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桎梏の番  作者:
本編
5/8

エピローグ

本編最終話です。



「ユキ。」


庭園に置かれたベンチに座って本を読んでいると、ふいに後ろから最愛の人の声が聞こえた。わたしは手にしていた本を膝の上にのせると、声の方を振り返ろうとする。けれどその前に後ろから腕が伸びてきて、ふわりとわたしの体を包み込んだ。


「どうしたのリシュ?」

「どうしたの、じゃないよ。あまり日に長く当たっては体に障る。」


ベンチを挟んでわたしを後ろから抱きしめる人物が、穏やかなテノールで囁いた。声の方を見ると、すぐ近くに優しい笑顔。わたしはそっと彼の腕に手を添えた。


「いいじゃない、少しくらい。」


そう言って唇をとがらせてやると、リシュは困ったように眉をしかめた。そんな顔も綺麗で、どきりとしてしまう。


「先生も部屋にこもってばかりじゃなくて、外に出なさいと言っていたし。」

「それはそうだけど・・・・・。」


ふぅ、と小さくため息をつくとリシュはわたしに巻きつけていた腕を外し、わたしの隣に座った。そうしてわたしのおなかにそっと手を置く。リシュの手はふわりと暖かかった。


「でも不安なんだよ。君達()に何かあったらと思うと。」


そうつぶやくとリシュは壊れ物でも扱うみたいにそっとわたしを抱きしめた。すぐ傍に彼がいることが嬉しくて仕方ない。自然と頬が緩むのを感じた。


暖かい腕の感触に、ふとあのときのことを思い出した。拷問されていた私を牢屋まで助けに来てくれたときのこと。思えばあれがわたしのファーストキスだったのだ。

懐かしい。触れるだけのキスを思い出して、わたしの口から小さく笑い声がもれた。


「何を考えてるの?」


そんなわたしの唇にリシュの指が触れた。じわりと熱がともる。


「昔のことを思い出してたの。」

「昔って・・・・・、もとの世界にいたときのこと?」


リシュの言葉に、わたしは首を横に振った。


「リシュが牢屋までわたしを助けに来てくれたときのこと。」


ありがとう。続けてそう言うと、リシュはとろけそうに甘い笑みを浮かべた。




リシュが助けに来てくれたとき、何故か眠ってしまったわたしが目を覚ましたのはいつもの天蓋付のベッドの上だった。正確にはベッドの背にもたれかかるようにしているリシュの腕の中。

眼が覚めたときはすぐ近くにある蜂蜜みたいな黄金色の瞳にどきどきした。それでもこういったことはいつしかよくあることになってしまっていたので、とりあえずおはようと言ったのを覚えている。

そんなわたしにリシュも柔らかくおはようと返した。


やっぱりリシュの腕の中にある体にはどこにも傷はなくて、わたしは首をかしげた。夢を見ていたのかと思った。

けれども着ている服が変わっていたので、すぐに夢ではないと理解したけれど。それと同時に自分がついていたひどい嘘のことも思い出した。


リシュを騙して利用したわたし。間者云々はともかく、金の目の男の言うことは、その点においては正しいのだ。

そんなことなんて少しも知らずに、またわたしを助けてくれたリシュに罪悪感がこみ上げてきた。けれども同時にそのことに対してのおさえきれない喜びが胸いっぱいに広がった。本当にわたしはどうしようもない。このままだとリシュの優しさに甘え続けてしまう。わたしはきちんと本当のことをリシュに話すことにした。例えそれで今の関係が崩れてしまうのだとしても。


―――――あのね、リシュ。本当はわたしはあなたの番なんかじゃないの。だってわたしはこの世界の人間じゃないから。


だから、嘘をついてごめんなさい。言っているうちに目の前がぼやけてきた。リシュは黙ってこちらを見つめていた。澄んだ黄金の瞳を見ていられなくて、わたしは視線を落としながら何度も何度も謝る。歪んだ視界に入ってきた自分の拳は、ぎゅっと握り締めていたせいで白くなっていた。

優しいリシュだって、さすがに怒るだろう。この人も冷たい目でわたしを見下ろすようになってしまうのかもしれない。自業自得だ。それでも。

お願い嫌わないで。わたしはあなたのことが好きなんです。


わたしはまたごめんなさいと呟いた。


続く沈黙にやがて謝罪のための声すら出なくなって、部屋の中にはわたしがすすり泣く声だけが響く。


――――知ってたよ。


唐突に、顔を伏せていたわたしの頭の上から優しい声がふってきた。一瞬息が詰まる。ぼろりと目からひとつ雫がこぼれた。


「知っていたよ。君がこの世界の人間じゃないってこと。」


はじめは聞き間違いかと思った。けれどもその後に続けられた言葉に、わたしはおそるおそるリシュを見た。


そこにあったのはいつもとなんら変わらぬ優しい笑顔。変わらずわたしに向けられるそれに、また一つわたしの目から涙がこぼれた。


―――――なら、どうして。


リシュは知っていた。信じられない思いで呟いた私を優しくリシュが抱き寄せる。


「それでも君は私の番。君は私を竜に変えた。それができるのは神によって定められた番だけだ。」


リシュの言葉はよく意味が分からなかった。竜に変えた、というのは何かの比喩なのだろうか。でもそんなことはこのときはどうでもよかった。私にとって何よりも重要だったのは始めの一言だけ。わたしの真実を、本当のことを知った上で、リシュはそれでも私を番だと言いきったのだ。心が震えて、じわりと何かが体の内に広がるのを感じた。


ぱちりと目を瞬かせた拍子に目から零れ落ちた雫をリシュの長い指がそっとすくい取った。そのままぺろりと舐めとる。ちらりとのぞいた赤い舌がひどく艶めかしくて、こんなときだというのにわたしは思わず見とれてしまった。


「悲しい味がする。私がきちんと話さなかったために不安にさせてしまったんだね。ごめんねユキ。」


つらそうに顔をしかめるとリシュは私に顔を近づけた。あっと思うまもなくリシュの唇がわたしの(まなじり)に吸い付く。どくりと心臓が震えた。

どうしてそんなことをするの。そんな風にされたら期待してしまう。


あなたも私を好いてくれているのかもしれない、なんて。



「・・・・・知っている?あのおとぎ話には続きがあるんだ。」


唐突にリシュがそう言った。わたしはゆるやかに細められたリシュの瞳を見た。そこに宿る色は何処までも優しくて、ほんのりと熱い。


「『竜の番』だよ。彼らは神によって番となり、国を建てて共に生きた。おとぎ話はそこで終わってる。・・・・では彼らと彼らの子孫達は、それからどうなったと思う?」


竜とお姫さまの子孫。それはすなわちリシュたち王族のことだといわれている。

ふたりは結ばれて幸せになった。それから・・・・・。それから、どうなったのだろう。

わたしは小さく首を横に振る。リシュはそんなわたしを見て少し笑った。


「竜は人よりもずっと寿命が長かった。姫は当然、竜を残して先に死んでしまった。覚悟していたこととはいえ、竜は嘆き悲しんだそうだよ。人のはかなすぎる命を。

そうしているうちに彼はふと思うんだ。自分と姫の間に生まれた子ども達はどうなのだろうか、と。」


竜と人間の子ども。彼らは、はたして人と竜、どちらにより近いのだろうか。

わたしはリシュの話に耳を傾けながら、何を考えているのか掴めない彼の瞳をじっと見つめた。


「結論を言うと、竜ほどではないとはいえ彼らは人よりもはるかに永い時を生きた。竜はこのままでは、自分の子孫達が愛するものと同じ時を生きるのは永遠に不可能なのだと気付いたんだ。竜はその苦しみを知っていた。」


どれだけ愛してもその人は必ず自分を置いて先に死んでしまう。そして自分は愛する人を失った後も永い時を生きてゆかねばならない。いつかやってくるそのときを恐怖しながら、果たして人は狂わずに生きていけるんだろうか。


「だから竜は願った。自らと姫を番わせてくれた神に。子孫たちが愛する人とともに生きられることを。」


頭の中に、ぼろぼろと涙を流しながら神に祈る竜の姿が思い浮かんだ。胸がぎゅっと締め付けられる。それは人と何一つ変わらない、子を思う親の姿だった。


「神はその願いを聞き届けた。同じように竜の子孫達にもそれぞれ番を作ったんだ。けれども姫と竜とは違い、今度はこの世に生れ落ちる前の魂同士で番わせた。そうして永い時を共に生きるために、二つの魂を強く強く繋ぎ合わせた。」


リシュがそっとまぶたを下ろす。そうして微笑む姿はまるで一枚の絵のように美しかった。


「―――――私たち竜の血を引くものは選ぶんだ。生まれるよりもずっと前に。その魂で()って、自分の番となる存在を。」


目を開けてしっかりとこちらを見つめる瞳には、確かな熱がともっていた。


リシュの話には所詮おとぎ話だとはいえない何かがあった。黄金色の瞳から目を逸らすことができない。選んだという言葉にどうしてか懐かしさのようなものがこみ上げてきて、止まったと思った涙がまた瞳に膜を張るのを感じた。


「迷子になってしまっていた私の番。ようやく私のもとに帰ってきた。」


リシュの綺麗に整った顔が少しずつ、優しい笑みを浮かべながら近付いてくる。わたしはそっと瞳を閉じた。拍子にぽろりと涙が一つ頬を伝った。


「愛してる。」


吐息が唇に触れるほどすぐ傍で聞こえた声。二度目のキスは、幸福の味がした。






わたしはふふっと笑うと、リシュの頬にちゅっと小さく音を立ててキスをした。リシュがびっくりしたようにこちらを見る。


「どうしたの?ユキ。」

「わたし、リシュのこと好き。」


リシュの首に腕を回してそう言うと、リシュの目がまん丸になった。でもすぐに柔らかい笑顔を浮かべる。


「私もユキを愛してるよ。」


バカップルだ。じゃなかった、バカ夫婦だ。でもいいの。ほんとに好きで好きでたまらないのだから。


わたしたちは結婚している。あれから少しして夫婦になった。挨拶のためにリシュのお兄さん、つまり国王陛下にも会ったのだけど、さすが竜の血を引いているだけあってあんなに大きな息子がいるとは思えないくらい若々しかった。

兄弟というわりにリシュとはあまり似ていない、それでもやはりというかなんというかとても整った顔をしている人だった。聞くところによると竜の血を引く者はみんなそうなのだとか。うらやましい。


ちなみに息子というのは例の金の目の男だ。あの男のことを考えると今でも体が震える。リシュの妻となった今ではもう二度とあんな目にあうことはないと分かっているけど、それでも恐怖は消えなかった。

そしてあの事件による弊害がもう一つ。


「ユキ、そろそろ部屋に戻ろう。もうすぐ庭師が来る時間だ。」

「っ!・・・・うん。」


どうにもあれから対人恐怖症気味になってしまった。リシュが一緒だったらある程度は大丈夫だけど、それでもできるだけ他人と関わりたくないことに変わりはない。


怖いのだ。考えすぎだというのは分かっている。それでもリシュ以外の人を見ると、体が震えてしまう。

なさけない。もう終わったことなのに、いつまでも引きずって。


気分が少し沈む。リシュが困ったようにこちらを見ているのに気付いたけど、どうしようもなかった。


「!」


すると、おなかの辺りに衝撃が来た。それほど痛くはなかったけど、急なことでびっくりしてしまう。リシュが慌てているのが見えた。


「どうしたの!?大丈夫?ユキ?」

「ん、平気。おなかの中で動いたみたい。」


そっとわたしは自分の膨らんだおなかに手を当てた。そうしていると、小さな鼓動が聞こえてくるような気がした。

なぐさめてくれたの?ねぇ、わたしの赤ちゃん。


「元気でた。もう大丈夫だから部屋に戻ろう、リシュ。」

「・・・・・うん。」


頷くと、そっとリシュがおなかにそえられたわたしの手の上に彼のものを重ねた。温かい手のひら。

もうすぐ愛する人が一人増えるのだ。おなかの中の、わたしとリシュの子ども。


あの日からいつだってそう。リシュの隣はいつも暖かだ。そっと隣に立つ愛しい人をみると、いつものとおり、優しく微笑んでいた。私もそんな彼に微笑み返す。


「行こうかユキ。」

「うん。」


わたしたちは手を繋いだ。ゆっくりと歩き出す。身重のわたしに合わせて、支えながらゆっくりと歩いてくれるリシュの気遣いが嬉しかった。


「愛してる、わたしの番。」


わたしは小さな声で呟いた。リシュにはよく聞こえなかったようで、何か言った?と私に聞き返す。わたしはううん、何もというと、真っ直ぐに前を見つめた。この先に続くのは私たちの未来。わたしと、リシュと、私たちの子供とで歩んでいく道。それはきっととても優しいものに違いない。




――――――ああわたしはきっと、リシュに会うためにこの世界に来た。




いかがでしたでしょうか。多少詰め込みすぎた気もしますが、本編はこれでおしまいとなります。とりあえずユキは幸せになれました。どこか歪であることに彼女は気付いてません。けれどもそれでも本人が幸福なら、それでいいんじゃないかと思います。

色々と謎のままになっている部分(竜に変わる云々の話とか)が多いのですが、それはまた番外編として書いていきたいと思っています。けれどもまだちょっとめどが立っていないので、これで一旦完結済みにしておきました。また続きを書いたときに、連載に戻したいと思いますので、気長に待っていただけたら幸いです。


最後に、こんな暗いんだか甘いんだかよく分からないような話にお気に入り登録、評価して下さった皆様、本当にありがとうございました。

これからも頑張っていきますので、温かく見守ってくれると嬉しいです。

それでは、また。

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