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緑と十の育成法   作者: 小市民
第一章 召喚
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第二節 唱える少年

(12/03/10) 誤字・脱字修正

突如、トウヤの耳に入ってきた身の毛もよだつような悪役声。

その声に『なんだろう』と思い、小屋の窓から外を覗き込もうとしたトウヤだったが。


「何をするつもりじゃ」


ゼノに止められ、無理やり床にうつ伏せにされる。


「え、いや、誰だろうと思いまして」


「アホ、殺されるぞ!」


 あっ、つまりこの声の人もこの小芝居の役者さんというわけですか。

 村長は一体何人の人間を巻き込んでいるんだろう?

 

 村長の手の混みように、トウヤは『何やってんですか』と呆れた。

 そんな彼を放っておいて話は進む。


「爺さん、いいかげん出てきてくんねぇかな。俺たちも暇じゃねぇんだ。

 アンタみたいな爺追いかけるより、美人の女追っかける方が性に合ってるんだよ」


 外の荒くれ者(役)が定着した悪者の台詞を吐いてきた。


 よく真面目にそんな台詞吐けるもんですね。


 そんな事をトウヤが思っている横で、アタフタと慌てふためく老人が一人。


「なぜじゃ、なぜばれた。この完璧な作戦がぁ」


 いい年した老人が、慌てふためく姿は余りにも見苦しいものだった。


「どうしてばれた、とか思ってるわけねぇよな。もう一度自分の小屋に戻ってくる可能性ぐらい誰でも考え付く。

 だから一人見張りを立てておいたんだ」


  狼狽しているのを見抜いてるのかいないのか、完璧な作戦に対する致命的な穴をものの見事についた解答が帰ってきた。

 その山賊(役)の言葉に、ゼノは相当ショックを受けたのか、茫然自失状態。

 口から何か白いものが浮き上がってきそうな状態である。


「おとなしくついてきてくれればいんだ。大事なものを持って。何、命までは奪わない。アンタは必要らしいからな」


 その言葉を聞いて茫然自失状態から復活したゼノは、無駄に凛々しい顔をして言葉を発した。


「貴様らわかっておるのか。ワシの研究の重要性、危険性、そして偉大さを」


「悪いがアンタが何をしているかは知らないね。俺らはアンタとアンタの大事そうにしているもの、それらすべてを持って来い、って言われてるだけでな」


「何も知らぬおぬし等についていく必要無し。さっさと去れ!」


「悪いがそれはできない。これの成功報酬は相当なもんだからな」


「ふん、金で動くか。低俗な山賊が!」


「どうも、最高の褒め言葉だよ」


 ……なんかとても重たい雰囲気になってきてますけど、これ芝居ですよね。なんか鬼気迫るものを感じます。

 ゼノさんも、外で話してる人も劇団に入ればいいのに。絶対稼げますよ。


 トウヤは、意外に完成度の高い名演技に、感嘆した。


「無駄な時間は嫌いなんでな。最後にもう一度だけ聞く。俺たちと来る。イエスかノーか」


「答える必要もない!」


そう言うと、老人は何かを窓の外に投げ出し、


「おぬしも来い!」


トウヤの腕を掴んで小屋の裏手の扉へと向かった。と、同時に爆発音。

 先ほど何かを投げた方向からの、いきなりの爆音に驚くトウヤだったが、

どこからくるのか渾身の老人パワーに引っ張られて、そのままゼノと一緒に小屋を飛び出した。


「くっ、裏口にもいたか!」


 裏口はすでに山賊達に囲まれていた。

 暗闇の中、月明かりで浮かび上がるに数人の黒い影。

 その時、黒い影の一つから何かがトウヤに向かって飛んできた。


 何かはトウヤの顔の横を通り過ぎ、壁に当たる。

 トウヤがそちらに顔を向けると、トウヤの顔から数センチの場所に弓矢が刺さっていた。


「えっと、あれ?」


  弓矢、本物? ドスッて刺さりましたよ? 芝居でここまでしますか?


  考えこんでいたトウヤを物陰に隠れさせるゼノ。

 トウヤはゼノに質問した。


「ゼノさん。弓矢本物でしたけど」


「何を言っとる。山賊なんじゃから本物を使うに決まっておろう」


「いや芝居じゃないんですか?」


「何の事じゃ?」


 ……いや待て落ち着け。何ですかこの状況は。ボクは聞いてないですよ。

 何故ボクは山賊に襲われるんですか。ゼノさんはよくわからん研究の為に襲われる。

 これはいいです。しかし何故にボクまで山賊に襲われる嵌めに……、待てよ。

 ボクは数分前に何と言いましたっけ。この小芝居の設定を何と。

 ……そう、そうです。『山賊に追われる老人と、何故か偶然それに巻き込まれる少年』。

 この場合は『老人』がゼノさんで『少年』がボク。

 なるほど、つまりあれですね。この状況は小説なんかで良く見かける展開。

 だからそんな事が現実的に起きえる訳がないとタカをくくり、お芝居とボクは断定したわけで。

 しかし空想の物語だと思われていた事が、現実に起きて今に至る、と。

 ……謎は解明されました。そして理解しました。


「殺される!」


「いまさら何を言っとるんじゃ」


 全く持ってその通りですよ、こんちくしょう! 

 よくも巻き込んだ本人がそんなこと言えますね!


トウヤはこんなことに巻き込んだ元凶を涙目で睨みつけた。

しかしそんな事をしても状況が変わらないと思い、必死にどう逃げ出すかを考える。


「……あっ、さっきの爆弾もう無いんですか! もう一度あれで……」


「もちろんじゃ、それもう一丁!」

 

 ゼノはいつの間に袋から出したのか、実のようなものを手に持ち山賊達に向かって投げつけた。

すると再び爆音。そして。


「臭!?」


  突如、トウヤの鼻に激痛が走った。

 小屋に来たときに嗅いだ匂いを超える臭さが、トウヤの鼻を襲ったのだ。


「ふはははは! どうじゃワシの発明品の威力は!」


 辺りを覆う刺激臭の中、何故か元気に自身の発明品を誇り、大威張りするゼノ。


 なるほど。あの小屋の匂いの原因はゼノさんだったと。

 何て傍迷惑な発明ですか。これが世界を揺るがす研究ですか。

 確かにこんなのが出回ったら世界は破滅しますね。


 トウヤは呆れた。


「それ、今のうちじゃ」


 ゼノは再びトウヤの腕を引っ張り、暗い森の中に向かって走り出した。

 その途中にトウヤは見た。

 自身以上に悲惨な目にあっている山賊たちを。


「またあの爺、この臭いを!」


「母ちゃん助けて!」


「死ぬ! 死んでしまう!」


阿鼻叫喚。まさにこの一言に尽きる光景が目の前を横切っていった。

吐いているもの、涙を流すものなどまだましで、中には痙攣しているもの、

自分の鼻を病的に掻き毟っている者、これ死んでるんじゃないのって者までいる。


 トウヤは少しだけ山賊たちに同情し、ゼノと共に暗い森の中へ消えていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 山賊から逃げてきたトウヤ達は、森の奥深くにあった廃屋に身を隠していた。

 廃屋の中ではゼノが床に座り込み、何か考え事をしていた。

 しかしトウヤの姿は見当たらなかった。


 それもそのはず。トウヤは廃屋の中にあった樽の中に身を隠していたからだ。

 とにかく少しでも見つからないように、と考えた末に行き着いた結果である。

 樽の中でトウヤは何故こんなことに、と自身の不幸を嘆いていた。


「どうしよう、ああどうしよう、どうしよう」


「うろたえるな、男子がみっともない」


 トウヤの言葉が聞こえたのか、ゼノが叱咤する。

 トウヤが『樽を絶対に開けないでください』と言ったため、ゼノは樽に向かって話し始める。


「男はこのような危険を乗り越えて成長するもんじゃ。むしろ喜べ」


「喜べません! 命を狙われているのに喜んだらそれは変態です!」


  極めて変態的な言い分に対し、至極真っ当な答えを返すトウヤ。


「大体誰のせいでこんな目にあってると思ってんですか!」


「むぅ。それについては、まぁ。ゴメンね」


「気持ち悪いわ」


 全然悪びれていないゼノの返答に憤りを感じるトウヤ。

 ため息をつき、樽の上蓋を眺める。


ああどうしよう。まさかこんな事になるとは。

山賊に追われるのは物語の中の主人公だけにしてくださいよ。

じゃなければ何かしらの特殊能力をボクに与えてください。

最低限の強さもないボクに今の状況は大変よろしくありませんよ。

肉体的にも。精神的にも。


再びため息をつくトウヤ。


……これからボクはどうなるんでしょう。

このまま此処で朝日が昇るのを待てば助かるんでしょうか。

というか何でボクがこんな目に。

……村長です。やっぱり村長のせいです。

こんな森の中にお使いに出した村長が悪いんです。帰ったらどんな目に合わせてやりましょうか。

……でも帰れるかどうか解らないんですよね。ああどうしよう。


 思考のループに陥るトウヤ。

 そんなトウヤの頭上から、樽の蓋を開けたゼノが突然話しかけてきた。


「何すんですか」


  樽の蓋を開けるなと言ったのに。


「話がある」


「別に話なら樽越しでもできるでしょ」


 蓋を開けるな。危ないでしょう。


「渡すものもあるからの」


「渡すもの?」


 トウヤは樽の中から顔をだけ出して答えた。

 出会ってそんなに立つわけでもないが、初めて見る真面目な顔のゼノ。


「すまんかったの、トウヤ」


  突然の謝罪。いきなりのことで驚いているトウヤをよそに、ゼノは話しを続ける。


「偶然とはいえ、巻き込んだことは事実。謝罪したところでどうなるものでもないが、の」


「え、いや、その」


「そんなお主に、さらに迷惑をかけるのは心苦しいのじゃが……」


「嫌です。お断りします」


樽の中に顔を引っ込めながら、トウヤは拒絶の意を示した。


「まだ何も言っとらんじゃろうが!」


「いいえ、厄介事の匂いがプンプンします」


 これ以上巻き込まれてたまるか、とさらに樽の蓋を内側から被せる。


「とにかく話だけでも聞いてくれんかの」


「……まぁ、話だけなら」


 蓋の隙間からのぞき込みながら応えるトウヤ。。


「うむ、すまんの」


 そういうとゼノは肩にかけていた荷袋から何かを取り出し、トウヤに見せてきた。


「これは?」


「うむ、これは腕輪じゃ」


「いえ、見ればわかります」


 それは何の変哲もない、シンプルな形の木で出来た腕輪だった。


「何ですかそれは」


 あまり装飾品に興味がないトウヤだったが、珍しい木の腕輪に興味が湧いて、樽の中から身を乗り出す。


「木で出来ている腕輪。大変珍しいですね」


「うむ。後は……」


 再び荷袋を漁り、今度は種のようなものを数個ほど出す。


「これがワシの研究の発端であり、究極のアイテムと言われるものじゃ」


「これが?」


  それは『実』だった。

 胡桃によく似た茶色の『実』。それが十個。


「……何が究極なんです」


  一見して只の木の実にしか見えないそれが、何故『究極のアイテム』と言われるのか。

疑問を抱くトウヤにゼノは答えた。


「これは『ジュニクの実』と言う」


「『ジュニク』?」


 獣肉? 実なのに?


「うむ。この『実』と『腕輪』で……」


「見つけたぜ!」


 ゼノが『実』と『腕輪』について説明しようとしたその時、

 外から先ほど聞いた山賊の声が、再び聞こえてきた。


「このくそ爺! ふざけたマネしやがって! これで最後だ!

 これで出てこないと依頼にかかわらずてめぇを殺す!」


「いかん、時間がない」


  山賊の態度に焦ったゼノは、『実』と『腕輪』をトウヤに投げ渡した。


「ちょっ……」


「トウヤ、よく聞け。『腕輪を付け、実を握りし者。大いなる力をこの世に甦らせん』」


「一体何を」


「聞けと言うとる。『その呪文をここに記す。その名を「レイズ」』」


「『レイズ』……」


「ワシが解読した古文書の一部じゃが、おぬしに渡したそれがいつか世に必要となる時が来る。

 その時、『大いなる力』を甦らせる者がこれを手にしなければならん。

 しかし、今これをやつらに奪われれば、それもかなわん。

 おそらく外の奴らを雇ったものは、この『大いなる力』を悪用、もしくは破壊しようとしているものじゃろう。

 ワシはそれを断固阻止せねばならん。詳しい話をしている暇はないが、頼む。これを一時、預かってくれ」


「いや、しかしですね」


 突然そんな事を言われ、トウヤは困ってしまった。

 しかしそんなトウヤに構うことなく、ゼノはさらに話を続けた。


「それと、今渡したものに関しては、決して口外するでないぞ。

 誰にも、親しい人間にもじゃ。今のわしらのように、命を狙われる可能性は大いにある」


「そうでした! これのせいで狙われてるんですよ! お返しします!」


 トウヤは、ゼノに『腕輪』と『実』を返そうとした。


「大丈夫じゃ! 誰にも話さなければ命を狙われることもないじゃろ!

 じゃから自宅でひっそりと置いとけばいいじゃろ、の?」


「……まぁ、それぐらいなら」


 預かって、家宝と一緒に保存しとけばいいですかね?

  

 そんな事を思うトウヤを見ながら、ゼノは覚悟の表情を浮かべて立ち上がった。


「ワシはこれから奴らについていく。

 これ以上逃げ出せそうもないし、逃げ出せたとしても追手がいなくなるわけではなかろう。

 それならば、ワシ自ら奴らの誘いに乗り、これを手に入れようとしている輩を見つけ、叩きのめしてくれるわ!」


  何やら興奮し鼻息を荒くする老人、ゼノ。


 ゼノさん。貴方なら生き延びられそうだ、と思うのは気のせいでしょうか。


「何、お主を巻き込んでしまった償い。気にするでないぞ」


「大丈夫です。気にしません」


 トウヤは、本心からそう応えた。


「おそらく、いや絶対お主の存在は露見しとらん。ワシが奴らと行った後、夜が明けてからここから出て村へ帰るがいい」


「そう、うまくいきますかね」


「うまくいく。ワシを信じろ」


信じられないから聞いてるんだけど、と思うもののそれ以外、道がないのも確かであった。


「……わかりました」


「うむ、それと作戦名じゃが」


「それはいいです」


切羽詰った状況なのにおちゃらける老人の話を、トウヤはすぐさま遮った。


「うむ。ではまた会おう」


そう言って、ゼノは廃屋から出て行った。


ボクは二度と会いたくありませんけど。でも預かりものもあるし、会わざるを得ないんでしょうね。


「降伏する。お主等に付いていく」


「散々抵抗したくせに意外とあっさり出てきやがったな。何か企んでるのか」


「そ、そんな事、あるわけなかろう」


上擦った声で応えるゼノ。

そんなゼノにトウヤは頭を抱えた。


ああ、三文芝居も大概にしてくださいよゼノさん。


「……まぁいい、行くぞ」


山賊たちがゼノと共に廃屋から遠ざかる。

 山賊たちがその姿を完全に消したあと、トウヤは樽の中から少し外の様子を伺った。

 辺りに人の気配はなかった。

 助かった、とトウヤは安堵した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



こんなに夜は長いものだったか、とトウヤは感じた。

いつも暗くなると寝ていたトウヤにとって、闇夜の世界は未知の物だった。

こんなにも心細く、不安になる世界。もう金輪際外で寝泊りは止めようと心に誓った。

うつらうつらと船を漕ぎながらそんな事を考えていると、外から何かが廃屋に近づく音がトウヤの耳に聞こえてきた。


今度は何、何がボクの身に起こるんですか。


今日一日いろんなことが起こりすぎた上、満足に眠れてもいない。

トウヤの体は限界に来ていた。

しかし、そんなトウヤに構わう事なく、事態は最悪な方向に向かっていく事に。


「いるんだろ、中に」


 一気に眠気が覚めたトウヤ。変わりに金縛りにあったように体が動かない。


 ばれた。

外にいるのは山賊だ。

 ゼノさんを連れて行ったのに再び戻ってきたんだ。


 話しているのは先ほどと違う人間だが、それでもトウヤは確信した。

 こんな夜更けに、こんな森の中の廃屋に来る人間など他にはいない。

 震える体に鞭打ちながら樽から出るトウヤ。そして近くの隙間から外を伺う。


「山賊だ」


  そこには予想通り山賊たちがいた。

 数は十数人程。松明の光がその数を克明に写し出していた。


 何でバレたんですか? どうしてここに?

 ボクはどうなってしまうんですか?


 考えがまとまらず、トウヤは頭を抱える。


「お前がどこの誰だか知らねぇが運が悪かったな。お頭はお怒りだ。無意味な時間を過ごしたことが」


  意味が分からない。一体全体どういうことだ。


 混乱しているトウヤに盗賊は続けて言った


「あの爺さんが抵抗するもんで余計な時間を使っちまった。

 正直な話、あの爺さんを散々いたぶって殺したかっだろうよ、お頭は。

 だが契約には『無傷で』となってるからな。あの爺さんには傷をつけられねぇ」


 ああなるほど。もういいです。完全に理解しました。

 だからその先は言わないで。


「そこでもう一人のお前に白羽の矢が立ったってことだ。

 本当に運のねぇ奴だ。こんな時に小屋を訪ねてこなきゃ、こんなことにはならなかったのによ」


  本当にその通りです。その通り過ぎてしょうがない。なんでこんな事に。


「どっちがいい?」


そうかこれは夢なんだ。


「そのボロ小屋から出てきて、俺らに直接殺されるのと……」


夢なら覚めてください!


「そのボロ小屋と一緒に燃え尽きるか!」


 そんなの選べるわけないでしょ! 第三の選択はないんですか!


 少しの間、火の燃える音だけが辺りに響きわたる。

 そして。


「なるほど。答えはこっちか」


 その言葉と同時に酒瓶を取り出した山賊たちが、酒瓶の口に押し込まれた布に火をつけ、それを小屋に投げつけた。 

 小屋は炎に包まれた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ゲホッ、ゴホッ、アツッ」


  炎に包まれた小屋の中で、トウヤは身をかがめることしかできなかった。

 

 どうしよう!? どうすれば!?

外に逃げようと思えば逃げられます!でも、外に出るとあの山賊たちに殺されて……。

 それは嫌です! 死にたくない! でもこのままでは炎に焼かれて……。

 それも嫌です! ではどうすれば!


 熱さと息苦しさと死の恐怖と、様々な要素が絡み付き思考がまとまらない。


どうすればいいんですか! このままこの中にいるか、外に出るか。

でも外に出たら殺される。あんな奴らから逃げることなんてできません。

抵抗もできずに殺される。でもこの中にいても焼け死んでしまう。


どうする。どうする。どうすればいい。

 くそっ、なんでこんな事に。これというのも村長のせいです。

 そうです。そう結論付けたじゃないですか、村長が悪い。帰ったらぶん殴ってやります!


いやその前にこのままじゃ帰れない。その前に死んでしまう。

本当にどうしてこんな事に! そうだ。ゼノさんのせいでもあるじゃないですか!

もとはと言えば厄介ごとを持ち込んだのはあの人だ。ボクは巻き込まれただけ。


そう。ゼノさんも悪い。何がお主のことは露見していないですか! 

 しっかりあいつ等は把握していたじゃないですか。

 いや、そこに感づかなかったボクもボクですが。


 くそ、結局ゼノさんだけ助かったということですか。

人に変な事押し付けて、自分だけおめおめと……


「……いや、待ってくださいよ。ゴホッ」


 思い出しました。そうだ。あの腕輪です。

 いや、あんなの着けても武器どころか防具にもならない。

 いえ、違います。思い出せ。落ち着いて思い出せ。

 ゼノさんはなんて言ってましたか。『腕輪を着け』、そうだ。

『腕輪』を着ける。そうです『腕輪』を着ければいいんだ。

 

 気づいてあたりを見回す。

あたり一面火の海で何がなんだかわからない。

それでも必死に探す。命が懸かっているこの状況では文字通り必死にならざるを得ない。


トウヤは、自分がいた樽の中を必死に探す。

そして見つけた。あった。木で出来た腕輪。

すぐに右手に腕輪を着け、そしてまた思い出す。


次は『実』。そう『実』だ。たしか『実を握りし者』。

そう、『実』を握ればいい。そうすれば『大いなる力を蘇らせん』だ。

実を握って。実を……。


「この後どうすればいいんですか」


 名案だと思ったに! もうだめなんですか! どうすれば、いや待てよ!?


「呪文です!」


そう、呪文でした! なんだっけなんだっけ。

レ、レ、レイ……。そうだ、レイズだ。

よし、右手に腕輪をつけて、右手に実を持って、呪文を唱える。

呪文を唱えるときってどうすればいいんだろう? 目を閉じればいいのかな。

よし、いくぞぉ。


トウヤは、一度大きく深呼吸した。

 そして、


「レイズ!」


 ……呪文を唱え、一泊待つも何かが起こった様子はない。

 恐る恐る目を見開いてあたりを見回すも状況に変化なし。

 つまりこれは、失敗。


「そんな馬鹿な!」


 希望を絶たれ、絶望するトウヤ。


 いや、待て。落ち着け。呪文は正しかったか。正しかったですよね。

なら何かやらなきゃいけないことに不備があるとか。……いや無いです。

問題は無かったはず。ならなんで。


 そこで根本的な問題点にトウヤは気付いた。一番重要で必要不可欠な物が足りないこと。

それすなわち、自身が何の力も持たない只の人間だということに、トウヤは今更ながら気がついたのであった。


「そんなぁ」


 もうどうしようもないじゃないですか。

 このまま死を受け入れろっていうんですか。

 こんなわけのわかわからない、不運の連続で死ぬ。 

 そんなの、そんなの嫌だ!


「レイズ! レイズ! レイズ!」

 

 トウヤは、もう死に物狂いで呪文を唱えることしかできなかった。

外にも逃げられず、中でそのまま焼け死ぬことにも納得がいかない。

だから呪文を叫び続けることしたできなかった。


おそらく外の山賊たちには、トウヤが発狂したのだと思われているだろう。

しかし、もうトウヤにはそれしか出来なかった。

だがついにそんな叫び声も上げられなくなった。


熱さと息苦しさから、体力の限界を超えてしまったからだ。


誰か、誰か助けてください!

誰でもいい。まだボクにはやり残したことがあるんです。

村長を殴らなくちゃいけないし、ゼノさんにも一発入れないと気が済まない。

それに。


「ゴホッ、レイナ。レイラ」


幼馴染の名前を呟くトウヤ。


 ボクは、まだ、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。だから、だから。

誰か助けて!


そう心の中で叫んだ瞬間、右手が輝いた。

トウヤは驚き、右手を見る。

そこには緑色に光る『腕輪』と、赤く光る『実』があった。


起きました。変化が起きました!

でもこれが大いなる力なんですか? これのどこが……。

いや、ボクはまだ呪文を口にしていない。そうだ。


 最後の力を振り絞り、トウヤは叫んだ。


「レイズ!」


その直後、廃屋から眩しい赤い光が発せられた。

トウヤも、そして外にいる山賊たちも咄嗟に目を閉じる。

光が段々と収まってきたその直後に、今度は爆音が辺り一体に響きわたった。


一体何がどうなってるんですか!

『大いなる力』は爆発だったんですか!

しかし、爆発ならボクも無事では済まない筈、では一体?


トウヤは大いに混乱しつつも、何が起こったのか確かめるべく、おそるおそる目を開いていく。


そこには、先ほどまでの光景はなかった。

あの赤くて熱い、トウヤを苦しめていた炎の渦はなかった。

ついでに廃屋も存在しなかった。


あるのは廃屋を構成していたと思われるものの残骸と、トウヤを見て腰を抜かしている山賊たち。

いや、トウヤというのは誤りだった。


どちらかというと、トウヤがうつ伏せに倒れ込んでいる位置よりも上。

つまりトウヤの上を見て山賊たちは固まっていた。


いったい何が。


そう思い、トウヤは上を見上げた。


そこには、一人の青年が佇んでいた。


歳は十代後半と言ったところ。

赤く燃えるような髪をたなびかせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手に着けた青年。

赤髪の青年が、右手を天へと向けて、そこに佇んでいた。


……トウヤを跨ぎながら。


読了、ありがとうございます。

本日はここまでです。

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