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緑と十の育成法   作者: 小市民
第一章 召喚
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第一節 普通の少年

(12/05/11)文章修正

 空が青から茜色に染まりつつある夕暮れ時。

 陽の光も差さぬ深く暗い森の中を、その少年は歩いていた。


 その肩には見るからに重そうな荷持を背負い、フラフラと危なげに前へと歩き続ける少年。

 特徴的な緑髪にボロボロの服。平々凡々な顔立ちにひ弱そうな体つきをしているその少年の名はトウヤ。

 今年で14歳を迎えた、特に何の取り柄もないごくごく平凡な一般村民である。


 そんなトウヤは肉体的、精神的に限界が来たのかその場に荷物を乱暴に置くと、天に向かって大声で叫んだ。


「一体いつになったら着くんですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 色々な鬱憤の溜まった魂の叫びは深い森の中を木霊し、やがて消えていった。

 そんな状況にトウヤはさらに遣る瀬無い気持ちで一杯になり。


「それもこれもあれもどれも全部! こんな無茶な事をボクにさせる村長が悪いんです!」


 このような事態に追い込んだ諸悪の根源である人物を大いに呪うのであった。


 思い出すのは今朝の出来事。


 『いい年した男子が今だ村の外に出ないのはおかしい』というのは村長の談。

 普段から野菜の栽培などの手伝いをする以外は自宅で植物を育てているか本を読んでいるか。

 あまりにも内向的な行動しか取らないトウヤに対し、村長は突然そんな事を言ってきた。


 そして何故か『ゼノ』という村長の友人に野菜を届ける、という仕事を与えられるのであった。

 つまりところただのお使いなのだが、しかしトウヤはその仕事に猛反発した。

 何故ならトウヤは、未だかつて村から一歩も出たことがないからである。


 しかし村長はそんなトウヤの言葉には耳を貸さず、必要最低限の道具だけ持たせた後村の外へと放り出すのであった。

 『そして目的を達成するまでは村には入れない』とトウヤにさらなる絶望を与え、去っていく村長。

 トウヤには村長からくだされた任務を請け負うしか道はなかった。


 そんなこんなで仕方なくも目的地に向かっていたトウヤだったが、当然といえば当然の事故が起こったわけで。


「道に迷うに決まってんでしょうが! ボクは初めて来るんですよ!」


 村から初めて出たトウヤにとって、迷わない方が可笑しいのである。


「だいたいなんで初めての遠出がこんな山奥なんでしょうかね。あの村長は本当にアホなんですか」


 ブツブツ文句を言いながらもトウヤは地面に置いていた荷を再び背負い直し、目的地へと歩き始めた。


(とにかくさっさと荷物を届けないと夜になってしまいます。

 そうなるとこれから先、暗い夜道を突き進むことに。

 松明も持っていないのにそんな中を歩けるはずがありません。というか怖くて死んでしまいますよ)


 そんな事を考えながらしばらく進んでいくと、前方に小屋のようなものが姿を現した。

 木造建ての古びた造りで人が住んでいるのか疑いたくなるような小屋だった。


「本当にここであってるんですかね?」


 トウヤは目の前の小屋を懐疑的な目で見つめた。

 しかし、こんな所に小屋を作る人など村長の言っていた人物以外にはいないだろう。

 それに古びているのは外側だけで中はしっかりとしているかもしれない。


 とにもかくにもこういうわけだ。


「やった! ついに着きました!」


 下手をすれば野宿する事になっていたトウヤにとって、小屋があるということだけでも十分救いになった。


(とにかく荷物を届けて、そして一晩泊めてもらいましょう。そして朝一の明るい時間に村に帰りましょう)


 今後の計画を脳内で考えながら、小屋に近づいていくトウヤなのであった。


 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ごめんください」


 小屋に着いたトウヤは扉を叩いて中にいるであろう人物に呼びかけた。

 しかし返事はない。というよりも人のいる気配がしなかった。


「まさかここまで来てお留守でしたという落ちなのでは……」


 今までの自分の苦労はなんなんだったのかと思いながらも、もう一度トウヤは扉を叩き呼びかける。

 だがやはり返事は返ってこない。

 つまり、完全にお留守の状態だったのである。


「そんな馬鹿な!」


 折角苦労して来たというのに家主は留守。

 トウヤがその場に崩れ落ちるのは当然の事だった。


(ああなんてことですか。家主がいないなんてボクは一体何の為にこんな所まで来たんだか。

 村長! せめて事前に行くことを伝えておいてくださいよね!)


 村長に対して再度沸き上がる怒りにうち震えながら、しかしそれよりも重大な事があるのにトウヤは気がついた。


「しかしどうしましょ。このままでは野宿をする嵌めに……」


 目の前に小屋はあるが家主は留守。

 そんな状態で今夜一晩どうするべきかと考えていると、ある可能性にトウヤは気がつき立ち上がって小屋の扉のドアノブに手をかけた。

 もしかしたら開いているかもしれない。トウヤはそう思ったのである。

 

 そしてその考えは正しかった。

 ドアノブを廻しゆっくりと扉を押すと、軋む音をさせながら開く扉。

 トウヤは喜びにうち震えた、天に感謝した。


「やった! ありがとうございます!」


(天も捨てたものじゃないですね~)


「これで今晩野宿をする事はなくなったって事ですね! ……まぁ勝手に小屋を使うのはいかがなものかと思いますが……」


 しかしこの小屋に留まらなければ暗い夜の寒空の下、毛布もなく眠らなければならない。

 そんな事は御免だったのでトウヤは心の中で家主に謝罪しながら小屋の中へ入ることにした。


「失礼しまーす」


 扉をおそるおそる開きながら、部屋の中をのぞき込むトウヤ。

 しかし次の瞬間。


「臭!?」


 突然鼻に突き刺さる激痛。

 予想外の事態に開けた扉を即刻閉めて、トウヤは小屋から飛び退いた。


「にゃ、にゃんにゃんでしゅは!? ひっはひ!(な、何なんですか!? 一体!)」


 トウヤは鼻を摘みながら悪臭を放つ小屋の扉を凝視した。


(なんですかあれは?

この何かを焦がしたような、いや卵の腐った、というか人間が嗅いでいい匂いじゃないでしょ!)


 そんな事を考えながらしばしその場に佇んでいる間にも、辺りは段々と明かりを失っていく。

 トウヤは空に視線を送りながら思った。

 

(どうしましょう。

 あんな小屋に入るのは嫌ですけど、このままだと夜の森の中で野宿しなくてはならなくなります。

 でもあんな中で一晩過ごすのも。どうしたもんか。う~ん)


 しかし結局の所、外で怖い思いをするよりも中で悪臭に塗れる方がマシと判断し、トウヤは再び小屋に入ることを決意するのであった。

 トウヤは鼻を摘んで口呼吸のままジリジリと小屋近づいていく。

 そしてドアノブに手を掛け、扉を再びゆっくりと開けていく。


 そして完全に扉が開ききると同時に小屋の中へと突っ込み、しかしその直後驚愕した。


「な!?」


 トウヤは余りの光景に先ほど嗅いだ匂いの事も忘れ、驚きの声を上げた。

 まさに『惨状』という言葉が相応しい程に、小屋の中は荒れ果てていたのである。

 机は真っ二つ。食器は粉々。床一面には夥しい程の紙がバラバラに巻き散らかされていたのである。


(いったいここに住んでいる人は何をやっているんでしょうか)


 そんな事を考えながらトウヤは小屋の扉を閉め、しかしそこでふと気付く。

 この部屋の惨状と不在の家主『ゼノ』。

 これらを結びつける最悪の現実とは……。


「……まさか」


 この家にいる人物は、まさか、今、この小屋で……。


「ヒィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 その場にヘタリ込み、恐怖で身を竦めざるを得なくなるトウヤ。


(なんてことですか! 普段読んでいる本のような事態に陥るなんて。冗談じゃないですよ!

 つまりあれですか。今、この小屋の中には『ゼノ』というお方のご遺体が……)


「そういうのは本の中だけにしてくださいよぉ」


 トウヤは震えた声でそう言いながら、部屋の隅へと移動し身を丸くしてガタガタと震えた。


(し、しかし一体何があったというんですか。

 この部屋の状態から見るに強盗にでもあって、そしてその強盗に……、って)


「何を冷静に状況分析なんてしてるんですか。ボクのアホ! というか何でこんな事に!」


 自身の不運を嘆くトウヤ。

 しかしふと疑問に思ったことが一つあった。


「……こんな山奥に強盗? 有り得ない、とも言えませんが……」


 トウヤは現在自分がいる場所にやってくる程暇な強盗がいるものなのか、と考えた。

 こんな薄汚い小屋に強盗が入るメリットとは。


「……少し探ってみますか」

 

 自分は何か勘違いをしているのかもしれないと思い、トウヤは小屋の中を調べる事にした。

 最悪の状況が頭に残っているのか若干震えながらも、しかし小屋の中をくまなく調べ尽くしていく。

 しかし……。


「……死体なんてありませんね」


 幸い、第一発見者になる要素は何も無かった。


「考え過ぎでしたかね。いやぁ良かった良かった」


 とにかく最悪の事態は免れたと感じたトウヤは胸をなでおろした。


「冷静に考えてみるとただ単にこの小屋の住人が暴れん坊で物凄く臭い匂いを発するお方、とも考えられますよね。

 そう、そうですとも! だからこの小屋の状況は普通。そう考えましょう!」


 トウヤがそう言って自身を納得させていると、そろそろ太陽が完全に沈みきる時間になったのか、小屋は段々と光を失っていく。

 それに気がついたトウヤは先ほど探索の際に見つけた毛布を手にとった。

 そして床の上で横になりながら。


「一晩勝手に泊まる事を許しくださいね『ゼノ』さん。それでは、おやすみなさい」


 姿なき家の住人に対し感謝しつつ、床に就くトウヤなのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 毛布にくるまり眠っていたトウヤはふと目を覚ました。

 外は今だに真っ暗闇。こんな時間に起きてしまったのは床で寝ているせいなのか。

 早く家に帰りたい、と思いつつトウヤは再び眠りに就こうと掛けていた毛布を頭まで被りこんだ。


 しかし。


「…………ん?」


 小屋の外から聞こえてきた何かが這いずる音に、トウヤの眠気は完全に吹き飛んだ。

 

(……何ですか今の音。気のせい、ですかね~)

 

 気のせいかどうか確かめる為にももっと良く聞こう、とトウヤは寝たまま耳を澄ましてみた。

 すると再び何かが這いずるような音。

 トウヤは恐怖で飛び起きた。


(な、なんですか? まだボクを恐怖させようってんですか?

 ふ、ふん。甘いですね。どうせ小屋の外を蛇かなんかが……)


 トウヤは自分を落ち着かせようと必死によくある可能性を考え、頭に思い浮かべていく。

 だが再び聞こえてきた音、あきらかに大きい何かが地面を這いずる音であった。


「ヒィ」


 トウヤは恐怖で小さい悲鳴を上げてしまうも、すぐに慌てて口を塞いだ。


(冷静に、冷静になるんですよトウヤ。あれです、蛇が這ってるんです。

 いえ待ってください。蛇ならあんなに大きい這いずり音は聞こえないはず。

 では何が……)


 トウヤはふと、この小屋に来た時の事を思い出した。


(……強盗? こんな夜更けに強盗? 盗人と言った方がいいかもしれませんが。

 いえそういう事じゃないですね。強盗だろうと盗人だろうとこんな夜更けに森の中の小屋に狙いを定めるんでしょうか? 

 そんなわけありません、とはいえませんが……。

 では一体何が外を這っているんでしょうか。幻聴? こんなハッキリとした幻聴があるはずがないです。

 あ、もしかして夢の中ですかここは?)


 トウヤは徐ろに頬を抓るも、痛かった。


(ボクはアホですか。夢のわけないでしょうが。

 夢の中まで不幸だったらボクの人生不幸だらけです。

 では一体……。ハッ!? まさか……)


 そこでトウヤは大変な事に気が付いた。


(確かにこの小屋には死体はありませんでした。

 ですが、死体を移動させたとしたらどうでしょう?

 そう考えると総ての辻褄が合います!)


 最悪の可能性に身を強ばらせるトウヤ。


(どうしてその可能性を考えつかなかったんですか、ボクのアホ!

 つまり、この外を這う何かは、この家の主で、ゾンビとしてこの家に戻ってきた、と。

 そうだそれです! それしか考えられません!)


 そう結論づけた瞬間、トウヤは静かに、しかし素早く部屋の家財の裏に身を隠した。

 這いずる音は小屋の扉近くまで迫ってきている。

 そして、扉がゆっくりと、少しだけ、開く。


 トウヤは壊れた家財の隙間からその姿を見て悲鳴をあげそうになるが何とか堪えた。

 ドアの隙間から何かが小屋の中を覗いていたのだ。

 そして何かはそのまま扉をさらに開いていき、地面を這いながら入ってきた。


(ゾゾゾゾゾッゾゾゾゾ、ゾン、ビィ~~~~~~~~~~)


 心の中で恐怖の悲鳴を上げるトウヤ。

 トウヤの精神は気絶する一歩手前の状態に陥っていた。

 そんなトウヤに更に近づいてくるゾンビ(仮)。


 ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくるそれに、ついにトウヤは限界を超えて。

 

「アンギャアァァぁぁァァァァァぁぁぁぁ」


 静かな夜の山奥の中、情けない悲鳴が響きわたった。

 その悲鳴の直後、ゾンビ(仮)は一瞬驚くも、しかしすぐさまトウヤに飛びつきトウヤの口を抑えた。


「ギャァッフガッフゴッ」


 上に覆い被さられ身動きが取れなくなるトウヤ。

 しかし命だけは失いたくないトウヤは何とかしようと抵抗を試みる。


(嫌です! 死にたくないです! ボクにはまだやるべきことが!)


 文字通り必死の抵抗をするトウヤに、しかしゾンビ(仮)が話しかけてきた。


「静かにせぇ」


(この状況で静かにできるほどこっちは肝っ玉が大きくありません!)

 

 未だに生への執着を見せるトウヤは、しかし次のゾンビ(仮)の台詞で固まった。


「殺されるぞ」


(……今まさに殺されそうな状況で『殺されるぞ』?)


 意味不明なゾンビ(仮)の物言いにトウヤは逆に冷静さを取り戻した。

 

(何ですか? 一体これはどういう状況? 

 ボクはこのゾンビに殺されるんですよね?)


 混乱し静かになったトウヤを見てゾンビ(仮)は口を被っていた手を離し、トウヤの上から身を退かした。

 そしてゾンビ(仮)はトウヤを起き上がらせて、静かにこう言った。


「お主は何者じゃ」


 トウヤは更に混乱した。


(それはコッチのセリフではないんでしょうか?)

 

 だが誰かと聞かれて答えないのは失礼に値する、と思いトウヤは自己紹介することに。


「えっと、ボクはトウヤと申します。あの、初めましてゾンビさん」


「誰がゾンビじゃ!」


 ゾンビ(仮)は静かに怒鳴った。


「えっ、ゾンビじゃないんですか?」


「ゾンビじゃないわい。ワシは『ゼノ』じゃ」


(『ゼノ』。確かこの小屋の主で、殺された人の名前のはず)


「やっぱりゾンビじゃないですか!」


「アホ! ワシはまだ生きとるわ!」


「え、生きてるんですか? 殺されたんじゃ……」


「殺されとらんわ! というか勝手に殺すんじゃないわい!」


 自身を勝手に殺された事にされゼノは怒り心頭の様子。

 そんな彼を無視してトウヤは暗闇の中、月明かりを頼りに自身を襲った人物を注意深く見つめた。


(確かにゾンビではなくただの老人ですね~)


「……えっと、あれ?」


 トウヤはもう一度冷静に考えてみる事にした。

 

(この目の前のご老体はゼノさん。そしてボクの野菜を届ける予定の人物。……ここまでは合っていますよね?

 しかしゼノさんは既に死んでいる筈では……、いえ待ってくださいよ。何故死んでしまったんでしょうか? 

 ……そうです、強盗に襲われたんでした。しかし、何故強盗に襲われ、……いやそうじゃないですね。

 強盗に襲われたというのはボクの推測であり事実ではないです。ということはゼノさんは強盗に襲われたわけでなく、つまり生きている。

 ……なるほどそういうことでしたか)


「すみません。勘違いをしてしまいました。発想が豊か過ぎた事が原因です」


「どう発想すればワシが殺されるんじゃ」


 まったく、といった感じでしかめっ面をするゼノ。


「いやぁ、申し訳ありません」

 

(そうですよね~。

 いくらなんでも殺人事件に偶然遭遇するなんて、そんな事が現実にあるわけありませんよね)


 アハハ、と笑いながらトウヤは現実というものを再認識した。


「それで何の用じゃ、というか小屋の中で何をしてたんじゃ?」


 まるで不法侵入者を見る目で、実際不法侵入者であるトウヤにゼノは尋ねた。


「いや、あのスイマセン。勝手ながら小屋で一晩過ごさせてもらおうと。

 あの、野菜を届けに来たんですが留守でして。それに外が真っ暗で……」


 焦って弁明したためトウヤは整理の付いていない内容で話してしまう。

 しかしゼノにはそれで話が通じたようで。


「『野菜』? おお何じゃ。お主『ベジル村』の者か!」


 不機嫌そうな顔から一転、ゼノは笑顔でトウヤに対応するのであった。


「ん? しかしいつもは『レイナ』という女の子が届けてくれている筈じゃが」


「あ、そうなんですか。でも今回は村長命令でボクが届けることになりまして」


(無理やりですが)


「なるほどそうか。いや、こりゃ大変な時に来たもんじゃな。お主も運が悪い」


「え、大変な時」


 トウヤは嫌な予感がした。


「うむ。今ワシは山賊に追われておっての~」


 ゼノは大した事ではないように軽い口調でそう宣った。

 しかし、トウヤにとっては十分大した事だったので。


「さ、さ、山賊ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


「これ、声が大きい!」


 当然の如く恐怖で大声を上げてしまうトウヤに対し、ゼノは大声で戒める。

 ゼノの言葉にすぐさま口を抑えたトウヤだったが、しかしふと思った。


(……待てよ。ハッハ~ン。そういうことですか)


「なるほど山賊ですか。それは大変ですね」


 とても優しい声でトウヤはゼノに語りかけた。

 トウヤは悟った。これは全て罠であると。


(大体可笑しいと思ったんです。

 何でこんなにも本の中の主人公のように色々な出来事に遭うのか、と。

 フフフ、なるほどね。つまり全ては村長が仕組んだ物語だったんです。


 おそらくシナリオとしてはこうなのでしょう。

 ①小屋に訪れたトウヤ。荒れた部屋を見て取り乱す。

 ②そしてこんな夜も更けた時間にゼノさんの参上し吃驚。

 ③さらに山賊に追われるという事実に恐怖ブルブル。


 ふっ、ボクを試すためにこんな手の込んだことを。

 浅はかですね村長。謎は全て解けましたよ。

 ボクを騙そうたってそうはいきませんよ)


 暗い笑みを零しながらトウヤはほくそ笑んだ。

 その様子を見てゼノは若干引いた。


(実に。いや実にいい小芝居でした。

 なかなかに凝った作りで僕も初めは騙されましたが、村長は一つ大きなミスを犯しましたね。

 『山賊に追われる老人と、何故か偶然それに巻き込まれる少年』という設定なんでしょうが。

 配役を誤りましたね。ゼノさんにこの作戦を一任したのは大きな間違いです!)


 トウヤはゼノの方を向く。


(山賊に襲われているというのにこの落ち着きはありえません! 

 ボクを見てください。山賊とか聞いただけで大声を出して震え上がるんですよ。別に狙われてもいないのに。

 ですが、ゼノさんは追われていてこの態度。むしろ余裕を感じます。

 より困難な試練を仕立てあげてボクを追い込もうとしたんでしょうがその手には乗りませんよ。

 逆にこっちがこの状況を利用してやります! 

 作戦名は『ドッキリを仕掛けられたが逆に知ってて驚いて挙げたんですよ~だ』作戦です。

 これで村長が悔しがること間違いなしです)


「何故山賊に追われてるんですか?」


 作戦を実行に移すべく、トウヤは村長自作であろう物語に付き合うことに。

 全ては村長を悔しがらせるためであった。


「フッ、それはワシの偉大なる研究のせいでの」


 トウヤの考えを全く知らずにゼノは語りだした。


「この研究は世界を揺るがすほどの大いなる力をもっとる。それを恐れたか、奪おうとしているのか。

 とにかく奴らはワシを連れ去ろうとこの小屋を襲ってきたのじゃ」


「はぁ。そういう設定ですか」


「設定?」


 トウヤの不思議な発言に目を丸くするゼノ。


「いえ、こちらの話です」


「……ごほん。ともかくワシは此処で襲われた。その時は寸での所で逃げおおせたがのぉ」


「はぁ」

 

(偉大なる研究とか自分で言いますかね。しかも世界を揺るがすとか)


 ゼノの誇張発言にトウヤは呆れた。


「…ん? というか小屋に戻ってきていいんですか。逃げてるのに襲われた場所に戻ってくるとか」


 『アホなんですか?』といった表情でゼノに尋ねると。


「フフフ。浅はか。実に浅はかじゃのトウヤ」


 不気味な笑い声を上げてそんな事を宣うゼノ。

 トウヤは少し苛立った。


「トウヤよ。お主は追手から逃げるとしたらどうするかの」


「……それはまぁ、追手の居る場所から遠くに逃げるんじゃない「それじゃ!」……」


 ゼノは黒い笑みを浮かべた。


「そこがミソよ。だれもが追手から逃げるため、追手の居る場所から遠くへ行こうとする。しかしそれは何とも浅はかな考えよ」


 ため息を吐きながら目をつむり、首を横に振るゼノ。 

 『ホントむかつきます』とトウヤは思ったが我慢して話を進めた。


「それじゃ、えっと、ゼノさんはどのようなお考えをお持ちなんですか」


「ふふふ、遠くへ遠くへ逃げようと皆考えるのなら、その逆をやればいい!」


「逆……、つまり近くですか」


「その通り『近く』。つまりここじゃ」


 そう言って地面を指さすゼノ。そして長く伸ばした口髭をさすりながら、


「名付けて『灯台下暗し』作戦じゃ」


 ダサい作戦名を口にした。


(『じゃ』じゃないですよ『じゃ』じゃ。誰でも思いつくと思いますよ。『戻ってくるかも』ぐらい。

 というかなんでボクはこんなアホ村長の知り合いのアホ研究バカ老人の相手をしているんでしょうか。

 ああ、村長を悔しがらせるためでしたっけ。もうどうでもいいような気がしてきました)


 本当に何かどうでも良くなってきたトウヤ。

 自身の立案した作戦を放棄し、とにかく明日に備えて寝ようか、と考え始めたその時。


「爺さん、そこにいるんだろう」


 小屋の外から、なんとも底冷えのする低くて野太い声がトウヤの耳に聞こえてくるのであった。

読了、ありがとうございます。

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