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緑と十の育成法   作者: 小市民
第三章 冒険
34/36

第九節 襲われる少年

 驚愕の事実。

 なんとゼノが持っていた地図に書かれていた宝。

 それは新たな呪文を指していたのであった。


「な、なんて事ですか。一挙に二つの呪文が手に入ってしまうとは……」


 あまりの出来事に、トウヤは唖然としてしまった。


 こ、こんな簡単に新たな呪文を手に入れてしまっていいんでしょうか?

 いや、簡単ではないですね。何度も死にそうな目にあって、やっと手に入れた呪文。

 それほどの価値がある冒険だったと、ここではそう思っておきましょう。


「でも、二つですか~。二つの呪文が一挙に手に入る程の大冒険だったんですねぇ~」


 ……ん? でも待ってくださいよ?


「あの、シイカさん。その二つの呪文の内の一つって、もしかして『レイズ』ですか?」


 既に知っていた『クロックレイズ』が書いてあったのだ。『レイズ』も書いている可能性は高かった。

 しかし、


「……『レイズ』については書いてない」


「ほ、本当ですか?」

 

 と、いうことは、本当に新たな呪文が二つ、一挙に手に入ると。つまりそう認識していいわけですか。


「そ、それで、一体どんな呪文が?」


「……まず一つ目。『腕輪を付け、実を蘇らせし者。大いなる力を解放せん。その呪文の名を此処に記す「イレイズ」』」


「『イレイズ』……」


 新たな呪文を聞き、知らず知らず唾を飲み込むトウヤ。


「……この文から察するに、既に実で大いなる力を蘇らせた後の呪文だと思われる」


「あ、確かに。『実を蘇らせし者』って書いてますもんね」


 ……あれ? それなら何故さっき呪文を唱えた時に何も起こらなかったんでしょう?


 そう思ったトウヤは、今度は手をかざして呪文を唱える事に。


「……『イレイズ』」


 ……しかし、またもや何かが起きることは微塵も無かった。


「呪文が間違っているんでしょうか?」


「……その可能性もある。でももう一つの可能性は、条件を満たしていないこと」


「条件、ですか」


「……そう。ここには『大いなる力を解放せん』とある。『大いなる力』というのは……」


「カズマさんやシイカさんの事ですね!」


 とすれば、二人に関して何かしらの変化が起こるのかも。


 トウヤはふと、再び横になってボケっとしているカズマに目をやった。

 そしておもむろにカズマの腕を掴んだ。


「あ? 何だよいきなり」


「『イレイズ』」


 瞬間、カズマの体が赤い光に包まれた。

 その光は、以前に何度も見たカズマ達二人の消える瞬間の光に告示していた。

 そして、


「……消えちゃいました。カズマさん」


 そこには、今までいたはずのカズマの姿は無かった。


「……後3時間経たないと消えないはずなのに……」


 トウヤが呆然とカズマの場所を見ていると、


「いきなり何すんだよトウヤ!」


 トウヤの顔の横に、ミニマムカズマの姿が浮いていた。


「カズマさん! 元に戻ってるんですか!」


「おう! つうかなに元に戻してんだよ! てかどうやったんだ!」


「新しい呪文ですよ! 話を聞いてなかったんですか? 『イレイズ』って呪文を唱えたんです」


「おお! 新しい呪文の効果か! でも勝手に戻すな!」


「いや、まさか元に戻るとは……」


 でも『大いなる力を解放する』んですから、この結果は当然といえば当然やもしれませんね。


「……まぁ、後で戻しますから。どっちにしろ帰らなければならないんですし……」


「そうか。それならいい。どうせ暇だったしよ!」


「暇って……。少しはこちらの話し合いに協力してくださいよ!」


「つっても、俺が入ったところで何かがわかるわけでもないだろ?」


 まぁ、それは確かに。


 珍しく的を得た発言に、トウヤは渋々納得した。

 そんなトウヤ達を尻目に、シイカは言った。


「……7秒」


「? 7秒? 何ですかそれ?」


「脳筋が消えてから再出現するまで、いつもなら10秒なのに」


「あ、そうですね! 何ででしょう?」


「……さぁ、いつもより早く召喚を終わらせたから?」


「う~ん。その可能性はありますね~」


 今回の召喚時間はだいたい7時間。だから消失時間もいつもより少ない7秒だった。


「う~ん。もう少し実験してみたい気もするんですが……」


 トウヤは『家宝の腰袋』の中の『樹肉の実』を触りつつ、思った。


 実がもったいないですよね。もう6個の実を使って、残り27個。

 数あるとはいえ帰りの事も考えると、もう一つの呪文を試して終わりにしたほうがいいですよね。


「それじゃシイカさん。最後の呪文を教えてください。それだけ試して、詳しい事は後で確かめましょ」


「お! なら俺に試せ! ここまできたら全部の呪文をやってみてぇからよ!」


「わかりました。それではシイカさん。よろしくお願いします」


「……了解。二つ目は『腕輪を付け、実を握りし者。破滅の力を蘇らせん。その呪文の名を此処に記す「バーストレイズ」』」


 ………………………………………………何ですと!?


 余りにも物騒な内容に、トウヤは限界近くまで口を開いた。


「は、は、は、破滅の力!? な、な、ななな、なんてものを蘇らせるんですか!」


 そんな力、絶対に要りませんよ!


 最後の最後に壮絶な呪文をしって、トウヤは顔を真っ青にした。

 そんなトウヤの気も知らないで、カズマはトウヤに催促する。


「おいトウヤ! 俺に試してみろ! 破滅の力ってのがどんなもんか見てやんぜ!」


「な、何を言ってんですか! 破滅の力ですよ! そんな力を試すなんて、カズマさんはアホですか!」


「うっせぇ! つうかお前俺で試すって言ったろうが!」


「言いましたけど、まさかこんな呪文だとは思わなかったんですよ!」


 破滅の力なんて、誰が思いますか!


「いいからさっさと呪文を唱えろ! ほら、さっさと実を持て!」


「いやですよ! もし破滅の力が大爆発だったらどうするんですか! ボクたち此処に生き埋めですよ!」


「あ……」


 トウヤの言うとおり、大爆発だとは思っていないカズマだった。

 しかし、『破滅の力』の影響で生き埋めになる可能性はないわけではない。

 なにせ『破滅』の力なのだ。


「理解しましたか! せめてもっと広い場所でやるべきです!」


「ちっ! 解った。ならさっさと外に出て呪文を唱えろ!」


「お断りします! やるなら村に帰ってからです!」


「直ぐだ!」


「後で!」


 互いの意見をぶつけ合い、にらみ合う両者。

 それを見て鬱陶しさを覚えたシイカは、提案した。


「……多数決」


「ぁあ!?」


「多数決……。なるほど、シイカさん。その意見採用です!」


「ふざけんな! なんで根暗女の意見を!」


「多数決をするという意見に賛成2、反対1。もう決定でしょ?」


「くっ!」


 トウヤの無茶な理論に、しかしカズマは閉口した。


「それではいつもどおり多数決をしましょう!

 『バーストレイズ』を試すのをすぐやりたいに賛成の人!」


 カズマが勢い良く手をあげた。


「では反対の人!」


 トウヤとシイカが手をあげた。


「はい。ではおとなしく村に帰還する事に決定です」


「ふざ!」


「けてません。多数決によって決まった正当な判断です。

 ボクだってそれを守ってここに来ているのに、カズマさんはできないんですか?

 ボク以下なんですか?」


「くっ! わかったよ!」


 カズマは不貞腐れてそっぽを向いた。


「まったく! でもシイカさん。協力して頂きありがとうございます」


「……協力してない。あまりにもウザかったからさっさと終わらせたかっただけ」


「あはは。本当に申し訳ありませんでした。……あ! もう他にはその鉄板に何か書いてないんですか?

 呪文以外で……」


 そうトウヤが質問を投げかけると、シイカは困ったような顔をした。


「……確かにあと一文だけ書いてはある。でも、意味がわからない」


「? なんて書いてあったんですか?」


「……『我が主』」


「『我が主』? ご主人様ってことですか?」


「……おそらく」


 ? 何故そんな言葉が書いてあるんですかね?


 トウヤとシイカは、その謎の単語に頭を捻った。

 しかし、いくら考えてもその答えが出るはずがないと思い至ったトウヤは。


「……考えても仕方ありません。それより、もうここから出て村へ帰りましょう。

 他に見るべきものもありませんし」


「……了解」


 渋々と言った感じで、シイカはトウヤの言葉に賛同し、手に持っていた鉄板を部屋の中に戻した。


「あれ? いいんですか? それ持って帰らなくって」


「……もう調べるだけ調べたからいい。これ以上調べても何もわかりそうにないから。

 それでも持って帰りたいなら、貴方がこれを持っていく?」


 そう言って、重そうな鉄板をトウヤへと差し向けるシイカ。

 トウヤは直ぐ様首を横に振り、置いていく事に賛同した。


 確かに、あんな重そうなものを持って帰るのは骨が折れますし、これ以上家に変なもの増やしたくありませんしね。


 トウヤはそう結論付けた後、大声で二人に告げる。


「さ、それでは村に帰りましょう!」


 そして、村への第一歩を踏み出そうとしたのだが。


「…………忘れてました」


 目の前にある階段で約50メートルの高さを昇りきる必要があると、今更ながらに思い出し気落ちするトウヤなのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ヒィ! ヒィ! ヒィ!」


 明らかに疲れきっている呼吸音を出しながら、階段を這いつくばって昇る少年、トウヤ。

 その額は汗でダラダラ。足はガクガク。手すりでなんとか体を支えているのが見てわかる状態であった。


「あ、あと、どのくらい、ですかね」


 息切れしながら、トウヤはシイカに尋ねてみる。


「……おそらくあともう少し。天井も見える」


「え!? あ、本当です。あともうちょっとですね!」


 『蛍光の実』で照らされた天井が見え、トウヤはホッとひと安心する。


 こ、これでなんとか外には出られます。

 まぁ、その後また長い道のりをいかなければならないんですが。

 でも、これで一歩村まで近づいたと思い、それを励みにしましょう。


 そんな事を思いながら、トウヤは出口へ向けて最後の力を振り絞り、階段を駆け上がる。

 そして、


「ふぅ! 到着です! いやはや、長い道のりでした!」


 階段の頂上についたトウヤは額の汗を拭いつつ、階段に座り込んだ。

 そんなトウヤにミニマムカズマは言った。


「普段畑仕事してるんだから、階段昇るのに疲れてるんじゃねぇよ。情けねぇ」


「うるっさいですね。こんな長い階段登るの、体力的にもそうですが、精神的にも相当堪えるんですよ」


 延々と同じ作業の繰り返し。これほど精神に負担のかかることはありませんよ!

 しかも只々階段を昇るだけ。


「……それよりも、さっさと扉を開けて地上に戻りましょう。緑の無い場所というのは実に息苦しいものです」


「まぁそれは言えるな」


 今度のトウヤの意見には、カズマも同意の様だった。


「それでは、……あ、カズマさんは小さくなってたんでしたっけ。なら……、ここはボクが開けるべきでしょうね」


 女性に重い扉を開けさせるほど、トウヤは外道ではなかった。

 そして立ち上がったトウヤは、疲れている体に鞭打ちながら、頭上にある鉄の扉を思い切り持ち上げる。

 しかし、


「フン、がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 一向に開く気配を見せない鉄の扉。

 しばらくして、トウヤは力尽きその場にへたり込んだ。


「な、なぜ!?」


 い、いくらボクが疲れきっているからと言っても、一度は開けられた扉が開けられないとは。


 そんな事を思いながら息を整えているトウヤに、今まで黙っていたシイカが言った。


「……情けない。私がやるから退いて」


「うぐっ!」


 シイカの容赦無い言葉に、ガラスの心に大きなヒビがはいるトウヤ。


 ぐすっ! いいもんいいもん! どうせボクは情けない非力な村人ですよ!


「…………おかしい」


「……? どうかしたんですか。シイカさん」


 何故か扉を一向に開かないシイカに、トウヤは疑問符を浮かべた。


「……開かない」


「え? あ、やっぱりシイカさんの力では開けられないんですかね? やはりここはボクが!」


「お前さっき失敗したろ。へっ! やっぱりこういう力仕事は俺だぜ!」


「確かに、力仕事『だけ』は、カズマさんの専売特許ですもんね」


「おうよ!」


 トウヤの嫌味を全く理解していない様子のカズマ。しかし、そんな二人の意見を無視してシイカが言った。


「……上に何かが乗っているのかも。余りに手応えがない」


「上に? はて、何か乗っていましたかね?」


 というか、何かあったら扉を開けてここに入ってませんもんね?


「う~ん。柱でも折れて上に乗っかったんですかね?」


「……その可能性もある。もう一つの可能性はあの巨大な白狼」


「巨大な白狼……、あ!」


 トウヤは重大な事を忘れていた。


「そ、そうでした! あの狼さんの存在を忘れてました!」


「つうことは、この上にあの狼が乗ってるってことか! よしトウヤ、俺を元に戻せ!」


「理由を聞きましょう! なんとなくわかりますが、理由を!」


「そんなの扉を開ける為に決まってんだろ!」


「却、え!? なんてまともな答え! ボクはてっきり戦うためだと……」


「アホか! お前との約束ぐらい覚えてるっての! 『無闇やたらに傷つけない』!」


「カ、カズマさん!」


 トウヤは感動した。

 カズマが約束をしっかり守ってくれている事もそうだが、何よりも約束を覚えていた事に感動した。


「人は、成長するものなんですね」


 感慨深く頷きながら、トウヤはカズマの成長に感嘆した。


「わかりましたカズマさん! 『クロックレイズ』で召喚します。頼みましたよ!」


「おうよ! 任せろってんだ!」


 そう言って、カズマは胸を貼った。


「それでは、来い、カズマ。『クロックレイズ』!」


「よっしゃ!」


 元に戻ったカズマは、早速頭上の扉に手をかけた。

 そして扉を開けようとしたところで、トウヤに言った。


「けどよトウヤ!」


「はい?」


「あっちから襲ってきたら、問答無用で叩きのめすぜ!」


「ちょっ!?」


「うりゃ!」


 トウヤが何かを言う前に、カズマは扉を思いっきり押し上げた。

 すると今まで『蛍光の実』だけで照らされていた穴の中に、地上の光が差し込む。

 トウヤはその眩しい日差しに目をやられ、カズマを止めようとする動きを一瞬止めてしまう。

 その間にカズマは開いた扉から地上に飛び出していってしまう。

 続いて、シイカも階段を昇り外に出る。


「ちょっとカズマさん! さっきの成長ぶりはどこにいったんですか! というかボクの感動を返してください!」


 トウヤは急いで二人の後を追い、地上へと出ていった。

 地上に出たトウヤの目に写ったのは、まずつい数時間前に見た遺跡跡。

 ついでその周りを覆う木々。そして、何故かこちらを見て唖然としているカズマとシイカの姿であった。


「え? な、なんですか? どうかしたんですか?」


 トウヤは二人の表情に吃驚しながら、カズマとシイカに質問した。

 しかし、トウヤの問いに二人は答えない。

 トウヤは二人の見ているのが自分ではなく、その後方である事を察し、ゆっくりと後ろを振り返った。

 するとそこには、


「あ、ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 シイカの予想通り、そこには巨大白狼の姿があった。


「た、たたた、助け……、って、え?」


 トウヤは巨大白狼の存在に腰を抜かし、助けを求めようとしたが、そこで異変に気がついた。

 目の前にいる巨大白狼は、体の至るところから血を流し、傷つき倒れていたのだ。

 死んではいなかった。辛うじてであるが、体を上下させているのがわかった。

 しかし、虫の息であることは明白であった。


「な、なんでこんな事に。……ま、まさか!」


 トウヤはカズマの方に目をやった。この惨状を行なったのがカズマではないかと疑ったのだ。

 しかし、トウヤは直ぐ様それが誤りである事に気がついた。


 ボ、ボクは馬鹿ですか! いくらカズマさんでも、こんな事を平然とするお人ではない!

 それにこんな事をやった当人があんな顔をしますか! それなのにボクときたら!


 一瞬でもカズマを疑ってしまった自分を、トウヤは罵倒した。

 しかし、そんな事をしている場合ではないと気付き、


「そ、そうです! 治療! 早く治療しなければ!」


 トウヤは急いで治療しようと、『家宝の腰袋』に手をいれつつ巨大白狼に近づいた。

 しかし、


「ガウ!」


「ヒッ!」


 弱々しいものではあったものの、明らかな敵意を持って巨大白狼はトウヤに向かって吠えかかった。

 トウヤはそんな巨大白狼に一瞬たじろぐものの、しかしすぐさま覚悟を決めて再び近づいていく。


「おいトウヤ!」


「……危ない」


 そんなトウヤの行動に、カズマとシイカは危険だと忠告を促すが、


「何を言ってんですか! この狼さん、虫の息なんですよ! 早くなんとかしないと死んでしまいますよ!」


 そう二人に言いながら、トウヤは『家宝の腰袋』から『生薬の実』を取り出し、実を潰して巨大白狼の傷口に塗っていった。

 巨大白狼は傷口に塗られた『生薬の実』に苦悶のうめき声を出す。


「大丈夫ですよ! 少し痛いかもしれませんが、すぐに治るはずです。なんたってハトコちゃんの傷もすぐに治ったんですから」


 トウヤは巨大白狼に優しく語りかけながら、傷に『生薬の実』を塗っていった。

 そんなトウヤの様子を、黙って眺めるカズマとシイカ。

 しかし、直ぐ様異変に気付き、険しい目で辺りを見回す。

 その二人の状態に、トウヤもすぐに気がついた。


「ど、どうしたんですか二人とも。そんな怖い顔をして」


「気をつけろトウヤ! なんかいるぞ!」


「え? な、なんかってなんですか!?」


「……その狼を傷つけた者……」


「え!?」


 トウヤはシイカの言葉を聞き、巨大白狼の傷口を見た。

 おびただしい程の切り傷と思わしき怪我。

 こんな怪我を、こんな巨大白狼に負わす相手とは一体何者なのか。


「い、一体誰が……」


「……静かに」


 シイカがそう言うので、すぐさま黙るトウヤ。

 しばらくして、茂みの中から何かが動く音が、トウヤの耳に聞こえてきた。


「…………」


 無言で唾を飲み込むトウヤ。

 すると、トウヤ達の目の前に、黒い物体が姿を現した。


「……あ、蟻、ですか?」


 トウヤは、目の前の物体を蟻と判断していいのか、大いに迷った。

 その蟻は、確かに蟻の姿をしていた。それに間違いはない。

 しかし、一点だけ普通の蟻とは違うところがあったのだ。


 こ、こんな大きな蟻、初めて見ました。


 その蟻は、人間の赤ん坊程の大きさをした蟻だった。

 そんな蟻が、顎をカチカチとならしながら、こちらを見ている。

 トウヤは未だかつてない程恐怖した。


 な、なんですか一体!

 巨大な二頭犬。巨大な三又のカラス。そしてこの巨大な白狼。

 それだけでなく、こんな大きな蟻がこの世に存在するなんて!

 し、しかも普通の蟻の何倍の大きさですか!


「カ、カズマさん。シイカさん。あれ、一体なんなんですか?」


「蟻だな」


「……蟻」


「そういう事を聞いてるんじゃないですよ! なんであんな大きな蟻がいるのかって……」


「くるぞ!」


 トウヤが全てを言い終わる前に、しかし蟻は動いた。

 地面を凄まじい速さで動きながら、トウヤ達の方へと向かってくる巨大蟻。

 その蟻の動きに、すぐさまカズマとシイカが動いた。


「なろ!」


 先に動いたのはカズマだった。

 巨大蟻に臆する事なく果敢に飛びかかったカズマは、右拳を振るい巨大蟻へと振り下ろす。

 しかし、


「はえぇ!」


 巨大蟻はカズマの攻撃を凄まじい速さで避けると、逆にカズマに向かって攻撃を仕掛けてきた。


「なっ!?」


 攻撃中だったこともあり、完全に油断したカズマはなすすべもなくその攻撃を受けそうになる。

 だが、


「……『燃焼』」


 シイカの放出した青い炎が巨大蟻へと向かう。

 巨大蟻はその攻撃をも避けたものの、カズマへの攻撃を中断せざるを得なかった。


「ちっ!」


 蟻に攻撃させそうになったのと、シイカに助けられたという二重の意味で舌打ちをしながら、カズマは一旦引いて態勢を立て直す。

 蟻の方もシイカの炎の攻撃に恐れをなしたのか、動きを止めてこちらを伺っている。


「カ、カズマさんとシイカさんの攻撃が当たらない!」


 トウヤは愕然とした。

 あれだけ強い二人の攻撃を避ける者など、今まで見たことが無かったからだ。


 ど、どうしましょうどうしましょう!

 こ、このままではカズマさんやシイカさんがやられてしまいます。

 そ、そしたらボクも、そしてこの白狼さんもやられてしまいます!


 トウヤは必死に考えた。どうすればこの状況を打破できるか。

 そんなトウヤに、視線を蟻へと向けたまま、シイカが言ってきた。


「……『レイズ』で召喚して」


「え? あ! そうでした!」


 今は二人とも『クロックレイズ』の状態! 『レイズ』で召喚すれば倒せます!

 よしそうとなれば……、って、しまった!


 トウヤは思い出した。今現在、二人を『クロックレイズ』で召喚している事を。


 そうでした。カズマさんはついさっき『クロックレイズ』で召喚したんですから、後10時間は駄目。

 シイカさんもカズマさんより少ないとはいえ、後1時間ちょいの時間が必要です。

 こ、こんなことならカズマさんを『レイズ』で召喚しとくんでした! ボクはまた同じ過ちを!


 だが、そこでトウヤはあることに思い至った。


 ……あ、『イレイズ』! そうです! 新しい呪文を使えば!


「カズマさん、シイカさん! 作戦があります。

 どちらかに『イレイズ』を唱え『クロックレイズ』を解除し、『レイズ』で召喚します。

 なので……」


「俺を『レイズ』で召喚しろ!」


 トウヤが全てを言い切る前に、カズマがそうトウヤに怒鳴った。


 ええい! 何かを言っている暇はありませんね。


「わかりました! シイカさん、時間稼ぎをお願いします!」


「……了解」


 そう言うと、シイカは巨大蟻に対して攻撃を返しした。

 そのスキをついて、トウヤはカズマに近づき腕を掴む。


「『イレイズ』!」


 カズマは『クロックレイズ』を解除され、消失時間へと移行する。

 そしてすぐに


「トウヤ!」


 消失時間を終えたカズマは、そうトウヤに叫んだ。

 それに呼応するかのように、既に用意していた『樹肉の実』を握り締めたトウヤは呪文を唱える。


「来い、カズマ。『レイズ』!」


「良し!」


 呪文を唱えられたカズマは赤い光に包まれて元の姿に戻り、巨大蟻へと迫っていった。

 そのカズマの様子を見て、シイカも即その場を離脱する。

 そして、


「覇ッ!」


 先ほどとは比べ物にならない速さで拳を振るうカズマ。 

 その速さに巨大蟻も今度は付いて来れず。


「ピギャッ!」


 奇声を上げて、体を弾け飛ばし絶命するのであった。


「っし!」


「……ふぅ」


「や、やりました!」


 三者三様の反応を見せる三人。


 こ、これで一先ず助かった? と考えていいんですかね?

 そ、そうですよね。そうに決まっています。


 トウヤはそう考え、安堵した。

 しかし、一抹の不安も抱えていた。

 トウヤは巨大白狼の方を見つめた。


 あんな蟻さんに、この狼さんがやられるでしょうか?

 確かに物凄い速さでしたけど、これほどの傷を負うとは、少し考えずらいです。

 でも、結果的にはこのような大怪我を負っているわけで。


 そのようにトウヤが思案していると、突如巨大白狼が動き出した。

 そして、


「わ! わわ!」


 トウヤの襟首を加えあげ、フラフラと立ち上がる巨大白狼。


「トウヤ!」


「……ちっ」


 カズマとシイカは、いきなりの巨大白狼の行動に声を荒らげた。

 このままではトウヤの命が危ないと、二人が巨大白狼に近づこうとすると。


「あわ!」


 巨大白狼はトウヤに危害を加える事なく、なんと自身の上にトウヤを乗せたのである。


「え? え? え?」


「なんだ?」


「……?」


 巨大白狼の行動に、困惑する三人。

 そんな三人を放っておいて、巨大白狼はカズマとシイカの方に向かって唸り声をあげた。


「グルルルルルル」


「な、なんですか一体! 狼さん! ボクを乗せた意図はわかりませんが、しかしその二人は敵ではありませんよ!

 ボクの仲間? みたいなもんなんですから!」


 しかし、一向に二人の方への威嚇をやめない巨大白狼。

 三人は困惑の表情を浮かべていたのだが、再び近くから聞こえてきた茂みが動く音に、反応することに。


「な、なんですか今度は!」


「ちっ! また敵か!」


「…………」


 再び戦闘態勢を取るカズマとシイカ。巨大白狼の上で身を強ばらせるトウヤ。

 すると、再び茂みから巨大な蟻が現れた。

 しかも、今度は1匹ではなかった。


「~~~~~~~~~~~~~~~(声にならない声)」


「一体何匹いんだこの蟻んこ共め」


「…………」


 目の前には約30匹程の巨大蟻が蠢いていた。


「へっ、だがこんくらいなら」


 そうカズマが余裕綽々に答えていると、再び茂みから音が聴こえてくる。

 そして、再び現れる巨大蟻達。


「おい根暗女。何匹いるかわかるか?」


 カズマは冷や汗を流しながら、嫌いなはずのシイカにそう質問した。 

 そして、カズマを嫌っているシイカもまた、律儀にカズマの問いに答えた。


「……さぁ。でも、まずいってことだけは脳筋でもわかるでしょ」


 先程まで緑一色だった森は、いまその色を黒へと変貌させていた。

 つまり、絶対絶命の大ピンチである。


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