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緑と十の育成法   作者: 小市民
第三章 冒険
30/36

第五節 懇願する少年

(12/03/10)誤字・脱字修正

「しかし、書置きだけで本当によかったんでしょうか?

 危険区域であるベジル山の奥に行く許可も、結局貰ってませんし。

 ……でも、別に危険区域と言われているだけで、入ってはいけないと言われているわけではないですから、良いですよね?

 というか、村長は本当に『伝説の傭兵』だったんでしょうか?

 既に三日もたったというのに、未だ気分が優れないとかで寝込んでますし。

 伝説とか言われるぐらいだったら、すぐに回復するモノだと思うのは、ボクの思い違いなんでしょうか?

 どう思います? カズマさん、シイカさん」


 ゼノの地図が描かれた場所へと続く森の中。

 木々の間から注ぎ込む太陽の光に照らされながら、そんな疑問をトウヤは未だにミニマム姿の二人に投げかけた。


「あんな爺の事なんて知るか! それより早く俺を召喚しろ!」


「……どうでもいい。それよりさっさと目的地まで行って」


 トウヤの話を軽く流し、各々自分勝手な事を言う二人。

 そんな二人の態度に、トウヤは頭を抱えた。


「もう! 本当に自分のことしか頭に無いんだから!」


 ちょっとぐらい、ボクの相談に乗ってくれても、罰は当たりませんよ!


 しかし、そんな事を思っても、言ってもどうにもならない事を知っているトウヤは、仕方なく二人の発言に対してそれぞれ答える事に。


「カズマさん。召喚に関してはもう少しお持ちを。

 別に今歩いている所は、危険区域でも何でもありませんし。

 そんな所で実を無駄に使う事など出来ませんよ。慎重に使わねば」


「ちっ! しょうがねぇな!」


「それとシイカさん。今頑張って目的地に向かってるでしょ?

 そんなボクに対して、これ以上何を頑張れというですか。

 というかこういう場合、『無理しないでね?』と言って貰えると、大変励みになるんですが……」


 言って、シイカの方に目を向けるトウヤ。

 そこには、既にトウヤの方を無視して明後日の方向を向いているシイカの姿があった。


「……まっ、そんな事をシイカさんが言うなんて、空から巨大隕石が落ちてくるより確率の低い現象ですよね」


 トウヤは深く溜め息を吐いて、肩を落とした。

 そんな事をしていると、いつの間にか森を抜けて眩しい太陽の光が直接トウヤに降り注いできた。

 その光の眩しさに手で顔を覆い、しかし目を薄く開けて辺りを見回すトウヤ。

 するとそこには、青々と広がる大空の下、深緑の木々に覆われた山々という、美しい光景が広がっていた。


「うわーーーーーーーーーーーーーーーい!」


 そんな美しい光景を見たトウヤは、まるで子供のように大はしゃぎをして、その景色をもっと近くで見ようと、前方へと駆け出した。

 しかし、


「馬鹿! あぶねぇトウヤ! 止まれ! 落ちるぞ!」


「え!? って、ヒィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 カズマの忠告に反応し、咄嗟に足を止めるトウヤ。

 トウヤの向かった先には、激しく切り立った崖が存在していた。

 後一歩踏み出していたら、トウヤは崖から真っ逆さまに落ちていただろう。


「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!」


 恐怖で顔面蒼白となり、さらに腰を抜かしたトウヤは、しかし急いで崖から離れた。


「あ、ありがとうございますカズマさん! 後もう少しで崖はボクから真っ逆さまに跳ね上がり!」


「おい。言ってる事が意味不明だぞ。

 というよりもっと良く前方を確認しろ! それとガキみたいにはしゃぐんじゃねぇよ!」


 呆れた表情を浮かべながらそう言うカズマに、トウヤは二重の意味でショックを受けた。


 カ、カズマさんが至極真っ当なご意見を!

 それに、『ガキみたいに』! 子供みたいなカズマさんに『ガキみたいに』!

 本当に物凄くショックを受けましたよ!


「ああ! ボクのアホ!」


 トウヤはショックのあまり、その場に両手をついて愕然とした。

 そんなトウヤに対し、さらに追い打ちをかける者がいるわけで。


「……脳筋に注意されるとか、脳筋以下ね。バ~カ」


「ぐふっ!!!」


 物凄く鋭利な言葉の刃が心に突き刺さり、その場に倒れふすトウヤ。


 カズマさん以下! ボクはカズマさん以下!

 いえ、力では足元にも及ばないことは分かっていましたが、しかし頭でも!

 これではもう、何もいいところがありません! いえ、対して頭もよくありませんが。

 でも、そうですか。カズマさん以下ですか……。


「……生まれてき、本当に御免なさい」


「アホやってる場合かよ! それよりさっさと立って行くぞ! つうかそろそろ召喚しろ!」


 自身がこの世に生まれてきた事に対して謝罪するトウヤを、呆れた表情で見ながらカズマは言った。


「うぅ……。ボクには自分の駄目さ加減に絶望している時間も無いと言うんですか。

 ふっ。そうですよね。ボクなんて、そんなもんですよね」


 ふふふ。知ってましたよ。ボクはその程度の存在。

 でも負けませんよ! こんなボクでも待っている野菜達が居るんですから!

 

 よろよろと立ち上がりながらも、自身を励まし元気を取り戻すトウヤ。

 そして懐に仕舞っていた地図を取り出し、開いて現在地を確認する。


「えぇと。ここがこれで、この崖があれだから。う~ん……、あっ。

 ここらへんから危険区域ですね。確かに、カズマさんの言うとおりそろそろ召喚しなければ」


「おお! ついに来たか!」


 トウヤの言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべて子供のようにはしゃぎ出すカズマ。


「……さっき、『ガキみたいにはしゃぐな』と言ったのはどこのどなた……、まぁいいです」


 そんなカズマの様子に呆れながら、『家宝の腰袋』に手を突っ込むトウヤ。

 すると、そんなトウヤの様子を見ていたシイカが、トウヤに質問してきた。


「……ねぇ。その袋からどうやって実を取り出すの? 色々な物が混雑して入っているんでしょ?

 それなのに、目的の物を手探りで探すなんて出来るの?」


 今朝と同じく、難しい顔をしてそう質問してくるシイカに対し、トウヤは目をパチクリしながら答えた。


「え? ああ、その事ですか。確かにたくさん入っていると、取り出すのが大変であるだろうと考えられるかもしれませんが、

 これに関しては大丈夫です! 頭の中で取り出したい物を思い描けば、それが自動的に手の中に入ってきて取り出せるんです!

 いや~! 実に便利です! そう思うでしょ、シイカさん!」


「……頭で思い浮かべた物が自動的に。つまり脳から手に送られた電気信号を感知して自動的に反応を?

 でも、それって……」


 シイカはブツブツ言いながら、顎に手を当てて考え始めた。

 そんなシイカの様子に、まるでちんぷんかんぷんのトウヤは。


「? 何を言っているのかさっぱりですが、とにかくさっさと召喚しますよ。

 準備はいいですか、お二人共」


 トウヤは『家宝の腰袋』から二つの『樹肉の実』を取り出し、『腕輪』をしている右手で握り込む。

 そして。


「来い! カズマ! シイカ!」


 そう言った瞬間、二人はそれはそれぞれ実の中に吸い込まれ、実が赤色と青色に光出し。


「『クロックレイズ』!」


 右腕にした『腕輪』が薄緑色に光、それぞれ発光していた『樹肉の実』はさらに輝き、大きくなっていく。

 さらにその実から双葉が出てきて、実を覆いつくす。

 そして、その直後。


「よっしゃ! 戻った!」


 赤く燃えるような髪を棚引かせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手に着けたカズマと。


「…………」


 ロングストレートの青い髪を風に揺らし、杖と思わしき得物を右手に持って、蒼いローブを身に纏ったシイカ。

 それぞれ元の姿を取り戻し、その場に姿を現した。

 その姿を確認したトウヤは、地図を両手で大きく広げて二人に見せながら、こう言った。


「さて! それではこれから、村長曰く『危険区域』へと足を踏み入れる訳ですが!

 いいですかお二人とも! 朝も言ったように、目的はこの地図に書かれたバツ印の場所にあると思われる遺跡に。

 これまたあると思われる宝を探しに行くという、本当にありきたりな冒険を行う事です!

 この冒険での注意事項は三つ!

 一つ目は、目的から大きく離れた行動を取らないこと!

 例えば『つまんねぇからもっと面白い所に行くぞ!』とか、『もっと凶悪な化け物がいる所に連れてけ』とか!」


 言って、カズマの方を睨みつけるトウヤ。


「カズマさん! 特に貴方に言ってますからしっかり聞いて、忘れないよう心がけてくださいよ!

 遺跡に行って、宝探しをして、帰るだけ! 変なトラブルに巻き込まれなかったからと、文句を言わないように!」


「おうよ!」


 元気良く答えるカズマだったが、今までの事もあり今一信じきれないトウヤ。

 しかし、そんな事を思ってもしょうがないので、一つ咳払いを入れてトウヤは話しを続けた。


「二つ目! 無闇に猛獣などの命を奪わない事!

 この先は危険区域で、何が出るかわかりませんし、ひょっとしたら怪獣が出るかも知れません!

 しかし今回、ボク達はそれを承知でその居るかもしれない猛獣達の住処に不法侵入してしまう訳です!

 これは明らかに襲われても文句を言えない状況! なので、襲われてもなるべく穏便に追い返すようにしましょう!」


「ったりめぇだ! 俺はそうしなきゃ仕方ねぇ状況にならなきゃ、無闇に命を奪わねぇ!」


 胸を張って、そう宣言するカズマ。

 トウヤは今回のカズマの発言に関しては、信じる事が出来た。


 山賊達と戦った時もそうでしたが、カズマさんはなるたけ相手が死なないよう攻撃を行なっています。

 ……まぁ、本当にギリギリ生かしている、という状況ですが。

 『ヤタガラス』に関しては、あのまま放って置いたら大変な事になっていたので、命を奪わざるを得なかった。

 これに関しては仕方ありませんし、それ以外どうしようもなかったですし、ね。


 トウヤはそんなカズマの事よりも、もう一人の方が気になって、顔をそちらに向けた。


「……シイカさんも、それでよろしいでしょうか?」


 わかりやすいカズマと違い、謎に満ち溢れたシイカに不安を抱いた表情で、恐る恐るそう確認するトウヤ。

 すると、そんなトウヤの表情から何かを察したシイカは、少しムッとしながらトウヤに答えた。


「……別に無闇に命を奪うつもりはない。心外」


「あ!? こ、これは大変失礼しました! そ、そうですよね! シイカさんはお優しい方ですもんね!」


 不機嫌な雰囲気を醸し出すシイカに、トウヤはすぐさま謝ってさらに話しを続けることに。


「え、えぇと! それでは三つ目ですが! これが一番重要で、守って頂きたいことです!

 これは村に出る前にも言いましたが、絶対に! 必ず! ボクのこのか弱い命を守って頂きたい!

 ただそれだけです! というかどうかよろしくお願い致します!」


 言って、二人に対して土下座をするトウヤ。

 そのあまりにも情けない姿に呆れるものの、ある意味物凄く潔い姿だな、と土下座された二人は同時に思った。


「分かったっての! 守ってやるからさっさと立て!」


「……情けない。でも了解」


「おお! よろしくお願いします! カズマさん! シイカさん!」


 トウヤは感動の涙を流し、二人に感謝した。


「それではボクの身の安全も確保されたので、どどんと向かう事にしますか! 

 冒険へ! まだ見ぬ遺跡へ! 謎に満ちた宝へ!」


 トウヤは元気よく立ち上がると、目的地へと続く道を地図で確認し、前進を開始した。


 最初は不安で仕方がなかった今回の冒険でしたが、何だか段々と楽しくなってきました!

 この後、どんな事が待ち受けているのか、少し期待に胸を膨らませている自分がいるのがボクにはわかります!

 ああ、これが冒険! 本を読むだけでは感じることが出来ない、この興奮感! これがハイってやつですか!


 未だかつてないほどに興奮し、鼻歌を歌いながらスキップまでするトウヤ。

 しかし数分後、そんな興奮は一気に冷めてしまう事に。


「ヒ、ヒェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 目の前の光景に、顔面蒼白となり腰を抜かしてしまいそうになるトウヤ。

 トウヤの前方には、切り立った崖と崖の間を繋いだ吊り橋があった。

 その吊り橋は古びた木材で出来ており、渡ったら今にも壊れてしまいそうな印象を醸し出していた。


「おぉ! トウヤ見てみろよ! 地面が見えねえぞ! どんだけ深いんだ!」


 カズマが崖から身を乗り出して、下の方を見て感嘆の声をあげた。


「止めてくださいよ! さらに怖くなってしまいました!」


「……水の音がする。おそらく下は川。流れも速そう。落ちたらそのまま海まで流されそうね、死体が」


 シイカが意地悪そうな声色を出して、そうトウヤに教えた。


「止めて! 止めて! 落ちるとか! 死体とか! 本当にここしか道は無いんですか!」


 トウヤはシイカの言葉にさらに体を震わせながら、地図を再度確認する事に。


「あっ! ありました! ありましたよ! ここからかなり遠いですが、安全そうな場所が!」


 そんなトウヤの言葉に、地面に広げられた地図を確認するシイカ。


「……面倒。この橋を渡ってとっとと進む」


「そ、そんな! カ、カズマさん! あなたからも!」


 シイカの言葉に絶望し、カズマに助けを求めるトウヤ。

 しかし。


「おーい! いつまでそこにいんだよ! とっとと先行くぞ!」


 吊り橋を渡りきり、既に向こう側へと辿り付いているカズマの姿がそこにあった。


「カズマさん! いつの間に! というかよく渡りましたね! そんなオンボロな橋を!」


 何て勇敢な! いやむしろ無謀なのでは! いえ、というよりも何も考えないのかも!


「というかですね! 勝手な行動を取らないでですね!」


「……いいから行くわよ」


 カズマに対して文句を言っているトウヤの背を押して、吊り橋の方へと向かわせるシイカ。


「や、止めて! 押さないで! 危ないでしょ! 落ちてしまうでしょ! そして死んじゃいますよ!」


 シイカに急かさせて、仕方なくも恐る恐る壊れそうな吊り橋の上を渡り始める事になるトウヤ。


 吊り橋の長さはおよそ100メートル。

 普通の地面の上なら二十秒もあれば走り抜ける事が出来るトウヤだったが、この落ちそうな吊り橋の上ではそんな事など出来ようはずもなく。

 20メートル付近までは何とかゆっくり歩く程度の速度で進むことが出来たトウヤ。

 しかし、その後段々と速度を落としていき、ついに。


「も、もう無理です! 足が竦んで、これ以上は!」


 橋の真ん中程で、トウヤは立ち止まってしまった。


「何故こんな目にボクは会っているんでしょうか! 

 こんな腐って今にも壊れてしまいそうな橋の上に、何故このボクが!

 ああ、数分前まで浮かれていた、ボクのアホ!」


「自分の事卑下してないで、とっとと渡って来い! このアホ!」


「……さっさと進んで。後ろがつっかえてる」


 恐怖で涙を零しそうになっているトウヤに、優しい言葉一つかけないカズマとシイカ。


「うぅ! 鬼! 二人とも鬼です! ああもう、進めばいいんでしょ! 進めば!

 というかシイカさん! 先に行ってくださいよ! ボクはボクのペースで進みますから!」


「……了解」


 そう言うと、屈みこんでいるトウヤの上を跨いで、何でも無いといった様子で先へと進んでいくシイカ。

 そんなシイカの様子を見ながら、トウヤは震える足を無理矢理立たせて、再びゆっくりと少しずつ前進を始めた。


 怖くない! 怖くないですよ! 後50メートル! その程度の距離、何て事ないです!

 それに、ここまで渡ってきて見た目以上にこの橋が丈夫であることは理解できました!

 よって、壊れて落ちてしまう事はない、と判断出来ます! 

 なら大丈夫、大丈夫です! たかが橋を渡るだけ、余裕余裕、です!


 トウヤは自分を励ましながら、下を見ないように前へと進んでいく。

 そして後十メートルで渡り切れる所まで到達するトウヤ。


「ハ、ハハハッ! よ、余裕ですよ余裕! ボク如きでも、吊り橋を渡るぐらい!」


 引きつった笑みを浮かべて二人にそう言いながら、残り十メートルを渡り切ろうと右足を踏み出した瞬間。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 体重をかけた板が壊れ、トウヤはその体を宙へと投げ出されてしまう。


「トウヤ!」


 それを見たカズマは焦ってトウヤを助けに行こうと駆け出すが、


「……『浮遊』」


 それよりも早くシイカが言葉を発し、杖を振るう。

 すると、トウヤの体が落下を止め、そのまま浮かび上がってカズマ達のいる方まで飛んできた。

 そして、


「し、死ぬかと思いました! 魂が口から出かけました! 

 橋が壊れて落ちた瞬間! ボクの口から白い何かが飛び出しそうに!

 というか生きてるんですかボクは! 落ちたと思ってましたが生きてるんですね!

 カズマさん! シイカさん! ボクは生きているんですね!」


 生きている喜びと、死にそうになった恐怖の両方で体を小刻みに震わせながら、自身の生存について尋ねるトウヤ。

 そして、地面にへばりついて涙を流しながら、こう言った。


「大地! 母なる大地! ボクをいつも落下から救ってくださっている大いなる大地! ボクはもう、ここから離れませんよ!」


「アホか」


「……バ~カ」


 トウヤの様子に、辛辣な言葉を浴びせる二人。

 そんな二人に対して、トウヤは噛み付いた。


「アホではありません! 馬鹿でも! 九死に一生を得たことで、より大地のありがたさを実感したんです!

 というよりもシイカさん! ボクを浮かせる事が出来るなら初めからあれで運んでくれればよかったのに!

 助けて貰っておいて、こんな事を言うのは大変失礼だと思いますが!」


「……貴方、自分が言った事忘れたの?」


 シイカは呆れた表情を浮かべて、トウヤに言った。


「な、なんですか!? ボクは助けてくれと!」


「……そう、『助けてくれ』と言ってた。命が危なくなったら助けて、って。

 つまり、しっかり約束は果たしてるでしょ?」


「んがっ!?」


 シイカの言い分に、トウヤは開いた口が塞がら無い状況に陥った。


 た、確かに! ボクの命が危なくなったら助けてくれと、ボクは言いました!

 でもそれはつまり、ボクが危機に陥らなければ助けてくれないということ!

 確かにシイカさんの言うことは間違っていません! 間違っていませんが!


「つまり、ボクはこれからも命の危機に恐怖していくってことですか!

 そ、そんな事言わずに助けてくださいよ、シイカさん!」


 トウヤは地面を這いながら、シイカの足にしがみついた。


「……嫌。面倒。何で私がそこまで面倒みなきゃいけないの?

 たかが橋を渡るぐらい、貴方の力でやればいいでしょ。

 それと、いい加減足から離れて。うざい」


 足を振って、トウヤを引き離すシイカ。


「うぅ! 確かにシイカさんの言うとおりです。そんな事まで頼るなんて、筋違いも良いところ!

 お見苦しい姿を見せ、大変申し訳ありませんでした」


 潔くシイカに謝罪し、頭を下げるトウヤ。

 そして、服についた砂を払いながら立ち上がった。


「いきなりこんな事になるとは……。この先不安で仕方がありません。

 でも、行かなきゃいけないんですよね。絶対に」


「ったりめえだろ!」


「……当然」


「はぁ。ですよね? わかってますよ。それならとにかく、とっとと先に進みましょう」


 トウヤはガックリと肩を落とし、顔を伏せながらノタノタと目的地へと歩み出す。

 しかしほんの少し進んでいくと、トウヤは誰かにぶつかってその場に尻餅を付く事に。


「アイタ! うぅ、前方不注意です。最近そんなのばっかり……。

 申し訳ありません。どこのどなたか存じ上げませんが、申し訳……」


 そこまで言って、トウヤは頭に疑問を浮かべた。


 ? ボクは一体、どなたとぶつかったんですしょうか?

 ここは危険区域。人がいるとは思えません。

 いると言えばボクと、カズマさん、そしてシイカさんの三人。


 しかし、カズマさんとシイカさんの二人はボクの後方にいるはず。

 なのに、ボクは誰かにぶつかった。

 一体に誰に?


 トウヤは恐る恐る頭を上げて、前方を確認した。

 すると、目の前にはとても毛深い体をした何者かが。


「……ま、まさか」


 トウヤは何かに気がつき、さらに上方を見上げると、そこには。


「べ、ベァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 体長2.5メートル程の熊が、トウヤの目の前に佇んでいた。


 熊! 橋から落ちたと思ったら今度は熊!

 ボクは何てついてないんでしょうか!

 こんな続けざまにトラブルに巻き込まれるなんて!


「し、死んだ振り! 死んだ振りをしなければ!」


 トウヤは急いで横に寝転がり、死んだふりをして熊から身を護る事に。

 しかし、そんなトウヤにお構いなしに、熊は襲いかかってきた。


「ガァァァアァァアァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァア!」


「何でですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 し、死んだ振りをしているのに、何で襲いかかって来るんですか! 

 反則ですよこんなのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 ヨダレを垂らし、口を大きく開けて襲いかかってくる熊に、恐怖で目を瞑ってしまうトウヤ。

 しかし、


「……………………………………………………………………………………………………………?」


 いくら待っても熊の攻撃は来ず、トウヤは不思議に思い恐る恐る目を開ける。

 するとそこには。


「カ、カズマさん!」


 トウヤに噛み付こうと大きく開いた熊の口を、その類い稀なる握力で無理矢理閉ざし、

さらに500キロ以上あると思われる巨体を片手で抑えつけているカズマの姿が。

 熊はそんなカズマに攻撃を加えようと、両手を広げて鋭い爪をカズマに差し向けた。

 しかし、


「ぁん?」


 カズマの体から発せられる押しつぶされそうな圧迫によって、襲いかかろうとした熊は恐怖し体を震わせ、攻撃を止めてしまう。


「おい、熊公。俺とやるってのか? いいけどよ、その代わり……」


 『死んでも恨むなよ?』


 獲物を目の前にした猛禽類のような表情を浮かべながら、そう熊に目で言い聞かせるカズマ。

 それに対して本能が警報を発したのか、すぐさま熊はトウヤ達から背を向けて、森の中へと逃げ去っていった。


「……ちっ! おもしろくもねぇ! でかいのは図体だけかよ!」


 逃げる熊の後ろ姿に目をやりながら、カズマは不機嫌な表情を浮かべて不満を口にする。

 しかし、あることに気が付いてすぐさまトウヤに向き直り、


「おいトウヤ! 言っとくが殺す気は無かったぞ! 威嚇して追い返す為に脅した、……お前、何してんだ?」


 今の行動について弁明をしようとしたカズマは、しかしトウヤがうつ伏せになりながら小刻みに震えている様子に疑問を抱いて質問する。

 すると、トウヤはうつ伏せのまま顔だけカズマに向けて、


「……カズマさん」


「? 何だよ?」


「……こう言う時、感謝の言葉を先に発するべきであると、ボクは理解していますし、それが当たり前の事だと感じています。

 でも、それよりも、こんな事を先に言ってしまうボクをお許しください、カズマさん」


「ハァ?」


「……?」


 トウヤの言いたいことが、全くわからないカズマ。そしてシイカ。

 しかし、そんな二人に構うことなく疲れきった表情の中に真剣さを織り交ぜた顔を向けるトウヤ。

 そして一度大きく息を吐き、一呼吸分の間を開けた後、トウヤは心の奥底からの願いを二人に向かって吐き出した。


「……もう、おうち帰りたいです」


「「駄目()」」


 トウヤの心の底からの必死なお願いを、二人は一瞬の躊躇も容赦なく、切り捨てるのであった。

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