第七節 見ていた少年
(12/03/10)誤字・脱字修正
「……あ、いました」
先に町に入ったレイナを見つけたトウヤ。
彼女は大きな建物の前にいた。
レンガで出来た頑丈そうな建物は、見るからに威厳を漂わせて中にいる者たちの格の大きさを露わにしているようだった。
ここがレイナの職場、自衛団の建物なんでしょうかね?
そんな事を思いつつ、トウヤはレイナに話しかける。
「レイナ」
「あ、トウヤ。ちょうど良かった。ここがレイラのいる自衛団の本部よ」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「うん。それじゃ入ろう」
ドアを開けるレイナに続く。
中には大きな机が部屋の真ん中に一つ。その周りを多くの椅子が取り囲んでいた。
会議室かな、とトウヤは思った。
「お、レイナちゃんじゃないか。レイラに用事かい」
部屋の様子を伺っていると、制服を来た青年がレイナに話しかけてきた。
「どうもお久しぶりです。あのレイラは?」
「今パトロール出てるんだよ。もう少しで帰ってくると思うよ」
「そうですか」
「悪いね」
そうレイラに謝罪した後、青年はトウヤに気がついた。
「……えっと、そこの坊やは?」
「ぼ!?」
自身を子供扱いされ絶句するトウヤ。
確かに十四にしては身長が足りませんが、子供扱いは止めていただきたいです。
不満げに青年を睨みつける。
それを見かねてレイナが答えた。
「あの、トウヤは『一応』十四歳です」
「『一応』を付けないでください!」
なんでこう、一言多いんですかね。
「え!? レイラやレイナちゃんと同い年!?」
「貴方も驚かないでくださいよ!」
「ククク。確かに十四には見えねぇな」
カズマも青年に同意する。
「……どうも初めまして、トウヤと申します。今年で『十四歳』になりました。
以後よろしく『間違わないように!』お願い致します」
彼らのそんな態度に若干イラつきながらも、自己紹介するトウヤ。
「あっ、御免御免。……そうか、君がレイラが好く話すトウヤ君か」
「え!? レイラがボクの事を?」
「ああ」
「……ちなみにどのような事を」
何となく想像がついたトウヤ。
「ああ、確か『男らしくない』だの『情けない』だの『もっとしっかりして欲しい』だの。後は……」
「もう結構です」
本人の預かり知らぬ所で散々な言われようであった。
おのれレイラめ。ならばこちらにも考えがありますよ。クックックッ。
黒い笑みを零して善からぬことを企むトウヤ。
「おじさん!」
「俺は『おじさん』って年じゃない! まだ二十三だぞ!」
さっきの仕返しです。
「そんな事よりも、レイラはしっかり仕事をしていますか?」
「えっ? そりゃまぁしっかりやってるが……」
「本当ですか? 嘘を付くように言われてるんですよね」
あの女なら遣りかねない、と断言するトウヤ。
「いや、そんなことは」
「いいえわかってます。あの女はそういう奴なんですよ。」
「そうなのか? そんな感じじゃなかったと」
「それは猫を被っているんです」
トウヤはレイナの悪口を青年に話し、この町に広めようと画作した。
「口を開けば悪態だらけ。少々反抗したらすぐに手をあげる暴れん坊。
確かに外見は良い部類に入ると思いますが、中身はそれに反して悪い事この上なし!
騙されてはいけませんよ、寝首を何時掻かれるか」
「と、トウヤ。なんて事を……」
「い、言い過ぎだと思うぞ、トウヤ君」
トウヤの物言いに顔を青くさせるレイナと青年。
しかし構わずトウヤは続けた。
「言い過ぎ? そんな事は断じて有り得ません。むしろ言いなさ過ぎと言えます。
双子なのにレイナとまるで正反対の性格。
何故ああ育ってしまったのか、我が村の七不思議の一つです」
やれやれ、とため息を吐く。
「……そんな事思ってたんだ」
「ええ、もう少し『優しさ』という言葉を覚えてくれると、ボクとしては大変嬉しく思うんですが。
まっ、それは不可能というものですね。有り得ません」
「ふ~ん」
「おいクソガキ。後ろ後ろ」
いい感じで話していたトウヤに、笑いを堪えながら後ろを見るよう促すカズマ。
「何ですか? 何か面白いものでもあるんですか?」
意味不明なカズマの様子に、疑問を抱きつつトウヤが後ろを振り返る。
するとそこには鬼がいた。
いやさ、怒りにうち震えて、鬼の形相をしたレイラがそこにいた。
「……でも実は大変優しい心の持ち主で、慈愛に満ちているんですよ」
すぐさま振り返り、青い顔をした青年にそう告げる。
「いまさら遅い!」
「ごめんなさーーーーーーーーー、ゴフッ!」
レイラはトウヤの頭を鷲掴みし、持ち上げて床に思いっきり叩きつけた。
そして。
「アダダダダダダダダダ! 折れる折れます折れるかも!」
さらに膝十字固めを極めるレイラ。
「アンタ人のいないところで悪口言うとか、最悪ね!」
「自分だってボクのいないところで、イダーーーーーーー! 本当に折れちゃいますよーーーー」
「折れなさい! そして私の心の痛みを知りなさい!」
「だからお互い様です、ってアイターーーーーーーーイ!」
「私のは善意よ! アンタのには悪意があるわ! しかも極めて悪質な!」
「悪口に善意なんてあるはずないでしょ! というかもう止めてーーーー! レイナ助けてーーーー!」
「自業自得だからしょうがないよ」
「ごもっとも! アイターーーー!」
「ダァハッハッハッ!」
トウヤの様子に、腹を抱えて大笑いするカズマ。
しばらくの間、部屋にはトウヤの悲鳴が鳴り響いた。
そして数分後。
「誠に申し訳ありませんでした。
この逆ピラミッドの頂点に落とされているボクごときが、レイラ様に対して暴言を吐くなど許されぬ所行。
大いに反省し、今後二度と同じ過ちを繰り返さないと誓います」
土下座して謝るいつものトウヤの姿がそこにあった。
「……まぁ良し。特別にこの世に存在することを許してあげるわ。
でも再度同じ事を仕出かしたときには精神的拷問を三日三晩掛けて行なったあと、物理的に地獄に落としてあげる。
二度とはい上がれない無間地獄までね」
「さすがレイラ様。実に慈愛に満ちたお答え」
「フフン! まぁ当たり前ね。私ほど優しさに満ち溢れた美少女は他に存在しないわ」
「……」
自画自賛するレイラに対し、トウヤは冷たい視線を向ける。
しかし、
「何!?」
「いえ全くそのとおり」
レイラに凄まれて、すぐさま肯定の意を現す、情けない男トウヤ。
そんなトウヤの様子に、何とか怒りを沈めたレイラはやっとの事でトウヤを解放した。
やっと終わりましたか。
やれやれ、と言った表情でトウヤが立ち上がると、何やら辺りが騒がしい事に。
どうやらトウヤ達の騒ぎを聞きつけて、いつの間にか自衛団の人達が大勢集まっていたようだ。
「ははは! 大丈夫かい、トウヤ君」
自衛団と思わしき、ダンディな叔父さんがトウヤに話しかける。
「あ、どうも。えっと」
「ああ、この自衛団の団長を務めているシゲマツだ。よろしく」
そう言いながら、トウヤに手を差し出すシゲマツ。
「あ、これはどうも。トウヤです」
トウヤは差し出された手を握り、シゲマツと握手をする。
「団長。そいつを甘やかさないようにしてください。すぐ調子に乗る馬鹿ですから」
レイラは未だ怒りが収まらないようだ。
「まぁまぁ。しかしあんなレイラの姿を、我々は今まで見たことがなかった。
よっぽど仲がいいんだな、君と」
「団長! 何言ってるんですか!? そんな訳あるはずありません!」
顔を赤くして否定するレイラ。
「全くもってその通りです。普段、猫を被っているだけで本性はあんなもんです」
「……拷問逝く?」
「申し訳ありませんでした」
どうもレイラ相手だと、口を滑らし過ぎるトウヤ。
「フム。やっぱり仲が良い」
「だな」
「怪しいね」
「あの坊主、羨ましい!」
「妬ましい!」
「モゲロ!」
段々ざわついていく周りに、恥ずかしさでついにレイラは限界を超えて。
「もう一回パトロール行ってきます! ほらいくわよトウヤ! レイナも」
そう言いながら、トウヤの手を掴んで引っ張っていくレイナ。
「わ! 引っ張らないでくださいよ、後空中に浮いてる!」
あまりにも勢い良く引っ張られたため、若干宙に浮いてしまうトウヤ。
そして、
「あ、待ってよ二人とも! あ、これで失礼します!」
律儀に自衛団の面々に頭を下げてから、レイナは二人の後を追っていくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここは町の、とあるカフェテリア。
トウヤ達三人は、店の椅子に腰掛けて、一息付いている真っ最中であった。
「アンタのせいよ! どうしてくれんの、完全に誤解されてるわ!」
先程の騒ぎの原因を押し付けるレイラ。
「ボクだけのせい。本当にそうでしょうかねぇ」
「全ての原因はアンタよ! この世に悪党がいるのもアンタのせい!」
「何という押しつけ。この世の悪の根源ですか、ボクは」
「まぁまぁ二人とも、落ち着いて」
未だに火花を散らす二人を諭すレイナ。
「それよりもレイラは、僕たちに言うべき事があるんではないでしょうか」
「は? アンタに死ねって言う事? でもレイナにそんな事言うわけないし」
「ボクは死にません! 荷物持ってきた事ですよ!」
「あ、そうだった。レイナだけ、ありがとう」
「……もういいや」
トウヤは全てを諦めた。
「ハハ。それはイイんだけど。それよりレイラ、あんまり無茶しないでね」
レイナは山賊達に無茶を働くのでは、という方向でレイラを心配している模様。
「ああ、聞きましたよレイナ。山賊達を皆殺しにするとか」
「しないわよ! アンタ私を何だと思ってんのよ!」
「……本当にしない、と言い切れますか?」
「……否定は出来ないわね」
「絶対そんな事しないでよ! 半殺しはいいから!」
「いや、それも駄目だとボクは思うんですが。普通は」
「レイナは変なところで普通じゃないから言っても無駄よ」
「なるほど。すごく説得力のあるお言葉」
「……突然息が合ってる。仲直りしたみだいで良かったけど、何故か素直に喜べないよ」
レイナの事に対して、途端に意見を合わせる二人に若干理不尽さを感じる。
「……まぁとにかく無茶をして『殺』り過ぎないよう気を付けてくださいね」
「わかってる。『殺』り過ぎないわよ。そこまで」
「……本当に大丈夫かな?」
なるようになる、としか言えなかった。
「それより何か飲む? 奢るわよ」
レイラが話題を変える。
「私は何でもいいよ」
「ボクは……」
トウヤは少し考えた後。
「……じゃあ、お水で」
「はぁ? 何で水なのよ。奢るって言ってんじゃない」
トウヤの答えに、目を丸くするレイラ。
「……まさかと思うけどトウヤ。一応言っとくけど水はただよ?」
「知ってますよ! 馬鹿にするのも大概にしてください!」
そこまでボクはバカではありません、と憤慨するトウヤ。
「じゃあ何で水を頼むのよ」
「タダだから頼むんです」
「……意味がわからないんだけど」
「レイラに奢って貰ったら、雨どころか隕石が降ってきます」
「……アンタの血の雨が降るかもしれないわね」
「いやぁ! レイラに奢って貰うなんて事、ボクごときがされる事ではないと思いまして!」
すぐに媚び諂うトウヤ。この男にプライドは無かった。
「……まぁいいわ。すいません!」
レイラはウェイトレスに注文する。
「ふぅ」
トウヤは安堵の溜め息を吐く。
実は水を頼んだのには理由があった。
どうも先ほどから胃がキリキリして痛いのだ。
「ああ不安だ」
今の所、想定内のことしか起こってはいない。
レイラに殺されかけるなど日常茶飯事。
もうそれはどうしようもないものだ、と半ば諦めているトウヤ。
だがこれ以上の事は起こって欲しくなかった。
ウェイトレスが水を運んでくる。
これでも飲んで落ち着きましょう。
トウヤはコップを取り、水を口に含む。
「キャアァァぁぁァァァァァァァ!」
「ブホッ!」
トウヤは口に含んでいた水を吹き出した。
「一体何事ですか!?」
悲鳴の原因を確かめるため、トウヤは辺りを見回そうとするが。
「何すんのよ!」
突然レイラに顎を跳ね上げられ、トウヤは椅子から転げ落ちる。
「いきなり何すんですか! と逆に問い返します!」
「ぁあ!?」
「ごめんなさい!」
レイラの顔を見たトウヤは、すぐ土下座した。
トウヤが吹き出した水が、彼女の顔面に直撃していたのだ。
だがそんな事をやっている状況ではない。
「レイラ悲鳴! 何の悲鳴ですか!?」
「そうだった!」
レイラはトウヤの言葉に、辺りを見回す。
すると、悲鳴の原因はすぐに分かった。
地面に尻餅を付いている女性と、それを取り囲む男性多数。
その様子を見て、トウヤは叫んだ。
「ハプニング、来たーーーーーーーー!」
「煩い黙れ!」
「へブッ」
奇声を挙げたアホは、レイナに裏拳をお見舞いされた。
何故だ! 何故ハプニングが起きたんですか!
あれだけ不幸な目にあったのに、まだ足りないというんですか!
それともあれか。レイラに殺されかけるのはカウントされない? 何ですかそれは!
余りの理不尽さに、憤慨するトウヤ。
「……どうするの、レイラ?」
レイナは不安そうな目をしつつ、レイラに質問する。
「どうやら私の出番のようね」
レイラは拳を鳴らしながら彼らに近づいていく。
「ちょっとアンタ達! 何してんのよ!」
「ぁあ!? 何だテメェわ!」
「ヘヘ、結構良い女じゃねぇか」
レイラの恐ろしさも知らず、そんな言葉を吐く愚か者達。
「ああ、死亡確定」
トウヤは今後の結果を予測し、合掌した。
「自衛団よ。アンタたち、その人に何したの!」
「こりゃまた別嬪の自衛団様だ。何、ちょっと一緒に楽しもうと思ってな」
「私刑!」
悪党面の返答を聞いた瞬間、判決はくだった。
「グハッ!」
レイラは、右足で目の前の男の顎を蹴り上げる。
そして続けざまに、鳩尾を足裏で攻撃し、そのまま後方に男を吹き飛ばした。
男の飛ばされた方向には、積み上げられた大きな木箱が多数。
激しく物が壊れる音が街中に響きわたり、積み上げられた木箱が崩れ落ちる。
それを合図に戦闘が始まった。
一気にレイラに襲いかかる悪党面達。
それを最初に吹き飛ばした男と同様に、蹴り飛ばすレイラ。
辺りは一気に大混乱に陥った。
「ヒィ!」
もちろん、そんな状況にビビるトウヤ。
「どこか! どこか隠れる場所は!」
隠れる場所を探して逃げ惑う。
そんなトウヤの方に、レイラが吹き飛ばした男の一人が飛んでくる。
「ちょ!?」
ぶつかる、と思った瞬間、その男は明後日の方向へと飛んでいく事に。
「大丈夫トウヤ?」
レイナが男の進行方向を逸らしたのだ。
「ナイス柔術! さすがレイナです!」
トウヤはレイナに対し、親指をたてて褒め称えた。
レイラは村長から柔術を学んでおり、その腕前は村長とタメを張るほどである。
またレイラの方も、村長直伝の剛術を扱え、さらに村長以上の使い手でもある。
ちなみにトウヤは両方やったが、どちらも全く出来ない運動音痴だったのは言うまでもない。
「トウヤ。今の内に隠れて」
「喜んで!」
レイナの言葉に直ぐ様近くの建物の裏に隠れるトウヤ。
「なんてこった! 何でこんな事に巻き込まれるんだ! やっぱり村から出るんじゃなかった!」
自身の悪い予感が的中し、トウヤは改めて村を出ることの危険性を再認識する。
トウヤが隠れている間にも戦闘は続いていく。
どうやら騒ぎを聞きつけて先ほど自衛団であった人たちも駆けつけてきた。
これで終わる。トウヤはそう思い安堵した。
しかし。
「動くな!」
悪人面の一人が突然叫んだ。
トウヤが叫んだ方を見ると悪人面Aの腕の中に、ナイフを押し付けられた女性が一人。
人質である。
「卑怯な!」
トウヤは余りの卑怯っぷりに、悪役面Aに聞こえない大きさの声で、そう毒づいた。
潔く自衛団に捕まってくださいよ! そしてボクの身の安全を保証してください!
しかし、トウヤのそんな思いとは裏腹に事態は緊迫した方向へと向かっていく。
それは、先程まで混乱していた現場が、一気に静まり返っていることからも容易に想像がついた。
自衛団の人たちも、悪役面達も、下手に動けない状況。
そんな状況の中、ゆっくり動きだすレイラ。
「……その人を放しなさい。さもなきゃ死んだ方がましな目に会わせて上げる」
レイラの目のハイライトが、次第に消えていっている事に、トウヤは気付いた。
「怒っでます。本当に本気で、掛け値なしで怒ってますよ、レイラ」
トウヤは知っていた。あの目をしたレイラは危険指定動物より凶悪であると。
しかしそんな空気を読み取れない悪党面Aは、さらにこんな事を宣った。
「動くんじゃねぇ! そっちの女もどうなってもいいのか!」
見るとレイナにも、悪役面Bがナイフを押し付けている。
「大丈夫レイラ。あの人が無事になったら……」
「わかってるわよ、レイナ」
おそらくレイナの方は大丈夫だと判断したのだろう、レイラは。
しかしトウヤにとってはそうではなかった。
「何てことですか! これでレイナに少しでも傷が付いてみなさい。
ボクは村長の手で地獄に叩き落とされますよ!
ただでさえ『無傷で返せ』と言われているのに、こんな事になるなんて!」
このままではあの悪役面とともに死んでしまう、と思ったトウヤは大いに混乱した。
ああどうしようどうしよう。
あの悪役面さん達は、火に油を注いで、さらに爆薬まで投げ込むなんて!
おかげでボクも生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ。どうする、どうすればいい。誰か教えてヘルプミー!
そんなトウヤに、天は生まれて初めて味方した。
「おい! 俺の出番じゃねェのか!」
そこには『ついに俺の出番か!』と舞台裏で出待ちしていた救世主、いやさカズマ。
「そうでした!」
カズマさん、いやカズマ様を呼び出せばいいんです。
彼ならこの状況を一瞬で何とかして、ボクを死の運命から救い出してくれる。
トウヤはすぐさま召喚の準備を始めた。
ポケットから身を出して、右手で握る。
そして。
「来い、カズマ! レイズ!」
赤く実が光ると同時に呪文を唱える。
実はみるみる大きくなり、元のカズマの姿になる。
あ、そうだ。持ってきた懐中時計で時間の方も計っとかないと。
「良し! ではカズマさん、後はよろしく!」
「ったりめぇだ。見てろよ。傷一つ付けずに守ってみせる!」
カズマは瞬間移動したような速さで、現場に飛び込んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
悪役面Aは、いやその場にいる全ての者が、驚いた。
いきなり見知らぬ男が現れたかと思うと、性に向けられたナイフを掴み、手で砕いたからだ。
砕かれたナイフを呆然と見つめる悪役面A。しかしすぐさま突如現れた赤髪の男・カズマに叫んだ。
「なんだテメェは!」
「テメェに名乗る名前なんざねぇよ」
お前など眼中にない、といった感じのカズマ。
「ふざけんな!」
予想通りに切れた悪人面Aは、カズマの顔面に向かって折れたナイフで攻撃する。
それを無抵抗のまま受けるカズマ。
周りで見ていた人は『死んだ』と思った。
しかし攻撃を受けたカズマは、そんな攻撃を屁でもないという風にただ立っている。
見ると、折れたナイフは皮膚を切り裂いてもいない。
「なっ、なっ」
呆然とする悪人面A。
それも当然であった。
いくら折れてるからとはいえ、全く傷が付かないのは異常だ。
しかしそんな事を当の本人は気にせず言い放った。
「気は済んだか?」
軽くガッカリした顔をするカズマ。
ため息をついて、右手を悪人面Aの額に向けた。
「お前程度ならこれで十分だな」
中指を親指で押さえる、つまる所デコピンの態勢。
そして。
「ほらお返しだ」
言い放った瞬間、悪人面Aの頭に爆音が響き渡る。
次の瞬間には、空を飛ぶ悪人面A。
そしてそのまま、近くにあった噴水に落ち、大きな水しぶきが辺りに鳴り響く。
全ての者が唖然とする中、一番先に動いたのは自身の身の危険を感じて、混乱した悪人面Bであった。
持っていたナイフを掲げ、レイナに向かって振り下ろす。
「……!」
反応の遅れたレイナは、それを防ぐことが出来ずに、そのままナイフが突き刺さる、かと思った。
しかし。
「覇ッ!」
カズマが宙に右拳を振るい、それが空圧となって悪人面Bの顔面に突き刺さる。
顔面に衝撃を受けた悪人面Bは錐揉みしながら吹っ飛び、近くにあった樽置き場に突っ込んでいった。
樽の倒れる音が鳴り響き、その後一瞬の静寂。
しかし次の瞬間、街は歓声に包まれた。
さっそうと現れ、またたく間に悪漢を叩きのめし、二人の女性を救い出す。
町の人々にとって、その姿はまさにヒーローであった。
……ちなみに、トウヤはその光景を唖然とした面持ちで見ていた、という事をここに追記して置く。
読了ありがとうございます。