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緑と十の育成法   作者: 小市民
第三章 冒険
28/36

第三節 渡される少年

(12/03/10)誤字・脱字修正

「ふぅ。やっと終わったんだな」


 重い荷物を地面に置きながら、額の汗を首にかけていたタオルで拭いながらそう呟く男性。

 その男性の容姿は、一般成人男性より一回り大きく、そして見事に発達した筋肉を携えていた。

 しかしその男性を最も象徴している部分はといえば、初めて見た人に悪党の大ボスかと思わせる程凶悪なその顔である、と誰しも言うだろう。


 男性の名は『ゴリオ』。本当の名前は『ノリオ』。

 元山賊で、今は自衛団の一員である彼は、ニアの町の明日を護るべく、粉骨砕身の思いで今日も働いていた。


 何故山賊から自衛団になったのか? 何故『ゴリオ』という名前になったのか? 

 ……まぁ色々あって、そうなった。詳しい話は過去を遡って欲しい。


「お疲れゴリオ。それじゃ休憩にするか。ほら、お茶」


「あ、ありがとうなんだな!」


 自衛団の先輩男性に休憩を告げられ、ゴリオは近くの椅子に腰掛けて、先輩から貰ったお茶を啜る。


「……ふぅ。とても温まるんだな」


「? 温まるって、そりゃお前、重い荷物運んでたんだから。むしろ暑いぐらいだろ?」


 ゴリオの発言に首を傾げる青年。


「いや。身体ではなく、心が何だな。

 山賊だった俺が、こんなにも幸せな生活を送れるようになんて、一か月前には夢にも思わなかった。

 これも、トウヤ君と出会ったおかげなんだな」


「……ああ。そうだな」


 青年は、ゴリオの言葉に口元を緩めて肯定した。


「……湿っぽい話になってしまったんだな。御免なんだな、先輩」


「何、構わないさ。後輩の話しを聞くのも先輩の役目。それに……」


 青年は、先程まで運んでいた荷物に目をやり、


「重い荷物を全部運んで貰った事だしな! いや、ゴリオがいてくれてホント助かったわ!」


「一向に構わないんだな。力だけが俺の取り柄なんだから」


 そう言って、一緒に笑い声を上げるゴリオ達。

 とても和やかな雰囲気が、自衛団本拠地内に漂う。

 すると。


「……ただいま」


「……お邪魔します」


 本拠地の扉がいきなり開いて、自衛団の一員であるレイラと、その家族であるレイナが落ち込んだ様子で部屋に入ってきた。

 しかも、何やら真っ白い物体を二人して引きずりながら。


「あ、レイラさん。おかえりなんだな」


 椅子から立ち上がりながら、二人に近づくゴリオ。


 レイラより年上のゴリオだが、自衛団の先輩ということもあってレイラを『さん』付で呼んでいた。

 まぁ実際の所は、レイラを自分の手には負えない人物だと本能で感じ取っているからなのであろうが。

 ……体と記憶を吹っ飛ばされたのだ、致し方のないことである。


「? レイラさん。それにレイナちゃん。それは一体何なんだな?」


 二人が引きずってきた白い物体に目を向けて、二人に質問するゴリオ。

 しかし、レイラは不貞腐れた表情でそっぽを向き、レイナは申し訳なさそうな表情で顔を伏せるのみ。

 なにやらおかしいと感じ取ったゴリオは、白い物体に近づいてそれが何なのか確認する事に。


「ん? ……ま、まさか!?」


 まさかと思い、急いで白い物体を仰向けにして抱きかかえるゴリオ。

 そして、白い物体の正体を確信したゴリオは、悲痛な叫び声を上げて、その物体の名前を呼んだ。


「ト、トウヤ君!?」


 ゴリオの命の恩人、いや人生の恩人である親友、トウヤが、何故か真っ白に燃え尽きてそこにいたのである。


「しっかりするんだなトウヤ君!」


 ゴリオはトウヤの体を激しく揺さぶり、目を覚まさせようと必死にトウヤに呼びかける。

 すると、その声に反応したのか、トウヤは意識を覚醒させてうつろな瞳でゴリオを見つめた。


「ゴ、ゴリオ、さん?」


 消え入りそうな声で、ゴリオに話しかけるトウヤ。


「そ、そうなんだなトウヤ君!」


「お、お久しぶりですゴリオさん。お元気そうで、ボク、安心しました……」


「俺の事よりトウヤ君、君の事なんだな! 一体何があったんだな!」


 ゴリオがそうトウヤに質問すると、トウヤは薄く笑いながら一杯一杯の声で、ゴリオに答えた。


「ゴ、ゴリオさん。女性というのは、本当に、ホントーに、怖い生き物なんですね。

 ボクは身を持ってそれを体験し、実感しました。

 ゴリオさん、これがボクからの最後の言葉、です」


 薄れゆく意識の中、トウヤはゴリオの腕を掴み、


「女性には、くれぐれもご用心、を……」


 そう言って、掴んでいたゴリオの腕から手を放し、再び気絶するトウヤ。


「……………………トウヤ君? ト、トウヤ君!? 

 う、うぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 トウヤを抱き上げながら、涙を流して悲痛な叫び声を部屋中に響かせるゴリオ。

 そして、それを本当に申し訳ないといった表情で見つめ、暗い顔をするレイラとレイナ。 

 ついでに、目の前で繰り広げられる展開ついていけず、どうすればいいのかとオタオタする青年。


 ……そんな事を五人がしていると、


「お前ら。一体何をやっとるんだ?」


 つい先ほど部屋に入ってきた自衛団団長・シゲマツが、目の前で繰り広げられている寸劇に対し、そう冷静に突っ込みを入れるのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「全くひどいと思いませんか! ゴリオさん! 

 あれは事故と偶然と、ボクの運の無さが混ざり合って起きた悲劇だというのに!」


 真っ白に燃え尽きた状態から復活したトウヤは、ゴリオに詰め寄りながらそう同意を求めた。


「た、たしかに。それはどうしようも無いことだと、俺も思うんだな」


「でしょ! そうでしょ! 聞きましたかレイラ! それにレイナ!

 ゴリオさんだってそう言ってるんです! それなのにボクはもう後ほんの少しで、昇天してしまうところでしたよ!」


 珍しく怒りを露わにし、二人にそう意見するトウヤに対し、


「だ・か・ら! さっきから御免って、何辺言わすのよ!」


 開き直り、逆切れするレイラと、


「ご、ゴメンねトウヤ! 私、何であんな事したのか……」


 自身が何故あんな行動に出てしまったのか混乱し、後悔しながら涙目で許しを乞うレイナ。

 そんな別々な対応を見せる二人に、トウヤもそれぞれ違った対応で答えた。


「何辺でもです! レイラ! これでもかって程深く頭を下げて、心の底から謝っていただきたい!

 あ、レイナ。ボクはもう気にしてませんから、涙を拭いてください」


 そんなトウヤに対し、当然の如く憤りを感じてさらに頭に血を昇らせるレイラ。


「ちょっとトウヤ! 何でレイナを許してアタシを許さないのよ! 

 それに待遇の差! これは贔屓よ贔屓!」


「何が贔屓ですか! レイナはこうして後悔し、さらに涙を流して謝ってくれてるというのに!

 レイラは逆にボクに怒って、ボクを泣かそうとしてるじゃありませんか!

 それなのに許すとか、例えボクが非力で虚弱で根性無しだとしても、それは絶対にありえません!」


「うぅ~~~~~~~~~!」


 トウヤの頑なな態度に、悔しくて唸り声をあげることしか出来ないレイラ。

 そして、


「…………御免なさい」


 レイラは頭を深々と下げて、トウヤに謝罪した。

 そんな二人の様子を黙って見ていたシゲマツが、横からトウヤに声をかける。


「トウヤくん。まぁその辺で許してあげようじゃないか。

 確かに今回、レイラとレイナちゃんは遣りすぎたかもしれないが……」


「……わかってますよ、団長さん。レイラ、ボクはもう怒ってませんよ。

 だから頭を上げてくださって結構です」


「……ありがと」


 許してくれたトウヤに、口を尖らせながらも感謝するレイラ。

 そんなレイラの様子に苦笑するシゲマツとゴリオ。


「……ホント、素直じゃないんですから。まっ、わかってましたけどね。

 それよりも、お久しぶりです団長さん」


 団長に頭を下げ、挨拶をするトウヤ。


「ああ。ベジル村であって以来か。あの時は本当にありがとう。

 君と、そしてカズマ君のおかげでニアの町は平和を取り戻す事ができた。

 ニアの町の自衛団長も感謝していたよ。本当に君たちに頼んで良かった」


 団長はトウヤに頭を下げ、そう感謝の言葉をトウヤに述べる。

 それに対し、トウヤは慌てた様子で言った。


「だ、団長さん! あ、頭をあげてください!

 ボクは別にそんな感謝されるようなことは!

 ニアの町を救ったのはカズマさん、それとシイカさんという女性の方の御陰で……」


「シイカ! アンタ、さっきもそう言ってたわね! 何者なの!?」


 先程まで落ち込んでいたレイラは、『シイカ』という単語に反応し、再びトウヤに突っかかってくる。


「シ、シイカさんですか? え、えっとですねぇ……」


 ど、どうしましょう。『ボクが召喚した根暗な女性』とは言えませんし。……あらゆる意味で。

 しかし、他にどう言ったらいいのやら。ボクもそこまでシイカさんの事を知っているわけではありませんから……。


 戸惑ったトウヤは、当の本人がいるであろう方向に目を向ける。

 するとトウヤの目に、自身の話題が上がっているにも関わらず、そっぽ向いて小さな本を読んでいるシイカの姿が映し出された。


 ……ほんと、我が道を行く人ですね。カズマさんもそうですが。


 シイカの態度に呆れながら、トウヤは無難な答えを返すことにした。


「シイカさんというのは、トリナの町の件でボクたちに協力してくれた方の名前です。

 女性の方なんですが、とっても強くて、ボクの命を何度も助けてくれたんです。

 つまり、ボクの命の恩人です。シイカさんが居なければ、最低二回は死んでました!

 これはガチです!」


 胸を張って、命が危なかった事を堂々と宣言するトウヤ。

 そんなトウヤに、レイナとレイラは呆れた表情を向けて言った。


「……何で胸を張るのかな? 死にそうだったのに……」


「さぁ? アホトウヤの頭の中なんてわかるわけないでしょ」


「うるっさいですよ! ……まぁとにかくシイカさんは命の恩人!

 そういうことですから、この話はここで終しまいです!」


 これ以上は何を言えばいいかわかりません!

 とにかく話題を変えなければ!


 そう考えたトウヤは、あることを思い出して、シゲマツに顔を向けた。


「あ、そうです。そういえばボクも聞きたいことがあるのを思いついたんですよ、団長さん」


「思いついた?」


 レイラがトウヤの言い方に眉をひそめる。


「あ、いえ違います。『思い付いた』ではなく『思い出した』でした。

 すみません! ボクはアホなので間違ってしました!

 そ、そんな事よりもですね! 山賊達はもう王国の方がお引き取りに?」


 自身を拐い、さらに命を危険に晒した山賊達の事が気になり、そうシゲマツに質問するトウヤ。


「ああ、その件か。お陰様で、全員王国の衛兵が引き取っていった。

 王国に付き次第裁判にかけられ、各々が犯してきた罪に対して罰を受ける事になるだろう」


「そ、そうですか! それは良かった! ……あ」


 安堵から満面の笑みを浮かべるも、ある事を思い出しすぐに気まずい表情になるトウヤ。

 その理由はゴリオにあった。


 ……元とはいえ、山賊たちはゴリオさんにとって同じ釜の飯を食ってきた仲間。

 その元仲間が捕まってしまったんです。複雑な心境なのは間違いありません。


 おそるおそる、ゴリオに顔を向けるトウヤ。

 すると、そんなトウヤの考えを察して、ゴリオはこう告げた。


「トウヤくん。気にしないで欲しいんだな。確かに俺にとってはかつての仲間。

 例え虐められていたとしても、それで彼らを完全には嫌いになれる訳がないし、

 この後どうなってしまうのかという不安もある。

 でも、それをトウヤくんが気に病む必要はないんだな」


 そう言って、トウヤに対し笑みを浮かべるゴリオ。


「……そ、そうですか。すみません、ゴリオさん。余計な心配を……」


「いや、余計だなんて! とっても嬉しい心遣いなんだな!

 ……あ! そうだったんだな!」


 突然椅子から立ち上がり、重い荷物のある方へと向かうゴリオ。

 そして、何やら色々詰まった箱を持ってきて、トウヤ達の前に持ってくる。


「団長。これの事をトウヤくんに聞いた方がいいんだな」


「ん? おお、そうか。実はトウヤくんに聞きたいことがあってな。

 山賊に捕まった時の事なんだが……」


「捕まった時……ですか?」


「ああ、その時、君の隣でもう一人捕まっていた人物がいたはずなんだが。

 トウヤくんはそれが誰だかわかるかい? ゴリオはいたことは知っていたんだが……」


「す、すまんなんだな。

 その人は大変重要な人物らしくて、俺みたいな下っ端には全く情報がこなくて……」


 隣にいた人物? そんなの、一人しかいませんでした。


「ゼノさんですか? 村長の知り合いで、偉そな白い顎鬚を生やしたお調子者の?」


「え!? ゼノさんがいたの!」


「ホント! トウヤ!」


 トウヤの言葉に驚き、椅子から立ち上がる勢いのレイラとレイナ。


 あ、そういえばお二人もゼノさんと知り合いでしたね。


「ええ。先に捕まっていたゼノさんが実は隣の牢屋にいたんです。

 そしてすぐ、どこかに連れて行かれました。

 でも二人とも心配しなくていいと思いますよ? 

 何かゼノさん、自分を捉えるように言った奴らを、

 逆に一網打尽にするとかそんな事言ってましたから」


 言って、シゲマツの方に顔を向けるトウヤ。

 するとトウヤの目に、何やら渋い顔をして唸るシゲマツの姿が。


「そうか、ゼノ殿がいたのか……」


「ええ、……ん? ゼノ『殿』? シゲマツさん、どこかの誰かと勘違いしてるんでじゃないですか?」


 そんな『殿』なんてつけるほど、ご立派な老人ではありませんよ。

 

 自身が会って話した人物を思い出しながら、あれは無い、と断言するトウヤ。


「いや、ムサシ殿の知り合いなのだから間違いない。

 かつて王国の研究室で指揮をとっていたほどの大人物であるゼノ殿が、

 まさか山賊達に捕まっていたとは……」


「『王国』!? 『指揮』!? そんな馬鹿な!?」


 トウヤはゼノが余りにも大人物だったため、驚きの声を上げながら椅子から勢い良く立ち上がった。


「ほ、本当ですか! レイナ、レイラ!」


「そ、そうらしいよ? 村長が言うには……」


「わかるはトウヤ。全然信じられないわよね」


 トウヤの心境を察し、ウンウンと頷く二人。

 しかし、ゼノがそれほどの大人物であることは確かなようで。


 な、なんて事ですか! あんなダメダメ老人が、かつて王国に使えていただなんて!

 この国は、一体どうなってしまうんですか!


「うぬぬぬぬ! ……あ、でも『かつて』はという事は、今はもう違うんですか?」


 すると、トウヤの問いに今度はシゲマツが答えた。


「うむ。今は引退し、趣味の研究で世性を楽しんでいるだとか。

 ……しかしなるほど、これで納得がいったよ。

 トウヤくんがあった人物がゼノ殿であるならば、これは山賊に盗まれたゼノ殿の研究道具。

 謎に満ちた道具が沢山あるので疑問に思っていたんだが……」

「あ! これ、ゼノさんの私物だったんですか!? 

 そういえば、どこかで見たことがあるようなモノがチラホラ」


 箱の中に目を向けて、中身を確認してみるトウヤ。

 そこにはあの夜、ゼノに託されたのと同じ実が多数存在するのが見えた。


 そうやってトウヤが箱の中身を確認していると、


「……トウヤくん。実は君にお願いがあるんだが」


 突然、シゲマツが申し訳なさそうな顔をして、トウヤにそう言ってきた。

 

「え? なんでしょうか?」


「この箱を、ムサシ殿に運んで渡してほしいんだ。

 ゼノ殿の道具なら我々が管理するよりも、ムサシ殿に託した方が良いと思ってな。

 ゼノ殿も親友が持っているのなら、安心するだろう。どうだろうか?」


「はぁ。それなら構いませんが……」


 別に、ボクが預かるわけではありませんし。


「ちょうど馬車で来てるから、それで運ぼうよトウヤ」


「そうですね。それにだいぶここに長居をしてしまいました。

 そろそろ村に戻らなければ」


 トウヤとレイナは同時に椅子から立ち上がり、シゲマツの方へと顔を向ける。


「団長さん、ボクたちはもう帰ります。

 お茶まで出していただき、本当にありがとうございました」


「いやいや、こちらこそありがとう、トウヤくん。

 ……確か、馬車で町まで来たんだったね。

 ゴリオ、すまないが荷物を運んでくれないか」


「了解なんだな。団長!」


 そう言って、重い箱を担ぎ上げ、扉の方へと歩を進めるゴリオ。

 そんなゴリオの後に、レイナが続いて歩き出す。

 トウヤもそれに続こうとし、しかしその前にレイラの方に顔を向けて、


「レイラ! ボクたち帰りますが、お仕事頑張ってくださいね!」


「私の心配をするなんて、百年早いわよトウヤ。

 それよりも、自分の心配をしときなさい!

 また誰かに拐われるなんて事、するんじゃないわよ!」


「しますか! 大体拐われたとしても、それはボクのせいではありません!

 不可抗力と言うものです! そんな余計な、というか不安になるような事言わないでくださいよレイラ! 

 ホントにもう! とにかくさようなら、です!」


 レイラの物言いに対し、トウヤはプンプンと怒りながら外に出ていくのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 そろそろ太陽が西へと沈み始めるかという頃。


 レイナとともに村へと帰ってきたトウヤは、馬車を片付けてすぐに町に向かったレイナと別れた。

 そして重い荷物を抱えながら一人村長宅へと足を踏み入れていた。


「……と、いうわけで。どうぞお受け取りください、村長」


 シゲマツからのお願いをそのまま言い終えて、ゼノの私物を箱をごと村長に渡そうと机に置くトウヤ。

 しかし、


「断る!」


「……へ?」


 村長の『断る』発言に、トウヤは目を点にして呆然とする事に。

 だがすぐに正気を取り戻して、勢い良く村長へと詰め寄った。


「何でですか! ゼノさんの私物なんですよ! 

 親友の私物ぐらい、預かってもいいでしょうが! なのに何で断るんですか!」


「嫌じゃ、断る!」


 頑なに受け取り拒否を申し出る村長に、トウヤは段々とイライラを募らせる。


「断るじゃわかりません! ちゃんと理由を言ってくださいよ、理由を! 

 こんな重い荷物を運んできたボクが、すんごく納得できる理由を!」


 そんなトウヤの言葉に、村長は嫌な顔をしながらも、受け取り拒否の理由を述べる事に。


「理由じゃと! そんなの沢山あり過ぎて仕方がないほどじゃ!

 第一ワシはゼノと親友ではないという事!

 むしろ宿敵と言っても過言ではないかもしれん!」


「え!? 宿敵!?」


 まさかゼノと敵対関係にあるとは思わず、目を丸くして驚くトウヤ。


「でも! ゼノさんに野菜を渡してたでしょうが! それなのに宿敵!?」


「それは奴がこの村の設備や道具、肥料などを開発しているからじゃ。

 報酬として収穫した食料を渡している、ただそれだけよ!」


「え!? この村の道具って、ゼノさんが作ってたんですか! 大丈夫なんですか!」


 いきなり爆発とか、しないですよね!?


「ふん! 奴は性格が捻じ曲がってどうしようもない奴じゃが、モノを作る事に関しては天才!

 問題はないじゃろ。若かりし頃からそうじゃったからな」


「へぇ~、幼馴染ってやつですか」


「まぁ、そんなようなもんじゃ。

 しかし! ワシと奴の間には、そんなちゃちな関係など吹き飛ぶほどの因縁、確執がある!

 何度奴に煮え湯を飲まされてきたことか!」


 体を震わせながら拳で机を思いっきり叩き、怒りをあわらにする村長。 


「い、一体ゼノさんと何があったんですか、村長?」


 普通でない様子の村長に、おっかなびっくり質問をするトウヤ。


「何がじゃと!? それはもう色々じゃ色々!

 例えば、わしと一体一の勝負をする際に、アヤツ何をしたと思う!

 いきなり変な臭い実を投げつけてきたんじゃぞ!


 その猛烈な臭さの性でワシは泡を吹いて気絶し、三日三晩死の淵をさまよったんじゃ!

 あの時の恨み、決して忘れわせんからな、ゼノ!」


「臭い実? もしかして『悪臭の実』ですか?」


「その名前を言うな! あの臭さが脳裏に蘇ってくるわ!」


 しかめっ面をして、苦しそうに鼻を抑え出す村長。

 

「確かに、獣人化能力に目覚めたワシに、真っ向勝負を挑むのは愚の骨頂!

 しかもゼノは、能力的にもトウヤ、お主に近いほどほとんど何も無かった!

 だからこそ頭を使った戦いをしたんじゃろうが……。

 しかし、だからと言って臭さで倒すとか、そんなのは卑怯以外の何者でもないわ!

 正々堂々勝負せぇ!」


「へっ! 確かにそうだぜ!」


 同類の猪発言に対し、隣で聞いていたミニマムカズマが同意した。


「ボクは、それも戦略の内だと思いますがね」


「……真っ向勝負とか。馬鹿じゃないの?」


 そんなカズマと村長に、呆れた表情を向けてトウヤとミニマムシイカが口々にそう言った。


「戦略。まぁそうかもしれん。だが、それだけではないのじゃ!

 あやつめ、何を思うたかワシが先に惚れたアリナに対して、後からアタックしよって!」


「アリナって、ボクのおばあちゃんですか!?」


 惚れてた!? 村長が!? ゼノさんも!?


 村長の突然の告白に、目を白黒させて驚くトウヤ。

 そして、


「何でですか!? やめてくださいよ、気持ち悪い!」


 物凄く嫌な顔をしながら、そう村長にトウヤは言った。


「気持ち悪い!? 何でじゃ!」


「あったりまえでしょ! とても楽しかったおばあちゃんとの思い出が、今の発言で物凄く汚れた気がします!

 というか! よくおばあちゃんはこんな変態二人と一緒にいて、優しさと穏やかさをを維持できたもんです!」


「ええい、やかましい! というか、段々話がそれてきたわい! まぁつまり、ワシが何を言いたいかというと!

 ワシは、ゼノの、私物を、絶対に、受け取らん!」


 そう言って、トウヤから顔を背ける村長。

 

「子供ですか村長! そんな過去のいざこざは一旦置いといてくださいよ!

 というか、荷物ぐらいいいじゃないですか!」


「嫌じゃ! 大体、荷物を預かるなど、そんなのわしじゃなくともいいじゃろ? 

 ……というかトウヤよ、お主が預かれ」


 名案が浮かんだと言わんばかりの表情で、そうトウヤに告げる村長。


「え? ボクですか?」


「そうじゃ! ただ荷物を預かっておくなら、お主でもよかろう」


「う、う~ん……」


 村長の案に、深く考え込むトウヤ。


 ボクがゼノさんの私物を預かる。

 何だかとっても面倒な臭いがプンプンします。

 それに既に預っている物が多数あるので、これ以上は。

 いや、しかし……


 トウヤは右腕に付けられた腕輪を見て、その後袋の方に目を向ける。


 ……なんだがんだ言って、ゼノさんの渡してくれたアイテムの御陰で、今まで助かってきましたからね。 

 ここは恩を返すべき、と思わなくもありません。

 まぁ、その渡されたアイテムで命が危機に瀕したと言えなくもないですが。

 とにかく、今まで起こった事をプラスマイナスで考えると、ややプラス気味だと感じます。

 まぁたかが荷物を預かるぐらい、やっても罰はあたりませんよね。

 それに、今から町に返しにいくのも、ね。渡しますと言ってしまいましたし。


「……わかりました。荷物はボクが預かっておきます。

 子供な村長には、任せておけませんしね」


 そう言って、机に置いていた荷物を持ち上げながら、村長宅を出ていくことにするトウヤ。


 全く! 村長は頑固で子供っぽくて、仕方がありません!

 よくおばあちゃんもこんな村長なんかと……、ん?


 トウヤは足を止め、村長に顔を向けた。


「あの、村長? 一つ聞きたい事があるんですが?」


「ん? 何じゃ?」


「あの、二人ともおばあちゃんに惚れていたと言っていましたが。

 結局別の人と結婚したんですよね、おばあちゃん」


 そうでなければ、今頃村長とゼノさんのどちらかがボクのおじいちゃんになっているはずです。

 それはとってもおぞましく、絶望しても仕方ない状況です!

 しかし、現実にはそうなってはいない。なので……


「二人が争っている間に、他の人に奪われちゃったんですか?」


 ざまぁみろ、といった表情を村長に向けるトウヤ。


「ふん。ちがうわい! わしらが会ったときにはもう子供がいた。

 お前の母、アリサがの。」


「あ、お母さんがもう生まれて、……ん? 余計意味がわからなくなってきました」


 つまり、おばあちゃんはすでに結婚済み? ……って、ちょ!?


「アンタ達お二人とも、人の奥さんに惚れてたんですか!?

 人妻萌えですか!? この変態!」


 トウヤは自身の肉親に対し、そんな変態的行為を行なっていた村長に怒りを露にする。

 しかし、村長はそんなトウヤの言葉に、首を振って否定をした。


「違うわい! すでにお前のおばあさんは夫を亡くしていて、娘と二人っきりじゃった!

 だから人妻萌え、ではないわい!」


「そ、そうですか……」


「しかし、未亡人萌え! であった事は否定はせん! ダァハッハッハッハッ!」


 そう言って、高笑いを始める村長の発言と態度に、ムカッ、ときたトウヤは、

持っていた荷物を一旦地面におき、腰に付けた袋に手を突っ込んで黒い実を三つ取り出した。

 そして、


「……村長」


「ハッハッハッ、ん? 何じゃ?」


「天誅!」


 黒い実を家の中に投げ込み、すぐさま入口のドアを閉めるトウヤ。

 直後、村長宅の中から何かが破裂する音が響き渡る。


「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 こ、これは、ゼノの臭い実の! と、トウヤ! 何故お主がこれを!

 というかなんて事、ぉ、ぉ、ぉ、…………………………ぐふっ」


 家の中に充満した酷い臭さに悶え苦しみ、泡を吹いて気絶する村長。

 そして、これから三日三晩の間、死の淵をさまようことになるのであった。


 そんな村長の様子をドア越しに耳で確認し、地面に置いていた荷物を再びかつぎ上げるトウヤ。

 村長に天誅を食らわせるもまだ怒りは収まらない様で、トウヤの顔には未だ怒りの表情が張り付いていた。


「全く! 何て変態さんなんでしょうか! というか人の肉親を、故人とはいえエロい目で見るな!

 ああ、気持ちワルい! もう行きましょ! カズマさん、シイカさん!」


「おお!」


「……了解」

 

 二人の了承を得たトウヤは、ゼノの私物が入った重たい箱を持って、ブツブツ文句を言いながら自宅へと向かうのであった。


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