第十節 選択する少年
蟻。
体長1ミリメートルから3センチメートル程の小型昆虫。
民家の近くにも多く存在し、もっとも身近な昆虫の一つとして数えられる。
そう、今目の前にいる蟻は特に珍しいものではないのだ。
その大きさ以外は……。
「「「………………」」」
トウヤ、カズマ、シイカ、そして巨大白狼の三人と一匹は動けずにいた。
周りを赤ん坊ほどの大きさがある蟻に、しかも何百匹、もしくは何千匹かと思われる程の数に囲まれ、下手に動くことが出来なかったのである。
しばし、遺跡の辺りを静寂の時が流れた。
だが、次の瞬間。
「ひっ!?」
トウヤ達の方へと一斉に襲いかかってくる巨大蟻たち。
それは巨大な黒い波が、トウヤ達の領域を侵食していくかのような光景。
「ちっ!」
いち早く蟻たちの行動に反応したカズマは自身の方へと襲いかかってきた蟻を、片っ端から殴り倒していく。
「……『燃焼』」
シイカも青い炎を出し、蟻たちが自身やトウヤの方へ近づけないよう、牽制をかけていた。
そして、トウヤはというと。
「わ! わ! わーーーーーーーーーーーーー!」
自身の乗っている巨大白狼の、蟻を倒そうとする激しい動きで振り払われないように、懸命に毛を掴み、しがみついていた。
しかし、トウヤの握力では、いつまでもその態勢を維持する事が出来ないのは周知の事実である。
それはトウヤ自身にも解っていた。
こ、このままでは振り落とされ、周りを埋め尽くす蟻たちの海に落とされてしまいます。
そんな事になったら、ボクは蟻たちにおいしく頂かれる? もしくは巣にお持ち帰りされてしまいます!
それは何としても避けなければ!
では、どうすればいいのか。
「カズマさん! シイカさん! 逃げましょう!」
トウヤの判断は英断だった。
このように囲まれた状況で、しかも無策のまま戦っていては、圧倒的に不利。
ならば一度体制を立て直すためにも一旦どこかに逃げ、作戦を立てる時間を作るのは必要なことである。
しかし、
「巫山戯んな! 俺は逃げねぇぞ!」
当然のごとく、カズマはトウヤの意見に反対した。
そんなカズマの反応に、トウヤは怒りを露わにする。
「あのね! おわ! こんな時に! あわ! 文句を言っている場合じゃ! にょわ!」
巨大白狼の上から落とされないよう、必死にしがみつきながらカズマに文句を言うトウヤ。
しかし、そんな事でカズマは意見を変えるとは、思わなかった。
くっ! ならば!
「カズマさん! 足止めをお願いします! ボクとシイカさんはその間に一旦引きます! それならいいですか!」
「なら問題ねぇ!」
自身に飛びかかってきた巨大蟻に回し蹴りを浴びせながら、カズマは答えた。
「なら、シイカさん!」
「……了解」
シイカはそう言うと、自分たちの周りに炎の円を作り出し、蟻たちを交代させた。
その隙に、カズマが言った。
「道は俺が作る! そこから行け!」
右拳を腰だめに構え、黒い波の一部に狙いを定めるカズマ。
そして、
「覇ッ!」
赤い衝撃が黒い波の一部をえぐり、そこに茶色い土の一本道を作り出す。
「今です! シイ、ってあわ!」
トウヤが逃げるための合図を言おうとした瞬間、巨大白狼はトウヤを乗せたままカズマの作った道をかけ始めた。
それに気付いたシイカは、慌てて巨大白狼の毛を掴み、上に乗り上げる。
「な、なんだかよくわかりませんが、カズマさんよろしくお願い致します!」
「おうよ!」
段々と狭まっていく道の向こうにカズマを捉えながら、トウヤはそう叫んだのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
黄色味を帯びてきた空の下。
一匹の巨大な白狼が、森の中を滑走していた。
その狼の背には、必死に落とされまいと狼の毛を掴むトウヤと、後方を険しい目で睨みつけているシイカの姿があった。
「うわ! いっぱい追ってきますよ!」
何とか蟻たちの包囲網を突破した二人と一匹。
しかしそれでも蟻たちは、トウヤ達を逃がすまいと、凄まじい速さで後を追ってきた。
巨大白狼の動きは決して遅くはないのだが、如何せん、先程まで大怪我を負っていたのだ。
その動きには粗が見え、段々と蟻たちに追いつかれていった。
「こ、このままでは追いつかれてしまいます! 折角カズマさんが足止めをしてくれたのに!」
カズマさんの決死の覚悟が、水の泡に!
「……私を『レイズ』で召喚して。あいつらを蹴散らす」
「あ、なるほど! わかりました!」
シイカの意見に賛同したトウヤは、すぐさまその策を実行すべく、必死に毛を掴んでいた右手を離し、シイカへと手を伸ばす。
その手をシイカが握り、その瞬間、トウヤは叫んだ。
「『イレイズ』!」
呪文を唱えると、シイカの体は青い光に包まれ、その姿を消した。
トウヤはそれを確認せずに、すぐさま自身の腰に付けた『家宝の腰袋』に手を突っ込む。
そして中から『樹肉の実』を一つ取り出し、感覚で十秒数えた後、呪文を唱えた。
「来い、シイカ! 『レイズ』!」
すると、再び青い光が辺りを照らし、シイカがトウヤの隣を飛んだ元の姿で現れた。
「……行って」
「はい!」
シイカの短い言葉で全てを理解し、そのまま巨大白狼に乗って蟻とは逆方向へと進んでいくトウヤ。
そんな彼を見送ったシイカは、蟻たちに厳しい視線を向けると、口を小さく開き、言葉を発した。
「……『電離』」
杖の先端から、青色の電気が音をたてて発生。
「……『蓄電』」
杖の先端に、青い電気が段々と貯まる。
そしてシイカは杖を蟻の群れに向かって向けて、言い放った。
「……『放電』」
瞬間、とてつもなく大きい雷鳴が森の中を駆け巡った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その雷鳴は、逃げていたトウヤの耳にも入ってきた。
「シ、シイカさん! やったんですか!」
トウヤはシイカがいる後方へと目を向け、歓喜の声をあげた。
が、
「へ?」
突如、トウヤの体をいつか体験した浮遊感が襲った。
その直後、トウヤは掴んでいた巨大白狼の毛から手を離し、宙へと放り出される。
何事だろうと、トウヤは宙に浮かんがまま辺りを見回してみる。すると、
「崖ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
トウヤは空を飛翔している事に気がついた。
なんと巨大白狼は崖からジャンプし、下の森へと向かって飛び降りようとしたのである。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(声にならない声)」
しばし、空中を浮遊し続けるトウヤ。しかし、世界の物理法則から言って当然の結果が待っているわけで。
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
トウヤは遥か下に広がる森に向かって落下を開始した。
何でボクは落下してるんですか! 蟻から決死の覚悟で逃げていたはずなのに!
あ、決死の覚悟だから死にかけてるんですかね? ってそうじゃないでしょ!
「誰か助けてくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」
「うっせぇぞトウヤ!」
突然、トウヤの耳元にカズマの声が聞こえてきた。
声のした方に顔を向けると、そこには小人化したカズマの姿が。
「カ、カズマさん! なんで! ってそれどころではありません!」
トウヤは落下しながら『家宝の腰袋』に手を入れ、『樹肉の実』を取り出す。
「とにかく助けてください! 来いカズマ、『レイズ』!」
すると、再び赤い光に包まれて元のカズマの姿が、トウヤと共に落下して現れた。
「ってか、何でお前は落下してんだ!」
「そんなの言ってる場合ですか!」
地面はもうすぐそこまで迫っていた。
「ちっ! ん?」
カズマは地上を見下ろした後、上空を見上げて何かに気がつく。
そして、
「トウヤ、投げんぞ!」
「どこ、へあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
有無を言わさず、トウヤを上空へと思いっきり投げ上げるカズマ。
そしてそのまま、地上に生えていた木の上へと落下していった。
一方、トウヤはと言うと、
「何で再び空に投げ上げるんですか! カズマさんのアホー!」
再び宙へと浮かんだトウヤは、しばらくの間空中を浮遊し続けた。
しかし、このままでは再び落下してしまう。
トウヤはそう考えた。だが、
「……『浮遊』」
「あ! シイカさん!」
落下をはじめようとしたトウヤの前に、空中を飛んでシイカが現れたのだ。
も、もしかしてカズマさんはこれを知っていて!
トウヤは先ほど罵倒したカズマに、今度は大いに感謝した。
そして、シイカの『操水術』で空中を飛び、なんとか九死に一生を得たトウヤ。
「ありがとうございます。シイカさん! あ、そういえばカズマさんが!」
トウヤは自身を助けるため落下したカズマの安否を気にかけ、落下した場所に目をやる。
するとそこに、巨大白狼とそれに襟首を加えられて宙吊りになっているカズマの姿があった。
「カ、カズマさん!」
無事だったんですね、とトウヤがカズマに声を掛けようとするも、
「離せ犬! 俺はこれからあのアリ共をぶっ潰すんだからよ!」
思いの外元気いっぱいのカズマに、拍子抜けして呆れてしまうトウヤ。
そんなトウヤに、シイカが言った。
「……とにかく今は一旦引く」
「そ、そうでした! カズマさん! あと狼さん! 逃げますよ!」
「だから俺は! ってか離せ犬ーーーーーーーーーーーーーーー!」
そんなカズマの叫び声と共に、トウヤ達は巨大蟻の群れから逃げるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「大丈夫ですか? 狼さん」
空が茜色に染まってきた夕方頃。
トウヤは傷つきながらも懸命に自身を逃がしてくれた狼の傷を『生薬の実』で直しながら、そうカズマとシイカに質問した。
あのあと、結構な距離を進み蟻たちを振り切ったトウヤたちだったが、途中で巨大白狼に限界が訪れ、倒れふしてしまう。
その姿を見たトウヤは、狼の上からすぐに降りて蟻たちから姿を隠しつつ、巨大白狼の傷を直していたのであった。
ちなみに、カズマとシイカは途中で召喚時間を終え、今はミニマム状態でトウヤの近くを漂っていた。
「やっぱりあの体であんなに激しく動くのはいけなかったんです。もう安静にしていないと」
「……そう。でも何故この狼は私たちを助けてくれたの?」
シイカがトウヤも思っていた疑問を口にした。何故、この狼はトウヤ達を助けてくれたのか?
「……貴方が傷を直したから?」
シイカはトウヤを見ながら、そんな推測を口にした。
「はぁ。でも、そんな事で助けてくれますかね?」
「……さぁ、でも結果として助けてくれたでしょ?」
「う~ん……」
疑問符を浮かべ、考え込むトウヤとシイカ。
しかし、そんな二人にカズマが言った。
「どうでもいいだろんなこと。どんな理由があるにせよ、俺たちを助けたんだから。
それを疑問に思ってもしゃあねぇだろ。素直に感謝しとけよ! 犬に」
「……それもそうですね。どんな理由があるにせよ、助けてくれたんです。
感謝こそすれ、疑問に思うのは筋違いってもんです。いいこと言いますねカズマさん」
「まぁな! それより、あいつらはどうすんだよ。つうかそっちの方が問題だろうが」
「そうですね。今は何とか見つからずにいますが、このままでは再び襲われてしまいます。
その前に、何とか攻略法を見つけなければ……」
「……一つ、考えがある」
今後の方針に大いに悩んでいたトウヤに、シイカが手を上げながら言ってきた。
「何ですか? 考えって」
「……私たちが相手にしているのは蟻。それは間違いない」
「まぁ、あんな大きさでも蟻は蟻ですからね」
「そう、しかも統率が取れている蟻。まるで誰かに指揮されているような……」
「統率? ……あ、それってまさか、女王蟻ですか!?」
トウヤはシイカの言わんとしていることがなんとなく理解できた。
「……そう。あれほどの集団が、しかも統率されて動いているのは脅威。なら、指揮しているものを倒して、統率を乱すのが定石」
「なるほど。そして統率が乱れた所を一気に倒す。そういうわけですね」
「……そういうこと」
ならば、狙うはまず女王蟻。この戦いに一筋の光が差してきた。
しかし、
「その女王蟻は一体どこにいるんでしょうか?」
先ほどの戦闘は、一切その姿を確認してはいない。
まずその姿を確認しなければならなかった。
「……まず、私が『レイズ』で召喚され、敵を補足する。もしそのまま倒せたらそれで終わり。
でも、それで倒せなかったら……」
「カズマさんを召喚して、攻撃すればいいんですね?」
二人は互いの意見に納得し、頷きあった。
しかし、まったく作戦を理解していない男が一人、そこにいた。
「おいちょっと待て! 何で俺が先に召喚されねぇんだ! 根暗女!」
「……それでは作戦を開始しましょう!」
「……了解」
「おい! 俺の質問に答えやがれ!」
トウヤとシイカは、そんなアホを放っておいて、戦闘準備を始める。
一々説明するのも面倒だったのである。
「……あ! でも問題が! ボ、ボクはどうすればいいんでしょう?
カズマさんを召喚するにはシイカさんの状況を知る必要があります。
ボクも一緒に行かなくては……」
「……それは……」
「だから俺の話しを聞け! 無視してんじゃ……、ちっ! 来やがったぞ!」
カズマがそう言った瞬間、トウヤ達に向かって大量の巨大蟻が襲いかかってきた。
「ああ! まだどうするか決めてないのに!」
「……とにかく私を召喚して」
「そ、そうですね。それでは来いシイカ! 『レイズ』!」
トウヤはすぐさま『樹肉の実』を取り出し、呪文を唱えた。
そして現れたシイカは、すぐに炎を出して蟻達を攻撃。そのまま上空へと飛んでいった。
「良し! でもボクはどうすれば!」
「だから、俺を召喚しろ!」
「それは出来ません! 作戦が違って来ちゃうでしょ!」
「だったらどう……、っておい犬! 動くんじゃねぇよその傷で!」
「え? ってあわわ!」
カズマの言葉に後ろを見ようとしたトウヤは、しかし襟首を持ち上げられて巨大白狼の背に乗る。
その行動に、トウヤは感づいた。
「ま、まさか狼さん。ボクたちを助けてくれるんですか!?」
そのトウヤの言葉に、巨大白狼は無言で頷き、肯定の意を露わにした。
「そ、それは嬉しいですが、でも……」
その傷で無理は、と言いたかったが、これしか方法がないのも事実。
トウヤは一瞬言葉に詰まるが、すぐさま真剣な表情を巨大白狼に言った。
「その傷でこんな事をいうのはあれですが、どうかよろしくお願いします!」
「ワン!」
「ありがとうございます! では、行きますよ! 『ポチ』!」
「『ポチ』!?」
トウヤのポチ発言に呆れ半分驚き半分のカズマを放って置き、巨大白狼改め、『ポチ』は大地を蹴ってシイカの元へと駆けるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トウヤは『ポチ』に跨って森の中を滑走していた。
そして森を抜け広い荒野に出ると、そこには夥しい数の巨大蟻と闘うシイカの姿がそこにあった。
「いました! シイカさんです! シイカさん! 女王蟻はいましたか!」
「……まだ見つからない!」
シイカは青い大きな炎を蟻達にぶつけながら、そう叫んだ。
蟻たちの方はというと、炎に焼かれて燃え上がる蟻を避け、トウヤ達の方へと向かってきていた。
「ま、まずいです! ポチ!」
トウヤはポチの背を叩き、逃げるように促す。
すると、それを理解したのか勢い良く駆け出し蟻達から距離を取るポチ。
「よし! これなら邪魔にならず、シイカさんの状況を確認できますね!」
「ワン!」
しかし、シイカの状況を見るにこちらが押されている模様。
このままでは先ほどの二の舞となってしまう。
「……どうにかこの状況を打破しないと……」
トウヤは自身に何か出来ないか必死に考えた。
すると、そんなトウヤにカズマが言った。
「ならよ! 俺たちで女王蟻を見つけりゃいいんじゃねぇか?」
「それです!」
トウヤはカズマの意見を聞くと、直ぐ様行動に移した。
ポチの背をポンポンと叩き、駆けるよう促したトウヤは、蟻たちから離れつつ辺りを見回した。
「どこですか! どこに女王蟻はいるんですか! カズマさん、いましたか!?」
「いねぇ! つうかこう黒いのがいっぱいいちゃどれが女王なんだか!」
黒い渦を流し見ながら、そう堪えるカズマ。
た、確かに。こう多くては何が何やら。
女王に何か特徴ってありましたかね!
「……あ、羽です! 女王には羽が付いている筈です! 後、一際大きいのも特徴だった筈!」
「そうか! その大きくて羽を付けてる奴が……、いた! いたぞ、トウヤ!」
「え!? どこですか!」
トウヤは辺りを見回した。しかし女王らしき蟻はどこにも見当たらない。
「違うトウヤ、下じゃねぇ! 上だ!」
「上!? あ!?」
カズマの言葉に、上空を見上げたトウヤは、空を飛ぶ黒い何かを見つけた。
それは異常に腹が大きく膨らみ、羽を激しく羽ばたかせている人間の大人ぐらいの大きさの蟻。女王蟻の姿だった。
「空を飛んでいたんですか! そりゃ地上を見ても見つからないですよ! シイカさんいましたよ! 上です!」
「……上? いた!」
シイカは女王蟻を見つけると、すぐさま攻撃を開始するため杖を女王蟻に向けた。
しかし、こちらに見つかったと悟った女王蟻は、意外な行動に出る。
「あ! 女王蟻が地上に降りてきますよ!」
「何!?」
地上に降りてきた女王蟻は地面付近を浮遊してシイカの攻撃を見ていた。
そんな女王蟻に対し、シイカは構うことなく攻撃を放った。
「……『放電』」
青い雷が物凄い速さで女王へと向かい発射される。
しかし、その攻撃が女王に当たることはなかった。
何故なら……
「黒い、壁!?」
トウヤ達の目の前に、女王を庇おうと蟻たちが組み合って壁を作り、シイカの雷撃の盾となったのだ。
壁となった蟻たちは焼け焦げ、地面へと墜落していく。
「何という連携! あんなのどうすれば……、あ、シイカさん危ない!」
蟻たちはシイカに攻撃すべく、組み合って上空へと橋を作っていく。
そしてあわや攻撃が届くと思われたところで、トウヤの声に反応し避けるシイカ。
「……ちっ」
しかし、避けた先にも橋を作った蟻たちが現れ、シイカは避ける事に集中するしかない状況となった。
そして、そのまま召喚時間が終わり、消えてしまうシイカ。
「あ! シイカさんが!」
「トウヤ!」
シイカが消えた事で慌てふためくトウヤだったが、カズマの声に正気を取り戻し、『樹肉の実』を手に取る。
そして、
「来いカズマ! 『レイズ』!」
今度はカズマを召喚し、蟻たちへの攻撃を開始するトウヤ。
「お願いします! 狙いはまず女王蟻で!」
「まかせろ!」
カズマはそう答えると、蟻の大群を掻き分け女王蟻に向かって突っ込んでいった。
「覇ッ!」
掛け声と共に無数の蟻が殴られ、蹴られ、吹き飛び、倒されていく。
そして、カズマは女王蟻へとある程度近づいた所で、大きく足に力を入れ、
「覇ッ!」
大地を破壊して驚くべきほど高く跳躍し、女王蟻へと飛び掛る。
右拳に力を入れ、殴る態勢に入るカズマ。しかし。
「なっ!」
カズマの攻撃は空を切る。
それもその筈、女王蟻はカズマが飛びかかってくるのを見ると、カズマが届かないほどの上空へ、再び舞い上がったのである。
「なろっ! 逃げてんじゃねぇよ!」
カズマは着地しながらそう文句を零す。
そして直ぐ様上空へと狙いを定め、衝撃波で攻撃を仕掛けようとした。
だが。
「ちっ! 邪魔だ蟻んこ共!」
またもや女王蟻を救おうと、カズマに襲いかかる巨大蟻たち。
その攻撃のせいでカズマは必殺の技を使うことが出来ない。
「な、なんて事ですか!」
そんなカズマの様子を見ながら、トウヤは苦悶の声を出した。
シイカさんの攻撃も、カズマさんの攻撃も、蟻たちの連携によって尽く避けられています。
こ、こんなのどうすれば!
「……あ、そ、そうです! 二人で攻撃すれば!」
トウヤは『ヤタガラス』との戦闘を思い出した。
あの時は、二人で協力、とはいえないものの同時に攻撃を繰り出した御陰で簡単に『ヤタガラス』を倒すことが出来た。
「なら今回も!」
トウヤはそう作戦を練り直し、実行に移すべくシイカの消滅時間が終わるのを待った。
しばらくの間、カズマと蟻たちの死闘を、『ポチ』に乗りながら攻撃を躱し、見つめるトウヤ。
そして。
「……戦況は?」
シイカが消失時間を終え、トウヤの前に小人の姿で現れた。
「シ、シイカさん! み、見ての通り苦戦中です! 蟻達の連携の前にカズマさんも女王蟻に攻撃出来ません!」
「……そう」
こうなる事を予想していたのか、冷静にトウヤの話を聞くシイカ。
そんな時、召喚時間が終わったのか、カズマがその姿を消してしまった。
「あ、ポ、ポチ! とにかく逃げてください!」
トウヤはポチの背中を叩きながら、逃走を促した。
その言葉に反応し、逃走を開始するポチ。
シイカは、そんなトウヤの行動に疑問符を浮かべた。
「……何逃げてるの? 倒すんでしょ?」
「分かってます! でも、これには考えがあるんです!」
トウヤはポチの毛を一生懸命掴みながら、先ほど考えた作戦をシイカに話した。
しかし、シイカは。
「……それは駄目」
「なんでですか! どうしてですか! いい考えでしょ! もしかしてカズマさんと一緒に戦いたくないとか、そんな理由じゃないでしょうね!」
シイカの拒否発言に、トウヤは怒りを露わにした。
「……それもある」
「ちょっと! こんな時に! って、それ『も』?」
「……もう一つの理由は、それでもうまくいかないかもしれないから」
「な、なんでですか! 前回はうまくいったでしょ! なら今回も!」
「……『ヤタガラス』はこちらに攻撃を仕掛けてきた。だから簡単に倒せた。けど……」
シイカは後ろにかすかに見える女王蟻を見て、言った。
「……あの女王蟻は逃げる可能性がある。私の攻撃も、脳筋の攻撃も、そうやって避けた。
協力したら、今度は姿を晦ますかも、そしたら……」
「そ、そしたら?」
トウヤは唾を飲み込んだ。
「……今度はもっと大量の蟻を連れて攻撃してくるかも。あのお腹には卵が入っていると思われる、しかも大量に。
そして今度こそ勝てない。それどころか最悪の場合、貴方の村にまで襲いかかってくる」
「あ……」
その事を考えていなかったトウヤは、顔が真っ青になった。
そ、そうです。その可能性はありました! そんな事になったら!
「で、では今まで通りに戦って、そして倒すしかないと」
「……それも駄目。このままでは一向に拉致があかないし、何より『実』が足りなくなるんじゃない?」
「そ、そうでした! 『樹肉の実』には限りが!」
じゃあどうすれば!
トウヤはポチの背に顔を埋め、苦悶のうめき声を出した。
「……一つだけ方法がある」
「え?」
シイカの発言に、トウヤは顔を上げてシイカを見る。
「なんですかそれは! どんな方法ですか!」
「……『バーストレイズ』」
「……あ!?」
トウヤは、もう一つの呪文があることを、今更ながら思い出した。
しかし、
「は、破滅の力を蘇らせるんですよ! そんな呪文、唱えられませんよ!」
「ならどうするの?」
「そ、それは……」
トウヤも気づいていた。もう、それしか方法が無いことを。
それでも、トウヤにはその呪文を唱える事は出来なかった。
「何が起こるかわかりません。もしかしたらここら一体が火の海になるかも!
そ、それに! シイカさん! もし貴方にこんな呪文を使って、もし、もし!」
シイカの身に何かが起こったら。トウヤはその事を一番気にかけていた。
そんなトウヤ考えを、シイカは見抜いた。
「……私の心配をしているの?」
「当たり前でしょ! シイカさんの身に何かあったら、ボク耐えられませんよ!」
「……そう」
シイカはそう言って、しばらく無言でトウヤの顔を眺めた。
そして、少し微笑みながらトウヤに言った。
「……大丈夫。何も起きない」
「わかんないでしょ! 一度も試してないんですよ! 死んじゃうかもしれないでしょ!
それなのに、何で危険な事をしようなんて!」
「……約束した」
「へっ? 約束?」
「……そう、約束。『必ずトウヤを助ける』と」
「そ、それは! 言いました。しかし……」
命をかけてまでとは、トウヤは言っていない。
それでも、シイカは言った。
「……貴方は約束を守った。危険な場所だと分かっていても、ちゃんと約束を守って行動してくれた。
なら、私も約束を守らなければいけない」
「でも! それで命をかけるなんて!」
そんなの、バカのすることですよ!
トウヤは目から涙を零した。自分の為に命をかけて守ると言ってくれたシイカに、複雑な思いを持った上での涙だった。
「……大丈夫。何も起きない。それに……」
「そ、それに?」
シイカは一瞬、言葉を発する事を躊躇った。しかし、覚悟を決めたのか、真剣な顔をしてトウヤに言った。
「……私は、もう死んでいる」
「…………え?」
トウヤは、シイカの言っている事が理解できなかった。
もう死んでいる? でも、ここにいるじゃないですか。
「シイカさん。それってどういう……」
「……それより、さっさとどちらにするか判断して、もうすぐ日が暮れる。そしたらさらに私たちが不利になる」
見れば、日はもう西の大地に沈みかけていた。このまま夜になっては、暗闇の中で戦わなければならない。
トウヤはそれを見て、一層焦った。
こ、このままでは、先程のシイカさんの作戦もおじゃんになってしまいます。
そうしたら、本当に絶対絶命! 皆やられてしまいます! それに村の人たちまで!
……覚悟を、決めるしかありません! 『バーストレイズ』を唱える覚悟を!
シイカさんは言いました! ボクを必ず助けると! なら、ボクもその言葉に応える覚悟を見せなければなりません!
「……なら、やるしかないじゃないですか!」
覚悟を決めたトウヤは、ポチの背を叩き、その場に止まるよう促す。
そして、『家宝の腰袋』から『樹肉の実』を取り出し。右手で握りしめる。
蟻たちはそんなトウヤ達の周りを囲むように、様子を伺っていた。
そして、女王蟻もまた、上空でトウヤ達を眺めた。
トウヤは目を閉じ、一つ深呼吸をする。
そして、目を勢い良く開くと同時に、口を開いた。
「来いシイカ!」
その言葉と同時に、『腕輪』は緑色に発光、『樹肉の実』もシイカを吸収し、青く輝き始めた。
「『バースト』……!」
トウヤは右手を天へと掲げ、
「『レイズ』!」
呪文を唱えた。
その瞬間。トウヤ達のいる荒野一体を、青色に覆い尽くすほどの光が発せられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一秒。
シイカは感じた。未だかつてない程の力が自身の体から溢れ出るのを。
シイカは感じた。自身の周りにいる敵がどこにいて、どのような動きをしているのかを。
全ての感覚が研ぎ澄まされ、倍増されているのを感じた。
二秒。
シイカは理解した。この状態なら出来る事を。
今、自分たちの周りにいる全ての敵を、一掃できるだけの力を放つことが出来ると。
三秒。
シイカは杖を上空に掲げ、口を開いた。
「……『電離』」
その言葉と同時に杖の先端に溢れ出す青い電撃。
それはいつもの電撃とは違い、途方もない力を宿す電撃だと、シイカは悟った。
四秒。
「……『蓄電』」
杖の先端にあったな強力な電撃が、勢い良く蓄えられていく。
膨大な程蓄えられた電撃は、一体どれほどの威力を生み出すのか。
シイカは恐怖した。
五秒。
シイカは狙いを定めた。
狙うのは蟻の全て。一つ残らず焼き払う為、シイカは集中した。
そして。
六秒。
「……『放電』」
蟻たちに裁きの雷が解き放たれた。
杖に溜まっていた膨大な電撃は、青い雷となって全ての蟻へと襲いかかった。
七秒。
全ての攻撃が対象にあたったことを、シイカは確認した。
何千何万といた蟻は全て焼き尽くされ、黒焦げの状態で横たわっている。
シイカはその全てを一瞬で確認する事が出来た。
八秒。
シイカはふと、違和感を感じた。
何かがおかしい、と自身の行なった行動の結果に引っかかりを覚えた。
自身が何かミスを犯したのではないか、と。
九秒。
しかし、シイカは安心していた。
例えそうだとしても、何とかしてくれると思ったから。
覚悟を持って『呪文』を唱えた彼なら、なんとかしてくれると思ったから。
シイカは、トウヤを信じていた。
そして、
十秒。
再び体から青い光を発して、シイカはその姿を消滅させるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
裁きの雷により、トウヤ達のいる大地は惨状の地と化した。
「な、なんて威力ですか……」
ポチにまたがりながら、トウヤは辺りを見回し、そんな感想を洩らした。
全ての蟻たちが、その身を焦がし、息絶えていたからだ。
「『バーストレイズ』。これほどのものとは……」
トウヤは喉を鳴らして、唾を飲み込んだ。
そんなトウヤの耳に、おなじみの声が聞こえてきた。
「おいトウヤ! これは一体どういうことだ!」
カズマが消失時間を終え、その姿を現したのだ。
「カ、カズマさん。こ、これはシイカさんの攻撃の跡です」
「根暗女の! どうやってだ!? つうか滅茶苦茶じゃねぇか!」
「そ、その『バーストレイズ』を使ったんですよ!」
「マジか! 俺が先にやりたかったのに……。でも、こりゃすげぇ……」
カズマは辺りの黒蟻達の惨状を見て、感嘆した。
カ、カズマさんの言うとおりです。
こんなにすごい物だとは……。
トウヤもカズマも、しばらく周りの状況に唖然としていた。
しかし、ある異変にカズマは気付いた。
「……ん? ありゃあ……、おい! トウヤ見ろ!」
「ど、どうしたんですかカズマさん!」
「あれだ! 女王蟻だ! あいつ生きてやがった!」
「えっ!?」
トウヤはカズマが指差す方向に視線を向けた。
そこには、上空に浮かび上がってこちらを眺める、傷だらけの女王蟻の姿があった。
「そ、そんな! あれだけの攻撃を受けながらなんで!」
「大方、また蟻んこ共を盾にしたんじゃねぇか。でも、威力が強すぎてあいつも喰らっちまったんだ」
「なるほど……、あ!?」
トウヤは、女王蟻がこちらから視線を逸らし、反対方向へと行こうとするのを確認した。
こ、このままじゃ逃げてしまいます! そうなったら、シイカさんのあの覚悟が無駄に!
そんな事、絶対にさせません! で、でもどうすれば!
「トウヤ! あいつが逃げるぞ! さっさと俺を召喚しろ!」
駄目です。いくらカズマさんを召喚したとしても、あの高さに挙がった女王蟻に攻撃を当てる事は出来ません!
なら、ならどうすれば……、あ!
トウヤはあることを思いつき、ポチの背中から飛び降りると自身の背負っていた荷袋の中をあさり始めた。
「何やってんだトウヤ! 逃げられちまうぞ!」
「わかってます! 確かここらへんに……、あ、ありました!」
トウヤは荷袋からスリングショットを取り出した。
「な、お前それであいつを狙うつもりかよ! つうかそんなので攻撃しても倒せるか!」
「倒せます! 特殊な玉を使えばいいんです!」
そう言いながら、『樹肉の実』を取り出すトウヤ。
それを見て、カズマはトウヤが何をしたいか察した。
「お、お前まさか!」
「そうです! 分かったならやりますよ! もうこれしか手はありません!
不幸にもボクにはねらい打てるだけの力量がありません! だから、後はお願いします!
出来るだけ上空に上げるので!」
「わかった!」
「来いカズマ!」
トウヤはカズマを『樹肉の実』に吸収させる。
そして、玉としてスリングショットにセットし、女王蟻の頭上を狙い。
「発射!」
勢い良く引いたゴムを離し、上空へと『樹肉の実』を打ち出した。
そして、
「『レイズ』!」
大声を出して、呪文を唱えるトウヤ。
その瞬間、赤く光っていた実は段々と大きくなり、やがてカズマの姿になる。
「よっしゃ!」
元に戻ったカズマは両手を翼のように広げ、飛ぶ方向を調整した。
カズマは段々と女王蟻へと近づいていく。
「覇ッ!」
攻撃範囲に入ったカズマは、右拳を振るい、女王蟻に攻撃した。
しかし、カズマが近づいた事を察した女王蟻はその攻撃をギリギリの所で避けてしまう。
だが、
「あめぇ!」
空振りした右拳を開き、女王蟻の肩を掴み取るカズマ。
そのまま飛んできた勢いを殺し、右足を女王蟻の頭上へと掲げ上げる。
「喰らえ!」
カズマは掲げた右足を、女王蟻に向けて振り下ろした。
「!? ピギィ!?」
苦悶の表情を浮かべ、うめき声を出した女王蟻は、カズマの蹴りによって地上へと落ちていく。
そして、爆音。
「や、やりました!」
地上へと叩きつけられた女王蟻を見て、歓声を上げるトウヤ。
すぐさまポチに飛び乗り、女王蟻の落ちた場所へと向かった。
トウヤが落下地点に向かうと、地上に戻ってきたカズマが女王蟻を見下ろして佇んでいた。
その隣に、トウヤもポチから降りて黙って駆け寄り、女王蟻を見下ろす。
「ピ、ギィィ……」
女王蟻はうめき声を上げながら痙攣し、しばらくそのままの状態でいた。
しかし、日が沈む瞬間に遂に力尽き、女王蟻はついに動かなくなった。
トウヤ達は、戦いに勝利したのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
暗がり森の中、一人の女性が木に寄りかかりながら何かを待っていた。
しばらくすると、一匹の蜂が翔んできて、その女性の腕に止まった。
「ご苦労さま。それじゃお願いね」
そう言うと、蜂は何を思ったかその女性の腕に針を刺してしまう。
しかし、女性はそれを振り払う事なく、ただ黙ってその場に佇むだけであった。
しばらくそのまま時が進むと、女性は閉じていた目を開け、口を開いた。
「そう、全滅したの……。すごいわね。これが大いなる力。
いえ、破滅の力だったかしら……」
女性はそう言いながら、ローブのポケットに手を入れ、何かを取り出した。
「……もしもし」
『……お嬢様ですか。どうかされましたか』
女性が話しかけた何かから、男性の声が聞こえてきた。
「目標を達成したわ。つまり、作戦成功ってわけ」
『……見つけたのですか? 奴の言っていたものを……』
「ううん。違う。けど、それ以上の収穫があったわ」
『……まさか』
「そう、そのまさか。フフフ。まさか彼がそうだったとは、ね」
『! 会ったのですか?』
「ええ、偶然。だから、こうして期待以上の成果を得たの」
『……成程。では……』
「ええ。例の場所で……」
そう言って、女性は手にもっていた何かを再びポケットへと入れた。
しばし、そのまま星空を眺めていた女性は、徐ろに口を開き、独り言を呟いた。
「……ごめんね」
そう言って、彼女は見ていた星空を眺めるのを止め、地面に置いていたそれを持ち上げるのだった。
それは、植木鉢だった。そしてその植木鉢には、一輪の赤い薔薇が咲いていたのであった。