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桎梏の番  作者:
番外編
7/8

王弟2

遅くなって申し訳ありません!

前回に引き続き、優しいリシュを期待している方は回れ右お願いします。ちょっと短め。

「これで今日の分は終わり・・・と。」


私は机の上に広げられた最後の書類に印を押して、軽く伸びをした。それから窓の外に目を向ける。今日は快晴だ。雲ひとつ無い。けれども少しもすがすがしい気分にはなれなかった。


ここ最近ずっとそうだ。何かが心の隅に引っかかっているようで、でもその何かの正体がつかめない。一体自分はどうしてしまったのだろうか。それもこれもあの大叔母上に原因があるのかと思うと腹が立ってくる。あの老婆があんなことを言わなければ、いやそもそも兄である国王の命令に素直に従ったりしなければこんなことには・・・・


コンコン、と部屋の扉がノックされる音に、私ははっと我に返った。随分と不敬なことを考えていたものだ。いくら兄弟とはいえ、今は一国の王とその臣下なのだから。

入室を許可すると、文官が一人入ってきた。おそらく仕事の進み具合を見に来たのだろうが、生憎すでに今日の分は終えてしまっている。


私はその文官に今日作った分の書類を纏めて渡すと、座っていた椅子に深く背を預けてもたれかかった。そのあいだも胸の中はずっともやもやしていて、知らず知らずのうちにため息が漏れる。しまった、と思い辺りを見回すが、文官はとうに部屋を出た後だった。さすがに部下にため息をついているのを見られるのは多少困る。文句を言われることはないだろうが、変に心配されても面倒だ。自分でも説明なんて出来ないのだから。


ぼんやりしているうちに、ふと何日前だったか捕らえられたという間者の話を思い出した。一体どうなったのだろうか。聞くところによると、まだ少女とも言えるような年齢の娘だったらしい。なぜそんな者が間者などをしているのだろう。甥が口を割らせようとしているが、知らないの一点張りだそうだ。

捕らえられたという少女のことを考えていると、胸がどくりと大きく脈打った。そういえば、少女が現れた日もそうだった。結界が破れるのを感じて、それで――――


そこまで考えて、私はごまかすように首を振ると、なんとなく再び窓の外を見た。考えることに意味はない。別段、会いに行こうとは思っていないのだから。


窓の外は、やはりいい天気だった。私はまた小さくため息をついた。


「・・・・気分転換でもしようか。」


窓の外を見たまま誰にとも無く呟く。なんとなく言ってみただけだったが、口に出してみると案外いい考えのように思えた。

私はそうすることに決めて、席を立った。そうだ、久しぶりに東の庭園に行こう。そう考えると少し胸の中の霧が晴れていくような気がした。


わたしがこの日、こんな風に思い至ったのも、もしかしたら大叔母上の言うところの”神の采配”だったのかもしれない。




+ + +



この城の中には南と東に二つの庭園がある。南の庭園は色とりどりの花と優雅で荘厳なデザインの施されたアーチや桟橋が美しく、華やかだ。それに比べると、東の庭園は少し地味かもしれない。花というよりも蔦や緑の若芽たちが彩るこの庭園は、南の庭園ほどの人気はなく、訪れる人も少ない。けれども私はどちらかというとこちらの方を好んでいる。人が少ないというのも良いし、何より南の庭園は派手すぎて落ち着けなかった。


そんなことを考えながら東の庭園に向かって廊下を歩いていた。途中何人かの城の者と出会い、頭を下げられたので、笑顔を返しておいた。別段急ぐ必要も、そのつもりも無かった。だというのに、なぜか足が急いてきて、城の者への対応もおざなりになってしまっている。普段は足を止めるくらいのことはするというのにだ。こんなに急いでいては、何事かと思われてしまうだろう。けれども、意に反して足は早く早くと、勝手に進んでいった。


そうしていると、ふいに城内の人々がざわざわと騒ぎ始めた。一体何事だろうかと眉をひそめる。兵士の一人から声をかけられたのは、そんな城内の様子が気になって辺りを見回したときだった。


「王弟殿下!」

「どうしたの?そんなに慌てて。」


目の前で息を切らせている兵士にそんな風に尋ねる。何かあったのだろうか。話を聞くために止まった足に、先ほどまでとは違い、なぜか苛立ちを感じた。


「ハッ!先日王子殿下が捕らえた間者が脱走しました!いま王子殿下が城内を捜索しておりますが、未だ見つかっておらず・・・。王弟殿下に置けましても、見つけましたらご報告ください。すぐに向かいます!」


そう言って慌てて去っていく兵士を私は呆然と見送った。先日王子――ディーが捕まえた間者とは、例の少女のことだろう。それが逃げ出した。


気がつくと、わたしは先ほどよりも一層の早足で歩き出していた。立場上、先ほどの兵士のように走ることが出来ないのがもどかしい。

向かう先は当初の目的と同じ、東の庭園。なぜ自分がこんなにも焦っているのかもよく分からないまま、けれども何かに突き動かされるように、そこを目指した。



東の庭園は、城内の喧騒も我関せずといった様子で、しんと静まり返っていた。さわさわと緑の蔦が風に揺れている。そこに着いてようやく止まった足に、わたしは小さく息をついた。


なぜこんなにも慌ててこの場所に来たのか。なぜか間者の少女が逃げ出したと聞いて、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。その理由もよく分からないままに、私は辺りを見回しながら庭園の奥へと足を勧めていった。


「!」


ふいに、カチャリという小さな音を耳が拾った。草花の立てる葉音とは違う、無機質で人工的な音。私は音が聞こえてきたほうを振り返った。見た目には何もない。けれども確かにそこに誰かがいると、竜の敏感な感覚が伝えてくる。どくんどくんと、心臓が鼓動を刻むのが分かった。


「誰かいるの?」


勤めて優しい声を出す。そこに隠れている何かが息を吐くのが分かった。普段ならそこまで分からないはずなのに、なぜかいつにも増して感覚が敏感になっているらしい。

その敏感な感覚が私に伝えてくる。ああ、きっと今彼女(・・)は怯えているのだ。怯えさせてはいけない。そこにいるのは小さくて弱い生き物なのだから。傷つけてはいけない。大切にしないといけない。大事に、だいじに。


「まもってあげなくちゃ。」


知らず知らずのうち、唇から言葉が漏れ出していた。でも、それが真実。


私はゆっくりとその場を離れた。彼女が隠れている場所に行くには、少し迂回しないといけない。蔦のアーチを曲がったとき、ふらりと一人の少女が倒れていくのが目に入った。そのままでは地面にぶつかってしまう。それ以外のことは何も考えられないまま、少女に向かって駆け出した。


腕の中に抱きとめたのは、小さく、暖かいからだ。柔らかい肌。そっと腰に手を回すと、驚くほど細かった。


「大丈夫?」


そう声をかけると、少女がゆっくりと顔を上げた。揺れる髪も見開かれた目も、吸い込まれるような黒。捕らわれた、と思った。捕らえた、とも思った。

全身が、歓喜に震えるのを感じた。


少女はこちらを見たまま呆然と口をあけている。唇から小さく声が漏れた。どうか、その声で私の名を呼んで欲しいと、心底思った。

けれど、


「ひっ、いやぁっ!」


ふいに腕の中の彼女が手を突っ撥ねた。その拒絶の声に、うっかり彼女を離してしまう。そのまま少女は後ろへ倒れこんだ。けれども構わずに、そのまま少女は私から逃げるように後ずさる。


「やめて!お願い。こっちにこないで・・・・・!」


いやいやと首を振る黒髪の少女が、全身傷だらけのひどい有様であることに、いまさらのように気付いた。やけどの痕に、切り傷。本来爪があるはずの場所には、黒ずんだ血の塊が見える。重そうな錠のはめられた手には、痛々しい風穴が開いている。少女は、動くことも辛いだろうに必死で首を振っていた。


―――――誰が、こんなことを。


奥歯がぎりっとかみ締められる音が聞こえてきた。その音の主が自分であることに気付くのに、そう時間は必要なかった。一体、誰が彼女にこんなことを。


私のツガイを傷つけた。許せない。彼女を傷つけた奴ら。



――――ミンナコロシテヤル。



「いやっ・・・・。っめんなさ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ、やだっ・・・・・!」


少女の泣き叫ぶような声に、ふっと我に返った。いけない。今はこんなことを考えている場合じゃない。今はこの哀れで愛しい少女を安心させてあげなくては。怯えさせてはいけないのだ。


私は少女に向かって両腕を伸ばした。頬に、涙の後が見える。いつのものだろうか、すっかり乾いてしまっている血混じりのそれ。ねぇ、君を泣かせたのはダアレ?



「かわいそうに。誰がこんなひどいことを・・・・・。」


私は再び彼女を腕の中に抱き込んだ。細い肩がびくりと揺れる。暖かな彼女の体はどこもかしこもひどくやせ細っていて、少しでも力を入れたら簡単に折れてしまいそうだった。

震える少女の背をなだめるように撫でる。大丈夫、私は君を傷つけたりはしないから。そんな気持ちを込めて、優しく、ゆっくりと。

そうしていると、ゆるゆると少女が顔を上げた。黒い瞳と目が合う。少女の瞳には、すがるような色が溶けていた。


「もう大丈夫。私が守ってあげるから。」


そう言ってわずかに腕に力を込めた。少女と触れ合っている場所から、じわりじわりと熱が広がっていくかのようだった。

少女の瞳が潤んでいく。水の中に沈んだ黒い瞳が、どんな宝石よりも美しいと思った。


「ふっ、うぁ、あ、うわあぁぁぁあぁあん!!」


少女が私の胸元に顔を押し付ける。私に必死ですがりつき、子どものように泣く少女。大丈夫、大丈夫と言いながら、私はその骨の浮き出た背を撫でた。彼女が腕の中にいる幸福とは別に、すがれる者は私しかいないのだという(くら)い喜びのようなものも感じていた。けれどもそれで良い。やっと、やっと見つけたのだから。


君には私だけいればいいんだ。


彼女の暖かい涙が服に染み込んでいくのを感じながら、私は小さく笑った。


気がつくと、いつの間にか少女は泣きやんでいた。見ると血がにじんでいながらも柔らかそうな唇から、すぅすぅと小さな寝息が漏れている。泣き疲れて眠るなんて、本当に子どもみたいだ。私はまた小さく笑って、きゅっと少女を抱きしめた。


愛おしい、愛おしい。こんなにも愛おしいものだなんて思いもしなかった。


「やっと見つけた。ずっと会いたかった。

――――――私の(つがい)。」


もう二度と、迷子になんてさせないよ。



くったりと力の抜けた少女の体をそっと抱き上げて、私は庭園を後にした。




微妙に病んできたリシュ・・・。


近いうちに更新を再開させたいと思っています。

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