裏切の美徳
2色目 『裏切りの美徳 9』
雲長へ
初めて出会った時のことを覚えていますか?
中学1年生の春。入学してまだ間もないころ、
俺は同級生のA君に目を付けられました。
理由は『纏伊のくせに女みたいな顔して生意気なんだよ』とA君ニズムを勝手に
押し付けられ「どうしたら許してくれるの?」と聞いたところ帰ってきた答えは
『ズボン脱げよ』でした。
それから夏休みの直前まで、俺はA君と淫らな関係を続けていました。
こんなこと誰にも相談なんかできず結果いつも一人で苦しみながら放課後の教室で
A君の言われるがままの格好をしては声を上げる毎日。
そしてあの日・・・雲長はその行為の真っ最中に教室へ入ってきましたね。
あの時の顔は今でも忘れられません。
口をあんぐりさせて茫然と立ち尽くす雲長。
身体を揺さぶられながらも俺の目にはハッキリとあなたの顔が映りました。
中学生なのに口元には濃い髭が生え、身体つきもムチムチしていて男らしい雲長
・・・そんなあなたの呆れ顔を拝めた俺・・・。
もしかしてこれは、運命の出会いなのかもしれない。
俺はそう確信しながら絶頂を迎えました。
A君との関係の中で一番気持ちいい絶頂を迎えました、あなたのお蔭で。
それから俺はあなたをずっと見てきました。
近くには行けなかったけど毎日毎日あなたの姿を追って家までついていきました。
とても楽しい3年間でした、幸せでした。
・・・でも貴方に変な虫が付きました。
ヒョロくて白くて幽霊みたいな女。
何故あなたのような人があんなものと付き合い始めたのですか?正気ですか?
信じない、俺は信じない。
・・・そう、知っているんだよ。
雲長はあの女に脅されて付き合っているだけだよね。だからさ、
もう無理しなくていいんだよ。
あの女に傷つけられて初めてわかったでしょ?あいつは貴方が嫌い。
あなたを本当に愛しているのは・・・この俺・・・纏伊 文遠・・・
ただ一人・・・。
「・・・という文章をお前の腹の上で書いてお前の唇を奪おうとしていたところを
止めてみたのだが、いかがかな?弟塚」
「いや、本当に子龍さんは美しく優しい完璧なお方でございます。本当に、いやマ
ジで本当にパネェッすっっ!!!ありがとうございました!!!」
目を覚ましてみればこの有様。本当にびっくりしました・・・えぇ。
「う・・・雲長・・・!!!どっうっしってっ・・・俺っをっ・・・うぅっ!!!」
床に顔を付けて無くストーカーを無視して井戸から出てきそうな現在全身包帯
巻き巻き女・子龍の方を見る。
「・・・で、つまりどういうことなんだ?」
俺が入院してから1週間。嫁さんは一度も見舞いには来ないし、嫁さんの友達が
毎日運ばれてくるし、ストーカーが病室にまで忍び込んできたし。
「完璧な私が完璧な答えを導き出した結果、玄様の御命がやばい」
「なんで」
「・・・玄様が・・・」
「嫁さんが?」
「・・・玄様が昔・・・とても仲のよかったご友人の想い人である大切な
ご友人のご友人を一人、殺しかけて・・・」
「何で」
「さぁ。理由は誰にもわかりません。それを知るのは殺されかけた友人の友人さんと、
友人、そして玄様本人だけでしょうね。
でも誰一人として口を割った者はいないから、結局仲間同士のケンカが激化した結果の
悲劇として語られているけど・・・」
「あんたとしては納得がいかないと?」
「・・・分からない。多分私の中の玄様は完璧だから、そんな完璧な方が完璧じゃない
やり方をしたのかがどうしても納得がいかなくて・・・」
「・・・成程ね」
何が成程なのかよくわからないまま流れでそれっぽい台詞を呟きながら、
俺は頭の中で眠る寸前の記憶を辿る。
「雲ちゃん」
カーテン越しに聞こえた嫁さんの声で俺は眠りから覚めた。
久しぶりの嫁さんの声を聞いただけで俺の心はお花畑状態だ。
すぐにその可愛い顔を見せて貰いたくてカーテンを掴もうとしたら、突然嫁さんは
声を荒らげた。
「だめ!」
「え?・・・よ・・・嫁さん?」
あれ?俺なんか悪いことしたか?パジャマで出迎えるなって言いたいの?
じゃあ今すぐ着替えて・・・
「今、雲ちゃんの顔を直視したくないの」
「え・・・」
(それは俺の顔が生理的に受け付けなくなってきたってことですかい・・・?)
地味にショックな一言を突き付けられ俺は茫然としながらベッドの上に座り込む。
「雲ちゃん」
「な・・・なんだい?」
カーテン越しから聞こえる嫁さんの声はいつも以上に元気がない。やっぱもう
俺のこと・・・
「―雲ちゃんのお肉、食べたかったな・・・」
「・・・」
言葉を最後まで言い終わる前にカーテンから離れようとする嫁さん。
ベッドから飛び降りて嫁さんの腕をカーテンごと掴む。いきなり動いて傷跡が痛い。
だがそんな弱音は心の中だけで吐いて、腕を掴んだまま俺はゆっくりとカーテンを
ずらしていく。
嫁さんは俯いていてこちらからは表情が読み取れない。
「・・・」
「玄ちゃん」
「っ・・・」
昔の呼び名で読んであげれば、嫁さんはやっと俯いていた顔を上げてくれた。
その表情には一切の悲しみは無く、有るのは・・・悔しさだけだった。
普段は何事に対しても平静を装う嫁さんが、今は眉を顰めて口を真一文字に結び、
小刻みに身体を震わせながら俺を睨みつけている。
「どうしたんだよ、玄ちゃん」
「仲間が襲われたの」
「なんか・・・そうっぽいね」
この間、院内を少しだけ歩いていた時に見かけた面会謝絶の部屋。
そこに書かれていた名前を見て俺は何かの間違いだと思いそのまま
受け流していたが、今初めて実感した。
やはりあれは翼徳・・・。
「原因は私」
「・・・そう・・・」
だろうね。
そうじゃなきゃこの町の中ではちょっとだけ名の知れた変人集団である嫁さんの部隊に
ケンカを売る奴はそうそういねぇよな・・・。
「だから私、行く」
「どこへ?」
「・・・」
「・・・」
嫁さんはそれ以上何も答えてくれなかった。
結構な頑固者だから嫁さんはもう喋ることは無いと思い、掴んでいた手を離すと
嫁さんは俺の方をじっと見てくる。
先程まであんなにも悔しさ満ち溢れていた表情が、今は一変していつも俺に見せてくれる
熱い熱の籠った表情。
「・・・よ・・・嫁さん?」
「雲ちゃん」
甘い声と共に嫁さんの唇が俺の至近距離まで近づいてくる。
まさかこんな時にファーストキスなんて縁起が悪すぎると思い手で口を隠そうとしたが、
耳の中に流れ込んでくる嫁さんの吐息が邪魔をして結果俺と嫁さんは初めてまともに
キスをした。
だがそのキスは甘いものではなく、そのキスは罠だった・・・。
二つの唇が触れた瞬間、口内に捻じり込まれる謎の錠剤。
「何だい、これ?」
「・・・私を気持ち良くさせるためのお薬・・・」
「へぇー・・・」
空気に流されて俺は迷うことなく錠剤を飲み込んだ。
そして嫁さんの唇が俺から離れる頃、俺の意識はどこかへ飛んでいった。
「・・・まあいいや・・・原因を知ったからって何も始まらない」
そう、俺にはそんな難しいことを考える必要は無い。
俺は立ち上がるとロッカーからジャンパーを取り出して羽織り、スリッパを脱ぎ捨てて
運動靴に履きかえる。
「・・・完璧な私があんたに完璧なアドバイスをするならば・・・あんた、犬死よ?」
「はっ!犬死か。上等じゃねぇか」
「・・・え・・・?え・・・?雲長・・・?」
まだ床に顔を付けていた纏伊がやっと顔を上げた。(何分拗ねてんだよコイツ・・・)
「悪いが子龍、こいつ捕獲していてくれ」
「了解。ならば完璧な私が完璧にコイツを捕獲している間にアンタは犬死でもして
何としてでも玄様をお守りしなさい」
「えっ?ちょ、雲ちょっ・・・ぶぐぅふぅっっ!!」
こちらへ近づこうとする身体に関節技をかけて纏伊の動きを完全に阻止する子龍。
相変わらずとんでもない女だ・・・。
俺は挨拶もせずに病室を出て行く。
ジャンパーのポケットから携帯電話を取り出して嫁さんの現在位置を把握。
いやー・・・なんとなく嫁さんの形態にGPS機能を付けていて本当によかった。
ご都合展開最高!!!
「今いくぜ・・・玄ちゃん!!」
誰も注意をしなかったので、俺は腹を押さえながら病院内を猛スピードで走り出した。




