第七節 発見する少年
(12/03/10)誤字・脱字修正
「もうすぐって所ですかね?」
目的地から少々離れた場所に立ちながら、地図を広げて場所を再確認するトウヤ。
明朝、川を下り始めて今はお昼ごろ。
そろそろ目的地が見え始めてもいい頃なのでは、とトウヤは思い始めていたのだが。
「う~ん。どこにも遺跡らしき物は見えませんね~。そろそろ見えても可笑しくないと思うんですが……」
地図をたたみ辺りを見回してみるも、しかし遺跡のような物は影も形も見当たらない。
「場所が間違っているんでしょうか? それとも……」
遺跡なんて、やっぱり無かったんでしょうかね?
ゼノさんの事です。ノリで『遺跡』とか『宝』とか、書いたんですかね。
「やっぱり、ゼノさんの地図はゼノさんの地図、ってことですか」
所詮、ゼノさんですしね。
そんなゼノさんの地図を頼りにこんな所まで来てしまうとは。
一体、ボクは今まで何の為に死ぬ思いを何度もしていたんでしょうかね……。
トウヤは事の結果をある意味納得し、しかし理不尽な気がしてならなかった。
そんないたたまれないトウヤの気持ちを察すことなく、騒ぎ立てる男がいるわけで。
「おいトウヤ! まだ着かねぇのか! 『遺跡』ってのによ!」
予想通りに騒ぎ始めたカズマに、しかしトウヤは至って冷静に真実を告げた。
「……カズマさん。大変残念なお知らせなんですが。
どうやらゼノさんの地図に書いてあった『遺跡』。そして『宝』という文字。
当初の予想通り、存在しないようですよ」
「何!? どういうことだトウヤ!」
トウヤの首根っこを捕まえて宙に浮かせ、怒りながら尋ねてくるカズマ。
そんなカズマに、トウヤも怒りながら答えた。
「だから! 地図を発見した時にも言ったでしょ! 本当に『遺跡』があるかどうかわからないって!
ゼノさんの地図なんですよ! 期待はずれの方が大きいに決まってるでしょうが!」
「巫山戯んな! 遺跡が無かったら、俺達は何のためにここまで来たのかわかんねぇじゃねぇかよ!」
「それを言いますか! それをカズマさんが言っちゃいますか!
『あるかどうかわからないものを探しに行くのが、本当の冒険』って言った、張本人が言っちゃいますか!
ふざけるな、とボクの方が言いたいですよ!」
「ぐっ!? で、でもよ、あると思うだろうが! 地図に書いてあるんだから!」
「何を言ってんですか! 普通、無いと思うでしょうが! 地図に書いてあるだけで、確証が無いんだから!」
互いの意見をぶつけ合い、にらみ合いを始めるトウヤとカズマ。
そんな二人を放って置いて、シイカはトウヤが持っていた地図を取り、広げて目的地と思わしき方を確認し始める。
「……確かにあの辺りで間違いは無い」
「でしょ! でも、古い石造りで出来た巨大な建造物らしき遺跡なんて、あの山の上には見当たらない! あるのは森だけ!
こんな近くまで来たなら、見えたって可笑しくないでしょ! でも無い! 全くもって見当たらないんですよ!」
トウヤはカズマに宙ぶらりんにされながら、遺跡のあるだろう方向を指し示しながら言った。
「結局、遺跡はありませんでした! ゼノさんの勘違い! もしくは嘘だった!
だからもう帰りましょ! こんな危険地帯には、一秒だって長く居たくありませんからね!
全く! 一体何しにきたんだか! これもカズマさんのノリ発言がいけないんですよ!」
「ノリじゃねぇ! つうかお前も『行く』って言ったじゃねぇか!」
「言ってないってば! またそういう風に自分の都合のいいように解釈して!
ボクは、多数決の結果を『仕方なく』受け入れただけです!
ボクは行くのに反対してたでしょうが! もう忘れたんですか!」
「……そうだったか?」
「本当に忘れてたんですか!?」
既に出発前の事も記憶に無いカズマに対し、呆れて物も言えないトウヤ。
どういう脳の構造をしていらっしゃるのやら!
あれだけ激しく口論したのに、忘れますか普通!
……でも、カズマさんに『普通』というか、常識は当てはまりませんよね。
「……とにかく、もう帰りましょ。此処に居たって、遺跡が突然現れるわけないんですから。
あっ、言っときますけどカズマさん。注意事項一つ目、目的から大きく離れた行動を取らないこと。
忘れているのなら思い出してもらいますからね」
何かを言おうとしたカズマに、先制して危険区域に入る前の注意事項を、再度伝えるトウヤ。
さすがのカズマも昨日の事が覚えているようで、大きく舌打ちをしてからトウヤを下ろし、不機嫌さ全開でその場を離れる。
そんなカズマの様子に溜め息を吐きながら、今度はシイカに確認をとろうと顔を向けるトウヤ。
「シイカさんも良いですよね? そろそろ……」
「……嫌」
「な!?」
シイカによるまさかの拒否発言に、言葉を失い唖然となるトウヤ。
な、何故ですか!? 脳筋のカズマさんすら、こうして渋々とですが納得してくれたというのに。
まさか頭のいいシイカさんが、最初の約束事をハゼにするなんて!
あれですか? ボクとの約束なんて、そこらへんに転がる石ころ程度の物だと思ってたんですか!?
「そんなのないですよシイカさん! ボクは石ころではありませんよ!?」
「……何言ってるの、突然?」
被害妄想全開のトウヤの発言に、若干引きながら疑問符を頭に浮かべるシイカ。
「……何か勘違いしているようだけど、まだ遺跡が無いと判断するのは早いと思う」
「え!? どういうことですか!?」
どうやら自分を石扱いしていなかった事を悟り、正気を取り戻してトウヤはシイカに質問した。
「……別に、遺跡は貴方の言うように石造りで、大きいとは限らない。
それに、原型をしっかり留めているとも。
もしかしたら何かしらの痕跡が残っているかもしれないし、それを確認するまでは帰らない。
理解した?」
「う、う~ん……」
シイカの最もな意見に、納得して押し黙るしかないトウヤ。
シイカさんの言うように、もしかしたら何かしらの痕跡が残っているやも知れません。
ここからでは、近いといっても森で地面辺りは確認出来ませんしね。
ならばそこへ行って、確かめねばいけないというのも道理。
でも……。
「……どうしても、行かなきゃいけませんか?」
もう家に帰る気満々だったトウヤは、『行きたくない』オーラを醸し出してシイカにそう尋ねた。
しかし、予想通りと言えば予想通りで、
「……駄目」
シイカはそう言うと、トウヤに背を見せて目的地に向けて歩き始めた。
そんなシイカの背中を呆然と眺めていたトウヤは、『仕方ない』と諦めてシイカについて行くことに決めたので。
「……まったくいつの間にあんな遠くへ。カズマさん! ボクたちも行きますよ!」
トウヤ達の会話を全く聞かずに、来た道を逆行していたカズマを、大声で呼びよせるトウヤ。
そんなトウヤの言葉に、訳が分からずも再びトウヤの方に戻ってくるカズマ。
「おいトウヤ! 帰るんじゃねぇのかよ! つうかあの根暗女はどうしたんだよ?
もしかして、帰るのが嫌だとか駄々言ってんのか?
ったく! これだから根暗女は!」
「違いますよ。シイカさんがそんな事するはずないでしょ。
カズマさんじゃないんですから」
「何!?」
トウヤの物言いに、すぐ沸点に達するカズマ。
しかし、そんなカズマを無視してトウヤは話しを続けた。
「それより、シイカさんの後を追いましょう。早くしないと姿が見えなくなっちゃいますよ?」
「ちょっと待てトウヤ! 遺跡は無いから帰ろうって言ったのお前だろうが!
なのに、あの根暗女の駄々に従ったのか! 俺の意見は聞かなかったくせによ!
これは贔屓だぞ、贔屓!」
「贔屓じゃありませんよ! 全く、レイラみたいな事言って!
いいですか、カズマさん! これにはちゃんとした理由があって……、ああ!
こんな事をしている間に、もうシイカさんの姿が見えなくなっちゃいましたよ!」
「おい! あの根暗女の事より、理由を言え理由を! 事と次第に拠っちゃ……」
「シイカさんの後を追いながら話しますよ! というか、カズマさんがここにいれば理由がわかったのに!
それにシイカさんも、どんどん先に進んでしまって!」
本当にもう! なんて勝手な人たちなんでしょ!
それに振り回される、ボクの事も少しは考えていただきたいもんです!
二人の勝手な行動に頭を悩ませながら、シイカの後をトウヤとカズマは追うのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「というわけで! ボク達は! シイカさんの! 後を! 追っている! です!」
激しく傾いた山道を、手を付きながらも必死に登るトウヤは、息切れをお越しながらもシイカと話した内容を詳しくカズマに説明していた。
「……つまり、遺跡はぶっ壊れてるかもしれねぇけど、その痕跡はあるかもしれねぇ。
だから、その痕跡があるか調査する必要があると、根暗女が言った。
そんで、先行した根暗女の後を俺たちも追う必要がある。つまりそういう事か?」
トウヤの荷物を背負いながら、苦もなく悠々と山道を登るカズマは、トウヤの話に一つ頷いて納得を示した。
「そういう事! です、っとこしょ! ふぅ~、登りきりました~。ということで、理解し、納得してくれましたか?」
険しい山道を登りきり、その場に座り込んで一息付きながらトウヤはカズマにそう尋ねた。
「まぁな」
そう言って、トウヤの後に続いて山道を登りきるカズマだったが、しかしどうにも不満のある表情を浮かべている事に、トウヤは気がついた。
なので、額の汗を拭いながらカズマに尋ねて見ることに。
「? どうしたんですか、カズマさん。そんな顰めっ面をして? まだ何か理解出来ないんですか?」
「いや、そっちはわかったからいい。
そうじゃなくて、今回の冒険で化け物みてぇな奴に一回も遭わなかったからよ。
つまんねぇってゆうか、なんかこう、調子が狂ってよ」
不満オーラを醸し出しながら、そうトウヤに愚痴るカズマ。
だがしかし、トウヤにしてみれば反論せざるを得ない発言なわけで。
「あのねカズマさん。トラブルなんて、起こらないに越したことないでしょうが!
何でそう、闘いを求めるんですか! そういう発言が、ボクに不幸を招く恐れがあるんですよ!」
不謹慎な発言は、止めて頂きたい!
カズマを睨みつけながら、しかしふと昨夜の事を思い出し、トウヤはカズマに質問した。
「だいたい、昨夜だって結構な数の凶暴な猛獣たちがボクの寝床に近づいて来たんでしょ?」
「……まぁな。けど、あんな睨みつけただけで逃げるような奴らじゃなくてよ。
こう、血湧き肉踊る相手、巨大な化け物。『オルトロス』や『ヤタガラス』みたいなよ~」
「あんな化け物級の相手を求めてたんですか!? やめてくださいよホントにもう!
というかですね、ボクとしてはあんな化け物がこの世に存在していた。それが未だ不思議で仕方ありません。
天変地異の前触れか、はたまた異常気象によって生み出された特異な存在か。
ボク如きでは考えも及ばない何かが原因で、あんなのが出てきたんでしょうね。
そんな特別な存在が、またボクたちの前に現れるとか」
ああ、考えるのも恐ろしい!
トウヤは体を震わせながら、しかしカズマを再度睨みつけた。
「そんな物騒な事、もう二度と言わないで頂きたい! 嘘から出た誠、という言葉がこの世にはあるんです!
滅多な事を口にすると、本当に化け物が出てきちゃうでしょうが!」
「口にすれば出てくるのか!」
トウヤの発言を曲解して受け止めたカズマは、目を輝かせながらそうトウヤに尋ねた。
「出てこない! 目をキラキラさせない! 本当に、貴方は子供ですか!」
そんなカズマの行動に呆れつつ、これ以上何を言っても無意味と悟ったトウヤは、話しを区切って目的の場所へと目を向ける。
すると、遠くの方から知っている顔がこちらの方に歩いてくるのが、トウヤの視界に入ってきた。
「……あれ? シイカさんですか?」
何で戻ってくるんでしょうか? 何か見つけたんですかね? それとも何も無かったとか?
シイカの行動に疑問を浮かべるも、しかし聞いたほうが早いと思ったトウヤは、シイカを大声で呼んでみる事にした。
「シイカさ~ん! どうし……」
「……『電離』」
「ピギャ!」
突然のシイカの電撃攻撃に、痺れて体を麻痺させ、その場に倒れ込みそうになるトウヤ。
そんなトウヤを、慌てて支えたカズマは、シイカを睨みつけながら言った。
「おい根暗女、どういうつもりだ」
しかし、そんなカズマの問いを無視して、トウヤの方へと歩み寄ってくるシイカ。
そんなシイカに、今度は痺れて舌が回らないトウヤが質問をした。
「ひょ! ひょひゅへんはひほ!?(と! 突然何を!?)」
すると、シイカは周りに聞こえないような小声で、トウヤに言った。
「……静かにして。危ないでしょ」
口に人差し指をあて、静かにするようサインを送ってくるシイカ。
そんなシイカに、痺れが切れたトウヤは頭に疑問符を浮かばせながら、シイカの方を見た。
「? 静かに? 危ない? 一体何を言ってるんですか?」
「……向こうに行けばわかる」
そう言って、自身が歩いてきた方を指さすシイカ。
トウヤはそんなシイカの行動に、さらにわけがわからなくなり首を傾げる。
しかし、カズマは違ったようで。
「……へぇ」
何かを察し、嬉しそうな表情を見せるカズマ。
そんなカズマの様子に、逆にシイカの言いたいことを理解してしまったトウヤ。
何故か、とっても嫌な予感がプンプン臭ってきます。
命の危機とか、そんななまっちょろいものではなく、決定的な死を告げる何かが!
しかも、このボクの身に起こる気配がプンプンと!
こ、これは、もう逃げるしかありません!
トウヤは、カズマとシイカに気づかれないよう、コソコソと来た道を戻ろうと動き出した。
しかし、
「……とにかく来て」
トウヤの腕を掴んで、というよりも逃さないよう捕まえて、指さした方向へと向い始めるシイカ。
そんなシイカに引っ張られながら、顔を青くさせて付いていかざるを得ないトウヤ。
さらに、二人の後を嬉々としてついていくカズマ。
そして、数分後。
アンギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
近くの大きな岩に隠れながら、トウヤは声にならない絶叫をあげた。
何故ならトウヤ達の約百メートル前方に、かつて戦った『オルトロス』と同じぐらい巨大な、白い狼のような獣の眠った姿がそこにあったからである。
「な、なんでこんな所にあんな巨大生物が!
あれですか! カズマさんが滅多な事を口にするから!
こうして出会ってしまったというんですか!」
小声で騒ぎながら、恐怖で体を震え上がらせるトウヤ。
そんなトウヤとは対照的、興奮で体を震わせる男が一人。
「へっ。おもしれぇじゃねぇか!」
「どこが面白いんですか! 後、大声を出さないでください! 起きちゃいますよ!
あ! 身を乗り出さないで! 危ないでしょ!」
カズマの身勝手な行動にかなり焦りながら、トウヤはシイカの方に顔を向けた。
「何てモノを見つけて来るんですかシイカさん! あんなの見つけるなんて、ボクに恨みでもあるんですか!」
もう二度と、あんな化け物と会いたくないと思っていたのに!
というか、これは何度も言っていますが! 何であんな巨大生物がこの世に!
あれですか! 二度あることは三度ある、ってことですか! そんなのないですよ!
目の前にある現実に、頭を抱えて大混乱に陥るトウヤ。
そんなトウヤを意に介さず、シイカは巨大白狼の方に指を向けながら言った。
「……あれを見て。あの白い狼の周り」
「? 何ですか?」
トウヤはシイカの言葉に従って、恐る恐る岩陰から顔を出して巨大白狼の方へと目を向けた。
すると、白狼の周りに何やら砕けた柱のような物が何本か立っているのが、トウヤの目に写り込んだ。
「……あ! まさか、あそこが!」
「……そう。あそこが遺跡」
「……遺跡にしては、なんというか随分狭い印象を受けるんですが」
だいたいボクの住んでいる小屋、五つ分ってとこですかね?
あれで遺跡? どっちかというと昔の家跡のような気も……。
まぁ、そんな事はさておいて、今重要なのは!
「何で目的の場所に巨大生物が居座っているのか!
なんて運のないボク!」
自身の運の無さに、嘆き悲しみ涙を目からにじませるトウヤ。
しかし、そんな事をしていても現実が変わるわけではないと悟り。
「ど、どうしましょうシイカさん! 何とかあの白狼に退いて貰わなければ!」
「なら俺に任せろ! あの白狼をボッコボコに!」
「しちゃ駄目ですよ! もう約束忘れたんですか!」
今にも飛びかからんとするカズマに対し、注意勧告を出して止めるトウヤ。
「言ったでしょ! 注意事項その二! 無闇に猛獣などの命を奪わない事!」
「奪わねぇっての! ボッコボコに……」
「だから駄目です! なるべく穏便に逃げて貰うって言ったでしょ!
何とかして、あそこから一時逃げて貰う……、あ!」
何かを思い付いたトウヤは、自身の腰袋から一つの実を取り出した。
「これです! 『悪臭の実』!
狼さんは鼻が良いですから、この実の臭さを嫌がってどこかに退避するはず!
その隙に! どうでしょうか、お二人とも!」
カズマとシイカを交互に見比べながら、自身の考えについて同意を得ようとするトウヤ。
「俺はその案に乗った!」
「……それでいい」
「ご理解ありがとうございます! それでは……」
今度は肩に担いでいた袋をまさぐるトウヤに、横で見ていた二人は何だろうとトウヤの方をのぞき込む。
すると、トウヤは荷袋の中からどこかで見た道具を取り出し、二人に見せた。
「おい! それゼノって爺の『スリングショット』じゃねぇか!」
「その通りです! 必要な時が来るかも、と思って持ってきてました!
そして必要な時が来た! 備えあれば憂いなし、ってやつですね!」
「……それ、ゼノって人の私物じゃないの? 勝手に持ってきていいの?」
「確かに。これはゼノさんの私物であり、勝手に持ち出すのはどうかとボクも初めは思っていました。
が、しかし! 今回の冒険に出ることになったのも、間接的にはゼノさんの仕業です!
なので、それの迷惑料として持参したまで! ……いいですかね?」
自分でも若干悪いことをしているとは思っているようで、不安そうな顔でそうシイカに尋ねるトウヤ。
「……別に良いんじゃない? 貴方にたくさんあずけものしてるんだから」
「で、ですよね! それなら良しです! ではいざ!」
言って、『スリングショット』から実を打ち出す準備をし、白狼に照準を向けるトウヤ。
狙いを定め、一呼吸取る。そして。
「発射!」
掛け声と同時に、『スリングショット』から勢い良く飛び出す『悪臭の実』。
そして、標的である白狼とは大分離れた場所に辺り、破裂した。
「「「…………」」」
何とも言えない空気が、その場を包み込んだのは言うまでもなかった。
しばし、実の向かった先を眺めていたカズマとシイカ、それにトウヤ。
しかし、
「「……やっぱり(な)」」
綺麗に声を重ね合わせながら、そうトウヤに言い放つ仲が悪いはずの二人。
「二人して、言うことないでしょうが!」
トウヤは二人の言葉に、涙を零しながら怒りを露にした。
「しょうがないでしょ! 初めて使った道具なんですから!」
「……なら、何故使ったの?」
心底不思議そうな表情で、そうトウヤに質問するシイカ。
「それは! その、あれですよ。もしかしたら、ボクの秘められた才能が此処にあり!
とかそういう……」
「……まぁ、思うだけなら自由だから」
今まで聞いたことが無い優しい口調で、そうトウヤに語りかけてくるシイカ。
しかし、言っている事は優しくないわけで。
「優しい口調で厳しい指摘! ボクは酷く傷つきましたよ!」
「おいトウヤ! 嘆いてねぇでどうすんだよ! つうか俺が実を投げる!」
そう言ってトウヤの腰袋に手を突っ込み、『実』を取り出すカズマ。
「そらよ!」
カズマの放った実は勢い良く目標に向かっていき、見事白狼の身体に当たる。
「おお!」
カズマの見事な投射術に、感嘆の声をあげるトウヤ。
しかし命中した実は破裂するものの、黒い煙を一向にあげる事はなく。
かわりに赤い粉末のようなものが出るだけであった。
それを見たトウヤは、先ほどカズマに感心した事を全部忘れて、カズマに掴みかかった。
「何してんですかカズマさん!」
「ちげぇよ! 俺は『悪臭の実』を投げたはずで!」
「違うでしょどう見ても! 黒い実が『悪臭の実』! あれは赤い実で『激辛の実』!
全然違うでしょうが!」
「だから俺は炎のように真っ赤に燃える実を!? ちっ!」
舌打ちをして、白狼の方に目を向けるカズマ。
それにつられて、トウヤも白狼の方に目を向けた。
すると、そこには気持ちよく寝ていたはずの白狼が、凛々しく立ち上がってトウヤ達のほうを睨みつけている姿があった。
「お、起きていらっしゃる! そしてあれはどう見ても、怒っていらっしゃる!」
「トウヤ! こうなったらもうしょうがねぇ! 俺は行くぜ!」
言うが早いか、カズマは岩陰から出て巨大白狼に踊り掛かった。
「あ! こらカズマさん! まだ許可を! というかニコニコして飛び出すな!
それに今は『クロックレイズ』状態で!」
トウヤがカズマを呼び止めようとするも、既に目の前ではカズマと白狼の戦闘が始まっていた。
「ど、どうしましょう! 今のカズマさんでは絶対に勝てないというのに……」
「……チャンス」
「へっ?」
『何を?』と質問する前にシイカに腕を引っ張られて岩陰から飛び出してしまうトウヤ。
「ちょ! ちょっとシイカさん! 近くであんなに危険な戦いが起こっているというのに、何飛び出してるんですか!」
「……脳筋があの巨大狼を引きつけている間に、さっさとあそこを調べる」
そう言って、先程まで白狼が寝ていた遺跡の場所を指さすシイカ。
「な、なるほど! わかりました! さっさと調べて、とっとと逃げましょう!」
シイカの言わんとする所を理解し、ならばと行動を開始しようとしたトウヤだったが。
「……ちっ」
「え? って、おわあああああああああああああああああああ!」
カズマの相手をしていたはずの白狼が、トウヤ達の方に向かって飛びかかってきた。
「……『電離』『燃焼』」
杖から頭ぐらいの大きさの青い炎を出して、白狼に投げつけるシイカ。
飛んでくる炎に躊躇し、横へと飛び退いて避ける白狼。
「……今の内に何か見つけて」
そう言って、白狼の方へと飛んでいくシイカ。
見るとカズマも白狼の方へと飛びかかっている様子。
「ちょ! 何かって何ですか! もっと具体的に!
ってもう聞こえてないですか。ああもう! 一体何を見つければいいのやら!」
トウヤは愚痴愚痴と文句を言いながらも、何かを見つけるべく遺跡を調べ始める事にした。
「ええと! あるのは何本かの柱! そして地面! それだけ
不思議なアイテムとかそういったものは一切なし!
……こんな場所で何を調べればいいってんですか!」
あまりにも調べる物がなさすぎて、途方にくれてしまうトウヤ。
しかし、直ぐ様両頬を叩き、必死に考えを巡らせ始める事に。
考えろ! 考えるんですトウヤ!
調べる物がこれだけですむと、逆に考えるんです!
そう思い至ったトウヤは、まず柱の方から調べる事にした。
まずは柱! 柱は石で出来てはいませんね。
何やらとても硬そうなもので出来ている様子。
鉄? いえ、鉄よりも硬そうですが……。
何か仕掛けとか、ありませんかね?
何本か建っていた柱を目で手で探りながら調査するトウヤだったが、何も変わったものは無い様で。
柱をこれ以上調べても意味は無いですか。なら次は地面です!
地面に膝を付き、何か変わった物がないか調べる始めるトウヤ。
こういう冒険で遺跡の地面にあるものと言ったら、謎の暗号とか、何かを象徴した絵とか。
後は、埋もれた鍵とかミイラが入った棺とか……、な!?
「ミイラが埋まっている可能性が!? おわ!? アイタ!」
嫌な想像をしてしまい、地面から勢い良く立ち上がって逃げようとするも、何かに足を滑らせて尻餅を付いてしまうトウヤ。
意外に硬いものにお尻を打ち付けしまったため、トウヤは涙を浮かべながらお尻を摩って立ち上がる。
「くぅ~~~! 一体何なんですか! ボクのお尻を痛めつけたのは!」
トウヤは怒りを露わにしながら、お尻を打ち付けた場所を探った。
すると、
「……鉄の板?」
そこには、何やら鉄のような硬さを持った、不思議な光沢を放つ板が土に埋もれていた。
トウヤは両手でその板にかぶっている土を全て取り払い、一度立ち上がってその板全体を視界に入れてみる。
その鉄の板の端には取っ手のようなものがあり、トウヤはこれが鉄で出来た扉なのでは、と思い至った。
「まさかこれは隠し扉! しかも地下へと通じる!」
忘れてました! こういうのもありでした! 人一人が入れる程の大きさがありますし、間違いありません!
というか、こんな物が本当にあるとは!
「とにかく、開けて見ましょう! そして中を確認して見ましょう!」
トウヤは扉の取っ手を両手で握り、勢い良く持ち上げて開いてみる事にした。
「ふん、ぬーーーーーーーーーーー! こ、これは、意外と、重い、やも!」
意外に重かった扉の重さに両手を震わせ、歯を食いしばりながらも持ち上げ続けるトウヤ。
すると、そのトウヤの頑張りの御陰か少しずつ扉は開いていき、そして。
「ぬりゃーーーーーーーーーーー!」
土の地面に重い扉が叩きつけられる音が響くと同時に、一つの大きな穴がトウヤの目の前に姿を現した。
その穴の中を確認するべく、トウヤは息を荒らげながらも穴の中に顔を突っ込んだ。
その際、何かが顔の横を通過したような気もしたが、しかしトウヤはそれよりも目の前の光景に驚愕する事に。
「……うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
穴の中は太陽の光で辛うじて見える程度ではあったが、しかしとてつもなく深い地下が存在するのを確認し、トウヤは感嘆の声をあげる。
見れば、穴から降りられるように梯子まで用意されており、まさにここは隠された地下遺跡への入口という雰囲気を醸し出していた。
す、すごいです! 本当にこんな場所にがあるなんて!
と、とにかくここの中に入ってみましょう! もしかしたら本当にお宝があるかもしれない!
そう思い至ったトウヤは、穴から顔を出してカズマとシイカの方に顔を向けた。
二人は未だに白狼と交戦中で、しかも苦戦を強いられている様子。
そんな二人に、トウヤは手を大きく振りながら叫び声をあげた。
「カズマさん! シイカさん! 見つめましたよ! 地下への扉! 大きな空洞!
本当に宝があるかもしれませんよ! だからこっちに早く来てください!」
「本当か! っと、この!」
「……わかった、ちっ!」
クロックレイズの影響で力が発揮できない二人は、トウヤの方に来る隙も白狼に与えてもらえず。
それを悟ったトウヤは、どうするべきかとアタフタと頭を抱えて焦り出した。
「ああ! 白狼さんのせいでお二人がこっちに来れないとは!
どうしましょうどうしましょう! どうすればこの状況を!
……………………あ、『悪臭の実』!」
その考えに至ったトウヤは、直ぐ様『家宝の腰袋』に手を突っ込み、黒い実を取り出した。
そして白狼に狙いを定め、振りかぶる。
今度はかなり近く! しかも手で投げますから変な方向には飛ぶ筈無し!
「ということで、てりゃ!」
白狼に向かって、『悪臭の実』を投げつけるトウヤ。
投げた実は弧を描き、白狼の近くの地面に落下。
直後、小さな破裂音と黒い煙が発生し、
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
苦痛の雄叫びを上げ、悶える白狼。
「今です! 早く来てください!」
トウヤは穴の中のハシゴで降りながら、顔だけ穴から出して二人に呼びかけた。
そしてすぐに頭を引っ込めハシゴを降りるトウヤ。
「よし! よくやったトウヤ!」
「……上出来。でも凄く臭い」
トウヤの呼びかけに答え、すぐさまトウヤの後に続いて穴の方へとやってくる二人。
しかし二人と一緒に、白狼も苦痛に悶えながらトウヤ達の方にやってくるのに、カズマは気付いた。
「ちっ! おいトウヤ! 『悪臭の実』をくれ!」
シイカの後に続いて穴に入ろうとしたカズマは、穴の中に手を突っ込んでトウヤに実の提供を催促をした。
「わ、わかりました! はい、カズマさん!」
「よし!」
トウヤから実を受け取ったカズマは、ハシゴに足をかけながら白狼の方に顔を向け、
「これでもくらいな!」
持っていた実を勢い良く白狼に投げつけた。
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
再び襲いかかってきた酷い悪臭に、その場に止まって再度悶え始める白狼。
その白狼の苦痛の叫びを聞いたトウヤは、カズマに焦りながら言った。
「今ですカズマさん! 扉を閉めて!」
「わかってるよ!」
カズマは扉の内側に付いていた取っ手を掴み、勢い良く引っ張り上げて、扉を閉める。
重い扉が閉まる音が、トウヤ達のいる地下空洞の中に木霊した。
……しばらくの間、扉の向こうの様子に耳を澄ます三人。
しかし、どうやら白狼は扉を破壊しようとする行動は取っていない様子で。
「……た、助かった。そう考えていいんでしょうかね?」
恐る恐る自分の考えが正しいのか、真っ暗闇で居場所が今一わからないカズマとシイカに尋ねてみるトウヤ。
「まぁな」
「……そう考えて良い」
「…………そうですか。はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~」
二人から安全のお墨付きを貰ったトウヤは、力なくその場に座り混み、安堵の溜め息をこれでもかと吐くのであった。