。マリちゃんはリズムに合わせて手拍子を送る。
『音楽は美しいから』
ボーカルが叫ぶ。マリちゃんは飛び跳ねる。
『音楽は世界を救う』
僕はそう思わない。音楽が美しいとも思わないし、音楽が世界救うとは思わない。だって、僕は音楽でこんなにも不幸になってしまったじゃないか。
演奏が終わった。最後にボーカルソロが入る。
『愛こそ全て。愛こそ全てだって信じ続ける』