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緑と十の育成法   作者: 小市民
第三章 冒険
27/36

第二節 渡す少年

(12/03/10)誤字・脱字修正

「何だか、とても久しぶりに来たような気がしますね」


 馬車の荷台か降りながら、目の前にあるニアの町の門を見上げて、トウヤは感慨深げに言った。


「約一ヶ月ぶりだっけ?」


 レイナがトウヤに続いて門の方まで近づきながら、そうトウヤに質問する。


「ええ、約一ヶ月振り、しかも二回目です。

 ここより遠いトリナの町には、だいぶお世話になったというのに」


「近いのに遠くの町にいたほうが長いなんて、かなり珍しいよね」


「確かに。あ、それよりもボク、レイナに聞きたいことがあったんですよ」


 荷台から赤い薔薇の蕾が生えた植木鉢を持ち上げながら、トウヤはレイナに質問をする。


「? 何?」


「何でボクが手伝う事になったのか、です。

 あ、別に手伝いたくないってわけじゃないんですけど。

 ほら、いつもなら町のお店に花を届けるのって、村の誰かしらがやってたじゃないですか。

 なのに何でかな、と。レイナが運ぶのも見たことありませんし」


 こういうのは、男性陣がやるべき事なのでは?

 それをボクの口から言うな、と言われたおしまいですけどね。


「ほら、そろそろ大切なイベントがあるから。それで忙しいんだよ、村の皆」


「イベント? 何かありましたっけ? お祭りですか?」


 そんなトウヤの質問に、レイナは少し困った顔をして答えた。


「えっと。もしかしてなんだけど、トウヤ知らないの?」


「え? 何をですか?」


 何を知らないのかも全く分からず、疑問符を頭から出して首を傾げざるを得ないトウヤ。

 すると、そんなトウヤの後ろから、トウヤの耳にタコが出来るくらい慣れ親しんだ声が聞こえてきた。


「レイナ! トウヤが知ってるわけないでしょ! 俗世の事には疎いんだから!」


「……会って早々、いきなり酷い物言い。さすがレイラ、と言わざるを得ませんね」


 言いながらトウヤは声のした方向へと振り向く。

 すると、トウヤの視線の先に、見るからに気の強そうな女性が仁王立ちをして、トウヤを睨みつけている姿が。


 その特徴的な濃い緑色の髪をポニーテールにし、凛とした顔立ちをした女性。

 この女性こそ、トウヤのもう一人の幼馴染であり、トウヤの天敵とも言うべき存在、『レイラ』である。

 トウヤから頭ひとつ半も飛び出した身長と健康的でグラマラスなその姿から、レイナ同様誤解されるのだが、歴とした14歳でトウヤと同い年である。


「ふん! 言っとくけど、褒めたって何もあげないんだからね!」


 言いながら、顔を赤くしてそっぽを向くレイラ。

 そんなレイラを呆れた目で見ながら、トウヤは言った。


「褒めてません。どうしてそう、物事をいい方向へと脳内変換出来るのか、不思議で仕方がありません」


「何ですって!」


「御免なさい」


 レイラが怒りで沸騰する前に、潔く頭を下げて謝る、情けないトウヤ。


「ったく! アンタはすぐ調子に乗るんだから! っとそれよりも、アンタたち!」


 レイラはそう言って、いつの間に現れたのかわからない大勢の暑苦しそうな男性達に目で合図を送る。


「任せてくださいレイラさん! レイナさんの為なら例え火の中水の中! 行くぞお前ら!」


「「「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」」」


 むさ苦しい男たちが一斉に雄叫びを上げ、トウヤ達が運んできた花を次々と運び去っていく。

 次々と運ばれていく花たちを、植木鉢を抱えたまま呆然と見つめるしかないトウヤ。

 そして、すぐにお花たちはトウヤの目の前から消えてなくなった。


「……え!? 何ですか!? 一体何事ですか! というか、何ですかあの人たちは!」


 お花が強奪された? でもレイラが命令してましたし。


「あ、あの! お花たちは一体どうなってしまうんですか! まさか食べられちゃうなんて事、ありませんよね!」


 丹精込めて育て上げたお花たちの行く末が気になり、トウヤは慌ててレイラに質問した。


「食べるわけないでしょ! 店まで運んで貰ったのよ。それと、今のはレイナの自称親衛隊よ」


「親衛隊? レイナの?」


「そ! 何か勝手にレイナを祭り上げて、崇拝している変質者達」


「変質者は言い過ぎだよ……」


 レイラの物言いに、苦笑いを浮かべるレイナ。


「何言ってんのよレイナ! あいつらに襲われかけた事があるでしょうが!」


「え!? 本当ですかレイナ!」


 レイナの方にトウヤは慌てて顔を向けた。


「襲われてはいないよ! ちょっと一緒にお茶しようとか、そういう事を言ってただけで……」


「鼻息を荒くしてね! あれはもう完全に変質者! だから教えてやったわけ、アンタ達が誰の家族に手を出しているのかをね」


「ああ、その光景が目を閉じなくても浮かびあがってきます」


 相当大変な目にあった事でしょうね~。


 トウヤは名も知らぬ男たちに同情した。

 そして、同時にある事も理解した。


「……そして、あの人たちはレイラの奴隷になった、と。何と哀れな……」


「奴隷じゃないわよ! 体良く使ってるだけ!」


「それを奴隷と言うんですよ。まったく、どこでも女王様みたいに振舞ってるんですね」


「振舞ってないわよ! それにいいじゃない! あいつら喜んで手伝ってんのよ。レイナの役に立てるからって」


「う~ん。……まぁ、本人達が喜んでるんなら、それでいいんで……、しょうかね?」


 ……まぁ、考えてもしょうがない事です。

 世の中にはマゾという人種がいますし、あの方たちがそれなのだと思っときましょ。


 トウヤは考える事を放棄した。


「……あ、そうです! あんな人たちの事よりも、もっと大切で重要で、世の中の役に立つであろう質問が!」


「……アンタ、何気に酷いわね」


 トウヤの酷い物言いに、口を引き付かせるレイラ。


「イベントですよ! 何かあるんですか?」


「あっ。そういえば言ってなかったわね」


 レイラは、仕方ないな、と言った表情でトウヤの疑問に答える事に。


「今から約三週間後の事なんだけど、この国の王女様が中央地区にあるトラルの街にいらっしゃるのよ。

 その準備をするために東部地方全域が協力して、今大忙しってわけ。ベジル村も含めてね」


「へぇ、王女様が。 ……王女様? ……………………………………王女様!?」


 俗世に疎いトウヤでも、自身の国の王女の事は知っているようで、あまりの大人物来訪の知らせに、絶叫するトウヤ。

 その慌てふためき様は、持っていた植木鉢を落としそうになる程であった。


 ボ、ボク達の住む大陸の王女様と言ったら、一人しかいらっしゃいません!

 アルマ王国国王、レオン三世の一人娘。

 この国で一番可憐と呼び声の高い、リエナ王女!


「な、なななな、何でですか! 何で王女様が! 見窄らしい街何かに!」


「……アンタ、トラルの街の住人に殺されるわよ? 見たことも無いくせに」


「あ、あはははは……」


 トウヤのアホ発言に呆れるレイラ。

 レイナも困った顔をして、乾いた笑い声を上げている。


「いや! 別にそのトラルの街がボロいとか、そういう事を言ってるんではなくてですね!

 立派な王宮に住んでいらっしゃる王家の方たちからすれば、どこの街だって殺風景なはずでしょ!

 ボクから見たらすんごい町であるこのニアの町も! 王女様が拝見なされた肥溜めかと思うやも!」


「……アンタ、ニアの町の住人にも殺されるわよ? というかアタシがボロ雑巾に変えてあげようかしら」


「ひ、比喩だよ比喩! 分かりやすく何かに例えて言ってるだけ! 要は『月とスッポン』だって言いたいんだよ!

 そうだよね!? トウヤ!」


 自身の働いている町の事を肥溜め扱いされ、少しカチンとするレイラ。

 そんなレイラを止めようと、必死にトウヤの発言に対して弁明するレイナ。

 そうこうしている内に、トウヤは段々と冷静さを取り戻してきた様で。


「うぬぬぬぬぬぬ…………、はっ!? し、失礼しました。

 余りの事に大きく取り乱してしまいました。

 御免なさい、街に住む全ての方。本当の肥溜めはボクです。だからどうか殺さないで!」


 トウヤは全ての町に対してそう釈明し、謝罪した。


「ふぅ。……しかし、そんな事が下界では起こっていたんですか」


「下界って何よ。まっ、アンタ今まで引きこもってたから、知らなくても無理ないかもね」


「今年は行こうねトウヤ。すごいんだよ、パレードとか凄く綺麗で……」


 去年の事を思い出しているのか、遠くを見ながらレイナがため息まじりに答える。 


「……今年は、行ってみますかね」


 トウヤはほんの少しだけ興味がわき、レイナ達にそう返答する。

 すると、そんなトウヤの返答に対して、レイラがほんの少しだけ驚いた表情をし、しかし何も言わずにウンウンと頷いた。


「? どうしたんですかね、レイラは」


 レイラの意味不明な行動に、疑問符を頭に浮かべながらレイナに質問するトウヤ。

 すると、レイナはクスクス笑い声を漏らしながら言った。


「私と同じ事思ったんじゃないかな。トウヤが変わったって」


「……ボクがお祭り見に行くのが、そんなに物珍しい事ですか」


 まぁ、言いたいことはわかりますよ? でも、一々反応しないで頂きたいです。


 トウヤは若干不機嫌になりながら、持っていた植木鉢を抱え直した。


 ……植木鉢?


「あ!? ボク、花を渡すの忘れてました! 突然の事だったので……。どうしましょ、持っていかなきゃ!」


「アンタアホね。さっさと渡してきなさいよ」


 先ほどまで感心していたのに、一気に呆れた表情になるレイラ。


「それじゃトウヤ。私は少し自衛団の本拠地に用があるから、届け終わったらそこに来てね」


「あ、はい! すぐに行きますので!」


 トウヤはそう言いながら、急いで町に駆け込んでいくのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ええっと。どこに御花屋さんがあるのやら」


 お花を届けようと入った町の中で、トウヤは道に迷っていた。

 二度目の訪問とはいえ、迷子になるとは全く思っていなかったトウヤは、自身の情けなさに悲しくなって目を潤ませる。


「うぅ……、まさか迷子になるなんて。カズマさん。シイカさん。御花屋さん見当たりませんか?」


「いや、見えねえぞ? つうか道に迷うとか、ガキかお前は!」


「……情けない」


 二人から呆れられ、さらに情けない気持ちで一杯になるトウヤ。

 暗いオーラを身に纏いながら、しばらくオロオロしていると。


「お! あれがそうじゃねぇか!」


「え!? あ! そうです、あれです! カズマさんナイスです!」


 トウヤは満面の笑みを浮かべ、頭に植木鉢を置きながらカズマの指さす方向へと走り出す。

 しかし、突然走り出したら大変危険なわけで。


「キャ!」


「アブッ!」


 ポヨン、という効果音と共に何かに顔を埋め込んで、しかし次の瞬間には後ろに跳ね返って尻餅を付くトウヤ。


「いつつ! あ、慌てすぎました」


 トウヤは痛めたお尻を撫でながら前方に目を向けると、黒いローブを身に纏った人物が一人、目の前に立っていた。

 被ったフードから覗いた造形のように美しく綺麗な顔立ち、そして先ほど聞こえた高い声質からトウヤは即座に女性だと判断する。


「も、申し訳ありません! 前方不注意でぶつかってしまい! おケガはありませんか!」


 急いで立ち上がり、ぶつかった女性に対して頭を下げるトウヤ。

 そんなトウヤの横には、トウヤのアホっぷりに呆れる二人の姿が。


「お前はホント、アホだな」


「……バ~カ」


 うるっさいですよ! 二人共!


 トウヤがそう心の中で二人に文句を言っていると、ぶつかった女性が謝るトウヤに優しく話かけてきた。


「大丈夫、気にしないで。私も前を見ていなかったからお互い様。君も大丈夫? お尻を打ったみたいだけど……」


「あ、はい! どうもお気遣いありがとうございます」


「そんな畏まらないで。……それより、ごめんね」


 申し訳なさそうな表情を浮かべて、何故かそうトウヤに告げる女性。


「え? いや、ボクもぶつかったわけで……」


「その事じゃなくて、その……」


 言って、トウヤの後ろを指差す女性。

 トウヤがその方向に顔を向けると、そこには植木鉢からこぼれ落ちて、土と共に地面に横たわる赤い薔薇の蕾の姿が。


「んな!」


 トウヤは急いで薔薇に駆け寄った。

 そして涙を零しながら土を植木鉢に戻し、薔薇を両手ですくい上げて土に植える。


「この身を犠牲にしてでも守らなければいけないか弱い命を!

 ボクは何て間抜けなんですか!

 許してください! ローザ(おそらく薔薇の名前)!」


「……ごめんね」


 普通だったら花に謝る人物には引くものなのだが、女性はトウヤの悲しそうな表情を見てさらに謝罪を口にした。


「……いいえ、貴方のせいではありません。ボクが調子に乗っていたからこんな事に。

 それに貴方にもぶつかってしまいました。本当にケガはありませんか? 

 ボクは顔からぶつかりましたが、何か柔らかいモノに衝撃を和らげてもらったので、お尻を打った以外は何とも……」


 そこまで言って、トウヤはある事に気がついた。


 ……ボクの身長と、女性の身長。

 衝突の際に二人が向いていた方向。

 そして、ぶつかった時にした音の発生原因。


 全てを考慮し、そこから導き出される結論。

 つまり、こういうことです。


 アホなボク、女性の胸に、顔突っ込む。

 

 ふむ、なるほど……。


「ももも、申し訳ありませんでした!」


 植木鉢を両手で頭の上に持ちあげながら、地面にへばりついて土下座するトウヤ。


「事故だったとはいえ、女性の胸元に顔を突っ込んでしまうとは! とんだ変態野郎ですボクは!」


 突然自身を変態呼ばわりし初めて、逆に困ってしまう女性。


「別に事故だったんだから。それにそれだけで変態なんて……」


「いいえ、変態です! 柔らかいモノとか思った時点で超変態! 

 しかも貴方のような美人の胸に顔を突っ込むなど! 天が許してもボクが許しません!」


 後、レイラとレイナです。

 こんな事が知られたら殺されるどころか生き地獄に!


 自身の悲惨な未来を想像し、尋常じゃないほど震え上がるトウヤ。

 それを見かねて女性は慌てて言った。


「お、大声で胸胸言わないで! 別に気にしてないから!」


「し、しかしですね……」


「う~~~ん。……あ、ならこういうのはどう?」


 女性はこのままでは埒があかないと、トウヤに提案する事に。


「? なんでしょう?」


「それ、私にくれない? それで許してあげる。それでおしまい。ね?」


 笑顔をトウヤに向けながら、薔薇を指さす女性。


「え? し、しかし。これは地面に落とした薔薇ですし……」


「薔薇? それ、薔薇って言うんだ。綺麗ね!」


「へ?」


 薔薇を知らない? 

 結構有名、というか常識的な花だと思っていたのは勘違いだったんでしょうか?

 

「あ、あの。薔薇を知らないんですか?」


 トウヤは女性の言葉に混乱し、失礼だと思いながらも女性にそう質問した。


「うん。私が住んでる所にも花はあるんだけど、こんなに綺麗な『薔薇』っていうのは……」


 言って、薔薇を感慨深げに眺める女性。


「そ、そんな所があるんですか!」


 トウヤはあまりの事に衝撃を受け、そして女性に薔薇を植木鉢事差し出した。


「ど、どうぞこれを! こんな綺麗な花を見たことが無いなんて、あまりに悲しすぎます!

 どうぞ受け取って、そして育ててください! あ、刺には注意してくださいね」


 その後、トウヤは簡単に薔薇の育て方を女性に話し、植木鉢ごと手渡した。


「大切に育ててくださいね! 花と言っても命。大事に大事にお願いしますよ!」


「うん。ありがとう。えっと……」


 急に言葉を途切れさせる女性に、トウヤはそう言えば、と思い、


「ボク、トウヤと言います」


「ありがとう、トウヤ」


 笑顔でトウヤに感謝する女性。

 そんな彼女の笑顔に、トウヤは何だかむず痒い気持ちになった。


 何だかとても喜んでいただけて、とっても嬉しいです。

 いや~、道でぶつかって絆が芽生える、そんな物語みたいな事あるんですね~。

 

 トウヤは右手で頭を掻きながら、頬を朱に染めて照れる。

 すると、そんなトウヤを見て、女性は何かに気付いた。


「あ……」


「え? ど、どうしたんですか?」


 自身を見ながら驚きの表情を見せる女性に、トウヤは戸惑いながら質問を投げかける。

 しかし。


「え、あ、その……。この後、用事があることを思い出して……」


 若干焦った様子を見せながら、トウヤにそう告げる女性。


「な、なんと! そ、それでは急いでその用事を果たさなければ!

 ボク如きのせいで、貴方に無駄な時間を過ごさせてしまうとは! ああボクのアホ!

 どうもすいません! ……えっと?」


 そこで、トウヤは彼女の名前を知らないことに気付く。


 ど、どうしましょう? 彼女の名前を知りませんでした。

 ここは名前を尋ねるのが筋ってもんでしょうが、しかしボクは超変態!

 そんな事をして、果たしていいものなのかどうか……。


 トウヤがそう思い悩みながら、頭を抱えていると。


「ご、ごめんね! 私、もういかなきゃ!」


 そう言って、女性は植木鉢をしっかりと抱え上げて、慌てた様子でトウヤの元を去っていった。


「あ! ……あ~あ、行っちゃいました。まだ名前を聞いていなかったのに……」


 ションボリと肩を落としながら、女性の去った方向を見つめるトウヤ。


 はぁ。折角、ボクの育てたお花を綺麗と言って、さらに感動してくれた貴重なお方と出会えたというのに。

 ボクが変態だったばっかりに、聞きそびれてしまいました。もう、会えないんでしょうか。


 自身の育てた花を褒めてくれた女性に対し、奇妙な喪失感を持ってしまったトウヤ。

 もう一度女性の去った方向を見て、トウヤは大きくため息を吐きながら、ポツリと呟く。

 

「運命の出会いだと思ったんですがね~」


「……へぇ~、運命の出会い、ね」


「……それって、どういうことなのかな?」


「いや~。とても素晴らしい方(※自分の花を綺麗と言ってくれたから)と巡り会えたかと……」


 そこまで言って、トウヤは自身に話しかけてきた聞き覚えのある、しかし恐怖感を最大限に引き出させるような声に気がついた。

 そして、ギギギギ、という効果音が聴こえてきそうな様子で、自身の首を背後へと振り向かせる。

 するとトウヤの目の前に、憤怒という表現すら生温い、大噴火一歩手前のようなオーラを背負ったレイラとレイナの姿が写り込んだ。


「え、ええと。何ですかレイラ、それにレイナも。そんな『私、怒ってます』という雰囲気を醸し出して……」


 しかしそんなトウヤの質問に答える事なく、二人は逆にトウヤに質問する。


「ねぇトウヤ。さっきの女性に何したの?」


「ねぇトウヤ。さっきの女性に何渡したの?」


「え!? え、えっと。そ、それは、あ、あの……」


 二人の目が笑ってない笑顔に、恐怖してうまく言葉を発せられないトウヤ。

 そんなトウヤに変わって、二人はそれぞれ答えた。


「トウヤ。さっきの女性にぶつかったのよね? しかも、あの人の胸に顔を埋めて……」


「トウヤ。さっきの女性に花を渡したんだよね? しかも、赤い薔薇の蕾を……」


「あ、あ、あ……」


 さらにジリジリとトウヤに滲み寄る二人の姿に対し、ついに腰を抜かしてしまうトウヤ。

 そして。


「トウヤ! アンタ何て変態的な事を! 覚悟しなさい! そんなアンタを修正してやるわ!」


 言いながら、林檎すら握り潰すアイアンクローをトウヤの頭に喰らわせるレイラ。

 さらに、


「トウヤ? 私にもそんな事してくれなかったのに、どういう事なの? ねぇ聴いてる?

 ねぇ? ねぇ? ねェねェねェねぇネェねェねぇねェネェねぇネェ…………………」


 トウヤの頬を優しく撫で上げながら、目を見開いて呪詛のごとく言葉を呟き続けるレイナ。


「アイターーーーーーーーーーーー! そしてヒィーーーーーーーーーーーーー!」


 な、何でこんな事に! レイラとレイナのダブル攻撃なんて、隕石が落ちるよりも低確率な事が起きるとは!

 未だかつて、ボクはこれほどの恐怖と痛みを感じた事はぁァアアガガガガガガガガ!


 思考すら出来なくなるほど、頭を握り潰されそうな痛みに悶えるトウヤ。

 このままでは本当に潰された林檎になってしまうと思ったトウヤは、必死になって反論を述べる事に。


「レ、レイラ! 貴方のおっしゃる通りです! 女性の胸に、事故とはいえ顔を埋めるなど、変態以外の何ものでもありません!

 し、しかしですね! その件につきましては、しっかり被害者の女性に謝罪しお許しを頂き、お詫びの花まで差し上げたのです!

 当人同士で決着した事を、今更ほじくり返さないでくださいよ!」


「う!? ま、まぁ。それはそうかも……」


 トウヤの言葉に、レイラは頭を握りしめる力を弱める。


「それとレイナ! 何で花を渡しただけで怒るんですか! あれはお詫びの品なんですから、何も……」


「トウヤ、『花言葉』って知ってる?」


 トウヤの発言を遮り、突然そんな事をトウヤに質問する黒レイナ。


「は、『花言葉』?」


 お花と会話するための言葉ですか?


 疑問符を浮かべるトウヤに対し、レイナは黒い笑みを浮かべながら意味を教えた。


「花はね。それ単体で意味を持ってるの。

 『桜』だったら『純潔』とか『淡白』とか。

 『梅』だったら『高潔』とか『上品』とか。

 それで、『薔薇』はね……」


「……『薔薇』は?」


 嫌な予感がし、トウヤは唾を飲み込みながらレイナに質問した。

 すると、レイナは一度目を伏せ、垂れ下がった薄い緑色の髪の隙間から、大きく見開いた目を覗かせて、言った。


「『愛の告白』『私は貴方を愛している』」


「何ですって!」


 何故かレイナの言葉に反応し、先程よりさらに力を込めて頭を握り出すレイラ。


「アギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 

 レ、レイラ潰れます! 頭が潰れて大変な事、というか死んでしまいます!」


「アンタ! 胸に顔を埋めといて、何愛の告白してんのよ!

 っていうか、アンタ運命って言ってたわね! まさかそんな意味があったなんて!」


「違います! 確かに運命とは言いましたが! というかボクは『花言葉』なんて知りませんでしたから!」


「本当に? 知らなかったの? ふぅん。じゃあ、本当に運命なのかもね? 

 偶然持っていた赤い薔薇を、偶然ぶつかった女性に、偶然渡す。

 アハハハハ。確かに、すごい運命だね」


 狂気に満ちた笑い声を上げるレイナを見て、もうこれは自分では止めようが無いと思ったトウヤは、

いつの間にか周りに集まっていた野次馬達に対し、助けを求める事に。


「だ、誰か! 誰か助けてください! このままではボクの命が!」


 トウヤの必死な救いの言葉に、しかし野次馬達は一斉に明後日の方向を向いて、見てないふりを決め込む。

 レイナとレイラの未だかつて見たことがない姿に、町の住人たちも恐怖で腰が引けているのであった。


「そ、そんな! それならカズマさん! シイカさんでも構いません! ボクを助けてぇぇぇぇぇぇ!」


 周りの野次馬達の反応を見て、今度はカズマとシイカに助けを求めるトウヤ。

 しかし。


「ダァハッハッハッ!」


 腹を抱え、空中で足をバタつかせて笑い転げるだけのカズマ。

 そして、


「……クス。良い気味」


 口元を手で隠しながら嘲笑し、面白いモノを見る目でトウヤを眺めるだけのシイカ。


 ああもう! こういう時だけ仲良く一緒に笑うなんて!

 何て人たちなんでしょ! というか誰もボクを救ってくれないんですか!


 トウヤは最後の希望、と思っていた二人に差し伸ばした手を掴んで貰えず、絶望した。

 しかし、そんなトウヤにさらなる絶望が。


「シイカ!? 誰それ! 女性の名前!? アンタって奴は! 

 村から出るようになったと思ったら、女性と知り合うためだったの!?」


「トウヤ。たくましくなったのはいいけど、女性関係までたくましくなるなんて。

 コレハオシオキガヒツヨウダネ。アハハハハハハハハハハハハハハ」


「違いますーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 ああもう本当に、誰か助けてーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 しかし、トウヤの下に都合良く救世主が会わられることはなく。

 しばらくの間、トウヤの哀れな悲鳴が町全体を覆い尽くすのであった。


時間が掛かった。

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