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桎梏の番  作者:
番外編
6/8

王弟1

お待たせしました!リシュ目線での話です。長い上にヒロインはまだ出てきません。

また、優しいリシュを期待している方はそっとページをお戻りください。実はそうでもないんだよっていう・・・。気付いてる方もいらっしゃる気がしなくもないですが。


忠告はしましたよ!それでもよろしければどうぞ~


私には長いこと番がいなかった。


私たち竜の血を引くものは、人よりもはるかに長い時を生きる。その長い年月を共に過ごすことのできる唯一の人間。それが竜の番だ。

どんな竜でも例外なく持つ、元始の頃にその魂を繋いだ存在。現にこの国の王であり、私の兄でもある男も、六十年ほど前に自らの番と出会っている。人間であればすでにかなりの老齢である二人だが、その容貌は未だに二十代の若者そのものだ。番は竜と同じく緩やかに年を重ね、長い時を生きてゆく。

また、必ず金の瞳を持つ私たち竜の血を引くものとは違い、番は外見上はただの人間と変わらない。けれども私は今まで番と出会えなかった竜というのは聞いたことがなかった。兄上や他の親族たちによると、出会った瞬間にそうと分かるらしい。同じように番のほうも、不思議と自らの竜に惹かれるのだと。


私は未だそのような存在とは出会っていなかった。けれども別段それをどうにか思うようなこともなかった。

でもあの日、あの庭園で初めて君に出会って。


私はその存在の意味を知ったのだ。




+ + +



「叔父上!」


背後から響いてきた弾んだような低い声に、私はそちらを向いた。


その日、私はいつもの様に城内を一人で歩いていた。一人、とは言っても大抵の場合会う人会う人が私に話しかけてくるために、厳密にはそう言うわけでもなかったのだけど。この時も城勤めの高官との、公用のような世間話のようなどっちつかずの会話を丁度終えたところで、頭を下げて去っていくその背中を見送っていたときのことだった。


「あぁディー。おはよう。」


こちらに向かってくる金の瞳を見とめて、わたしは人から常々”慈愛に満ち溢れた”と形容される笑みを浮かべた。私のほうにはそんなつもりは全くないのだけど、他人からはそう見えるらしい。


「はい。おはようございます、叔父上。」


それは兄王に言われ、幼い時分から何度となく話し相手になってやるうちにすっかり私に懐いたこの青年も例外ではないようだ。

私の言葉に青年―――キサネア王国”王子”ディネイアは、私よりも幾分か色の薄い金の瞳を緩やかに細めて、にっと人懐こい笑みを浮かべた。


「それにしてもさすがは叔父上ですね。」

「?・・・何がだい?」


ディーの言葉に、私は顔に笑みを浮かべたままわずかに首をかしげて見せた。


「叔父上はいつも、貴賎を問わずどのような者にでもわけ隔てなく接しなさる。そんなあなたを皆も慕っています。」

「そんなことはないよ。ディーは私のことを買いかぶりすぎだ。」


ディーの言葉に私は苦笑した。この甥が、いや他の多くの人間達もそうだが、私に幻想のようなものを抱いているのは知っている。そんな風にとられてしまうような言動をとってきた私にも非はあるのかもしれない。けれども何がどのような者にでも、だ。皆どうして気付かないのか。

私は一度として、そのような者たちに自分から話しかけたことなどないというのに。


「ご謙遜を。俺も叔父上のように皆に慕われる、そんな王になりたいものです。」


照れくさそうに笑いながらもなおも言い募るディーに、私はただ小さな笑みを浮かべたままでいた。



「・・・・そういえば、ディー。私に何か用があったのではないのかい?」


面倒になってそう話を切り替えた私に、ディーはしまった、というような顔を浮かべた。この青年は父親―――つまりは私の兄だが、彼と同じで、どこか感情が顔に表れやすいところがある。為政者としてはどうなのかとも思わないでもないが、親しい者の前以外ではきちんと外面を保っているということもあるため、わざわざ咎められるようなことでもないのだろう。


「そうでした。申し訳ありません叔父上。叔父上と話すのは久しぶりだったものですから・・・。」

「構わないよ。私は気にしていないからね。」


気にしていない、というよりは興味がない、と言ったほうが正しいのだけど、わざわざそんなことを言って波風を立てる必要もない。私はただ微笑を浮かべたまま、それで?と続きを促した。

そんな私に、ディーはきちんと表情を引き締めて甥っ子ではなく王子としての顔に戻ると、静かに要件を告げた。


「国王陛下がお呼びです。」


私はディーの言葉にわずかに目を細めると、分かったとうなずいた。




「お前、大叔母上に会って来い。」

「はぁ・・・、大叔母上、ですか。」


私が謁見の間に着いて開口一番、兄上から発せられた言葉に、私は思わずぽかんと口を開いた。大叔母上とは、久しく聞く名だ。最後に会ったのは確か兄上の戴冠のときだったはず。四十年ほど前のことになる。

私は歳月を重ね、しわに覆われた、どこか独特の雰囲気を持つ小柄な老婆のことを思い出した。私や兄上が小さい頃彼女はよく王宮に顔を出していたので、会話することこそほとんどなかったけれど見かけることも多かった。けれども私たちが成人するころには、王宮に来ることもめっきり減っていたはずだ。

なぜ兄上は急に、そんな彼女に会いに行けなどと言い出したのだろうか。


「大伯母上のお力については、お前も知っているだろう。」

「・・・ああ、なるほど。そういうことですか。」


不思議そうにしている私に気付いたのだろうか、兄上はそう続けた。その言葉に私は頷く。なるほど、合点がいった。


「それで、大伯母上に何を聞けば良いのでしょうか?」


私の言葉に兄上は、聞かずとも分かっているだろうとでも言いたげに、軽く眉をしかめる。確かに予想はついているが、私は何も言わずただ壇上の兄を見上げた。


「まったく、お前は・・・・。」


額に手を当てて、はぁ、と兄上はため息をつく。けれどもすぐにきっとこちらを見据えるとこう言い放った。


「分かっているんだろう。・・・・・お前の番のことだ。」


やはり、と思う。近頃この兄は、会うたびにとにかくそのことばかり聞いてくる。長年共に過ごしてきた兄弟だ。お互いのことはよく分かっている。恐らく兄上は、私に自分で番を探しに行く気がないと気付いているのだろう。

けれども私はそんな兄に言い返すために口を開いた。

番なんていてもいなくても同じ。なぜ皆が躍起になって求めるのか、全く理解出来なかった。


「兄上。そんなことをせずとも番というのは惹かれあうものなのでしょう?ではその時になればおのずと出会うはず。まだ出会っていない、ということは私の番は未だこの世にはいないのでは?」

「だからそれを聞いて来いといっているんだ。お前も早く己の番を見つけて身を落ち着けろ。」

「ふふ・・・、まるで私が遊び呆けているかのような言いようですね、兄上。」

「そんなことを言っているわけじゃないだろう。俺はただ・・・」


「リシュジオ様。」


思わず険悪になりかけた広間の内に、りん、と澄んだ高い声が響く。私は声の主である、兄上の隣に座る人物に目を向けた。


「お願いします。どうか陛下のお言葉をお聞きください。・・・・わたくしも陛下も、ただあなたのことが心配なのです。」

「・・・義姉上。」


悲しげに眉を寄せる、美しさよりも愛らしさが目立つような女性だった。その肩を、兄上が愛しげにそっと抱き寄せる。彼女はこの国の王妃であり、兄上の番だ。この二人も他の番たちと同様、いつも非常に仲睦まじい。五十年以上も、よくも変わらず愛し続けられるものだと思う。

兄上は、そっと目を伏せてしまった妻を少しの間見つめていたが、すぐに居住まいを正すと、膝をついている私に言い放った。



「とにかく、これは頼みではなく命令だ。

・・・・リシュジオ=ルディナール=ディ=キサネア。王としてそなたに命じる。大伯母上に会い、自らの番についてできうる限りの事を聞いて来い。」


私は王の言葉に、静かに頭を下げた。




+ + +



私たち竜の血を引く王族の中にはごく稀に、特別な力を持って生まれてくる者がいる。

それは例えば、はるか遠くのものをその場から動くことなく見通すことが出来たり、相手の考えていることを読み取ったりすることが出来るといった物だ。遥か昔には瞬時に別の場所に移動することの出来る力を持った者もいたそうだが、もちろん私にはそんな力はない。それは兄上もディーも同じだ。


私は目の前に座る小柄な老人をそっとうかがった。わずかに曇った瞳がこちらを見返している。静けさをたたえてこちらを見る金色の瞳は、そこにいるだけだというのに自分ですらも知らないような内面まで全て見透かされているかのようだ。私は困ったように眉間にしわを寄せた。


人とは一風変わった不思議な空気を持つ老女。この女性こそ現在の王家では唯一その不思議な力を有する者、占いをさせれば外れることは決して外れることは無いとうたわれる、我らが大叔母上だった。


「・・・・聞きたいのは、番のことでいいんだね?」


ひどく掠れてしまっているのに不思議とよく響く声に、私は一瞬誰が発したものか理解することが出来なかった。けれどもすぐにここには自分と老婆の二人だけしかいなかったと思い出す。

王城のある王都からは幾分離れた小さな町。その外れに建つそれほど大きくはないが綺麗に整えられたこの屋敷に、彼女は一人暮らしている。聞けば十年ほど前に番であった夫をなくしたそうだ。寂しくはないのだろうかとも思うが、他者の目線を気にしなくても良いのだから、これはこれで気楽なのかもしれなかった。


「私が聞きたい、というよりは陛下の命令なのです。私としては、その時まで待つべきだと思うのですが。」


苦笑混じりに言った私の言葉に、大叔母上はただわずかに目を細めてこちらをじっと見ただけだった。けれどもその目がお前の本心は分かっている、と言外に語っているようで、少しだけ居心地が悪かった。


「・・・・まぁ、よい。見てやるからもうちっとこちらにお寄り。」

「はい。」


言葉と共にその金の瞳は伏せられた。そんな彼女にどこかほっとしながら、私は大叔母上が座る木造のイスのほうに近づくと、そのままその足元に膝をついた。私は自然と大叔母上を見上げる形になる。

言われたとおりにすぐ近くまで寄ると、不思議な力を持つ老女は、重ねてきた長い年月を感じさせるしわだらけの手を私の額の辺りにかざしたまま、少しの間静かにこちらを見ていた。けれどもそれは私を、というよりは私を通して別の何かを見ているかのようだった。



「・・・・・ふむ、なるほど。もうよいぞ。」


大叔母上の手がすっと離れたのを見送って、私は立ち上がった。どうやら占いを終えたらしい老婆は、静かに口を開いた。


「そなたの番は、まだこの世界にはおらぬ。」


老女の言葉に、私はやはりな、と思った。そしてそれと同時に、私は何か言いようのない不思議な感覚を覚えた。それははたして安堵なのか、それとももっと別の感情だったのだろうか。

けれども続けて老女から発せられた言葉に、深く考える間もなくその不思議な感覚は、ふっと霧散してしまった。


「しかし、すでに生まれてはおる。」

「・・・・・は?」


わたしは思わず眉をしかめた。この世界にいない、というのは生まれていないというのと同じ意味ではないのだろうか。けれども老女は番は既に生まれている、と言う。

訳が分からなかったので、私はそのまま無言で続きを促した。


(まよ)()に、なってしまったのじゃのう・・・・・。」

「・・・・迷い子?」


目を眇めてどこか遠くを見つめる老女は、哀れんでいるようにも、面白がっているようにも見えて、なぜかなんとなく不快な気分になった。


「そうじゃ。そなたの番の魂は、こちらに生まれてくる前に皆とはぐれて、一人異なる場所に行ってしまったのじゃろうて。」

「異なる場所、ですか。」


大叔母上はこくりと頷いた。


「彼の者がいるのはこことは異なる世界。同じ場所にありながら、決して混じることのない異世界よ。」


決して混じることはない。それならば私とその番というのは―――。


「では私たちは一生出会うことはない、と。そうおっしゃるのですね。」

「そのようなことは誰も言っておらぬ。」


なぜか胸に穴が開いたかのように感じながらも、私はそう呟いた。なぜこんなにも苦しく感じるのか、自分でも分からなかった。私にとっては番なんて、どうでもいいもののはずであるのに。

けれどもすぐに告げられた言葉に、私は知らず伏せていた目を大叔母上のほうに向けた。

結局何がどういうことなのか、この老女の話し方はまわりくどすぎる。


「番と出会わぬ竜などおらぬ。・・・・・心配せずとも近いうちにこちらに来るじゃろうて。」


それが神の采配というものじゃよ、と囁いた老婆の声は、もう私に届いてはいなかった。




+ + +



その日はなぜか、朝から気分が落ち着かなかった。ただでさえこの頃は何をしていても、ふと気付くと何かを探すかのように目線を宙にさ迷わせていることが多くなっていた。城勤めの者たちは誰一人として気付かなかったけど、ただ一人、兄である王だけがどうかしたのか、と私に声をかけてきた。私は何でもありません、といつも笑顔で首を横に振っていたけれど、本当は自分でも原因は分かっていたのかもしれない。


大叔母上の元を訪ねてから、一月近くが経過していた。



いつにも増して落ち着かないその日、私は気を紛らわすためにも、自分の執務室で朝から公務を行っていた。それでもやはり、気がつくと部屋の周囲を見回している。仕事もあまりはかどらない。

それが起こったのは、そんな自分に向けて小さくため息をついたその時だった。

ぴぃん、と城に張られた結界が歪む音がして、私は書類に落としていた目線を上げた。それほど驚いたわけでもないのになぜか妙に心臓がどきどきと早鐘を打っていて、私は首をかしげた。


少しして、部屋の外が慌しくなってきた。ちょうど部屋に入ってきた文官に聞いたところ、どうやら城内に何者かが侵入したらしい。現場にはディーが何人かの近衛を連れて向かったということだった。

ありがとう、と文官に礼を言いながら、私はここ最近ぴりぴりと殺気立っている甥の姿を思い浮かべた。ここ数日、立て続けに王城内に間者が入り込んできている。豊かな国土を有するこのキサネア王国は、周辺諸国からしてもひどく魅力的な場所なのだろう。各国が隙あらばとこの国を狙っているのはすでに周知の事実だ。ただでさえ続く間者に苛立っていた甥だったが、先日巻き込まれた王妃―――彼の母親が怪我をして以来、いっそう頭にきているようだった。


今回捕らえられた間者は、知っていることを全て話すまでひどい拷問にかけられることになるのだろう。


別に私にとってはどうということもない話のはずなのに、そこまで考えてなぜか喉の奥に何か重たいものが詰まっているようなひどい不快感を覚えた。妙に息苦しくなって、服がしわになるのも構わずぎゅっと胸の辺りを握り締める。そんな私に気づいた文官が声をかけてきたので、私は平気だよと笑って胸から手を放した。



王子が間者を捕らえた、という報を聞いたのは、それから間もなくのことだった。




途中で切ろうかとも思ったんですが、きりがいいのでここまで。きちんと見直していないので、修正するかもしれないです。

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