裏切の美徳
2色目 『裏切りの美徳 10―1』
私は8年間人生を無駄にしてきた。
8年前、この名前の無い町に引っ越してきた日の夜、初めて見たその人間に
興味を抱く。
次の日、転校先の小学校にその子がいた。美しいエメラルドグリーンの
爪を持つ銀髪の少女。
昨日の夜、路上で死んでいた人間の肉を食べていたその子が私と同じ
学校にいた。
横には友達と思しきおかっぱの子。二人は仲が良く帰り道もずっと一緒に
歩いていたから私も無断で二人の後をくっ付いて行く。
数日間に及ぶ追跡と観察の結果、分かったことは2つ。
銀髪の彼女とおかっぱの彼女は確かに仲がいいが親友というわけではない。
が、同じ道場に通っているので少しだけ他の子より親しい間柄だという事。
銀髪の彼女には他にも友達がいて、おかっぱの彼女は他の友達がいない
という事。
なので私はおかっぱの子に近付いた。
そして毎日毎日その子だけに声を掛けて話をしていくうちに
おかっぱの子・讐居瑠葉 奉先は私のことを親友だと言い始めた。
単純な人間だ。
それから私は奉先と仲良くしながら銀髪の彼女・君ヶ主 玄徳に
近付いていく。
彼女は普通だった。驚くぐらい普通の子。だけど食生活だけは異常であり、
しかし周囲の人間もそれを周知しているのか興味が無いのか誰も何も
言うことは無かく、とても平凡な学生生活を送っている彼女の姿に幻滅する日々。
こんな異常者が近くにいるのに何も起きない町の中。
いや、本来私が昔住んでいたような一般的な町や都市では
大事件になるはずのことが毎日起きているのに、全く誰一人騒がないため
何も起きていないんだと思い錯覚させているこの町はすでにもう
何もかもが狂ってしまいそれが正常となっているのかもしれない。
思えば私もこの町に来た日は驚いた。
遺体がそこら辺にいくつも倒れているのに誰も助けない。
誰かが居なくなっても騒がれることが無いこの町。
特に驚くべきことは私の家族含めて途中からこの町に移住してきた人間が
誰一人としてこの町から逃げ出そうとしない事。更にはこの町に移住し続けて
離れようとしないという事だ。
そんなことを前に隣に住むここで生まれてずっと
この町から離れたことが無いというおばさんに言うと、面白い返事が返ってきた。
「みんな責任を負いたくないんだ。
この町に住んでいれば何をしても誰からも何も言われないし、他人の目を気にせずに
生きていける。
一般的社会で言うところの犯罪をおかしたとしても何の罰も受けないで生きていける。
動物や植物などを愛でるだけで異常者ですら正常と判断される、それだけをしていれば
いい。
だからみんなこの緩みきった町に留まり浸かって抜け出せなくなり、そして誰に
何も思われないまま死んでいくんだ。それが寂しい死に方なのかどうなのかは・・・
もう私も判断できなくてね」
そう言っていた隣のおばさんは次の日、姿を消した。
正しく言えば、一家全員が君ヶ主さんのお姉さんによって殺され、
その遺体が君ヶ主さんに食事として提供され、胃の中で消化されてしまったのだ。
中学生になってからも私は彼女を観察し続けた。
そこで新たに気が付いたこと。彼女は同じ人間の肉を食べているが自分の手で相手を
殺して食べたことが無い。
彼女の食材はいつも1歳年上の姉が用意している。
つまり彼女は自分から人を殺して食べるという事はしない。
彼女はいつだって誰かのお零れだけを貰っている。
そう、奉先が上級生に呼ばれてケンカした時だって・・・彼女は奉先が引っこ抜いた
相手の眼球を食べただけ。
相手に手を出すことは無かった。
だから私は何となく思ったのだ。
・・・あぁ、彼女は根っからの悪ではないのだなぁ・・・と。
だからきっと本当に優しい子だから、きっと嘘をつき続けることは
出来ない子なのだろうな・・・と。
そしてあの日。
彼女から私に持ち込まれた相談。
とてもいいネタをくれた。これはきっと私にとって楽しいことに
なるだろう・・・。
彼女には言う通りにすると言っておきながら全く指示には従わず、奉先には
「あの子が私たちを気に喰わないからってこの町から
私たちを追放しようとしている」
と嘘を付き二人の脆い友情にヒビを入れて、さらに追い打ちを掛けるために彼女を
慕っていた男子が私にちょっかいを掛けてきてうんざりしていると嘘をつき奉先に
そいつを襲わせれば下準備完了。
思った通り襲撃した次の日彼女が私を呼び出したので素直にそこへ行き、そして
一方的な暴力を受け続けた。
病院へ駆けつけた奉先は仕切りに私になぜこうなったのか理由を聞いてきたが
答える気は全くなかったので、両手で顔を覆い啜り泣く声を出し身体を震わせれば、
奉先はそれ以上私に何も聞かず病室を出て行った。
「・・・・・・ふっ・・・ふふふふふ・・・」
可笑しい。
秘密にすることなんて何もないのに、別に本人に言っても何も問題ないことなのに、
奉先はきっと私と彼女の間で何かがあったんだと勝手に想像して納得できなくて
彼女のところへ向かったんだろうな。あー・・・馬鹿過ぎ。超ウケル。
次の日、律儀にもこれから彼女に話をしてくると私に申告をしてきた。
だから最後にもう少し調味料を加えようと思った。
「ごめんね・・・奉先」
「え?」
「本当は全部・・・私が悪いの」
「どうして、どうして公台が悪いの?」
「・・・これは・・・私と君ヶ主さんとの問題だから・・・」
「公台と・・・玄徳の・・・?」
「そう。だから奉先は全然関係ないのに・・・。それなのにごめんね、私たちの問題に
巻き込んでしまって」
「・・・そんなこと・・・全然・・・」
少し瞳を潤ませながら唇を強く噛む奉先。
さすが私に依存している一人ぼっち女は扱い易い。
私以外に親友とまで呼べる程の友達が居なくて、話し相手も碌に居ない奉先にとっての
私という存在はどこまでも神化され、たった一つの拠り所として誰よりも何よりも
重宝されている。
そんなたった一人の親友が自分の友達と知らないところで、二人だけで
交遊をしていたとしたら・・・
きっと奉先の中で疎外感と同時に強い憤りを感じるだろう。
たった一人の親友である私と昔からの友達である君ヶ主さんが自分へ何の承諾も無いまま
勝手に二人だけで遊んでいた。
過剰なまでに「親友」という存在を重宝し、その存在に縋っている奉先にとってそれは
何よりも許せない事であり、自分への裏切り行為だと感じるだろう。
奉先は誰よりも独占欲が強くて、どこまでも孤独を恐れている。
親に捨てられて一人で育ってきたから・・・尚更だ。
「・・・ねえ公台・・・よかったら私にも・・・」
これ以上詮索されると色々面倒くさいから私は昨日の様に両手で顔を覆い啜り泣く。
「うっ・・・うぅぅ・・・」
「・・・」
奉先はそれ以上何も言わずに、走って病室を出て行った。
出て行って足音ももう聞こえなくなった頃、私は警察へ電話を掛ける。
嘘の情報を流すために。
「もしもし、警察ですか?実は私の友達が・・・」
奉先が出て行ってから1時間位立った後だろうか、彼女がここへ来た。
だから私は包み隠さず全てを彼女に話す。話しながら彼女の顔をずっと観察していた。
話を聞いている時の彼女の顔、彼女の反論する声・・・堪らなかった・・・。
全身が震えあがるほどの快感。まるで性行為をしているような激しい胸の高鳴りと
興奮が身体を容赦なく襲ってくる。
彼女の反論が私のことを何回も抜き刺ししているようで股間が湿っていく。
あぁ・・・気持ちいい・・・。
誰かを裏切り憎まれ、そして全てを知って崩れ歪んでいく表情、私を蔑む言葉、怒り、
悔しさ、悲しさ、失望、・・・素敵・・・。
こんなにも裏切るという事が美しく気持ちがいいものなのに・・・
どうして君ヶ主さんは分かってくれないんだろう。あなただって私と同じ異常者だと
いうのに。まさか奉先が捕まったことに罪悪感なんか感じていないよね?
だってそうじゃない。
人間が人間の肉を食べるなんて、姉に他人を殺させてまで食事として
毎日人肉を食べるなんてことが当たり前の生き方な訳ないでしょ。
そして今年、突然病院に奉先が現れた。
まさか1年で出てくるとは・・・何てつまらない奴なのか。
そう思いつつも、あの時と変わらない態度で彼女と接してやれば奉先は
直ぐに懐いてきた。
だから何となく言ってやる。
「そういえば・・・君ヶ主さん、今はどうしているのかな・・・」
「・・・」
私の所へ来てから一度も奉先が話題にしようともしなかったことを呟けば、
あの日の様に唇を強く噛む奉先。
脈ありだと判断した私は、財布からお金を取り出して彼女の手の中へ包む。
「何、これ?」
「いつも病院にいるだけじゃつまらないでしょ?私は外でれないからさ、
よかったらこれを使って少し町で遊んできなよ」
「・・・町・・・」
家が無い奉先は昔から野宿をしたり、人が居なくなった家の勝手に潜り込んで
生活を送っている。
お金は彼女の両親が彼女を置き去りにする際に渡した通帳の口座の中へ不定期に
お金を振り込みをしてきたので何とか生活できたが、刑務所に入っている最中、
誰かに盗まれたらしく今は私が入院している病院の個室内で生活をしていた。
「ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ・・・」
少しだけ微笑んで奉先は病室を出て行く。
・・・さて、町へ出て行ったあの子は会えるだろうか。
君ヶ主さんと彼女にとって誰よりも大切な存在である彼氏に。
時計を見る。
今は昼休み位だろうか。朝から出かけている奉先は未だに帰ってこない。
もし君ヶ主さんがいつも通りに学校をサボってホテルへ向かうなら、
そろそろ学校を抜け出す時間だ。
「・・・ふむ・・・」
私は思考を巡らせながら机の引き出しから携帯電話を取り出して奉先へ
メールを送る。
『帰り際でいいので、商店街のお花屋さんでお花買って帰ってきてね』
商店街に花屋は一つしかない。花屋の隣には通りがあり、それを挟んで
薬局が建っている。
その通りにはいくつものラブホテルが軒を連ねていて、
商店街の中に建つ店と店を挟んでいる所に位置するからそこの通りは別名
『狭間のラブホゾーン』と呼ばれていて、
町内で唯一ラブホテルがある場所だ。
君ヶ主さんとその彼氏がそこへよく行っていることは私のリサーチで確認済みだし、
毎週数回はそこへ通っていることから考えても奉先が彼女たちに出くわす可能性は
0ではない。
「楽しみだなー。いやー本当に楽しみー」
帰ってきた奉先が一体どんな顔をして帰ってくるのか。
どうかあの子の表情が曇っていますように。もっと願えるのなら、あの子の顔が
あの日の君ヶ主さんと同じくらいに歪んでいますように・・・。
返ってきた奉先の身体には返り血があちこちについていた。
気持ちの高まりを押さえながら確認する。
「ねえ・・・どうしたの?」
「同じ中学にいた子を見つけて、襲った」
「・・・」
「だってあの子・・・玄徳の友達だったから」
それ以上奉先は何も言わず床に置いてある寝袋の中に入ってしまう。
口元を両手で覆いながら私は必死に笑うのを堪えた。
素晴らしい・・・奉先の胸の中には根強く君ヶ主への恨みが染み込んでいる。
だから本能的に彼女の親しい人物を襲った。
私と自分をこんなことにした君ヶ主への恨みを晴らすために。
何も関係ない人物でさえ、容赦なく襲った。・・・凄い、凄い凄い凄い凄いよ奉先。
あんたは未だに私の飼い犬なんだね。
私だけを信じて着いて来る能無し。
じゃあ飼い主のためにしっかり働いて。
そして私にまた見せて・・・君ヶ主さんの表情が歪んでいくところを。
・・・そんな有頂天の私を、あいつは一気に地面へ突き落とした。
「・・・え?」
何だって。
「だからね、玄徳と仲直りできたんだ」
「・・・え」
私の顔が音を立てて歪んだ気がした。いや、きっと凄く醜いぐらいに歪んでる。
「え?」
何を言っているんだ?何語を喋っているんだコイツ。
「あれ・・・どうして喜んでくれないの?公台」
「・・・は?」
何で私がそんなことを喜ばなきゃいけないの。
「いろいろ勘違いしちゃったし、お互い気まずいこともあるけど・・・。
でもこれからはまた私たち友達なんだよ。もちろん公台も」
「・・・友達、・・・友達ねぇ・・・」
「そうだよ。うれしいね、公台」
「・・・」
それからずっと奉先は私に君ヶ主さんと何をしてどうなったのか延々と話し続けた。
そんなことどうでもいい私は何も話を聞かずにただ頷くだけ。
頷いて、頷いて・・・それでジュースを買ってきて欲しいと指示を出して
奉先が部屋から出て行った後、私は迷うことなく窓から飛び降りた。
私の願いはもう叶わないと気が付いてしまったから。
5階から飛び降りた公台が生きている筈も無く、
私はただそこから落ちた彼女の亡骸を眺めていた。
ねえ公台、私が玄徳を殺してきてそれをあなたに意気揚々と報告することが
あなたの一番望みだったの?玄徳は全て教えてくれたけど、
それもあなたの計算のうち?
全てを知った私があなたのところへ殴り込みに来ればよかった?
それを知ったうえで私が玄徳を殺せばよかった?
あなたが本当に見たかったのは私の歪んだ顔?
それとも、やっぱりもう一度玄徳の崩れた姿を見て見たかったの・・・?
でももう誰も答えてくれないから、私は病室を後にした。




