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緑と十の育成法   作者: 小市民
第一章 召喚
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第六節 町に行く少年

(12/03/10) 誤字・脱字修正

 翌朝。


 前日までの疲れは完全に抜け、気持ちよく目を覚ましたトウヤは、早速仕事に取り掛かった。

 それまでの休暇分を消化するため、馬車馬のごとく働きまくり、すでに時刻はお昼過ぎ。

 現在、トウヤは馬に餌を与えつつ、自身もお昼を取っている真っ最中であった。


「さぁ『テンマ』。しっかり食べてくださいね」


 馬の中でも一番自分に懐いている愛馬『テンマ』に、笑みを浮かべながらそう話しかけるトウヤ。


「ふぅ。これです。これがボクが求めた日常! なんと幸せな事でしょう!」


 満面の笑みを浮かべて食事を頬張る姿は実に幸せ、という言葉が適している事は明白であった。

 出来る事ならば、この平穏が未来永劫続いてくれれば、と誰もが思うことなのだが。

しかし、そう都合良く物事がうまくいくわけもなかった。


「トウヤ。今、大丈夫?」


 レイナが若干不安そうな顔をしながら、馬小屋の中に現れた。


「おや。何ですか、レイナ」


「……何だかとても幸せそうだね」


 トウヤの顔を見て、レイナはそんな感想を漏らした。


「ええ、実に幸せです。あんなことがあったから倍に日常の幸せを感じます。

 ボクはもう決めました。今後一切、村から出ることは致しませんよ! ハッハッハ!」


「……そうなんだ」


 上機嫌に高笑いするトウヤに、レイナは微妙な顔をした。


「フッフフ~ン! で、ご用は何ですか?」


「……実はお願いがあるんだけど」


「ボクに任せてください。今のボクなら何でも受け入れますよ!」


「ホント?」


「もちろんです!」


「そう、良かった」


 レイナは安堵のため息を吐き、トウヤに告げた。


「これから私といっしょに町に行って欲しいんだけど……」


「お断りします」


 にべもなく断るトウヤ。さっきの発言は一体何だったのか?


「え~!? さっき何でも受けるって!」


「すみません。それは幻聴です」


「しっかり聞こえたよ。幻聴じゃなかったよ」


「では空耳です。さぁて、仕事に戻りますかね」


 弁当箱を素早く片付け次の仕事に取り掛かろうとするトウヤ。

しかし、レイナがそれを阻止するようにトウヤの腕を掴む。


「お願い。一緒に行こうよ~」


「先程のボクの発言を聞いていましたよね。もう金輪際、村からは出ない、と」


「うん聞いてたよ。何でも受け入れますよ、って」


「重要なのはそこではありません。何でボクが町に『逝』かなきゃならないんですか!」


「何となく、意味が違うような気がするよ」


「いいえ。ボクにとっては同じ事です」


村の外に出る = 死 です!


『絶対に行きたくない』オーラをトウヤは醸し出し、拒絶の意を露にした。


「あのね、レイラに荷物を届けなくちゃならなくて」


「尚更ボクが行く必要性が見当たりませんね」


 何故、レイラの荷物を届けるのにボクが必要なんだか!


「そんなに大荷物なんですか?」


「ううん、そうじゃないの。私の護衛として一緒に来て欲しいんだけど……」


「無茶振りも大概にしてくださいよ。何故レイナより虚弱なボクが護衛など。出来るわけないじゃないですか!」


「駄目?」


「駄目とかそういう次元の問題じゃないんです。『レイラがお淑やかになる』って事ぐらい、不可能な話というだけです」


 レイラに聞かれた殺されそうな事を宣うトウヤに、レイラは苦笑いを浮かべ、しかし聞き逃せない事実を口にした。


「……でも、村長命令だよ」


「なんですと!?」


 立ち去ろうとしたトウヤは、歩みを止めレイナに振り返る。


「『これを受けないと村から追い出す』って」


「そんな馬鹿な! 何故そんな命令が下されたんですか! というか脅迫だ!」


 意味不明な状況にトウヤは混乱した。


「ええとね。村長が『あれだけの事がありながらまだ男らしさが身につかんとは嘆かわしい』って言ってね。

 それで私が『じゃあ何かまた課題を出すのはどうですか?』って答えたら『それじゃ!』って事になって」


「んな!?」


「ええと作戦名は『レイナを無傷で村に送り返すまでが遠足じゃ』作戦、だっけ」


「……もうどこから突っ込んでいいのやら。というかレイナの所為じゃないですか!」


「まぁそうと言えなくもない、かな?」


 そう言って、レイナは可愛らしく首傾けた。

 しかし、そんな仕草に誤魔化される程、トウヤは愚かではないので。


「言えます! 何て余計なことを~」


「で、でもそんなに無茶な事じゃないよ! 安全な道を通って行くわけだし」


「分かってない。分かってなさ過ぎですよ、レイナ!」


何て無知なんでしょうか!


 この世の常識を全く理解できていない、といった風に首を横に振り、一つ大きく溜め息を吐いてトウヤは言った。


「いいですか。普通の人なら確かに何事もなく、無事にその『試練』をこなすことが出来るでしょうとも」


「『試練』って……」


 大げさな物言いに苦笑いを浮かべるレイナ。

しかし、当人にとっては大げさではなかった。


「『試練』になるんですってば。ボクの場合。ついこの前、大変な事に巻き込まれたばかりでしょ。忘れたんですか!」


「でもあんな事そうそう……」


「巻き込まれます! 再び事件に巻き込まれると、ボクのなけなしの感がそう告げています!」


「それは被害妄想だと思うよ?」


「……せめて『考え過ぎ』と言ってくれませんかね」


 若干酷い物言いに、突っ込まざるを得ないトウヤ。


「とにかく! また問題が起こって、今度はレイナを巻き込むことになったらどうなります。

 それもレイナが傷つくような相手だったら。ボクにレイナが守れますか? 逆にボクが守られる自信があります!」


「自信満々で言う台詞ではないよね」


 あまりのひ弱発言に、さすがのレイナも微妙な顔で答えた。


「そういうわけでこの話は無かったということで」


「……でもそうなると、村から追い出されるよ?」


「……何でこんなことで、ボクは追い出されなければならないんでしょうね」


「う~ん」


 二人して一生懸命悩むものの、答えが出るはずもなかった。


「とにかく、一回だけで良いから行こう。大丈夫。何が起きても私は怪我しないから。それにトウヤは私が守ってみせるよ!」


「グフッ!」


「……ホント、お前は情けねぇなクソガキ」


 今まで静観していたカズマも、トウヤのあまりの情けなさにそう漏らした。


「(やかましいですよ、カズマさん!)……まぁどっちにしろ行かなければ行けないんですよね。結局の所」


 村を追い出されることは何とか避けなければ、と諦めてレイナに付き合うことを決めるトウヤ。


「良かった! じゃあ一時間したら出発するから準備してね」


 レイナは自宅に帰っていった。

 後に残るのは落ち込むトウヤとカズマのみ。


「ああ、何で続けざまでこんな目に」


「ホント、お前は駄目だな」


 心底呆れた様子で、トウヤにそう告げるカズマ。


「五月蝿いですね。ほっといてくださいよ」


「決まった事をグダグダ言ってんじゃねぇよ。しかも女に守って貰うとか。男の風上にもおけねぇ奴だな」


「ボクよりレイナの方が強いんです。自然にそうなってしまうんですよ」


情けないですがね。


「そういう問題じゃねぇだろ。プライドの問題だ」


「すいませんね。プライドがなくて」


「『ボクが守ってみせます』とか、言えねぇのかよ」


「どうやって守るんですか。何の力もないのに」


「その身を盾にするとか、方法はあんだろうが」


「冗談じゃないです。ボクが死んじゃいますよ」


「こりゃ駄目だ」


 あ~あ、といった表情で天を仰ぐカズマ。

その態度にムッとしたトウヤは、しかし名案を思いつく。


「ならいざという時、カズマさんがボクたちを守ってください」


 トウヤはカズマを利用することにした。


「はぁ? 何で俺が」


「カズマさんならどんな敵からでもボクとレイナを守れるでしょ。お願いしますよ」


「嫌だね。何で俺がそんな事!」


 トウヤの提案に拒絶の意を現すカズマ。


 はは~ん。そうきますか。


「出来ない、と」


「出来ねぇんじゃねぇ! やりたくねぇだけだ!」


「フム、なるほどそうですか。それならしょうがないですね」


「フン、たりめぇだ。なんで俺がそんな事……」


「口だけ、か」


 消え入りそうな程小声で出したその言葉は、しかしカズマにはしっかりと聞こえた様子。

ピクッ、と反応するカズマ。


「おい。今なんて言った」


 トウヤは、カズマから見えないようニンマリ笑った。


 予想通りの反応、またまたありがとうございます。


「いえなんとも。さぁそろそろ準備をしないと!」


「おい、いま『口だけ』っつったろ!」


 なんか、面白いぐらいに引っかかりますね。餌に。


「いえいえいいんですよ。関係ないカズマさんには荷が重いでしょうし」


「『荷が重い』!」


 さらに大きく反応するカズマ。


あなたは人に騙され易いタイプですね、はい。


「もういいですから行きましょう。準備する時間がなくなります」


 トウヤは自宅に向かって歩き出す。


「おいちょっと待てクソガキ!」


  ハイ、掛かりました。


「何でしょう」


 トウヤはカズマの方に顔を向ける。


「やってやろうじゃねェか!」


「えっと、何の事でしょうか」


「だから、お前と、あの女を。今日、町に行って、帰ってくるまで、守り通してやるってことだよ!」


「やってくれるんですか」


「応よ! 俺は口だけの男じゃねェからな。ついでにそんなの軽い軽い」


 ハッハッハッ、と高笑いを始める哀れなカズマ。

 そんなカズマの様子に、満面の笑みを浮かべるトウヤ。


「ではおまかせしてよろしいですか、カズマさん」


「応よ! 大船に乗ったつもりでいな」


 再び高笑いをするカズマ。


 なんかホントに、ホントに少し、その純粋さに哀れさを感じてしまうのはボクだけでしょうか。


自分で騙しておきながら、良心を若干痛ませるトウヤ。

しかしそれも一瞬のことだった。


 まぁこれでもしもの時に召喚して、ボクとレイナを助けてくれる助っ人を確保。

 ついでに昨日の約束の召喚も危ない時に達成できることだし、その時に『召喚時間』と『消失時間』も測定できます。

 一石二鳥どころか一石三鳥ですね。


 心の中で、そんな計算をするトウヤであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「それで、一体何でまたレイラに荷物を届けることに?」


 町に向かっている最中、事の発端についてレイナに尋ねるトウヤ。


「ほら、トウヤが最近襲われた山賊がいたじゃない。覚えて、るよね」


「もし忘れられる人がいるのだとしたら、その人の神経は異常です。間違いなく」


 殺されかけたのを忘れられる人間がいるはずがない。

 もしいたとしても、ショックで記憶喪失になった人だ。


「その山賊達が何なんです?」


「その山賊ね、最近この辺り一体で暴れまわってるらしくて、今、町とかで問題になってるの」


「は~」


 レイナの言わんとする事が、今一把握出来ていないと言った言葉を吐くトウヤ。

 そんなトウヤに、レイナは話しを続けた。


「それで、この前のトウヤの騒ぎがあったでしょ。

 レイラ、町に帰ったあと自衛団の団長に『山賊の一斉撤去』を提案して、それが近々行われるらしいの。

 それで当分町に泊まり込む事になりそうだから、着替えを持っていくことになって」


「……何か、事の発端がボクになっているような気がしなくもないんですが。気のせいですよね」


「……気のせいだよ」


「その間は何ですか」


 つまりこういうことだ。結局こうなったのも自業自得、と。


「ああなんてこった。レイラに事の顛末を詳しく話すんじゃなかった」


 山賊抹殺は別にいいんですけど、間接的に迷惑を掛けないでもらえないだろうか。


しかし、それは無理なことだとトウヤは知っていた。

昔からレイラのする事総てが直接的、または間接的に被害を与えてくるのだ。トウヤに。


「レイラ本当に怒ってたからね。何人か血を見ることになるかも」


「というか死人が出るんじゃないですか?」


「う~ん。あのレイラの状態だと長く苦しませるために半殺しのような気がするな」


「……実にありえそうな話です」


 二人して大変酷い言い草だった。


「そんな事にならない為にもトウヤにあって欲しかったんだ」


「レイラにですか?」


「うん。後言って欲しかったんだ。『殺』り過ぎないでって」


「その言葉は大変正しいですね」


 身内から殺人者は出したくないですからね。


「……わかりました。微力ながらご協力させていただきます。

 でもボクの話を聴かない可能性もありますので、期待はしないでくださいね」


「うん。期待してないよ」


「ウグッ」


レイナのあんまりな物言いに、心が抉られるトウヤ。

もう少し柔らかい言い方は、ないのだろうか。

そんな事をしているとついに二人の目の前に目的の町が。


「何事もなくここまではたどり着きましたか」


 町の入口を見つめて、トウヤは呟く。


「それはそうだよ。そうそう面倒ごとに巻き込まれるなんて無いよ」


「……かもしれませんね。しかし油断は出来ません」


「まぁ慎重な事は良いことだと思うけど、あまり思いつめないでね」


 そうトウヤに言って、レイナは町に入っていった。

 そんなレイナを見送りながら、しばし呆然とトウヤはその場に立ち尽くした。


 自身にとって、初めての町。

 普通なら興奮するか、緊張するかのどちらかなのだろう。

しかし、トウヤはそのどちらでも無かった。


「はぁ~」


 大きくため息をつくトウヤ。

そんなトウヤの様子を見て、今まで黙っていたカズマはトウヤに言った。


「まだウジウジしてんのかよ。あの女も言ってたろうが。そうそう面倒事に巻き込まれるかってんだ」


「本当にそう思いますか?」


「思うに決まってんだろ。たかが町に来て何が起こるってんだ」


「わかんないですよ。大火災が起きるとか大地震が起きるとか、もしかしたら巨大隕石が落ちてくるかも」


「お前はアホか」


 心底呆れながら、カズマは言い放った。


「どこからそんな発想が出てくんだ。本の読み過ぎじゃねぇのか?」


「……確かに、沢山本は読んでますが」


「被害妄想、激しすぎだっての。そんな物語みたいな事が現実に起きるか」


「でも実際起きたじゃないですか。山賊に襲われました」


「そりゃあるかもしんないが、さすがに隕石は落ちてこねぇって」


「それは言い過ぎだったと思います。しかしそういうことが起こる可能性はゼロでは無いと言いたいわけで」


「そんな事だから、お前は引きこもるんだな」


「む~」


 カズマの最も意見に、トウヤは唸り声を上げるしかなかった。


「お前はあれか。道を歩いてたら熊に襲われるのか。馬車にひき殺されるのか。

 大体、大火災が起きようが大地震が起きようが、それこそ巨大隕石が落ちようが、

 お前の村だって、ただじゃすまねぇだろうが。そんな事にビクついてんじゃねぇよ、アホらしい」


 それに、とカズマは話を続けた。


「何の為に俺がいると思ってんだ。そういうのから守られるために、お前はこの俺様に護衛を頼み込んだんだろうが」


 頼み『込ん』ではいないし、さすがに隕石をどうにか出来るとは思えなかったトウヤ。

 しかし、もうこの男に頼る他なかった。


「カズマさん」


「何だよ」


 真剣な顔でカズマを見るトウヤ。


「ホントーーーーーーーに! 頼みましたよ」


「わかってるっての。俺に任せておけ。必ず守り通して見せる。俺は『口だけの男』じゃねぇからな!」


 そう言って、カズマは高笑いした。


「……はぁ」


 そんな自信に満ち溢れるカズマを見ながらも、何故か不安に押し潰されそうなトウヤであった。



トウヤは被害妄想の激しい主人公です。

生暖かい目で見守ってください。

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