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緑と十の育成法   作者: 小市民
第二章 討伐
23/36

第十節 護る少年

(12/03/10)誤字・脱字修正

「ひ、酷い。酷すぎます」


 トウヤは町の中を駆け抜けながら、周りを見渡してそう呟いた。

 トウヤの目に写ったのは、『ヤタガラス』の攻撃で破壊された町。


 綺麗に並び建ってた建物はガレキと貸し、所々に生えていた木々は全てへし折られ、地面に倒れ付している。

 さらに町の所々で火のてが上がっており、黒い煙が町全体を包み込む。


「うぅ……。 ボクは何て所に戻ってきてしまったんですか」


 自身の考えなしの行動に、早くも後悔し始めるトウヤ。

 そんなトウヤに、黒い影が近づいてくる。


「君! こんな所で何してるんだ! ここは危険だから、早く逃げるんだ!」


 自衛団と思わしき青年が、トウヤに叫んで避難を促す。


「あ! す、すいません! で、でも、その、あの」


 トウヤは突然の青年の登場に、慌てて言いたいことが言えなくなる。

 そんなトウヤを青年は避難場所へと連れていこうとした、その時。


「うえぇーーーーーーーーん!」


「え!?」


 今度は泣き叫ぶ声が聞こえてきて、トウヤと青年は同時に声のした方に振り向く。

 二人の視線の先には、壊れた建物の近くで泣いている小さい男の子と、

その彼の横で足を痛めたのか倒れ込んでいる女性の姿が。


「た、大変です!」


「くそっ、大丈夫ですか!」


 トウヤ達は、急いで二人のそばへと駆け寄った。


「大丈夫ですか!? 一体どうしたんですか!?」


「す、すみません。足を折ったらしく、歩くことが……」


「謝らないで! さぁ、背を貸しますから、乗ってください!」


 青年はそう言って、腰を落として女性に背を向ける。


「ありがとうございます」


「いえ、自衛団として当然の事です」


 女性を背負いながら立ち上がった青年は、未だに泣いている男の子を諭して、トウヤの方に顔を向ける。


「さぁ! 君も一緒に!」


「あ、あの! 実は、ボクはハトコちゃんを探す為に戻ってきまして!」


「ハトコ? ハトナの妹の?」


「は、はい! ハトコちゃん、避難場所に来てなくて、それで!」


「何だって! くそっ! ということはまだ家にいるのか!?」


「家! ハトコちゃんは家にいるんですか!」


「わからないが、その可能性は高いと思う。まだハトナの家の方は調べられてないから」


「な、何で調べてないんですか! まだ取り残されている人がいるかもしれないのに!」


 トウヤは青年に掴みかかった。


「出来ないんだ! ハトナの家の方には、例の『ヤタガラス』とかいう化け物が暴れていて、下手に近づけば……」


「そ、そんな」


 襟首を掴んでいた腕から力が抜け、呆然と佇むトウヤ。


 あ、あんな化け物がいる場所に、ハトコちゃんは取り残されているというのですか!

 どうしましょう! この自衛団の方は、目の前の親子を逃がさなければなりませんし。

 かと言って、ほかに助けにいける人は!


 そこで、トウヤは塞ぎ込んで頭を抱えた。


 いえ、わかってます。ボクが行けばいいだけの事。そんな事、はじめっから分かっていますよ!

 その為に町に戻ってきた、と思われるんですから、ボクは。

 で、でも……。


 不安にかられ、逃げようと考えるトウヤ。

 しかし、すぐさま頭を左右に激しく振って、両手で顔を叩く。


 しっかりしなさいトウヤ!

 前にもこんな状況になった事がありましたが、しかしどうにか生き延びる事は出来ました!

 ならば、今回もそうなると思いなさい!


 だいたい、こんな事考えている間にも、ハトコちゃんは大変な目に!

 そうです! ボクは別に『ヤタガラス』に戦いを挑むわけではありません!

 ただハトコちゃんを助けて、すぐさま逃げる。ただそれだけの事が出来ないわけがありません! 


 覚悟を決めたトウヤは、真剣な顔をして青年を見る。


「あの、ハトコちゃんがいる家ってどんなのですか! どこにあるんですか!」


「何を……。ま、まさか!」


 青年はトウヤの言いたいことを理解し、驚いた。


「何を! 危険……」


「そんな事言っている暇はありませんよ! お願いします、教えてください。ボクが、ハトコちゃんを助けにいきます!」


 決意の篭った目で青年を見るトウヤ。

 そんなトウヤの目に、青年は溜め息を吐いて、しかし真面目な顔をして言った。


「……町の北側、その中で一番高い建物がそうだ。決して無茶はするなよ、それと絶対に死ぬな。絶対だぞ」


「もちろんです。これ以上無茶なんか出来る度胸はありませんし、死ぬのは絶対に嫌ですから。

 ありがとうございます。行ってきます!」


 トウヤは頭を下げて、すぐさまハトコのいるだろう場所へと走り出した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あ、あれ、ですか!」


 途中何度もくじけそうになりながらも、しかし何とか目的地にたどり着く事が出来たトウヤ。

 息を荒らげて苦しくなりながらも、しかしやっとたどり着いた事に安堵の表情を浮かべる。


「この建物の中にハトコちゃんが!」

 

 目の前の建物を見上げるトウヤ。

 30メートル程の巨大なその建物は酷く傷ついた状態で、しかし何とか建っていた。

 

「こ、こんな所に入って大丈夫なんでしょうか?」


 再び不安に押しつぶされそうになるトウヤ。

 そんな時、背後から大きな破壊音が鳴り響く。

 それに驚き、トウヤはすばやく近くのガレキに身を隠した。


 な、何事ですか!


 トウヤは心臓が飛び跳ねそうになりながらも、爆音の発生場所を凝視する。

 すると、砂埃の中からカズマが飛び出してくるのが、トウヤに見えた。

 さらにその後ろから、剣を構えたハトナの姿も。


「あ! カ……」


 トウヤはカズマに声をかけようとするも、途中であることに気付き、出かかっていた言葉を飲み込む。


 あ、危なかったです。

 あのまま叫んでいたら、『ヤタガラス』がこちらに気づいて攻撃してくるかも知れませんでした!

 そんな事になったら、ボクは瞬殺されてしまいます!


 くそっ! 折角カズマさんが、それにハトナさんもいるのに。

 ハトコちゃんの事を教えれば、あの二人ですぐに救出する事が出来るはず!

 しかし、あの状況ではそれはほとんど不可能です。


 ……でも、この状況はある意味チャンス、と考えてもいいかもしれません。

 『ヤタガラス』がカズマさん達に気を取られている隙に、ささっとハトコちゃんを助ける事が出来るはず。

 そう、そうですとも! だったら!


 トウヤはガレキに隠れつつジリジリと、しかし素早くハトコのいるであろう建物の中に入る。

 そして、


「ハトコちゃん! いますか! いたら返事をしてください!」


 トウヤは大声で呟くという器用なマネをしながら、建物の中を探し始める事に。

 建物の中の明かりは全て消えており、探し歩くには困難な状況。

 しかし、窓から差し込む僅かな明かりを頼りに、トウヤは何とか建物を探索する事が出来た。


 ……その明かりが町を燃やしている炎だというのが、なんとも皮肉ですが。


 しばらくそのまま、一階一階登りながら声を出してハトコを呼び続けるトウヤ。

 しかし、5階程上がってもハトコからの返事はない。

 トウヤは漠然とした不安を感じ始めた。


 まさか、ハトコちゃんはここにはいないんですか?

 まぁあの自衛団の人も、ここにいる可能性が高いというだけでいるとは言ってませんでしたから、それは十分有り得る話。

 でも、それだとするとハトコちゃんは一体どこに?


 トウヤは遂に最上階へと付いてしまった。


 ……まさか、実はボクとすれ違いで避難場所に行ってたとか、そんなわけないですよね。

 というよりも、そんなんだったらボクのこの行動は一体何だったというのか!


「ハトコちゃーーーーーーん!」


「……トウヤくん?」


「ほあちゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 突然横から名前を呼ばれ、奇声を上げてしまうトウヤ。


「な、何ですか!? って、あ! ハトコちゃん!」


 トウヤは扉の影に、座り込んでいるハトコの姿を見つけた。


「よ、良かった! 無事だったんですね!」


 ハトコに駆け寄り、安堵するトウヤ。


「どうしてトウヤく、トウヤおにいちゃんが?」


「言いにくかったら『トウヤくん』でいいですよ。助けにきました、もう大丈夫ですよ!」


「助けに?」


「はい! さあ、すぐにここから逃げましょう! って、どうしたんですか! その足は!」


 ハトコの足から血が出ている事に気付き、慌てるトウヤ。


「ガラスで切ったんですか! 破片が辺りに散らばってますもんね!

 消毒! 消毒しなければ! バイ菌が入って大変な事に!

 あ! でも消毒液がない! なんてこった!」


 トウヤは一人で大パニックに陥っていた。


 どうしましょうどうしましょう! 

 このまま放っておいたら、傷口が化膿して大変な事に!

 ああ、何でボクはこんな時に、薬草とか持って……、あ!


 トウヤは何かに気付き、身に付けていた腰袋に手を突っ込む。


「えっと、あ、ありました! これを使えば!」


 そう言いながら、ハトコの近くにしゃがみこみ、袋から取り出した緑色の実を握って潰し、ハトコの傷口に塗りつける。


「少ししみるかもしれませんが我慢してくださいね!」


「!? う、うん!」


 痛みを我慢しながら、しかし痛みを必死で堪えるハトコ。

 しばらくすると、潰した実を塗った傷口が少しずつ塞がっていく。


「すごい! すごいね、トウヤくん!」


「すごい、すごすぎます!」


「え?」


 治して貰った自分よりも驚愕しているトウヤに、首を傾げて不思議そうにするハトコ。


「あ、いえなんでも」


 まさか、ゼノさんの実がこんなにすごいとは。

 ゼノさん。すんごく見直しましたよ! まだマイナスですけど!


「良し! しかし傷が治ったとはいえ、いきなり歩くのは危険です。ハトコちゃん、背中に乗ってください」


 ハトコはそれに従い、すぐさまトウヤの背に乗る。


「よっこいしょ、っと。さぁ、それではハトコちゃん。すぐさま思いっきり逃げましょう!」


「うん!」


 言って、建物の階段へ向かおうとしたその時。


「カァ!」


「え?」


「キャアァァァァァァァァ!」


 窓の外から『ヤタガラス』が姿を現し、トウヤ達に狙いを定めていた。


「あ、あ、あ……」


 な、何で『ヤタガラス』が! 

 カズマさん達は一体何をやってんですか!


 突然の事に、足が竦んで動けなくなるトウヤ。 

 そんなトウヤに狙いを定め、『ヤタガラス』は壊れた窓からその鋭い嘴をトウヤ達に伸ばしてくる。


「うわ!」


 それに驚いたトウヤはすぐに逃げようとするも、焦って足を滑らせてしまいその場に尻餅を付くはめに。

 だがその御陰で、偶然にも『ヤタガラス』の嘴からギリギリ寄けることができ、トウヤ達の上方数センチの場所を嘴が通過していった。

 そしてその直後、建物内に響きわたる爆音。


 嘴が壁を破壊し、壊れた壁のカケラと砂埃がトウヤ達の周りに飛び散る。


「ゴホッ! た、助かりました。ホントギリギリですけど……。大丈夫ですか、ハトコちゃん!」


「ケホッ! ケホッ! う、うん。大丈夫だよ」


 そんなハトコの言葉にホッとしながら、トウヤは上を見上げる。

 すると、そこには未だに『ヤタガラス』の嘴が存在している様子。

 どうやら、壁に嘴がめり込んで、抜けなくなったようである。


 それにトウヤも気付いて、


「チャ、チャンスです! い、今の内に逃げましょう!」


 すぐさま逃げ出そうと、ハトコを抱えながら立ち上がるトウヤ。

 しかし。


「ィツ~~~~~~~~」


 足に激痛を感じ、再びトウヤは尻餅を付いてしまう。

 そんなトウヤの異常な様子に、慌ててハトコは尋ねてくる。


「ど、どうしたの! トウヤくん!」


「あ、足をどうやらくじいてしまったようで、っ!」


 苦悶の表情を浮かべるトウヤ。


 くそっ! さっき滑った時ですか! 

 どうしてこんな時に、足を痛めてしまうのか!

 これでは逃げ出すことができません!


 トウヤは痛みに耐えながら、再び頭上に目を向ける。


 す、少しずつですが、『ヤタガラス』の嘴が抜け出しているような!

 このままでは第二撃が繰り出され、今度こそ!


 トウヤがそんな事を考えている間にも、少しずつ嘴を壁から抜いていく『ヤタガラス』。


「ハ、ハトコちゃん! ハトコちゃんは先に行っててください! ボクもすぐに!」


「嫌だよ! トウヤくんを置いてけないよ!」


 目を潤ませながら、トウヤの背中に抱きついて一向に離れようとしないハトコ。


 ああもう! そんなに抱きついたら余計に逃げ辛いし立ち辛い!

 で、でもそんな事を小さい子に言ってもしょうがありませんね。

 って! そんな事を言っている場合では!


 トウヤは無い頭を必死に働かせ、この危機をどう乗り越えるか考える。

 

 落ち着けトウヤ。落ち着くのです!

 相手は大きかろうと、結局はカラス!

 恐る事はありません!


 ……前、普通のカラスに負けましたが、それは置いといて!

 ! そ、そうだ! ゼノさん! ゼノさんの『悪臭の実』を使えば!

 あのオルトロスにも効いたんです! このカラスにだって!


 そう考えた直後、トウヤは腰袋へと右手を突っ込む。

 そして、黒い実を取り出して、だがそこで再度一考する。


 ま、待ってください! カラスって、確か臭いのは効かなかったような?

 そうです、そうでした! じゃあ、『悪臭の実』は使えない!?


「ゼノさんのアホ! 何が最高傑作ですか! とんだ欠陥品ですよ!」


 ここにいないゼノに、罵声をあげざるを得ないトウヤ。

 そんな事をしている間に、『ヤタガラス』の嘴はほとんど抜けかかっている状態に。


「何か! 何か他には!」


 トウヤは袋の中から大量の実を手一杯に握り、取り出した。

 『応答の実』、『生薬の実』、『蛍光の実』、そして……。


「あ! これなら! というか、もうこれしかないです!」


 トウヤは、それを力強く握り占める。

 と、同時に壁から嘴を抜き取る『ヤタガラス』。

 その際、ほんの少し開いてみせる口。


 ここです!


 トウヤはその口の中に向かって、最後の実『激辛の実』投げ入れた。

 口の中にそれが入った直後、締まる口。

 そして何かの破裂する音が、『ヤタガラス』の口の中から聞こえてきた。


「………………」


 少しの間、微動だにしなくなる『ヤタガラス』。

 が、 


「ガアァァァァァァァァァァァァ!」


 口の中に広がった辛さに、今まで以上に激しく大暴れをし始めた。


「何でですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 『ヤタガラス』が暴れ出したことで、壊れかけていた建物はさらに崩壊をはじめ、トウヤ達の周りはさらに危険な状態に。


「こ、こんなはずでは! 本当なら今ので『ヤタガラス』が窓から離れ、遠い所へ飛んでいってボクたち安全、かと思っていたのに!

 む、むしろ状況は悪化して! た、助けてーーーーーー!」


 無様に助けを求めて泣き叫ぶトウヤ。

 しかし、それに答えるものがいるはずもなく、さらなる不幸が二人に襲いかかる。


「ガアァァァァァァァァァァァァ」


 『ヤタガラス』の大暴れはさらに激しさを増し、翼を激しく羽ばたかせ初める。

 その激しい羽ばたきにより、トウヤ達の居る場所は乱気流のごとく暴風が吹き荒れる事に。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 その激しい暴風に巻き込まれ、二人は吹き飛ばされて空中へ浮かび上がる。

 そして、建物の壊れた場所から外に投げ出されてしまう。


「んな!?」


 いきなり夜空に放り投げられるという事態に、トウヤは驚愕するが為すすべもなく。

 一瞬、浮遊感が二人の体を包んだ後、しかしすぐに地上へと落下していくトウヤとハトコ。


 高速で地面へと落ちていく二人の顔に、冷たい風が叩きつけられる。

 そして落下開始からほんの一瞬後、二人の視界に勢い良く迫ってくる大地の姿が。


「ヒィ!」


 目の前に迫った地面に恐怖し、トウヤは目を瞑る。

 そして。


「…………………………………………………………………………?」


 いつまで経っても落下の衝撃が来ない事に、トウヤは違和感を覚えた。

 また、先ほどから浮遊感のようなものが自身の体を包み込んでいる事にも動揺し、困惑する。

 そんな絶賛大混乱中のさなか、


「……チッ」


 不機嫌さを『これでもか』と表現した大きな舌打ちが、トウヤの耳に何故か聞こえてきた。


「……へ?」


 その舌打ちに閉じていた目蓋を開き、音がした方向に目を向けるトウヤ。

 するとそこには、


「シ、シイカさん!」


 杖をトウヤに向けながら、不機嫌さ全開の顔をしたシイカが、トウヤの目の前に立っていたのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「???」


 今、自身の周りで起こっている様々な事に対して、トウヤは大いに混乱した。

 

 第一に、何故シイカがここにいるのかという事。

 第二に、何故自分は空中に浮いているのかという事。

 そして最後に……。


「何で舌打ち?」


 ここは普通、『良かった!』とか『大丈夫?』とか、そういうことを言う場面なのでは?

 というか、この空中に浮いてるのはシイカさんのおかげ?

 ってことは助けてくれたのはシイカさん?


 ふむ、なるほどなるほど。

 ……なら尚更なんで舌打ち?


 段々と事態を把握していっているのに、何故か混乱も増すトウヤ。


 すると、舌打ち以外言葉を発しなかったシイカが、突然こう言った。


「……限界」


「え? へブ!」


 『何がですか?』と聞く暇もなく、突然自身の顔面を襲った衝撃と痛みに、悶絶するトウヤ。


「だ、大丈夫? トウヤくん?」


「だ、大丈夫です。命の方は。顔の方は痛くて仕方がありません」


 ハトコの優しい気遣いに答えつつ、トウヤは顔を摩りながら身を起こす。

 そして、


「いっきなり! 何するんですか、シイカさん!

 今のは何ですか! 一体何が! ボクは空中に!? 

 というよりも何故シイカさんがここへ!?

 あ、それよりも!」


 トウヤは一歩シイカから身を引いて、


「どうもありがとうございました!」


 トウヤは座りながらシイカに向けて深く頭を下げた。


「おかげで命が助かりました! もう本当に死ぬのかと! 

 さらにハトコちゃんまで助けて頂き!もう本当に……」


「……煩い。黙れ」


「ピギャ!」


 感謝の言葉を告げているトウヤに対し、何故か電撃を浴びせて黙らせるシイカ。

 そんな彼女の顔は、苦々しい顔をしながらも、少しだけ頬が赤くなっていた。


「……唯の気の迷い。単なる気まぐれ。感謝しないで」


「な、ならそう言うだけでいいでしょ。何故電撃を浴びせる必要が……」


 痺れて若干痙攣しながらも、そんな疑問を口にするトウヤ。

 そんな中、こちらに近づいてくる人影が二つ。


「ハトコ!」


「あ! おねえちゃん!」


「トウヤ、お前何でこんな所に! ゲッ! 何で根暗女までここに!」


「……黙れ脳筋」


 片や、感動の再会に、仲良く抱擁を交わす愛しき姉妹。

 その姿に、感動して涙を流す者もいることだろう。


 片や、すぐにでも戦闘勃発の気配をぷんぷん匂わせ、激しく睨み合う脳筋男と根暗女。

 その姿に、恐怖して涙を流すどころか、漏らしてしまうものもいることだろう。


「……ここまで真逆の光景を、まさか同時に見る事になるなんて思いもしませんでしたよ」


 トウヤは呆れた。後者の二人に対して。


「……って! そんな悠長な事をしている場合では! 『ヤタガラス』はどこに!」


 慌てて辺りを見回すトウヤ。

 そんなトウヤに、カズマが頭を掻きながら言った。


「あのアホ鳥なら何か苦しんでるみたいでよ。上空で口を開けて飛び回ってやがるぜ。意味わかんねぇよ」


「……あ、そうでしたか」


 そのワケを理解しているトウヤは、しかしあまりにもアホらしい理由だったので黙っている事にした。

 二人がそんな会話をしていると、


「ト、トウヤ君! ありがとうございます! 事情はハトコに聞きました!

 私の勝手なお願いを叶えてくれるどころか、ハトコを助けてくれるなんて!

 ありがとう! 本当にありがとう!」


 涙を流してトウヤを抱きしめるハトナ。


「そ、そんな! 大げさ、ではないですけど。ちょ、恥ずかしいです! ハトナさん!」


 ハトナに抱きつかれ、顔を赤くするトウヤ。


「そ、それよりハトコちゃんを早く逃がさなければ!」


「そ、そうでした! すみません、取り乱して。ハトコ、それにトウヤくんも早く逃げてください!」


「わかりましッ!」


 そう言ってトウヤは立ち上がろうとするも、捻っった右足に激痛がはしり、顔を歪ませてその場に崩れ落ちてしまう。


「ト、トウヤ君!?」


「そうだトウヤくん、足を!」


「おい! 大丈夫か!」


「…………」


 倒れたトウヤに慌てて駆け寄る三人。

 シイカはその場を動かず、しかし視線はトウヤの顔に向けている。


「うぅ……。い、痛いです。さっきよりさらに痛みが激しく」


「こりゃひでぇ。真っ赤に腫れ上がってるぜ。ヒビとか入ってねぇだろうけど、これじゃ歩けねぇぞ」


 カズマはトウヤの右足を見て、そう診断する。


「わ、私の、せいで、トウヤくんが! グスッ!」


 トウヤの様子に、ハトコは涙をポロポロと零す。

 そんなハトコの様子に、青い顔をしながらトウヤはいった。


「ハ、ハトコちゃんのせいではありません。これは自身の運動神経の無さが招いた結果。

 泣かないでください。というよりも、この怪我があったから一度助かってるので、ボクも複雑な気持ちです」


 何とも遣る瀬無い表情を浮かべるトウヤ。


「そ、それよりもハトナさん、ハトコちゃんを早く逃がさなければ!

 またいつ『ヤタガラス』が襲い掛かってくるか、わかりませんよ!」


「し、しかし、トウヤくんは! それに、私には討伐という任務が!」


「ハトナさんはアホですか! 自衛団は町の住人を護る事が一番の目的でしょ!

 討伐というのは最も簡単に住人を護る手段であって、ハトコちゃんを放っておく理由にはなりません!

 それに家族を護るのは任務より重要です! さっさと逃げて! ボクもカズマさんに連れてってもらいますから!」


「トウヤ君……」


 トウヤの言葉に、ハッとして顔を伏せるハトナ。

 しかしすぐに顔上げて、


「トウヤ君。ありがとう。私が馬鹿でした。ハトコは私が逃がします!」


 そう言いながら、ハトコを背負うハトナ。

 そして、


「トウヤくんもすぐに来てくださいね!」


 そう告げるとトウヤ達に背を向けて、ハトナはハトコとともに、町の入口に向かっていくのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ハトナ達の姿が完全に見えなくなった事を確認したトウヤは、すぐにカズマの方へと顔を向けた。


「さぁ! 逃げましょう!」


「断る!」


「へ?」


 まさかカズマが断るとは思わず、目を点にして唖然とするトウヤ。

 しかしすぐに気を取り直して、カズマに噛み付いた。


「何でですか! どうしてですか! アホなんですか! そうなんですね!」


「うっせぇ! まだ決着が付いてねぇんだよ!」


 そう言いながら、『ヤタガラス』に対して指を差し向けるカズマ。


「アホーーーーーーーーーーー!

 決着付けるよりも大事な事があるでしょうが!

 命とか! こっちはけが人なんですよ!」


「巫山戯んな!

 決着つけるよりも大事な事があるか! こっちは負け続けてるんだぞ! 

 あの鳥女はすぐ逃げやがって! あのアホ鳥をボコボコにしないとやってられるか!」


「あのね! って、クロエさんは逃げたんですか! あんだけ復讐するとか言っときながら!」


 まさか既にクロエがいなくなっているとは思わず、カズマへの罵声を止めて驚きの表情を浮かべるトウヤ。

 そんな二人の様子に、今まで黙っていたシイカが答えた。


「……まだ身体が満足に動かないから、逃げたんじゃないの?」


「な、なるほど! 安全に安全を重ねるために、逃げに徹したんですね!

 なんて頭の良い……」


 トウヤはクロエの逃げの姿勢に、敵ながら感心してしまう。


「トウヤ! あの鳥女を褒めてんじゃねぇよ!」


「褒めてませんよ! 感心してるんです! ボクも彼女程引き際がよかったら、こんな事には……」


 怪我をする事も無かったですし、こんな危険な場所に取り残されることもなかった。


 トウヤはガックリと頭を落とす。

 そんな事をしていると、口の辛さが収まったのか、『ヤタガラス』がトウヤ達に狙いを定め、遠くから飛びかかってくる姿が。


「ちっ! トウヤ! 逃げてる暇はねぇ! 俺は行くぜ!」


 再び『ヤタガラス』に突進しようとするカズマ。

 しかし、


「皆、掛かれぇ!」


 トリナの町の自衛団団長が、自衛団の面々に向かって突撃の合図を放った。

 それと同時に『ヤタガラス』へ襲いかかる自衛団達。

 どうやら『ヤタガラス』が上空で回復を計っている間に、自衛団たちも戦えるまでには回復した様子。


「カァァァァァァァ!」


 『ヤタガラス』は押し寄せてくる自衛団達に目標を変え、方向転換をした。

 それを見ていたトウヤは、カズマの背中に向かっていった。


「チャンスです! 今のうちに逃げましょう!」


「断る!」


「どうしてそう、聞き分けがないんですか!

 そんなに戦いが大好きなんですか!

 というかカズマさん! 

 何でまだあの鳥を倒せてないのか、逆に質問したいですよ!

 お強いくせに! また『オルトロス』の時みたいに苦戦してたんですか!」


「うっせ! 力が出ねぇからやりにくいんだよ! しょうがねぇだろ!」


「力? ……あ!? 『クロックレイズ』!」


 トウヤは、ここで初めて致命的な問題点に気がついた。


「そうでした! 今は『クロックレイズ』中! シイカさんも!

 ああもう! そんな事に気がつかなかったなんて、本当にボクのアホ!

 カズマさん! 気がついてたんなら、なんでボクが避難場所に行く前に言ってくれなかったんですか!

 ボクはすぐにでもカズマさんが倒すのかと! 今回は自衛団の人たちもいましたから!

 もしかして、また面白そうだからって、いの一番に突っ込んだんじゃないでしょうね!」


「うっせ! で、どうすんだよ! あの女共に任せてくださいっていったんだ! どうにかしろ!」


 カズマはトウヤに全てを丸投げした。


「図星ですか! まったく! 

 どうしても戦うというんですね! ボクを逃がしてはくれないと!

 わかりましたよ! 『ヤタガラス』と戦うことを認めます! 

 カズマさん! ボクがこんな覚悟を決めたんだから、貴方も『ヤタガラス』を絶対倒してくださいよ!

 お願いしますよ!」


 いくら言っても、どうせ自分の言う通りには動かないと悟ったトウヤ。

 嫌嫌ながらもカズマの意見に同意する事に。


「それでは『レイズ』で一気に! ……って、あーーーーーーーーー!?」


 トウヤは言って、それに気がついた。

 既にカズマとシイカ、二人とも『クロックレイズ』で召喚中。

 そんな状況で、果たして『レイズ』を唱える事ができるのか。


 焦りながらトウヤは腰袋に手を突っ込み、『樹肉の実』を取り出す。

 そして、



「来い! カズマ!」


 カズマを呼び寄せるも、しかし実は何の反応も示さない。


 何てことですか! これではシイカさんでやっても同様の事が起こることでしょう!

 ああ、ボクは何で『クロックレイズ』で召喚なんかを!


 トウヤは『クロックレイズ』で二人と話し合おうとし、しかしそれが無意味であった事を思い出す。


 何て事ですか! ボクの馬鹿な考えがこんな所にまで影響を及ぼすなんて!


「ああもう! なんでこんな事に!」


 頭を抱え、少し前の自分自身の首を絞め殺したくなりながら、しかしトウヤの頭に閃きがはしった。


 ま、待ってください! 『クロックレイズ』で召喚したのはいつでしたっけ!


「あ、あの! 召喚された時間を覚えてませんか!」


「ぁん? そんなの知るか!」


「カズマさんには聞いてません! シイカさん!」


「何だと!」


「……何で?」


 トウヤは突っかかってきたカズマを無視して、シイカの疑問に答える。


「『クロックレイズ』は10時間でその効力が消えます! つまり……」


「……そういうこと」


 トウヤが全てを言い切る前に、シイカは全てを納得した。


「……時計を少し見た。確か5時45分頃。秒針までは見てない」


「いえ! ありがとうございます!」


 トウヤは急いで懐中時計を出して、時刻を確認する。


 3時、34分23秒!


「天はボクを見捨ててませんでした!」


 トウヤは天に向かって感謝した。


「お二人とも聞いてください! 後十分程で『クロックレイズ』が解除されます! 

 そしたら即『レイズ』で召喚する事が出来ます!

 10分間は自衛団の方たちだけで頑張って貰わないといけないのが問題ですが……」


 しかし、それしかもう道は無かった。


「よし! なら後は任せな! 元の状態ならあんなアホ鳥、俺一人で……」


「え、ちょ、ちょっと何言ってんですか! シイカさんと二人でですね!」


「何、巫山戯んな!?」


 トウヤの提案に対し、激怒して頭の血管が浮き上がるカズマ。


「なんでですか! こんな大変な時に、好き嫌いを言ってる場合ではありませんよ!」


 こんな時にまで喧嘩するなってんですよ!


「別に俺だけで良いだろうが!」


「カズマさん! 前回の『オルトロス』の時、一人で戦って大苦戦だったじゃないですか! もう忘れたんですか!」


 そのせいで死にそうな目にあった事を、トウヤはしっかりと覚えていた。


「あの『ヤタガラス』も同じぐらいだと考えるのは当然です! なのでシイカさんと一緒に……」


「……断る」


 今度はシイカが、トウヤの提案に拒絶の態度を取る。


「シイカさん! 何で!」


「……どうして私がそんな事しなきゃいけないの? 私を巻き込むな」


 絶対零度の視線をトウヤに向けて、容赦なくトウヤの提案を切るシイカ。

 そんなシイカに、しかしトウヤは諦めず。


「た、確かにおっしゃる通りです。しかし、このままでは町の人たちが、それにボクの命も!」


「……関係ない。赤の他人の事なんて知った事じゃない」


「うぐっ!」


 シイカの言葉に、呻くことしか出来ないトウヤ。


「おいトウヤ! いいじゃねえかよこんな根暗女なんかよ!

 どうせ足手纏いになるだけなんだからよ! だから……」


「……足手纏い? それはお前だ、脳筋」


 カチンと来たのか、カズマをものすごい目でで睨みつけるシイカ。


「誰が脳筋、つうか俺が足手纏いだと! 巫山戯んな!」


「……巫山戯てない。事実でしょ。あのクロエって女に翻弄されて、倒せなかった男が足手纏い以外の何なの」


「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 事実なだけに、うめき声を上げることしか出来ないカズマ。

 そんなカズマに、シイカはさらに追い打ちをかける。


「……それに『オルトロス』というのにも苦戦したんでしょ? その筋肉は見掛け倒し?」


 そう言って、口元を隠しながらクスクスとあざ笑うシイカ。

 そんな態度を取られ、カズマが黙っていられるはずも無く。


「んがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


「ちょ、ちょっとカズマさん、落ち着いて! こんな時に喧嘩はしないでくださいよ! ほら、もう少しで時間が!」


 トウヤが時計を確認すると、『クロックレイズ』終了まで残り約六分。

 その時、雄叫びを上げていたカズマがシイカに指を向けて言った。


「おい、根暗女! 勝負だ!」


「はぁ!?」


 いきなり何を言ってんですか! この脳筋さんは!


「どっちが奴を先に倒せるか勝負しろってんだ! あれだけ言ったんだ! まさか逃げねぇよな!」


「……ホント脳筋。馬鹿じゃないの」


「そ、そうですよ! こんな状況で勝負だなんて! 不謹慎にも程がありますよ、カズマさん!」


 そう告げるトウヤだったが、しかし二人の耳にはその声が届かなかったようで。

 燃え上がるカズマに対し、冷たい視線を向けてさらにシイカは言った。


「……アホらしい。そんな馬鹿な事に付き合うわけないでしょ。やらなくても結果が見えてるのに」


「逃げんのか! この口だけ女! 負けんのが怖いのか! この軟弱女! 

 おい、こっちに顔向けろ! 無視してんじゃねぇよ!」


 これほどカズマの暴言に晒されても、柳に風の対応で無視し続けるシイカ。

 とことんまで無視されたカズマは、さらにシイカに暴言を浴びせる。


「この根暗女! 何が結果は見えているだ! 直接やってもいねぇのに、そんな事わかんねぇだろうが!

 それとも何か! 自分が思った通りになるって断言出来んのか! 出来るわけねぇだろ!

 そうやって頭でしか物事考えてねぇやつが、本番で失敗するんだよ!」


「!!!!!!」


 カズマの言葉に、何故か突然表情を曇らせるシイカ。

 唇を思い切り噛み締めて、口から血が滴り落ちるのをトウヤは見逃さなかった。

 不味いと思い、トウヤはカズマとシイカの会話に割って入る事に。


「もう良いでしょカズマさん! 言い過ぎですよ! 子供ですか貴方は!

 シイカさんの事はもういいです! ボクの勝手な作戦で彼女を巻き込むのは、やっぱり間違っていました!

 カズマさん! 貴方の言うとおりにしましょう! もしかしたら、カズマさん一人でかたがつくかも!」


「『かも』じゃねぇ! つくんだよ!」


「わかりましたわかりました! えっと時間は、残り約3分! そろそろ準備を……」


「……わかった」


 トウヤの言葉を遮って、シイカが小さく、しかしはっきりと言葉を発した。


「え? な、何がですか?」


「……脳筋の言う勝負を受ける。そして、私の方が勝っていると証明する。文句ある?」


 今まで以上に冷め切った、しかし有無を言わせない程迫力の篭った視線に、トウヤはコクコク頷くことしかできなかった。

 シイカはトウヤから視線を外し、カズマを睨みつける。


「……止めを指した方が勝ち。それでいい?」


「ったりめぇだ! 俺が勝つ!」


 二人の間を火花が飛び散る。


 そんな二人を見ながら、トウヤは頭を抱えた。

 

 何て事ですか! こんな状況で勝負!? 不謹慎すぎます!

 この町の人間が、どれほど困り、悲しんでいるか、見なくてもわかるでしょうが!

 それなのにこの二人は!


 あまりにも倫理観から外れた二人の態度に、苛立つトウヤ。

 しかし、こうとも考えられた。


 ……でも、結果的には二人一緒に闘う訳で。

 まぁ協力はしないでしょうが、それでも一人よりは……。

 いえ、むしろ悪化するかも。

 ああ! でもこの勝負を止めてカズマさん一人で戦わせるのも!


 そんな事をしている間に、『クロックレイズ』解除まで残り約1分。

 トウヤが前方を確認すると、自衛団の面々が『ヤタガラス』に押されている様子が見えた。

 このままでは、いつあの中から死人が出てしまう事か。


 くっ! ……もう仕方がありません!

 こうなったら、この状況で召喚して『ヤタガラス』を倒しましょう!

 この2人だって、勝負とか不謹慎なことを言ってるんです!

 それならボクも、このまま二人を利用させてもらっても罰は当たらないはず!

 というかもう時間がありません! 天よ! どうかボクに祝福を!


トウヤは地面に座りながら袋に手を突っ込み、二つの『樹肉の実』を取り出して右手に握りこむ。

 それと同時に、時刻は三時四十五分を指す。

 が、まだ二人の召喚は解ける気配を見せない。


 くそっ! やっぱり0秒丁度なんて、うまい話はありませんか!

 

 秒針はさらに進んでいく。


 15秒、16秒、17秒。


 早く、早く、早く、早く!


 秒針の動きがゆっくりに感じられ、焦りを見せるトウヤ。

 

 秒針は30秒を指す。

 それと同時に。


「来ました!」


 『クロックレイズ』が解除され、消失時間へと移行する二人。


 残りは、8秒! 7! 6! 5! 4!


 3!


 2!!


 1!!!


「来い! カズマ! シイカ!」


 消失時間終了と共に叫ぶトウヤ。

 その瞬間、もっていた実は赤と青にそれぞれ輝き出す。

 そして、


「『レイズ』!」


 トウヤがそう呪文を唱えた瞬間、『ヤタガラス』の運命は決まったのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 始まりの合図は、突如鳴り響いた1つの雷鳴だった。


「……『放電』」


 シイカがそう言い放つと同時に、杖先にたまっていた青い雷は空を裂いて『ヤタガラス』に降り注ぐ。

 『ヤタガラス』はその攻撃で体を痺れさせてよろめくも、その巨体ならではの生命力で、すかさずその場を飛び去り上空へと逃げ出した。


 しかし、


「喰らえ!」


 真横から弾丸のごとく飛び込んできたカズマの跳び蹴りに吹き飛ばされて、『ヤタガラス』は勢い良く建物に突っ込んでしまう。

 『ヤタガラス』と建物の衝突で、辺りに激しい破壊音と砂埃が舞った。

 その砂埃のせいで視界を遮られ、『ヤタガラス』の姿は見えなくなる。


 だがすぐに、その砂埃は払われる事となった。

 『ヤタガラス』を吹き飛ばして地面に着地してすぐ、カズマは構えを取って、


「覇ッ!」


右拳を空に放つ。

 直後発生する嵐の如き衝撃波に、砂埃と『ヤタガラス』は吹き飛ばされる事に。


「カァ!」


 カズマから放たれた嵐のような衝撃に、体を宙に投げ出された『ヤタガラス』はすぐさま態勢を整えようとする。

 しかしそうしようとした瞬間、


「……『射出』」


 夜空に浮かんでいた先の鋭く尖った氷柱が多数、勢い良く『ヤタガラス』に向かって放たれる。

 そして直撃。

 その鋭い切っ先により硬い羽毛は切り裂かれ、血をまき散らしながら地上に落ちていく『ヤタガラス』。


 そのまま地面に激突すると思った瞬間、しかし地上で待ち伏せをしていたカズマが構えを取っていて、その拳を『ヤタガラス』に向けて勢い良く振り上げた。


「覇ッ!」


 振り上げられた拳がヤタガラスに直撃し、その巨体を勢い良く上空へと再び吹き飛ばす。

 しかし吹き飛んだその先にシイカの姿があり、このままでは『ヤタガラス』の巨体がぶつかってしまう事に。

 だが、シイカはそれに焦る事なく冷静に呟いた。


「……『凝縮』」


 シイカの目の前に大量の水が突如姿を現して、勢い良く吹き飛んでくる『ヤタガラス』の巨体を包み込み、受け止める。

 そして、


「……『圧縮』」


 その言葉と同時に、『ヤタガラス』を包み込んでいた水はシイカの目の前に集まり、一つの巨大な水の塊を作り出す。

 さらにその水の塊は、その大きさを段々と小さくさせていき、やがて人間の頭一つ分の大きさになった。

 『ヤタガラス』の方はというと、吹き飛ばされた勢いを殺されて一瞬、空中に停止するも、しかしすぐに地上へと自然落下し始める事に。


 シイカは杖と圧縮した水の塊を、落下する『ヤタガラス』に向け、狙いを定める。

 そして、


「……『放出』」


 圧縮された水の塊から、勢い良く放たれる一筋の青い線。

 極限まで圧縮された水は、その圧力を速度に変えて、『ヤタガラス』に襲いかかる。

 一筋の青い線はやすやすと『ヤタガラス』の体を貫き、そしてさらにカズマの方へと向かっていく事に。


 カズマはそれを確認して僅かに舌打ちをし、しかし首を傾けるだけで水の線を回避した。

 

 カズマとシイカ。

 二人の間に『協力』という文字はまるで無かった。

 あるのはどちらが先に『ヤタガラス』を倒せるかどうか、それのみである。


 だから二人は、互いを味方ではなく敵と認識し、『ヤタガラス』以上に警戒する。

 ゆえに二人は、自身の方に攻撃が来ても驚かず、むしろ当然だと思って対処する。


 二人にとって、『敵』の『敵』は『宿敵』で『怨敵』だった。


 苦痛の声すら上げることが出来ず、『ヤタガラス』は地面に落下し続ける。

 その姿を見た二人は、止めを差そうと同時に動き出す。


「覇ァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!」


 拳を構え、全ての力を込めるが如く声を上げるカズマ。


「……『電離』『蓄電』」


 杖を掲げ、その先端から青い雷を激しく発生させるシイカ。


 一瞬の間、しかし次の瞬間。


「覇ッ!」


 地上から放たれる赤い衝撃。


「……『放電』!」


 空中から放たれる青い稲妻。


 両者の攻撃は、全く同時に『ヤタガラス』へと直撃する。

 瞬間、辺りに響きわたる爆音。

 そして視界を潰すほどの輝きを放つ閃光。


 その音と光は、遠くに避難していたトリナの町の人間にも確認される程のものだった。


 その後、しばらくの間静寂が辺りを包み込む。

 二人の戦闘を唖然として眺めていた自衛団の面々は、塞いでいた目と耳を少しずつ開き、目の前の光景に驚愕した。

 

 そこには、『ヤタガラス』がいた。

 あの自分たちが苦戦し、町を滅茶苦茶にした張本人が、地面に横たわっていた。

 その姿は黒い体を更に黒く焦がし、傷が付いていない場所を探す方が難しい程に傷ついていた。

 

 『ヤタガラス』は、二人の攻撃によって目をむき出しにして絶命していたのである。


 そんな光景を、トウヤは自衛団と同様に離れた場所で地面に座り込みながら確認していた。

 そんな彼の口は限界まで開けており、足の痛みすら忘れてしまうほどに呆然自失となっている様子。

 だが何かに気付いたトウヤはすぐさま正気に戻り、懐中時計を確認して、再び固まって動けなくなる。


『レイズ』で召喚してから約1分。

 召喚限界時間のわずか十分の一。

 そんなわずかな時間で、トリナの町の戦いは呆気なく終わりを告げた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 『ヤタガラス』が絶命したのと同じ頃。


 トリナの森の奥深く、巨大な巣の真ん中に、一人の女性が倒れていた。

 黒いドレスに身を包み、所々に包帯をしている女性。

 『ヤタガラス』をけしかけて逃げ延びた、クロエの姿がそこにはあった。


 しかし、そうまでして逃げ出したクロエは、二度と目覚める事の無い眠りへと今まさに就こうとしていた。

 その胸に致命傷とわかるほどの大きな穴を開けて、辺り一面に大量の血をまき散らすクロエ。

 彼女は呻きながら、前の方へとゆっくり手を動かしていく。


 彼女の目の前には、腕から血を滴らせながら立っている女性の姿があった。


 彼女は自身に伸ばされた手を容赦なく踏みつけ、クロエに何かを呟くと、高笑いをしながら暗い夜空を見上げて両手を広げる。

 すると、彼女の背中から勢い良く翼が生え出し、辺りの木々を激しく揺らす。

 そして出した翼を激しく羽ばたかせた女性は、暗い夜空の中へとその姿を消していった。


 段々と意識を薄れさせていくクロエ。

 彼女は最後に、自身の邪魔をした三人を思い出し、瞼を閉じる。

 そのまま彼女は、永遠の眠りへと就くのであった。

後はエピローグのみ!

今度は綺麗に終わらせたい!

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