第六節 絶体絶命の少年
(12/03/10)誤字・脱字修正
「カズマさ~ん。どこまで行ったんですか~」
自身に身の危険が迫っていることなど露知らず、トウヤはカズマを探して、森の中をさまよっていた。
「一人ぼっちにしないでくださいよ~。寂しくて、心細くて、ボク死んじゃいますよ~」
「カァ」
「? カァ?」
後ろから聞こえた鳴き声に、振り向くトウヤ。
そこには、先ほど襲かかってきたカラスの内の一羽が、木の上でトウヤを見つめていた。
「ヒィ、ヒィーーーーーーーーー!」
カラスの姿を確認し、腰が抜けて地面にヘタリ込むトウヤ。
「ヒィ! ボクは美味しくありませんよ! だから、……ってい、一羽? な、な~んだ」
カラスに対して命乞いをしていたトウヤは、ふとそこにいるのがたった一羽きりである事に気付き、余裕を取り戻す。
「はっはっはっ! どんなにボクが難弱者だろうと、たった一羽のカラスに怯えますかってんです!
さぁ! かかってきなさい、カラスさん! ボクの実力を見せてあげましょう!」
そう言って、カラスに対して戦闘態勢を取るトウヤ。
そんな態度に怒ったのか、カラスはトウヤに襲いかかる。
「カァ!」
「あ、あいた! あいたたた! ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください!
ボクが悪かったです! 調子に乗ってました! 謝りますから許してください!」
カラスの嘴で突つかれまくり、トウヤは頭を下げて謝罪した。
そんなトウヤの様子を見て、攻撃をやめるカラス。
「うぅ。ボクは一羽のカラスにも勝てない、難弱者なんですかぁ」
自身の不甲斐なさに、トウヤはガックリと項垂れた。
そんな事をしていると、何かが大量に羽ばたいてこちらに近づいてくる音が、トウヤに聞こえてきた。
「? 今度は何ですか?」
近づいてくる音が何かと思い、顔を上げて確認するトウヤ。
するとそこには、
「カ、カ、カ、カラスの、た、大群!」
大量のカラスが、木々の上に止まっていた。
皆一様にトウヤに顔を向け、鳴き声を上げている。
トウヤは身の危険を感じ、顔面が蒼白となる。
「カ、カラスさん? 何故そのようにこちらを見て鳴くんですか? あ、いえ、カラスさん達の勝手ですよね?」
頭が混乱し、トウヤは意味不明な事を口走った。
何を言ってんですか、ボクは!
それよりも、何とかして逃げないと、ボクも美味しくいただかれてしまいますよ!
そう思ったトウヤは、震える体を無理矢理動かし、何とかこの場を逃げ出そうと後退りを始めた。
しかし、
「カァ!」
一羽のカラスが一際大きく鳴き声を上げ、それに呼応するかのように、他のカラスたちが一斉に羽ばたき始めた。
そして、一斉にトウヤに襲いかかった。
「どこに行ったんですかカズマさん! 助けに来てくださーーーーーーーーーい!」
涙を浮かべて助けを乞うトウヤ。
すると、それに答えかのように、一人の救世主がトウヤの上空から現れた。
「大丈夫かトウヤ!」
突撃してくるカラスを撃退しながら、カズマはトウヤの安否を確認した。
それに対して、トウヤは。
「助かりました! ってそうじゃないです! 大丈夫じゃないですよ、もう少しで死ぬところでした!
というか今まで何をしてたんですか! それにこのカラスたちは何なんですか! あとクロエさんは倒したんですか!」
勝手な行動を取ったカズマに、怒声を上げて質問の嵐をぶつけた。
それに対して、カズマは律儀に全ての質問に答える。
「怪我してねぇから問題ねぇだろ! 今まであの鳥女と戦ってたんだよ!
このカラス共はお前を狙ってるんだ! そのせいでこっちに戻らなくちゃいけなくて、あの女はまだ倒してねぇよ!」
「何やってんですか! さっさとお片付けして、ボクの身の安全を保証してくださいよ!」
「うっせぇ! お前が足手纏いになってんだよ!」
「今更言うな!」
カズマの足手纏い発言に、怒りを爆発させるトウヤ。
「言ったでしょ! 何回も! 何辺も! 必ず! 絶対! 間違いなく! これでも勝手ほど! 足手纏いになるって!」
未だカラスたちの攻撃を撃退しているカズマの背後に隠れながら、トウヤはさらに続けた。
「大体カズマさん言いましたよね! ボクがいるのがいいハンデだって! 自分にはこのぐらいが丁度いいって!
その貴方が今更言い訳しないでください! 見苦しいですよ!」
「言いわけじゃねぇ! あの女が卑怯な真似ばっかするから!」
「それを戦法と言うんですよ! 相手の弱点を付くなんて常套手段でしょうが!
何ですかカズマさんは! 世界には真っ向勝負をするだけの猪野郎しかいないと思ってんですか!
そんなわけないでしょうが!」
「うるせぇ! もう黙れ!」
「いいえ、黙りません!」
トウヤは腹の底から声を出して、カズマに言った。
「前回の『オルトロス』の時にもいいましたが! ノリで発言するのをやめてください!
毎回毎回出来もしないのに余裕だの楽勝だの! だからこんな目に合ってるんですよ!」
「ノリじゃねぇ! 面白そうだから……」
「それをノリって言うんですよ! いいですか!」
トウヤはカラスを撃退しているカズマの耳元に、怒鳴りつけた。
「今後! ボクの意見を! しっかりと! 聞いてください! そして! 理解し! 尊重してください! その無い頭で!」
「なんだと!」
振り向きもせず、トウヤに怒鳴るカズマ。
「お願いしますから少しは学習してください! 本当にお願いしますから!」
必死の形相でトウヤはカズマに懇願した。
そんなトウヤの様子に、カズマは渋々納得し、トウヤに言った。
「くそっ! わかったよ! で、残りの時間は!」
「あ、そうでした!」
カズマに言われ、懐に入れていた懐中時計を出し、残り時間を確認するトウヤ。
「残り! ……へっ?」
何で!? 何でこんなに経ってるんですか!?
「どうしたんだよ! 早く言え!」
自身の問いになかなか答えないトウヤに、カズマはイラつき催促した。
「おいトウヤ!」
「詐欺です!」
「はぁ?」
カズマは突然の意味不明発言にあっけにとられた。
しかし直ぐ様正気を取り戻し、トウヤに怒鳴り散らす。
「お前、何言ってんだよ!」
「詐欺ですよ詐欺! 時間詐欺ってやつですよ!
あのまだ大丈夫、まだ大丈夫って思ってたら相当時間が経ってたっていう! 知らないんですか!」
「知るか! てか時間を言えよ!」
「残り三十秒です!」
「何!? って危な!」
カズマはトウヤの答えに驚いて、一瞬よそ見をしてしまい、あやうく一撃をもらいそうになった。
「嘘付け!」
「嘘ならどんなに嬉しいか! でも事実なんですよ! というか残り二十秒!」
激しく続く攻防、しかしカラスの数はかなり減っていた。
「せめて全部倒してから消えてください!」
「……本当なのか?」
「本当ですよ! こんな状況で嘘付けますか!」
なんで自分が不幸になる嘘を付く必要があるんですか!
「残り十秒!」
「くっそ、ハァァァァ……」
残り時間を聞いたカズマは、腰を落として必殺の構えを取った。
そして一気に右拳を天へと上げて、
「覇ッ!」
カズマとトウヤの周りに風圧の嵐を発生させ、一気にまわりのカラスたちを攻撃した。
「カァ!」
その嵐に飲み込まれ、飛行不能に陥り、さらに衝撃で吹き飛ばされるカラスたち。
トウヤもその衝撃に吹き飛ばされそうになるが、嵐の中心にいた事で何とか持ちこたえる事ができた。
そして懐中時計を確認するトウヤ。
残りは四秒、三秒、二、一……。
「零」
そうトウヤが呟いた瞬間、カズマの姿は光に包まれて消えた。
ついでにカラスたちも、カズマの最後の攻撃を喰らって地面へとたたき落とされている。
「はぁ、なんとかなりましたね」
体を痙攣させているカラスたちの姿を見て、自身は助かったのだと安堵の息を吐くトウヤ。
そのまま地面に座り込み、右手に最後の実を取り出して、カズマを召喚できる十分後まで待とうとしたその時、背後からその声は聞こえてきた。
「坊や。あのカズマって男はどうしたんだい?」
「あ、カズマさんですか? 今いませんよ、ちょうど……」
問いかけに対して、答えていたトウヤは、しかし聞き覚えのある声に硬直する。
「『ちょうど』。何だい坊や?」
「え~と……」
恐る恐る声のする方向へと顔を向けるトウヤ。
するとそこには、黒い衣装に実を包んだクロエの姿が。
そのクロエは、口をニンマリと歪めながら、トウヤに言った。
「この状況を見ると、どうやら坊やはたった一人、って事で間違いないだろうねぇ」
「いや、えっと、アハハハハハハハハハ」
乾いた笑い声をあげるしかないトウヤ。
そうでした。忘れてました。この人がいたんでした。
「早く戻ってきて、カズマさん……」
トウヤは絶体絶命の窮地に立たされた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「や、やばすぎます」
トウヤは体を震えあがらせながら、自身が絶体絶命の窮地に立たされている事を理解した。
どうしようどうしよう! まだカズマさんが『消失時間』に入ったばかり!
なのに目の前には美人ながら恐ろしい思考の持ち主であるクロエさん!
死ぬ! ボクなんて死んでお亡くなりになってしまう!
そ、そんなの嫌ですよ!
クロエの姿を視界に入れながら、何とか逃げ出そうと後ずさりするトウヤ。
しかし、
「逃げないでおくれよ坊や。少しお話をしよう?」
そう言いながら、クロエは指を鳴らす。
すると、全部倒したかと思われたカラスが二羽現れ、トウヤに襲いかかった。
「ヒィ!? ってあわわわわ!」
殺されると思い慌てふためくトウヤ。
しかし、カラスたちはそんなトウヤの両肩をそれぞれ掴み、空中へと持ち上げた。
「は、放してください!」
トウヤはカラスの拘束から逃れようと、身を揺すって抵抗する。
懐に入れていた懐中時計を地面に落としてしまうほど暴れるも、しかしカラス達は一向にトウヤの両肩を放そうとはしなかった。
「まぁまぁ。ほんの少しお話したいだけだから、我慢しておくれよ」
クロエがもがくトウヤに近づきながら、そう告げた。
「な、な、何ですか?」
トウヤはクロエが近づいたことで恐怖し、抵抗することを止めた。
「何、単純な事だよ。カズマとかいう奴の話さ」
「カ、カズマさん?」
まさかカズマの事を聞かれるとは思わず、驚きの表情を浮かべるトウヤ。
カズマさんの事? どうして? で、でもこれはチャンスなのでは!?
トウヤは地面に落ちた懐中時計に目をやった。
カズマさんの『消失時間』終了まで、あと九分弱。
その時間を消化させるためにも、逆にクロエさんとお話をして時間を稼ぐのはとても効果的です。
というか、もうそれしか助かる道はありません!
トウヤはクロエの話を聞くことにした。
「あ、あの。一体、カズマさんの何をお聞きしたいんですか?」
「あの男はどこに消えたんだい? それと、あの男は何者なんだい?」
「き、消えた。ハハハ、まさか人が消えるだなんて、そんな事は有り得るはずがありませんよ。ク、クロエさん」
そう笑って誤魔化すトウヤ。
どうやら、クロエにカズマの消失現場を見られていたらしい、とトウヤは悟った。
しかし、だからと言ってどうこうなるわけではない、とも思った。
まさか木の実が人になるとは思わないだろうし、消えていると知っても知らなくても、自身の状況に変わりはないからだった。
「それと、カズマさんが何者かですか? それは……」
話を止めてしまうトウヤ。
そ、そういえば、ボクはカズマさんの事を何も知らないですね。
まぁ本人が記憶喪失でわからないのもありますが、その前に何故ボクに召喚されて出てくるんでしょうか……。
改めてカズマという存在に、疑問を抱くトウヤ。
そんなトウヤにクロエは言った。
「……あの男、『獣人化』や『鳥人化』、果ては『魚人化』のどれも使わずにあの強さ。もしかして他国の人間なんじゃないかい?」
「え? た、他国?」
この国の人じゃなかったんですか、カズマさん。
た、確かに服装に違和感を感じましたが、王都なんかでは着られているのかと……。
「……どうやら、坊やは何にも知らないみたいだね」
自身の言葉に悩むトウヤを見て、聞く相手を間違えたとガッカリするクロエ。
「……まぁいいよ。それより先にやることがあるしね」
クロエは口元を僅かに歪ませた。
「え!? あ、ちょ、ちょっと待ってください! まだお話をしませんか!」
そう言いながら時計を確認するトウヤ。
あと六分。まだそんなに!
「もういいよ。あの男の事意外、知りたいことはないし、それにグズグズしてて、またあの男が現れたたまったもんじゃないしね」
「で、でも……」
何とか時間を伸ばそうと、トウヤは必死に努力しようとするも、
「それにグズグズしてると他の奴らもここに駆けつけてくるだろう?
坊やたちが囮になっている間に森に入ってきた奴ら、討伐隊、だっけねぇ。
まっ、私のカラス共を向かわせたから、当分ここには来れないと思うけど……。
それを待ってるんだろ、坊や。無駄な時間稼ぎが見え見えだよ」
「う!?」
目的は討伐隊の到着ではなかったが、時間稼ぎをしていることがバレて、トウヤは顔を青くした。
また、討伐隊が自身を助けに来てくれる可能性も潰えたことで、さらに希望を無くす。
「悪いけど、あの子らだけじゃ討伐隊の奴らには敵わないからね。私もさっさと向かわなきゃならないんだよ。だからもう殺すね」
そう言って、トウヤから距離をとるクロエ。
さらにクロエは指を口にくわえ、指笛でカラスたちに合図をする。
その合図に呼応して数羽のカラスがトウヤの目の前に現れた。
「ま、待って! 待ってください!」
トウヤはクロエにそう言いながら、時計を確認する。
『消失時間』終了まであと五分。
後五分も!? さっきは凄い速さで時間が過ぎたのに、何で今度はこんなにゆっくり何ですか!やっぱり詐欺です!
トウヤは何の関係もない時計に対し、激怒した。
「それじゃあね、坊や……」
クロエは後ろに振り向き、翼を出しながらトウヤに手を振った。
それと同時にトウヤに目標を定めるカラスたち。
「いやだ! いやだ! 死にたくない!」
死の恐怖に涙を流すトウヤ。
どうして、どうしてこんな事に! やっぱりこんな所に来るんじゃなかった!
だから言ったんですよ! こんな所にくるのは嫌だって!
なのにカズマさんが勝手に行くって言って、さらにボクまで巻き込んで!
絶対大丈夫? これのどこが大丈夫なんですか! ボクは、こんな、こんな所で!
「くそーーーーー!」
未だに自分を拘束しているカラスを振り払うべく、必死に抵抗するトウヤ。
しかし、カラスたちは全くトウヤを放そうとはしなかった。
嫌だ! 嫌だ! 死にたくないよ! 助けて! レイナ! レイラ! 村長! カズマさん!
カラス達が鳴き声を上げ、羽を羽ばたかせる。
ボクはまだ、何も変わってないんです! カズマさんが言うように変わってみせますとは言えません!
でも変わりたいという気持ちはあるんです! それがいつになるかはわかないですけど! でも、それでも、ボクは!
カラスたちが空中に浮かび上がる。
お願いです! 誰でもいいから! ボクを助けてください!
そうトウヤが願った瞬間、腕輪と実が光り出した。
それに気付き、右手を見るトウヤ。
するとそこには、いつものように緑色に光る腕輪と……。
「『実』が、青く!?」
何故か青く色づいた『実』が、トウヤの手の中で発光していた。
何故? どうして? 『赤』じゃなくて『青』?
トウヤがそんな事を考えていると、
「な、何事だい!」
討伐隊の方へと向かおうとしていたクロエが、トウヤの方を見て驚愕していた。
そのクロエの姿を見て、トウヤは気付いた。
実が何色に光ろうと、今はそんな事を気にしている場合ではありませんでした!
トウヤは再び、自身の右手に目をやった。
何がどうなるのかわかりませんが、どうかお願いします。ボクを、助けてください!
「『レイズ』!」
トウヤが呪文を叫ぶと同時に、『実』はさらに強く眩しく発光しだす。
さらにトウヤの手から飛び出して、実は段々とその大きさを増していき、人間台の大きさにまで成長する。
続けて実が割れて、中から双葉が生えだし、実を包むように成長を始める。
「何をしたんだい! 坊や!」
クロエが摩訶不思議な現象に驚きの声をあげる。
しばらくして発光が収まった事で、トウヤは閉じていた目を開き、辺りを調べる。
するとトウヤの前方に、その人物はいた。
「カズマさんじゃ、ない?」
そこにいたのはカズマではなかった。
ロングストレートの青い髪を風に揺らし、杖と思わしき得物を右手に持ちながら、蒼いローブを身に纏った女性。
そう、トウヤが見たこともない女性の姿が、そこにはあった。
「…………」
青髪の女性は、無言で辺りを見回した。
クロエを見て、その後トウヤを見つめる青髪の女性。
一通り辺りを見回した彼女は、トウヤに杖を向け、聞こえるか聞こえないかのか細い声で、こう呟いた。
「……『電離』」
そう青髪の女性が言った瞬間、杖と思わしき獲物の先端から、青色の電気が音をたてて発生する。
そしてさらに、女性は続けて言った。
「……『燃焼』」
直後、女性の杖から二つの紫電が放たれ、トウヤの両肩に向かっていく。
「えっ? ってアツッ! イタッ!」
両肩を突如襲った激痛に苦痛の声を出し、しかし突然落下した事で尻を打ってしまうトウヤ。
「な、なにがどうなって?」
トウヤが何が起こったのかと辺りを見回すと、そこには、炎で翼が燃やされている二羽のカラス。
「カァ!」
「な、この! よくも私のカラスに!」
自身のカラスを炎で焼かれ、怒りをあらわにするクロエ。
翼を出したかと思うと、上空に飛び上がり、口に指をくわえる。
しかしそんなクロエを無表情で見つめながら杖を向ける青髪の女性。
そして、青髪の女性は再度呟いた。
「……『蓄電』」
すると、杖の先端で発生していた青色の電気が、段々と大きくなっているのがトウヤの目に入った。
そして、
「……『放電』」
直後、森の中に鳴り響く雷鳴。
「ヒィ!?」
突如発生した雷鳴に、驚いて身を縮こませるトウヤ。
「やめてー! 雷怖いですー!」
頭を抱えながら、トウヤは情けないセリフを吐く。
しかしその言葉が通じたのか、すぐに雷鳴は収まり、辺り静けさを取り戻す。
「……な、何が一体どうなって?」
顔を上げて周りを確認するトウヤ。
するとそこには、
「? 何ですか? あの黒い物体は……、って! クロエ、さん?」
全身を焦げつかせたクロエが、地面に横たわっていた。
「し、死んだんですか?」
トウヤは身をお越しながら、これを行なった青髪の女性に話しかける。
しかし、
「…………」
明後日の方向を向いて、何も言わない青髪の女性。
仕方なく、嫌々ながらも、トウヤは焦げたクロエにおっかな吃驚近づき、近くにあった小枝でツンツンとつついて確かめてみる。
するとそれに反応して、少し痙攣した様子をみせるクロエ。
「よ、良かった~。死んでません。……いや、死んでもよかったのか? 嫌々しかし……」
トウヤはクロエの無事を喜ぶべきか、喜ばざるべきかで大いに悩んだ。
そんな事をしていると、トウヤの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「っしゃあ! トウヤ、残りの実で召喚しろ! 鳥女をボッコボコにしてやるぜ!」
すでに事が終わっているのに気付かず、『消失時間』を終えて威勢良く現れるミニマムカズマ。
そんなカズマに対し、トウヤは微妙な顔をして言った。
「……カズマさん」
「何してんだトウヤ! はやく俺を……、って、あれ?」
カズマは、トウヤの近くにいる横たわる黒い物体に気がついた。
「……おい、トウヤ。それは何なんだ?」
カズマは黒い物体に指を向け、トウヤに確認する。
「えっと、一応これはクロエさん、だったもの?」
「…………何!? どういうこった! 何であの女がそんな有様になってんだ!」
「それはあちらにいらっしゃる女性の方の御陰でして。彼女も貴方同様、ボクに召喚されて参上し……」
「何!?」
話の途中だというのに、トウヤの指差す方向に勢い良く顔を振り向かせるカズマ。
「お前がやったのか! 余計なことしやがって!」
カズマは青髪の女性に詰め寄った。
「ちょ、ちょっとちょっと! カズマさん、やめてくださいよ!
彼女はボクの命の恩人なんですよ! 彼女がいなければボクは今頃死んでました!」
あわててカズマを止めにかかるトウヤ。
「何? う~ん、そうかぁ……」
そうカズマが腕を組んで一瞬考えたあと、
「ちっ! ならまぁ余計な事をしたのは許してやらんこともない! あとトウヤが世話になったな! 一応礼を言っておくぜ!」
「何て失礼な言い方を! それに何て上から目線! 貴方には相手を敬うという心構えがないんですか!」
カズマの余りにも失礼な言い方に、トウヤは青髪の女性に謝罪しようと駆け寄った。
「も、申し訳ありません! このカズマさんという男は口が悪くて礼儀知らずで、おまけに脳筋なんです! 許してやってください!」
トウヤは深々と頭を下げて、女性に謝罪の意を示した。
「おい! 言い過ぎだぞトウヤ!」
「やっかましいですよ! 初対面の女性に対して、何て口の利き方するんですか! 少しはエチケットに気を使ってください!」
「へっ! どうでもいいぜ! それよりもおい、青髪女! こっちが話しかけてんのに、顔を向けないってのはどういう了見だ!」
自身の不礼儀はどうでもよく、相手の不礼儀には突っ込む小さい男、カズマ。
「だからやめてくださいってば! 喧嘩を売らないでください!」
「喧嘩なんて売ってねぇよ! こっちを向けって指図してんだよ!」
「指図してんでしょ! それを喧嘩を売るって言うんですよ!」
「うるせぇ、黙ってろトウヤ! 俺はこういうタイプの女が、一番嫌いなんだよ! つうかこっち向け!」
二人して言い合いを始めるトウヤとカズマ。
すると、そんな二人に反応して、青髪の女性がトウヤ達の方へと顔を向けた。
「……ほぁ~」
振り向いた女性の顔を見て、呆然としてしまうトウヤ。
ボクなんかが女性の顔をどういう資格はないのですが、しかしあれですね!
美人!
この一言に尽きると言っても過言ではないでしょう!
もう、目なんて鋭いのなんの、まるでこちらを睨みつけているような……。
って! 睨んでる!?
女性が自身を睨みつけていると理解し、少し後ずさりするトウヤ。
カズマもそれを理解していたが、この男の場合、そういう態度を取られると逆に前に出てしまうタイプなので、
「おう! 何ガンたれてんだよ! 言いたいことがあんならはっきり口で言え! このアマ!」
もうやめてーーーーーーーー!
トウヤは心の中で悲鳴をあげた。
「…………い」
するとカズマの言葉に反応してか、青髪の女性が何かを小声で呟いた。
もちろんカズマを睨みつけながら。
「あ!? 聞こえねぇよ! はっきり喋れ!」
カズマがさらに青髪の女性を煽る。
そんなカズマに対し、青髪の女性は、今度は周りにはっきりと聞こえる大きさで、こう呟いた。
「……ウザい」
「うっ! ドきつい言い方。……ってそうじゃない! 不味いです!」
トウヤはカズマの方に目を向けた。
「んだと!?」
トウヤの予想通り、女性に掴みかかる勢いをみせるカズマ。
そんなカズマに対し、青髪の女性はさらに続けていった。
「……消えろ」
「んな!?」
「……目障り」
「にぃ~!?」
女性の言葉に、おもしろいようにカズマは顔を歪ませていく。
「トウヤ!」
「はい!」
突然自身の名前が呼ばれ、直立不動となって元気に返事を返すトウヤ。
「俺を元に戻せ!」
「……無理です」
カズマの言葉ににべもなくそう答えるトウヤ。
「無理じゃねぇ! この女をぶっ飛ばーす!」
「いえ、カズマさんが勝てるとか勝てないとか、そういう次元の話をしているのではなくてですね」
「いいから早くしろ!」
「だから無理なんですってば! もう全部『実』を使っちゃったんですから!」
「……何!?」
勢い良くトウヤに振り向くカズマ。
「何でだよ!」
「さっき言ったでしょ! 彼女を召喚したって! 最後の実で召喚したんですから、もう無いに決まってんでしょうが!」
カズマの理解のなさに、頭が痛くなるトウヤ。
そんなカズマに、女性はとどめの一言を言い放った。
「……バ~カ」
口元を僅かにニヤつかせ、心底小馬鹿にした様子をみせる青髪の女性。
それに対して、ついにカズマの対して丈夫でもない堪忍袋の緒が切れた。
「こんのアマ! ぶっ飛ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!」
女性に殴りかかるミニマムカズマ。
「ああ、またアホな行動を……」
そんなカズマの行動に、呆れるトウヤ。
現在のカズマの状態では、誰かに触れたりすることは出来ないと証明されている。
ゆえに、
「この、この、この、この!」
カズマの攻撃は、一切彼女に届くことなく、無意味な空振りを続ける事に。
そんなカズマの様子を見て、さらに青髪の女性が一言呟いた。
「バ~カ」
そんな二人の様子を見て、段々あほらしくなってきたトウヤは、
「……もう、勝手にやっててください」
地面に座り込み、二人の喧嘩(?)を傍観する事にしたのであった。