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緑と十の育成法   作者: 小市民
第二章 討伐
22/36

第九節 走り出す少年

(12/03/10)誤字・脱字修正

 先程まで大騒ぎが信じられないほど、静かになる部屋の中。

 しかし、無言の三人が一つの部屋に居座っているため、その空気は重くて仕方がなくなるのは当たり前であり。

 そんな空気にいち早く白旗を振ったのが、まぁ当然と言えば当然なのだが、トウヤであった。


 この部屋を包み込む空気に、段々と胃が痛くなってきたトウヤは、しかしどうする事も出来ずにいた。


 ……重い、重過ぎます。

 冷戦の緊張感とは、かくもここまでボクの心臓の鼓動を早めるものなのですか! 

 一体、どうすれば!


 その時、そんなトウヤを助けるかのごとく、女神は現れた。

 部屋のドアを叩く、ノックの音が聞こえてきた後、


「トウヤくん。少しよろしいですか?」


「ハトナさん!?」


 ハトナの声が外から聞こえ、テーブルから跳ね起きるトウヤ。


 おお、ハトナさん! グットタイミングです!


「ハイハイ! なんでしょうハトナさん!」


 トウヤはスキップしながらドアへと近づいていく。


「あの、少し話がありまして。夜分多くに大変申し訳ないですが、少しいいでしょうか?」


「もちろん!」


 渡りに船とはまさにこの事。

 どうにかこの重~い空気の部屋から逃れられないかと思った矢先に、このハトナの提案。

 トウヤはすぐさま、了承の意をハトナに伝えた。


 ハトナさん! 貴方は救世主です! 何でもお話しください!

 ……って、まさかこの部屋の中で?


 この部屋で話すとなると、また様々な問題が生じてくる。

 トウヤは若干焦りながら、ハトナに質問した。


「あ、あの。この部屋でですか? 出来れば外でしたいな、と」


 新鮮な空気を、たらふく吸いたいです。


「ええ、一向にかまいません」


「そうですか! ありがとうございます。では、先にお外の方で待っていてください。すぐに向かいますので!」


「わかりました」


 ハトナの了承を得て、すぐさま外に向かう準備を始めるトウヤ。

 準備が整うと、そのまま扉を出て外に向かおうとする。

 が、『その前に』と、扉から顔だけ部屋に戻し、未だ無言を貫く二人にトウヤは言った。


「……いいですか? 絶対に! 先ほど言ったことを守ってくださいよ! お願いしますよ!」


 再度二人に釘をさす、心配症のトウヤなのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トウヤが外に出ると、既に辺りは真っ暗闇。

 そろそろ秋に差し掛かっているためか、肌寒いとトウヤは感じた。


 こんな中でハトナさんをお待たせする訳にはいきませんね。


 そう思い、トウヤはハトナを探して、辺りを見回す。

 すると、街灯に照らされたベンチの近くに、ハトナの姿はあった。

 すぐさまハトナに駆け寄るトウヤ。


「すみません、ハトナさん。お待たせしてしまい」


「いいえ、私の方も突然御免なさい。あ、こちらに座ってお話しましょう」


 ハトナの言葉に従い、トウヤベンチへと座る。


「それで、ハトナさん。一体どのようなご要件なのでしょうか?」


「はい。実は、トウヤくんが捕まえてくれた鳥人化能力者が、先ほど目を覚ましました」


「え!? そ、そうですか。目を覚ましてしまいましたか」


 ハトナの言葉に、顔を引く付かせるトウヤ。

 つい数時間前に命を狙われたが、逆にやっつけてしまったので、トウヤはクロエの反応が気になる様子。

 もしかしたらものすごく自身に対し、怒り狂っているのでは、とビビっているのである。


 ボ、ボクは悪くありませんよ。

 クロエさんが命を狙ってきたので、やり返しただけ。

 まぁ、ボクがやったわけではありませんが。

 

 いずれにしろ、命を奪われなかっただけでも良しと思ってもらわねば。

 ……例え、その黒いドレス以上に全身まっ黒こげになったとしても。

 やったのはシイカさんですからね!


 トウヤは体を震わせながら、ハトナに確認をした。


「あ、あの。クロエさんは、何かボク達について、言ってましたか?」


「え? いえ、特には何も」


 トウヤの質問に、少し不思議そうな顔をしながらハトナは答える。


「そ、そうですか! それは何より!」


 これで逆襲の心配は、極端に低くなりましたね!

 あ、でも言わないだけで、心の中では思っているやも。


 トウヤがそんな事を思っていると、ハトナは話しを続け始める。


「犯人は酷い重傷を負っていたものの、現在はある程度動ける程までに回復済みです。

 ですが、激しい動きは当分無理でしょう。

 さすがに『鳥人化』が出来て『治癒力』が向上していると言っても、そうそう簡単には回復できません。

 この後、簡単な事情徴収をした後、王国の方に身元を引き取って頂き、それで全ては終了です。

 トウヤくん、本当にご協力ありがとうございました」


 ハトナは、再びトウヤに深々と頭を下げた。


「いえいえ! お気になさらず! あ、でも、その。残念でしたね、自衛団の調査隊の方たちの事」


 トウヤは、クロエの小屋でみた調査隊の亡骸を思い出しながら、暗い顔をしてハトナに呟いた。

 しかしハトナは、少し顔を顰めたものの、すぐに平静な顔をしてトウヤの声に答える。


「確かに調査隊の事は残念でした。しかし、我々はそのような生命の危険がある事を知ってなお、この任についてます。

 その事にずっと悲しんでいては、逆に死んだ者たちに申し訳が立ちません。

 それに、調査隊を手にかけた者は既に逮捕済み。彼らもあの世で満足しているだろう、と私は思っています」


「……そうですか。お強いんですね」


 ボクでは、身近な人がいきなり死んだと聞かされたら、ずっと悲しみにくれると思います。

 おばあちゃんが死んだあの時も、そうでしたから。


 トウヤは、祖母が亡くなった日の事を思い出し、しょんぼりとした面持ちになる。


 しばし、二人の間を無言のまま時が流れる。

 すると、ハトナの方が先に口を開いた。


「あの、トウヤくん。夕方のことなんですが。ハトコの事、ありがとうございました」


「え? ハトコちゃんですか?」


 ボクは、何か彼女にしましたかね?


「ハトコの事を思って、一緒に家に帰らせていただきありがとうございました。

 あの子、本当に喜んでくれて」


「あ、その事ですか。どうぞお気になさらず。

 ……そういえば今、ハトコちゃんは家で家族と一緒にお食事中かなんですか?」


 何となく、ハトコの近況が気になって、ハトナにそんな質問を投げかけるトウヤ。

 しかし、それはハトナにとって、言ってはならないことだったようで。

 トウヤの言葉に、今まで以上に苦い顔をするハトナ。


「いえ、今ハトコは家で一人です。私たちには、その、もう両親が……」


「申し訳ありませんでした!」


 ハトナが全てを言い終わる前に、トウヤはベンチから飛び上がって、地面に土下座をする。


「大変失礼な事を! ボクのアホ!」


「あ、気にしないでください。言ってなかったんですから」


「いえ、そういう場合は何となく察するものです! 

 ハトコちゃんが一人であの場にきていた事から、何とか予想することは可能!」


 ボクは、何て馬鹿でドジで間抜けで、そしてアホなんでしょうか!


 トウヤは、これでもかというほど、自身を罵倒した。


「……あ! でもいいんですか、ハトコちゃんを一人にして」


 夜、一人で家にいることの怖さを知っているトウヤは、10歳の子にそれはどうなんだろう、とハトナに問いかける。


「大丈夫です。もう、あの子も慣れたでしょうから」


「……慣れるもの、なんでしょうかね? まぁ、ハトナさんもお忙しい身、致し方ないとは思いますが……」


「……お気遣い、ありがとうございます」


「いえ、余計な事を言いました。他人が口を出すことではありませんよね。忘れてください」


 赤の他人が余計な事を言っては、気を悪くするに決まってます。もう黙っときましょ。


「それで、他には何か?」


「いえ、今回の功労者であるトウヤくんに、報告をしなければと思っていただけなので、もうありません」


「そうですか」


 トウヤは言いながら、土下座状態から立ち上がる。


「それではボクはこの辺で。わざわざご報告ありがとうございました」


「はい。トウヤくん、本当にありがとうございました。カズマさんにも、そうお伝えください」


「はい、わかり……、あ!」


 トウヤはそこで気がついた。

 そういえば、今あの部屋には、冷戦状態の二人を放っていたままであることを。


「? どうかしましたか?」


 突然のトウヤの大声に、疑問符を浮かべるハトナ。


「いえ! 何でも! それではこのへんで!」


 トウヤはハトナにおじぎをし、すぐさま宿屋へと駆け込むのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいま~」


 おそるおそる、ドアを開けていくトウヤ。

 外から部屋の様子を伺ったときは静かだったものの、もしかしたら既に戦いは終わったあとかもしれない。

 部屋が滅茶苦茶になっていたら、トウヤは即倒ものである。


 どうか、何事も起こってませんように!


 そう思いつつ、少し開けたドアの隙間から部屋をのぞき込むトウヤ。

 しかし、


「あれ? 真っ暗?」


 のぞき込んだ部屋の中は、何故か明かりが消された状態となっていた。


「部屋を出る時、明かり消しましたっけ?」


 不思議に思いながら、そのままドアを開け、部屋の中に入る。

 そして、ドアを閉めてから部屋の明かりを付けようと手探りでランプを探していたその時。


「……何?」


「ギャアァァァァァァァァァァ!」


 突如、背後から聞こえてきた声に、驚いて絶叫をあげてしまうトウヤ。


「な、何者!?」


 声のした方向にトウヤが顔を向けると、そこには青白く燃え上がる炎の塊が。

 それを見た瞬間、トウヤは顔を引き攣らせて、


「ひ、ひ、ひ、人魂!?」


 トウヤは、幽霊の類が大の苦手であった。


 な、何故この部屋に人魂が! こんな豪華な部屋に!

 はっ!? まさかこの部屋は、いわくつきの呪われたお部屋!?

 だからボクごときが、この部屋に泊まる事が出来たんですか!?


「こんな目に会うんだったら、馬小屋にでも泊まるんでした!」


 しかし、今更後悔してもしょうがないと思い立ち、トウヤはその人魂(?)に語りかける事に。


「ひ、人魂さん! 何かこの世に未練がお有りでしょうか!?

 無いのならば潔く成仏してください! 有ったとしても、この部屋から早く出てってーーーーー!」


 震え上がり、涙を零しながら必死に人魂(?)を説得するトウヤ。

 そんなトウヤの背後から、再び声がかかってくる。

 しかし、今度は良く耳にする脳筋さんの声であった。 


「何馬鹿やってんだ? トウヤ」


「あわあわ、って、え? カズマさん!? 良かった居たんですね! 幽霊ですよ幽霊! 

 この世に未練を残し、今ボクを呪い殺そうかという雰囲気を醸し出した人魂がそこに!」


「お前は馬鹿か。よく見ろ、ただの炎だ」


「へっ?」


 そうカズマに言われ、よくよく見返してみると、それは確かに人魂ではなく、ただの青い炎。

 しかも、シイカの持っている杖から出ている様子だった。


「良かった、幽霊じゃない! もう、驚かせないでくださいよ、シイカさん!」


 シイカに文句を言いながら、部屋の電気を付けるトウヤ。

 すると、シイカは出していた炎を消しながら、


「……驚かせてない。勝手に驚いただけ」


 至って冷静に、というよりも冷ややかな目線を向けながら、トウヤにそう答えた。


「何言ってんですか! 部屋を暗くして、そんな人魂かと思わしき青い炎を出して!

 何ですか! もしかして二人してボクを驚かそうって魂胆ですか!」


「アホか! 誰がそんな根暗女と!」


「……心外。誰があんな脳筋と」


「何!」


「すいません。ボクが悪かったので、ケンカはやめてください」


  自身の発言により、再び戦いが巻き起こってしまいそうになったので、慌てて二人に謝るトウヤ。


 そりゃそうですよね。そんな簡単に仲良くなったら、僕のあの苦労はなんだったんだ。


 はぁ、とため息を吐きつつ、しかし疑問が。


「では、なんで部屋を暗くしてたんですか?」


「……自分で言ったこと忘れたの、バ~カ」


「? ボクは何か言いましたか?」


 頭に疑問符を浮かべ、部屋を出る時の事を思い出すトウヤ。


「……貴方、この部屋には自分以外いない、と言ったでしょ。だから……」


「お~! なるほど! そう言う事でしたか」


 つまり、誰もいない部屋の明かりがついていてはいけないと、部屋の明かりを消していた、と。

 

「お気遣いありがとうございます。……あれ? でも、何でシイカさんは杖から炎を?」


 暗いの怖いんですか? 今のボクのように。


「……本が読めないから」


「あ、なるほど」


 シイカの行動全てに、トウヤは納得した。


「勝手に大騒ぎし、大変申し訳ありませんでした」


「ケッ!」


「…………」


 気分の悪いさまを、ありありと感じさせる態度でそれぞれトウヤに答える二人。


 ……ああ、いつまでこの空気が続くんでしょうか。ボク、もう寝たいんですけど。


 しかし、何を言っても二人のこの態度は直りようがない事は、誰の目にも明らかである。

 トウヤはいさぎよく諦めて、寝ることに。


「あの、ボクはもう寝ますが、お二人はどうしますか?」


「俺は寝ねぇよ」


「あ、そうですか。シイカさんは? 寝るならベッドを使ってくださって構いませんよ」


 女性を差し置いて、ベッドに寝ることなど出来ませんからね。


「……いい。眠くない」


「あ、そうですか。それではボクがベッドを使わせていただきます」


 そう言って、トウヤは点けた電気を消してベッドに潜り込もうとする。

 その際、再び自身の指から炎を出し、本を読もうとするシイカを見て、トウヤは思い出した。


「あ、シイカさん。本を読むのなら炎で見るより、これを使ってください」


 トウヤはテーブルに置いていた腰袋から『蛍光の実』を取り、『樹肉の実』を育てていた植木鉢に植えた。

 すぐさま光を放ち始める『蛍光の実』。


「……何? それ」


「えっと、これは『蛍光の実』といいまして、土に撒くとすぐ根を撒いて、このように実が光るんです。よいしょ、っと」


 植木鉢を乗せたテーブルをシイカの方に引っ張りながら、実説明をするトウヤ。


「部屋を明るくしているとボクが寝れません。しかし、炎で本を見ていると危ないでしょ」


 燃えたら一大事! 弁償しなくてはいけません。


「ということで、使ってください」


 テーブルをシイカの真ん前に持ってきて、トウヤはシイカに告げる。


「…………」


「あれ? お気にしませんか?」


 光、弱いですかね? 

 でもこれ以上発光すると、目に大変悪いですよ。

 作ったのゼノさんですし。


 シイカの無反応に、そんな事を考えていると。


「……ありがとう」


 か細い声で、トウヤにお礼をいうシイカ。

 しかし、すぐさま本の方に視線を戻し、シイカはそれっきり無言となった。


 今、お礼を言ってくれましたか? いや、まさかね~。 

……まぁいいです。とにかく寝ましょう。そして明日朝一番に村に帰りましょう。

 もう怖いのいや!


 トウヤはベッドに潜り込み、すぐさま眠りに就いたのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ほんの少しの照明が辺りを照らし、どこか湿った空気が漂う、ここは監獄の牢屋の中。

 冷たい風が頑丈な石づくりの部屋の隙間から入ってきて、牢屋の中は酷く寒い状態である。

 そんな牢屋のベッドに、今回の事件の首謀者、クロエは横たわっていた。

 その身体のいたるところに包帯が巻かれており、何とも痛々しい。

 しかし、それ程傷を追っていても、当の本人はいたって気にしていない様子。

 そんな傷の痛みが気にならないほど、クロエは焦っていた。


 ……失敗したよ。調子に乗って、騒ぎを大きくした結果がこれかい。

 あのトウヤとか言う坊や、それにカズマってのと、あのムカツク青髪の女。

 ホント、やってくれるじゃないかい。

 これじゃ、当分の間は満足に体を動かせないね。

 あの三人には必ず復讐してやるよ。絶対にね。

 ……でもこのままじゃ、私は王国に送られて、一生監獄の中。

 ……いや、まだそれならいいよ。監獄の中とはいえ、生きてはいられる。

 それよりも、このままじゃあいつらに殺されるよ!


 そこで、クロエは体を大きく震え上がらせた。


 あいつらに、王国の人間のような寛容さはまるでない。

 このままじゃ、へたな情報を漏らしたくない奴らに、口封じで殺されちまうよ。

 くそっ、どうすりゃいいんだい!


 クロエは冷たい石の壁に手を叩きつけながら、しかし必死で頭を働かせる。


 ……このままじゃ、そのうち必ず殺されちまう。

 そう、それなら、逸その事……


 段々と、狂気に満ちた表情を浮かべ始めるクロエ。


 そうさ、そうとも。どっちにしろ殺されちまうんなら、あの子を使ってやる。

 どうせ、いずれは暴れさせる予定だったんだ。今使ったっていいじゃないかい!

 それに、あの子を無事成長させたと知ったら、あいつらも許してくれるかも。

 

「そうさ。そうに違いない」


 どっちにしろ、もうクロエにはそれしか手は残っていなかった。


「やってやる。あの子を使えば、もしかしたらあの三人にも復讐を果たす事が出来るかもしれないしね」


 そう言って、クロエは口を少し開けて、人には聞こえない周波数の音を発信し始める。

 

 クックックッ! この町の人間の、そしてあの三人の驚く顔が、目に浮かぶよ!


 クロエの発信した音は、彼女のいた森の、さらに奥深くへと飛んでいくのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うにゃ?」


 町の人がすっかりと寝静まっている深夜。

 なんとなく目を覚ましてしまったトウヤは、これまたなんとなく辺りを見回した。

 するとトウヤの目に、寝る前と変わらず窓際に座るカズマと、本を読んでいるシイカの姿が。


 トウヤはベッドの中でモゾモゾ動きながら、懐中時計を取り出して時刻を確認する。

 懐中時計は、夜中の二時半を告げていた。


 よくもまぁ、こんな時間にもかかわらず眠くならないもんですね。


 ボヤけた頭でそんな事を思いながら、しかしまだまだ寝足りないトウヤ。

 再び瞼を閉じ、眠りに就こうとしたその時、


「……トウヤ。今、何か聞こえなかったか?」


 トウヤが起きていることに気付いていたのか、カズマがそう尋ねる。


「むにゃ? ……? 何にも聞こえませんけど。幻聴じゃないんですか?」


 トウヤは上半身をお越しながら、カズマの問いに答える。


「……確かに何か聞こえた」


「……本当ですか? シイカさん」


 カズマさんだけならまだしも、シイカさんまで何かを聞いている。

 仲の悪い二人が意見を合わせる事などあるはずがありません。


「一体、何の音ですか?」


「……何かが、羽ばたいているような」


「あ!? 鳴き声だろ!」


「喧嘩しないでくださいよ!」


 今一意見が合わない二人。

 トウヤは二人を止めながら、しかし万全の準備を整えていた。

 靴を履き、腰布を腰に縛り付け、上着を着る。


「天変地異の前触れかもしれませんよ! 

 天より翼を持った使者が降りてきて、ここら一体を火の海に!

 何て恐ろしい! 早く逃げましょう!」


 危機回避能力、というよりも被害妄想全開のトウヤに対し、当然のごとく二人は呆れた表情で、


「アホか」


「……バ~カ」


「何を! 二人が言い出した事でしょ!」


 二人の冷めた態度に、憤慨するトウヤ。


「敢えてそうだったとして、どこに逃げるってんだよ!」


「どこ!? 天から来るんです、地下に決まってんでしょ!」


 そんなトウヤの物言いに、カズマとシイカ、二人して額を抑えた。


「お前の頭ン中はどうなってんだ?」


「……馬鹿すぎて笑えない」


「うっさいですね! こんな時だけ息を……」


 二人に文句を言おうとし、しかしトウヤは全てを言い切ることが出来なかった。

 突如、街全体に響き渡ったであろう爆音。

 そしてその爆音の衝撃か、地面が激しく揺れてトウヤは地面に転がりこんでしまう。


「ギャアーーーーーーー、アイタ!」


 地面に倒れた拍子に、腰を激しく打ち付けて悶絶するトウヤ。


「ほら! 天変地異ですよ! ボクの言った通り!」


 トウヤは腰を摩りながら、部屋の窓を開けて外の様子を確認する。


「アホか! そうそう天変地異が起きるか! 大体火の海に包まれんじゃねぇのか!」


 トウヤに続き、窓から身を乗り出すカズマ。


「……あそこ」


 シイカが何かに気づき、その方向に指を向ける。

 トウヤはその指の方向に顔を向け、街灯の光で何とか見えるそれを目撃した。


「……煙。というか、建物壊れてますよ! というより、あの建物は、自衛団の!」


 三階建ての頑丈な作りをしていた自衛団の建物が、見る影もないほどに崩壊していた。


「一体何が! 隕石でも降ってきましたか!」


「アホ! ……ちっ! ここからじゃ良く見えねぇな。いくぞトウヤ!」


「え? どこへ、ってどこからーーーーーー!」


 カズマに抱えられ、なんと窓から外に飛び出ることになり、絶叫するトウヤ。


「ここ五階ですよーーーーーーーーーーーー!」


 未だかつて経験したことの無い浮遊感に、気持ち悪くなるトウヤ。

 そして、


「着地すんぞ! 口閉じてろ!」


「え!? アイタ!」


 しかし、お約束のように舌を少し噛んでしまったトウヤは、カズマに抱えながら悶絶する。

 そんな二人の隣に、これまた窓から出てきたようで、シイカが地面にゆっくりと降り立った。


「ひひはひふひゃふひゃしゅはひへふははひ!(いきなり無茶苦茶しないでください!)」


 口を抑えながら、カズマに文句を言うトウヤ。


「うっせぇ! 行くぞ!」


「アイタタ。えっ!? というかどこへ、……まさか!?」


 トウヤは凄く嫌な予感がした。


「自衛団の建物にだよ!」


「やっぱり! ちょっとーーーーーーーーー!」


 トウヤが止める間もなく、自衛団の建物へと走り出すカズマ。

 その後を追うように、シイカも後に続いていくのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 トウヤ達が建物にたどり着くと、そこには多数の人影がすでにあった。

 その人影の中にハトナの姿を見つけたトウヤは、彼女に話しかける。


「ハトナさん! 一体何があったんですか!」


「トウヤくん! それに、カズマさん! 帰ったのでは!」


 トウヤの姿だけではなく、カズマの姿もあったため、驚きの表情を浮かべるハトナ。


 あ、まずい!


「え、えっと! 何やら嫌な予感がすると、つい先ほどボクの泊まっている部屋にきまして!

 そ、それよりも一体何が!?」


 誤魔化しも含みつつ、話題を逸らすトウヤに、ハトナはハッ、とした表情になる。


「わ、わかりません。私たちも何が起こったのか。

 自衛団の警備のために町を回っていましたので。

 今、建物であの女を見張っていた者たちが大丈夫か確認を……」


「ギャアぁぁぁぁ!」


 ハトナと話している最中、突如鳴り響く男の悲鳴。

 トウヤ達は、一斉にその悲鳴の方へと顔を向ける。

 見れば、崩壊した建物に近づいた男が、何やら建物の方に指を指して腰を抜かしている。


「一体……、って、ギャアァァァァァァァァァァ!」


 崩壊した建物の方を見て、トウヤも悲鳴をあげる。

 何故なら、壊れた建物の影から、この世のものとは思えないほど巨大な、カラスのような鳥が現れたからだ。


「何だありゃ!」


「化け物だ!」


「おい! 建物の近くにいる奴は一旦引け!」


 その巨大鳥の姿に、混乱し始める周りの自衛団達。

 そんな大混乱の群集に向かって、今度は女性の笑い声が響きわたった。

 その笑い声を聞いて、しかし三人の人間だけは眉をひそめる。


「カズマさん! シイカさん! この声!」


「わかってる! あの鳥女!」


「……ちっ」


 その女性、クロエは巨大鳥の頭の上にいた。

 今まで以上に狂気を含んだ笑顔を浮かべたクロエは、混乱する群衆を見下してつつ、叫んだ。


「残念だったね、トリナの町の自衛団! そして町の住人たち!

 アンタ達が甘くて助かったよ。おかげでこうして私は自由の身。

 トリナの町には、色々感謝しなくちゃね!」


 そう言って、クロエは辺りを見回す。

 すると、トウヤ達を発見し、さらに顔を歪ませる。


「アンタたちもいたのかい! 丁度いい! 天は私に味方してくれたようだね!

 今度は手加減は一切しないよ! この、私の一番のお気に入り。

 『ヤタガラス』がアンタたち、そしてこの町の人間を血祭りに上げ、餌にしてあげるからね!」


 そう言って、再び甲高く笑い声を出し始めるクロエ。


「さぁ! 『ヤタガラス』! 美味しい美味しい餌が、山ほどあるよ!」


 言いつつ、右手を天に掲げるクロエ。

 そして、


「いきな!」


「カァーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 クロエが腕を振り下ろした瞬間、『ヤタガラス』の声による、音の衝撃波が辺り一体に放出される。

 その衝撃波により、次々と吹き飛ばされる自衛団の面々。

 当然、トウヤたちもただでは済むはずもなく。


「ヒィーーーーー!」

 

 カズマに抱えられているため、何とか吹き飛ばされずにいるものの、その衝撃を顔面にモロに受けるトウヤ。


「に、逃げましょう! あんなのどうしようもありません!」


 トウヤはカズマ達にそう提案する、が。


「ふざけんな! 今度こそ、あの女をぶっ飛ばす!」


「ちょっ! アイタ!」


 クロエの姿を見た瞬間から、頭に血が昇りっぱなしのカズマは、抱えていたトウヤを放り投げて『ヤタガラス』へと突っ込んでいく。


「いきなりもう! そしていつも通り言うことを聞いてくれないし! あ、そうだ。ハトナさん!」


 トウヤはハトナの安否が心配になり、辺りを見回す。

 すると、どうやらあの衝撃波に耐えきったようで、腰から抜いた剣を片手に、息を荒らげたハトナがそこに立っていた。

 急いでハトナに駆け寄るトウヤ。


「ハトナさん! 大丈夫ですか!」


「トウヤくん! ええ、私は。それより、あの化け物をどうにかしないと!

 それに町の人たちも!」


 すると、ハトナと同じく攻撃に耐えきったのだろう、トリナの町、自衛団団長と思わしき人物が、ハトナの方へと歩み寄ってくる。


「大丈夫かハトナ! それに、君はトウヤくん!」


「団長さん! よくぞご無事で!」


 トウヤは取り調べの際、この団長と知り合っていた。


「団長! これからどうすれば!」

 

 見れば、続々と自衛団の面々が団長の周りに集まってくる。

 そんな面々を見渡しながら、団長は命令を発した。


「諸君! これから部隊を二つにわける!

 一つはあの化け物を討伐する者!

 もう一つは町の住人を速やかに避難させるもの!

 それから……」


 団長は話す時間ももったいないと、すぐに部隊を二つにわけ、各自に命令を出していく。

 それを聞いて、すぐさま行動に移していく自衛団の面々。

 どうやらハトナは討伐部隊に入っている様子。


 全ての命令を出し終えた団長は、ハトナと共にトウヤのところへとやってくる。


「トウヤくん」


「は、はい! なんでしょう、団長さん!」


 トウヤは直立不動の姿勢で、団長に答える。


 ま、まさかボクにもどちらかの部隊に入れと?

 無理、無理です! 避難誘導も討伐も、どちらもボクに出来るわけありません!

 一刻も早くこんな所からおさらばしたく仕方がないというのに!


 震え上がるトウヤに、しかし予想外の言葉を団長はかけた。


「トウヤくん。君も逃げてくれ」


「え?」


 まさかそんな事を言われるとは思わず、固まるトウヤ。


「君はもう、充分我々を助けてくれた。これ以上、君の、君たちの手を借りたいなどと、そんな恥知らずな事を言えるわけがない。

 後は我々にまかせ、君も避難してくれ」


「え、あ、でも」


 混乱するトウヤに、しかし今度はハトナが言った。


「そうですトウヤくん。これは私たちの不手際が招いた結果。

 そんな事に、トウヤくんを巻き込むわけにはいきません」


「し、しかしですね」


 確かにボクに出来ることはないですし、そんな危険な事を出来るはずもない。

 でも、でも!


 普段ならこんな状況に、いちもくさんで逃げを選ぶトウヤ。

 しかし、何故かはわからないが、何か自身でもわからない感情が、心の中に蠢いていた。


「もし、もし迷惑でなければいいのですが」


 本当に申し訳なさそうな顔をするハトナ。


「な、なんですか?」


「ハトコの事。よろしくお願いします。トウヤくんと一緒なら、あの子も安心するでしょうから」


「……わかりました」


 トウヤは、ハトナの言葉に頷きながら答える。


「ありがとう。よろしくお願いします」


 そう言って、『ヤタガラス』へと突入していくハトナ、そして団長。


「…………」


 トウヤは無言でその後ろ姿を見ていた。

 そんなトウヤに、今まで黙ってみていたシイカは尋ねた。


「……逃げないの?」


「……いえ、逃げます。行きましょう、シイカさん」


 トウヤはシイカを引き連れ、その場を後にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ハトコちゃんがいない!?」


 町からかなり離れた草原の真っ只中。

 トリナの町の住人達は、真ん中に作られた焚き火を取り囲むようにして、不安顔で座り込んでいた。


 突如、自分たちの町を襲ってきた謎の巨大鳥。

 あんなものを見て、不安にならないものなど、いるはずもない。

 それにくわえ、一段の冷えるこの寒空の下、小さい焚き火では恐怖と寒さで震えた体を温めることなど、出来るはずもない。


 そんな場所にトウヤとシイカは町の住人達から少し遅れながらも、しかし何とかたどり着いたのだが。


「一体どういうことですか! 町の住人、全て移動させたんでしょ!」


「ああ、そのはずだ。だがどこにもいないんだよ!」


 トウヤは避難誘導を担当した自衛団の人に、焦って混乱しながら詰め寄っていた。

 トウヤは、ハトナのお願いを果たすため、避難場所に着いてそうそう、ハトコを探した。

 しかし、いくら探してもハトコの姿を見つける事が出来ないトウヤ。


 これだけ大人数の人たちがいるのだ、簡単に見つけられないだけ。

 そう思いながら、しかし一抹の不安を抱えてしまうトウヤ。

 すぐさま近くにいた自衛団の人に、ハトコの所在を確認したのだが。


「まさか、まだトリナの町に!」


「……その可能性は高い」


 自衛団の人は顔を青くして、そうトウヤに告げる。

 

 何をしてるんですか! 避難誘導が貴方がたの仕事でしょ!

 

 憤りを感じ、自衛団の人に掴みかかろうとするも、しかし何とか堪えるトウヤ。


 この人が悪いわけじゃないです。この人だって精一杯やって、でもこうなってしまっただけ。

 

 トウヤは目の前の、疲れきった顔をしながらも、不安に怯える住人達のために必死になっている自衛団員を見て、

 そう思い直したのである。


「だが、心配はいらない。そういう可能性もあるかと思い、今、他の自衛団員が町を捜索している。

 残っている住人がいる可能性はゼロじゃないからね」


 そう言って、また別の避難民の質問に答え始める自衛団員。

 トウヤはその場を離れ、避難民たちから少し遠くの場所で、呆然と立ち尽くす。

 しかし、すぐさま胸のモヤモヤが気になり、頭を抱えてうずくまる。


 何ですかこの気持ちは! ああ、気持ち悪い! 一瞬思ってしまいました!

 ボクが、このボクが、あの危険な町に戻り、ハトコちゃんを助けに行く?

 そんな事、出来るわけないでしょうが!


 ボクごときが行ったところで、焼け石に水。悪ければ火に油!

 事態はさらにややこしくなり、もうどうしようもない状態になる可能性も。

 ……そりゃ、前の時は生命の危険が最大限だったため、致し方なく頑張りました。


 それに、ボクの為に命をかけて守ろうとしてくれたゴリオさんを見捨てることなど!

 でも今回は、別にそこまで親しくない人。ただ少し会って話しをしただけの、ボクより年下の女の子。

 そう、そうです。ボクより年下なんですよね?


 トウヤは抱えていた頭を上げ、すくっと立ち上がる。


 そう。ボクより年下の女の子が、あの危険な町に未だ残っている。

 どれだけ怖い思いをしている事でしょう。

 ボクなら涙と鼻水を垂れ流し、震え上がっている事でしょう。間違いなく!


 そんな所にハトコちゃんは、もしかしたら一人寂しく……。


「ああもう!」


 再び頭を抱え始めるトウヤ。


 トウヤは、頭では分かっていた。

 自分が行ったところで、どうにもならないに決まっている。

 そんな事に命を懸けるなど、馬鹿げている。


 しかし頭では分かっていても、感情がそれを許さなかった。

 今までのトウヤならば、頭も感情も即逃亡を命令していたに違いない。

 逃げて逃げて、何とか生き延びようとしたに違いない。


 だが今は。


「……こんな力があるからですか? カズマさんやシイカさんがいるからですか?」


 そうトウヤは考えるも、しかしそれとは少し違うとも思った。

 確かにカズマやシイカがいる事は、今までと大きく違う。

 その強力な力に、何度トウヤは助けられた事か。

 

 しかし、でも結局それはカズマとシイカの力。

 トウヤは、二人の力を自分の物だとは全く思っていなかった。

 では、何故か。


「……ボクでは確かにあんな化け物、倒すことは出来ません。

 それは断言できます。でも……」


 ハトコを助けて、すぐ逃げる。

 それは決して不可能ではない、とトウヤは思い始めていた。

 確率は低くとも、それでも何とかなるかもしれない。


「はっ!? ボクのアホ! そうやって調子に乗って、今まで何度失敗してきましたか!」

 

 小さい時から何度もそう思いながら、しかしことごとく失敗してきたトウヤ。


 そうですとも。結局今回のこれもボクの勘違い。

 頭ではそうだとわかってるんです、わかっていますが!

 でも、しかし!


 トウヤは知らず知らずの内に、歩き始めていた。

 避難民の集まる方向にではなく、先ほどまでいたトリナの町に向かって。

 そんなトウヤの背に向かって、訝しげな表情を浮かべたシイカは尋ねた。


「……どこ行くの?」


「……いえ、あの」


 立ち止まり、シイカに振り向くトウヤ。 


「……ハトコって女の子を助けにいくの?」


「え、いえ、まぁ、多分」


 別に悪いことをしているわけでもないのに、答えがしどろもどろになってしまうトウヤ。


「? ……多分?」


 トウヤの曖昧すぎる回答に、首を傾げるシイカ。


「わからないんですよ、ボクにも何が何やら。

 頭では行っても無駄、むしろ状況が悪化するだけ、とわかってるんですが。

 でも体が勝手に動いてしまいまして!」


「……バカ?」


「違いますよ! いや、そうなんですかね。ああもう、とにかく!」



 トウヤは言いながら、街の方へと顔を向ける。


「町の方まで! それはもうホント、危なくないギリギリの所まで!

 一応行ってみます! そして、身の危険をすんごく感じたら、即に逃げます!

 ここにこのままいても、何やらモヤモヤして大変気持ちが悪いですし!」


 そう言って、そのまま街の方へと走り出すトウヤ。

 

 ……少年は、初めて自ら危険の真っただ中へと、飛び込んでいくのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 町へと向かって走っていくトウヤを、シイカは無言のまま送り出した。


 別にトウヤが行ったからといって、自分が一緒に行く必要も無い。

 それにあちらには、未だに『クロエ』と『ヤタガラス』相手に戦っているだろう、カズマがいる。

 あんな馬鹿丸出しの猪脳筋男と、一秒でも一緒にいたくないシイカはその場に残る事にした。


 冷たい風が吹き、シイカの青い髪が揺れて頬を撫でる。


 ……何故私はこんな所にいるのだろう?


 避難所にいるということではなく、トウヤに呼び出された事に対しての疑問。

 何故、自分はあの少年の呼び出しに応じて、召喚などされたのだろうか。

 思い、しかしそれが先ほどトウヤの言った理由と同じような気がするシイカ。


 私も、何故かは理解できないけれど、体が勝手に動いてしまった。

 ……この私が? 有り得ない。こんな私に、そんな偽善的な心。


 突如、シイカの頭に沸き起こる、忘れたくても忘れられない過去の記憶。


 荒廃した大地。汚染された空気。濁りきった河川。

 そして、大地に横たわった多くの屍。全部、全部私が……。

 それなのに英雄。それでも天才。この世に現れた救世主。


「……違う。私は、違う」


 頭を抑え、必死に忘れようとするシイカ。


 こんな、どうしようもない私が、誰かを助けるなんて、そんな事。


 シイカは、トウヤが走り去っていった方に、もう一度顔を向ける。

 

 単なる気まぐれ。気の迷い。私は、私はそんな人間じゃない。

 だから今、私はあの少年を死ぬかもしれない場所に何も言わず送り出し、こうしてここにいる。

 そう、私はそういう人間。


 そんなシイカの頭に、突如それは思い出された。


 つい数時間前、こんな自分に対し、気を遣ってくれた少年。

 シイカは顔を伏せ、しばし沈黙する。

 そして顔をあげたかと思うと、大きく舌打ちをして、杖を掲げる。


 「……『浮遊』」


 そう呟いた瞬間、シイカの身体は宙に浮き上がる。

 そしてそのまま、暗い夜空の中、トリナの町へとシイカは飛んでいくのであった。

後二話で第二章終了です

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