第五節 試す少年
(12/03/10) 誤字・脱字修正
「……」
家に着いたトウヤはベッドに寝転び天井を眺めていた。
まだ疲れが残っているだろう、ということで村長から今日の仕事は休み、家でゆっくりしろと言われ、そうしているのだ。
村長というよりレイナの提案なのだが。
「しかし、こうしていると暇ですね」
家にある本は読んでしまったし、何か他に暇つぶしはないものか、と周りを見回すとそこには忘れ去っていた存在がいた。
「カズマさん」
プカプカ浮かびながら、寝転がっているカズマの姿がそこにあった。
そういえば村長たちと話している間も視界の片隅にいましたね。
しかしこの我侭男が終始黙っているとは。
トウヤは不思議に思い、カズマに聞くことに。
「あの、何でカズマさん静かにしてたんですか」
トウヤの質問に、カズマは顔だけ向けて、鼻を鳴らして言った。
「フン。俺はお荷物じゃねぇからな!」
「……まだその事気にしてたんですか」
なんとも律儀なカズマであった。
「……あっ! そうだ。いい暇つぶしがあったじゃないですか!」
トウヤは勢い良くベッドから起き上がり、部屋の隅に置いていた袋を探る。
袋の中からゼノにあずけられた『実』を取り出し右手に握る。そして目を瞑って深呼吸を一つ。
「……レイズ!」
しかし何も起こらなかった。
「……『腕輪』も『実』も光ってないからですかね~」
「また『誰か助けて』って思わなきゃならねぇんじゃねぇの」
トウヤの横でにやにや笑うカズマ。
若干ムカツクも、しかしあながち間違ってはいないのでは、と思うトウヤ。
しかし切羽詰った状況でもないのに誰かに助けを求めるなど、トウヤには出来なかった。
「……ボクに僅かに残っているプライドが許しませんね」
「お前にプライド何てあったのかよ」
「何ですって!」
さすがのトウヤもこの発言にはムカッときてカズマに詰め寄る。
「あの女共、特にレイラとかいう女に頭も上がんねぇお前に、プライドなんて、もうねぇだろうが」
「くぅ~」
ムカツクが間違っていない発言に、悔しい悲鳴を上げるトウヤ。
トウヤはカズマを無視して考えた。
少々考えてみましょう。誰かに助けを求めたら、このカズマさんが現れました。
そしてそのカズマさんは今ここに、なぜか小人の姿で、なおかつ自分にしか見えない存在となっています。
なぜ自分にしか見えないのか。自分には見える必要があるとも取れますね。
では何故見える必要があるのか。また呼び出すには見える必要があるから、とか?
……ものは試し。やってみますか!
「……来い、カズマ」
「何を、ってうお!」
自身の握る実の中にカズマが入り、緑色に輝く『腕輪』と赤く光る『実』がそこに。
これが正解か、とトウヤは感じた。
「ボクの頭も捨てたもんじゃないですね。まぁ当て感ですけど」
結果往来。ではやりますか。
「レイズ」
呪文と同時に『実』がさらに輝きだす。
トウヤは一部始終見逃さないよう、薄く目を開けながら、なんとかカズマの出現を見ることができた。
赤く発光した『実』が段々と大きくなり芽が飛び出す。
その芽は実を包むように大きくなり、そして……。
「なんてこった」
そこにはカズマがいた。
あの夜、トウヤを助けた時の姿でそこに。
「すごい。一体どうなってるんでしょうね」
こんな事が現実的に起きるなんて、なんて世の中になってしまったんだ。
出現したカズマはというと、自分の両手を何度も握りしめ、見つめていた。
どうやらカズマにとってもこの現象は摩訶不思議な事に変わりないようだった。
記憶を失っているから、という事も考えられるが。
そこでハタと気づき、トウヤは尋ねた。
「カズマさん。何か思い出しましたか」
この姿になったことで記憶が蘇った、という結果になってもおかしくはない。
かすかな希望に懸け、そう尋ねたトウヤに返ってきたのは、カズマの脳天チョップだった。
「いったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
悶絶。脳天に直撃を食らったトウヤは両手で頭を押さえうずくまる。
一体全体何がどうしてこうなったんですか。
その疑問を解消すべく、トウヤはカズマに詰め寄った。
「いきなり何すんでうすか!」
「ふざけんな! 今までの事、思い返してみろクソガキ!」
「逆切れですか!」
なんなんだ、といった感じで過去を思い返すトウヤ。
果てさて、今朝からの事を思い返してみよう。
確か、無駄な時間を過ごしたとカズマさんの所為にして。
レイナに見えないことをいいことに空気扱い。
さらには無理やり外に引っ張り出して、おまけのお荷物扱い。
ふむ、なるほど。
「申し訳ありませんでした」
トウヤはいさぎよく土下座して謝る。
「当たり前だ!」
逆に考えるとよく脳天チョップで済んだものだ。しかも相当加減してくれたはずである。
なんせあの山賊たちの姿を見れば、本気を出した彼の攻撃の前に、トウヤなど紙屑、いや塵に等しいと言っても過言ではない。
「本当に申し訳ありませんでした。つい少し調子に乗ってしまい」
「少しだと! 相当調子に乗ってただろうが!」
……そうですね。相当調子に乗っていましたね。
未だ痛む頭を擦りながらカズマの言葉に同意する。
何故あれほど調子に乗ってしまったのか。
「ボクのアホ!」
「本当にアホだな!」
鼻息を荒くし、トウヤに同意するカズマ。
今だ怒りが収まらない様子のカズマから逃れるため、トウヤはなんとか話を逸らそうとする。
「それで」
「あぁん!」
早く話を逸らさなければ、第二撃がボクを襲うことに!
「何か思い出しましたか」
「ん、そうだな……」
腕を組み何かを必死で思い出そうとするカズマ。
話を逸らすのには成功したようだ。
「なんでもいいんです」
「ん~~~~」
必死に考え込むカズマ。
しかし。
「駄目だ。何も思い出せん」
「やっぱり」
「何!」
「ごめんなさい」
あのチョップはもう受けたくないので、すぐさまトウヤは謝罪する。
どうやら完璧に、主従が決定してしまったようだ。
カズマ=主、トウヤ=下僕
……なんか普通、逆なんじゃないですか、こういう状況の場合。
ボクが召喚したようなものですし。
何かとてつもなく理不尽なような気もするトウヤだったが、どうしたって何かが変わるわけではないので諦めた。
それよりも。
「結局何も分からずじまい、か」
「何だと」
トウヤの物言いにカチンときて、睨みつけるカズマ。
「いえ、別にカズマさんの所為とか言ってないじゃないですか」
なんでもかんでもカズマさんの所為にするわけないじゃないですか。
そんな事をトウヤが考えていると、カズマは何を思ったかドアへと向かっていく。
外にでも行くんですかね。まったく、少しは協力してくれてもいいのに。
……ちょっと待てください。
「どこ行く気ですか!」
「あ、決まってんだろ。外に行くんだよ」
「何で!」
「せっかく元の体に戻ったんだ。少し散歩するんだよ。何か文句あんのか」
「大有りです!」
何も考えてないんですか。この筋肉バカ!
「誰かに姿を見られたらどうするつもりですか!」
「別にそんなの問題ねぇだろ」
「問題あり! 村の中に知らない人がいたら、あのバカ村長が飛んできますよ!」
何故ここまでトウヤがあわてふためくのか、それには理由があった。
それは今から少し昔のお話。
村に不審な人物が侵入してきたことがあったのだ。
その不審者は、村に勝手に入っただけではなく、なんとレイナを誘拐しようとしたのだ。
幸い、その誘拐は未遂で済み、レイナには傷一つ付くことなく事なきを得たのだが。
逆に誘拐しようとした方が、ただではすまなかった。
レイラと村長、二人の手によりボコボコにされて、簀巻きのまま川に流されたのだから。
とにかくその事件後からは、知らない人が村に入るときは村長の面会で合格したものでないと入れなくなった。
そして無理矢理入った者には、村長の手で物理的に地獄へ送り込まれる。
つまりそういうことである。
なので、
「ここでジッとしててくださいよ。変な騒ぎになるのは御免です!」
「なんで俺が、お前の言う事を聞かなきゃいけねぇんだよ!」
「今後の事もあるので、どうすればいいか一緒に考える必要もあるでしょ」
「俺は嫌だね!」
そのまま外に出ようとするカズマ。
どうしよう。このままでは村が地獄絵図と化しますよ!
『村長』対『カズマ』。
どちらも強者、その戦いによって、先に村の方が壊滅することは間違いないです。
どうしようどうしようと慌てふためくトウヤの脳に、突如それは閃いた。
あの晩はどうしたのか、と。
何をしたらカズマさんは消えましたか?
そう、『消えろ』と言ったら消えた。これです!
トウヤは、今まさにドアノブを捻ろうとするカズマに向かって叫んだ。
「カズマ消えろ!」
一瞬の静寂。
突如として閃いた奇策は、筋肉バカの所業を止める、という結果を出すことには成功した。
しかし少しばかり方向性を変えてしまう。主にトウヤが痛い目を見る方向で。
「今、なんつった」
ドアノブを握った体勢から微動だにせず、地の底のマグマが噴火する前兆のような声が、トウヤに向かって放たれた。
何故消えない。なんでどうしてヘルプミー!
トウヤは冷や汗を滝のように流した。
村を壊滅から救おうとして、自分を生贄にしてしまっては意味がない。
数秒間、トウヤもカズマも一切動かず時は進む。
しかしゆっくりと、本当にゆっくりとトウヤに顔を向けてくるカズマ。
その顔は怒りに打ち震えていた。
「悪りぃな。最近少し耳が悪くなってるのかもしれねぇ。もう一度言ってくれるか」
「いや、えっと。あははは」
もう乾いた笑いしかでないトウヤ。
カズマはドアノブから手を放し、拳をパキポキ鳴らしながらトウヤに近づいていく。
「『消えろ』って聞こえたんだが。気のせいだよな。『消えろ』って」
「ええ、気のせいですよ。気のせい」
「確か前にも同じ言葉を聞いたような気がするんだが」
しっかり覚えていらっしゃる。
トウヤからさらに汗が溢れ出す。
「二度も俺に『消えろ』か。なかなか勇気があるじゃねぇか。少し見直したよ」
そういうのを勇気とは言わず、無謀と言います。ついでに大馬鹿者とも。
「ただの腰抜けだと思ったが、どうやら勘違いだったようだな。心配すんな。
さっきみたいな手加減はしない。お前の勇気に免じて、昨日のアホどもと同じように空を飛ばしてやるよ」
いいね。空はいいよね。もし生まれ変われるなら、ボクは鳥になりたいです。
……そうじゃないでしょ!
「ごめんなさい!」
すぐさまトウヤは謝罪するも、時すでに遅し。
「おせぇんだよクソガキ!」
怒りの鉄拳がトウヤの顔面に迫っていった。
ああ、ボクのアホ。
思いつきがで行動するからこんな目に会うんだ。
今後一切調子には乗らないぞ。
覚悟を決めて目を瞑り、衝撃に備える。
そんな事をしても意味がないと知りながら。
しかしながら、トウヤの覚悟とは裏腹に一向に衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けるトウヤ。
そこには誰もいなかった。
周りを見回しても誰もいない。人の気配も感じない。
トウヤは理解した。
これはあれだ。
つまり、九死に一生を得た、ということで間違いはないだろう。
「助かったぁ」
安堵し、腰を抜かすトウヤ。
ボクの運も捨てたもんじゃないですね。
よくやったボクの運!
わけの分からない物に感謝するほど、混乱中のトウヤだったが、ふと疑問に思う事が一つ。
「カズマさんはどこにいったんでしょうか?」
姿なきカズマの行方である。
あの時もそうだった。
トウヤが『消えろ』と言って消えた後(それは間違いとたった今実証されたのだが)、周りを見回してもその姿はどこにもなかった。
どこかに隠れているのだろうか、いや隠れる必要はないはず。では何故姿が見えないのか。
少しの間、姿が消えた理由を考えるも明確な答えが出るはずもなく、ではどうしようかと一考した結果、ベッドで横になる事にしたトウヤ。
時間がたったとはいえ、カズマから頂いた脳天チョップにより未だに頭が痛い。
それに元の姿に戻ったカズマと話す事で想像以上に精神を削り落とされた。ついでに昨日の疲れも残っていた。
ほっといても、また前みたいにひょっこり現れるだろう、と思いトウヤ目を瞑った。
なんか変なものを渡されちゃったな。
いまさらながら後悔する。
ゼノから渡されたアイテムの所為で、頭が痛いどころか命の危険にまでさらされたのだ。
せめて早くこのアイテムを取りに来てくれないものか、とトウヤは右手の腕輪を見ながら思った。
しばしそのままでいると、突然腕輪が輝き始めた。
「なっ、なんで!」
呪文を詠唱どころか『実』も持ってない。なのに何故!?
混乱するトウヤ。
しばらくすると光が収まり、目の前にどこかで見たことのある赤い物体が。
「カズマさん!」
ミニマムカズマがそこにいた。
「どこに行ってたんですか?」
「俺が、知るかって、何回言わせんだ!」
いきなり怒り度最高潮のカズマ。
そんなカズマを放っておいてトウヤは腕輪を見る。
「どうやら少しずつだけどわかってきたようですね」
頭の痛みは無駄じゃなかったです。
第一に、どうやらカズマさんを召喚できる時間、これを仮に『召喚時間』としますが、それには限りがある、という事。
時間にするとおよそ数分、もしくは十数分っていったところですか。
先ほどの召喚時間を大まかに計算すると。
第二に、召喚後、これまた一定時間カズマさんは姿を消すことになる、という事。
これを『消失時間』とすると、『召喚時間』と同じように数分から十数分ってところですかね。
「なるほど」
少々だが、謎が解明されたことにより頭のモヤモヤが解消されたトウヤ。
もう少し具体的に『召喚時間』や『消失時間』、その二つに統一性があることなどを検証してみたかったが、そうできない理由が。
「おい! 俺をもう一度元の姿に戻せ!」
予想通り、カズマがトウヤに噛み付いた。
「一応、何故かとお聞きします」
「お前をブッ飛ばすためだ!」
「あなたはアホですか」
誰がブッ飛ばされたくて元に戻しますか。
ついでに『ブッ飛ばす』じゃなくて『ブッ殺す』の間違いでしょう。
「嫌です。断固拒否します」
「ふざけんな! ブッ飛ばすぞ!」
「だから、ブッ飛ばすために元に戻せ、っていうのを拒否してるんですけど」
カズマのアホさ加減にトウヤは呆れた。
「いいから戻せ!」
「嫌です。僕、疲れてるんですよ。だからもう寝ます。お休みなさい」
「元に戻せ!」
ああ、うるさいうるさい。何て喧しい男なんでしょう。
どうにかして、このうるさいのを黙らせないと。
トウヤは適当な理由をでっち上げ、黙らせる事にした。
「無理ですよ。戻したくてもどうやら力を使い果たしてしまったようで」
「何、本当か!?」
「はい」
嘘です。
「というわけで、力を取り戻すためにも寝かしてもらえると、ありがたいんですがね」
「くっ、そうか。じゃあしょうがねえな」
信じました。こんなのすぐ信じるなんて、カズマさん、すごいですよ本当。
「それではおやすみなさい」
「ああ、さっさと力を取り戻せよ」
カズマはトウヤから離れ、窓の近くに移動し黙って外を眺め始めた。
そんなカズマの様子を見て、床に就くトウヤ。
明日からはまた平穏な生活が戻りますように。
そんな事を願いながら、眠りにつくトウヤであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
満月が闇夜に輝く真夜中。
カズマは窓の縁に腕を組んで胡座をかき、トウヤを眺めていた。
「……フン」
しかし、しばらくするとまた窓の外を眺め始める。
記憶がないカズマはトウヤを見て、腹ただしく感じると同時にどこか懐かしくもあった。
自分にはこのぐらいの年の家族がいたような気もする。こんな根性なしじゃなかったが。
カズマはそれを思い出そうと必死に考えた。しかし何も思い出せない。
ただ頭の片隅に、一つだけある映像が残っていた。
赤く染まった空。
砂ばかりの広大な荒野。
そして、その荒野を埋め尽くす黒い影。
……それだけ。
しかし、それは確かに自身にとって重要な何かなのだと、カズマは本能的に悟った。
「……チッ」
カズマはもう一度トウヤを見た。
「こいつと一緒に居れば何か思い出すのかね」
その疑問に答えるものは、誰もいなかった。
読了ありがとうございます。
本日はここまでとします。