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緑と十の育成法   作者: 小市民
第二章 討伐
15/36

第二節 調べる少年

(12/03/10)誤字・脱字修正

翌朝、体に何の違和感も感じることなく、ごく普通に起床することが出来たトウヤ。


「ああなんて清々しい朝なんでしょう!」


ベッドの上で大きく伸びをし、朝の新鮮な空気をたらふく肺に吸い込む。 


ここ一週間碌な目覚め方をしていなかったのでその反動の賜物なのだろう。

気分ランランのままベッドから起き上がり、家の外に出るトウヤ。

美しい朝日に照らされる中、体全体で大きく伸びをする。


さぁ、今日から正常運転です。また平凡な生活を満喫するぞ!


「ヤッホー!」


ああ素晴らしきかな我が人生。

これ以上の解放感は生まれてこの方味わったことがない。


そんな清々しい気分を維持しつつ、トウヤは家の中へと戻った。

そんなトウヤをアホを見る目でカズマは眺めていた。


そんな目で見ないでください。まるでボクがアホみたいじゃないか。


カズマの視線を気にしないようにしつつ、さてどうしようかと一考するトウヤ。


「あ、忘れてました」


 トウヤは机に置かれた植木鉢の存在を思い出した。

 植木鉢には、一本の茎から十の緑色の花が咲いていた。


「おお! ついに花が咲きましたか。成長速度からいって、そろそろだと思ってましたが……」


「へぇ~。本当に育ったな、あの『実』でよ!」


 二人揃って感動する。


「はい。というか痛みで動けない中、必死で世話したんですから、育って貰わなければ割に合いませんよ」


 実はこの花、山賊達のところから帰ってきたその日に育て始めた『ジュニクの実』の花であった。

 帰りの道中。残り五個となってしまった実を眺めてどうしようか、と悩んでいたトウヤに対して。


「『実』なんだから、育てりゃいいじゃねぇか」


 と、カズマから実にご最もな意見が飛び出した。

 ちなみにそんな事に気付かなかった上に、カズマなんかにその事を気づかされて二重にショックを受けるトウヤがいたとかどうとか。


「これだから脳筋さんの発想は侮れません。実に簡単に、物事を捉える様には驚愕を通り越して絶望しましたよ」


 若干落ち込んだ様子のトウヤ。

 しかしすぐさま気を取り直す。


「ま、このままいけば明日、明後日には種が出来るかもしれませんね」


「お~。ってことはあれだな。俺を元に戻せるってことだな! 『今』」


「『今』じゃないですよ! 『明日』『明後日』出来るって言ったばかりでしょうが!」


 耳に何か詰まってるんですか!?


「アホ、そんな事わかってんだよ。今ある実を使ってだな……」


「だから、必要な、時じゃ、ないのに、無駄遣いは、出来ない、と何度言えば解るんですか!」


 このアホ!


 トウヤは、カズマを無視する方向でいくことにした。

 イラつきながら『はてそういえば……』とある事を思い出すトウヤ。

 机から離れ、ベッドに置いてある腰袋を手に取る。


 牢屋に捕まった際にゼノから預かることになった腰袋である。


「そういえばコレの中身をまだちゃんと調べていませんでしたね」


 これがなければ今頃どうなっていたことやら……。


 自身を助けてくれた袋と、ついでにゼノに対して感謝しつつ袋を開けて中身を確認する。

 そこには多種多様の実が入っていた。

 あの時『オルトロス』を止めるのに使った黒い実もその中にある。


「えっと。色々あって何が何やら……」


 黒い実の効果は知っていたが他の実の扱いはどうすればいいのか悩むトウヤ。

 そんな時、トウヤは袋の中に折りたたまれた紙キレがあることに気付く。


「? なんでしょうねこの紙は……」


 袋から紙を取り出して、中を確認するトウヤ。

 そこには、何やら文字が大量に書き込まれていた。


「これはゼノさんが書いたんでしょうかね?」


 トウヤは中身を読んでいく事に。


『これを読んでいるという事は、ワシはもうすでにこの世からいなくなっていることだろう』


「はぁ?」


 いえ、おそらく元気いっぱい黒幕たちについて探りを入れていると思われますが。


 違和感丸出しの書き初めに、目を丸くするトウヤとカズマ。


「う~ん、あっ。そういえば……」


 トウヤは牢屋での出来事を思い出す。


 あの時、ゼノさんは確かボクが来てくれて好都合だとか言ってましたね。

 それは、この袋を渡すのに最適な人物が現れたからだ、という事は言うに及ばず。

 しかし、もしボクがあの場に現れなかったらゼノさんはどうするつもりだったんでしょうか?


 おそらく連れて行かれている最中のどこかで信頼出来る人物に手渡すか、もしくは人目に付く場所に置いていった可能性があります。

 その場合、この袋が何なのか伝える暇があるとは思えません。

 ゆえにこの紙は、その時のための対処法として書いていたものだと推測されますね。


 だがしかし、それでもトウヤには疑問が残った。


「でも、何でこんな書き出し方なんでしょうね? 本人、生き残る気満々だったはずなんですが……」


「さぁな。不安に駆られでもしたんじゃねぇか?」



「……それは有り得るやも。でもあのゼノさんが?」


 気になりつつも続きを読み始めるトウヤ。

 しかしそこには。


『こんな書き出し方しか思いつかなかった。ゴメンね。』


「ウザいわ!」


  読んでいた紙切れを床に叩きつける。


「ゼノさん! 貴方って人は山賊に捕まっているという非常事態に、何アホな事書いてんですか!」


 ゼノのアホっぷりに苛立ちながらも、しかし叩きつけた紙を拾って再び続きを読んでいくトウヤ。


『どこの誰が読んでいるかわからんが、ここに書いてあることは全て真実である。』


その後にはトウヤに話して聞かせた事と同じ内容を書き連ね、重要なアイテムをべジル村の少年に預けた事が書かれていた。

ここで『ジュニクの実』の『ジュニク』は『樹肉』と書くことを知ることになるわけだが。


「『樹肉』。ますます意味が分かりません」


樹の肉? なんじゃそりゃ。

 一つ謎が解ける同時にまた一つ謎が。

 トウヤは一体この『実』が何であるか悩むものの、しかしもっと重要な事に気付く。


「……というかそれよりも。ボクの事を書かないでくださいよ! 

 もしこれが危険人物の手に渡っていたらボクの命が危ないじゃないですか! 

 そんな事もわからん程アホなんですか、そうなんですね!」


自分が山賊に捕まっていなければ、新たな危険人物に直接狙われる可能性もあったと理解し憤慨するトウヤ。

良かった、本当に良かった。山賊に捕まって。

 ボクの犠牲は無駄ではありませんでした。


 トウヤは涙を流して喜んだ。

さらに続きを読んでいくと。


「……あ、ここらへんからボクの知らない事っぽいですね」


『この紙と同じ袋に入れている実はワシの研究成果の一部である。役立たせてもらえるなら幸いだ。』


「その事に関しては感謝してますよ」


 『オルトロス』の動きを封じることが出来たのは黒い実のおかげ。

 トウヤはゼノに感謝した。

 しかし、次の文章を読んで感謝の気持ちは吹き飛んだ。


『そしてこれを作ったワシを崇め、讃えても良し。さらに感謝し、崇拝してくれると尚嬉しい。』


「だからあのボケ老人は、何をしていやがりますか!」


 少しでも理性が残っていなかったら手に持っている無駄な文章だらけの紙を、ビリビリに破り捨て去るところだったトウヤ。

 再び息を整えて続きを読む。


『まずはワシの最高傑作から紹介するとしよう』


「ゼノさんの最高傑作……」


 なんとなく予想は付きますが。


『黒い実を見てもらいたい』


「やっぱりね」


 これがゼノさんの最高傑作ですか~。

 『樹肉の実』と同じ大きさの黒い実を手に取り、眺める。

 

『この黒い実は、「悪臭の実」と言い、その名の通りものすごく臭い匂いを周辺にまき散らす凄まじい実じゃ』


 すでに『オルトロス』戦で実証済みだったため、確かにと頷くトウヤ。


「すごい臭いでしたよね。まだ記憶に鮮明に残ってますよ」

「おの駄犬が苦しんでたからな~」


 カズマもあの時の事を思い出して同意した。


『そのままでも効力はすごいが、特に効果を発揮するのは相手がこの国の能力者であった場合だ。

 奴らは、獣などの特性を付与することが出来るのだが、逆にそれが致命的な欠点となる。鼻が利きすぎるのだ。』


「まぁそうでしょうね」


 納得しながら、しかしそこでふと気付く。


「これを使えば村長に勝てるやも!」


 村長は『獣人化』能力者。しかも狼! これはいける。

 村長に一子報いる事が出来るやも、と思い黒い笑みを浮かべるトウヤ。

 しかし致命的な欠点に気付く。


「……でもこの実を使うとボクまで臭い思いをするはめになりますね。う~ん、同士討ちはしたくないですし……」


 どうしたもんかと思いながらも続きを読んでいくトウヤ。


『次に、赤い実について話したいと思う。』


「おっ! 新たな実についてですか」


待ってました!


『赤い実は「激辛の実」と言う。その名の通り猛烈な辛さを宿した実じゃ。食べるでないぞ、三日三晩苦しむことになるやもしれん。』


「……これはすごいのか、すごくないのか」


 ビー玉ほどの大きさの赤い実を手に取り、微妙な表情を浮かべるトウヤ。

 只の辛子と同じじゃん。でも三日三晩苦しみますし……。

 う~む、と悩むトウヤはとにかく赤い実については置いておくことに。


『さて次に黄色い実についてじゃが、名を「蛍光の実」という。この実のすごいところは地面に蒔くとすぐに根付き、栄養を吸いっとって実が光るところじゃ。』


 書いてある通りに『樹肉の実』とは別の植木鉢に、ビー玉より少し小さめの『蛍光の実』を蒔く。

 すると実から根が伸びて地面に根付き、実の部分が淡く光り出した。

 明るすぎず、暗すぎず。実に快適な光を放つ『蛍光の実』。


「へぇ。すごいです」

「たまげたもんだ」


二人して感嘆の声をあげる。

なかなかにいいもの作るじゃないですか、少しだけ見直しましたよゼノさん。

 感心しつつ続きを読むと。


『夜、暗くて怖い時に使うと便利じゃぞ』


「そんな使い方するのは、貴方だけですよ」


なんでこう、落ちを忘れないんだろうな、この人は。


『サクランボのように茎で繋がっておる二つの青い実。次はそれについて説明しよう』


「青い、これの事ですか」


 そこには、茎で繋がれたビー玉程の大きさの実が二つ。確かにサクランボのようだった。


『その実の名は『応答の実』。この実は二つ同時に使用することで効果を発揮する。片方の実で拾った音、まぁ音声を想像してほしいが、その拾った音をもう一つの実に伝えることができる優れものじゃ』


「すごい! これはすごい!」


 今までで一番すごいんじゃないですか、と興奮し感動するトウヤ。

 だがやはり。


『気になるあの子の家に置いて、盗聴することも可能じゃ。バレルでないぞ。捕まってしまうからの』


「……貴方が捕まってしまいなさい」


 なんかもう犯罪の道具にしか見えなくなってしまいましたよ。ボクの感動を返してください。

 

 大きくを溜め息を付くトウヤ。


『最後に緑色の実について。この実は『生薬の実』という。潰して傷ついた場所に塗ることで殺菌消毒およびケガの回復速度を若干促進させることが出来る。』


「ふ~ん」

 

 もはやトウヤは感動すらしなくなっていた。

 もう何だかな、といった感じである。


『それぞれの実は蒔くことでさらに大量に実を生み出すことが出来る。まぁやってみてちょ』


「何て軽い物言い。あと、お年を考えて発言出来ないんですかね」


 しかしまぁ、予想外と言うかなんというか。


「中々使えそうなものを発明しているではないですか」

「ああ、あの顔でこれだけのモンを作れるとはな」


 失礼な発言のカズマ。

 しかしあながち間違ってはないかな、とトウヤは思った。


「でも本人の前じゃ、絶対すごいとは言いませんよ」


絶対調子に乗りますからね。

もう文章もほとんど読み終わり、あとは軽く流してしまおうと思ったその時。

トウヤはその文章が目に入った。


最後の一行である。


『あ、忘れておったが『クロックレイズ』という呪文』


そこで文章は途切れていた。


……待て、待て待て待て。


「それを一番最初に説明してくださいよ!」


激辛の実とかいいから、と頭を抱え込むトウヤ。


「ああもう! 新たな呪文を最後に書くとか! しかも『あ、忘れておった』ってかく必要はあるんですか! アホなんですか!」


ゼノの頭の酷さ加減を再確認していると、カズマが目を爛々と輝かせて言った。


「おい、必要な時がきたんじゃないのか!?」

「あうち」


なんでこういう時に限って、こう閃きが鋭いのか。 

しかしカズマさんの考えもあながち的外れではないですね。

呪文の効果が分からないのなら試せばいい。


トウヤはそう考えて、机の引き出しにしまっていた『樹肉の実』を取り出す。


残りの実は四つ。明日か明後日には実も出来ることだし、まぁいっか。


 そう考えて残り四個の『実』の内の一つを取り出し、右手に握りしめる。

 ついでに懐中時計を取り出して時刻を確認。


「来い、カズマ!」


 カズマを吸い込んだ実が赤く輝きだし、腕輪も緑色に発光する。


「クロックレイズ!」


 呪文を唱えた瞬間、実はさらに激しく輝き段々と大きくなる。

 次に二枚の葉が実から飛び出して実を包んでいく。

そして。


「よし! 戻った!」


 赤い髪を棚引かせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手につけた、見た目十代後半程の青年。カズマがそこに立っていた。

 元に戻った事に喜びを隠せない様子のカズマ。

 そんなカズマに水を差すのも悪いのだが、トウヤには聞かなければならないことがあった。


「それで何か変わりましたか」


 新しい呪文の効力を確認するトウヤ。


「ああそうだな」


 カズマは自分の手を閉じたり開いたりする。


「なんかよ」


「はい」


「力がいつもより出ねェ感じがするんだが」


 …………………なんですと!


 予想外の事態に、驚きを隠せないトウヤ。


「え、ちょ、本当ですか!」


「ああ、それもかなり」


「そんなバカな!」


 ありえない。何ですかそれは! 弱くなるって呪いですか!

 

 弱くなる呪文。そんなものが存在するなどトウヤには考えられなかった。


 ゼノさん、何弱くなる呪文を教えやがりますかね!

 前言撤回! あの人は本当のアホです!

 弱くなる呪文。そんなもの欲しくもなんともない! 

 何故それがわからんのですか!


 どうしてこんな事に、と頭が痛くなるトウヤ。

 しかし、そんな彼に突如閃きが。


 待て、待て待て。よく考えるんですよ、トウヤ。

 今のカズマさんの状態を考えてみなさい!

 あの暴力脳筋男が、デコピンで人を飛ばすようなとんでも男が、力が出ない状態で今そこに立っている。


この状態を何と言いますか。そう、そうとも。


「千載一遇のチャンス!」


 小声で呟きながらトウヤは顔をニヤつかせる。

 

 あの事あるごとにボクの事を弱いとか駄目だなとか軟弱とか、言いたい放題言ってきたあのカズマさんが。

確かに命を何度も助けられたし感謝もしています。

 でもそれとこれとは話が別!

 

 この気を逃せばもうチャンスは訪れないだろう。

 今までの力関係を表すとこうだ。


カズマさん(通常)>>>>>>> 越えられない壁 >>>>>>>> ボク


しかし今この瞬間だけは。


 ボク > ホンのちょっとの壁 > カズマさん(弱まっている状態)


このようになっているのではないのか。そうさ、そうとも。


「いまこそ、あの時の、頭の、痛みを、返す、時!」


トウヤは、未だ自身の手を見つめるカズマの背後に回り込んで、機会を伺う。

そして。


「覚悟!」


言うが早いか、カズマの頭めがけて脳天チョップを叩き落とすトウヤ。


あの時の恨み、思い知るが良い!


積年の恨みを晴らすが如く落とした脳天チョップは、しかしカズマに届くことはなく。


「ぁん?」


 軽々とトウヤの腕をつかみ取るカズマ。

 掴んだ腕とは逆の手を、天に掲げ。


「何しやがんだ。このボケ」


 カウンターで逆にトウヤの脳天目掛けてチョップを叩き落とす。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 声も出せず、トウヤは頭を抱えてうずくまる。

 そして何故こんな結果になってしまったのかを考察した。


 なんでこんな結果に! 

ボクの導き出した完璧な結論に間違いはない筈!


 しかしそんなトウヤに対し、カズマは現実を教えてあげた。


「あのな。確かに力はかなり出ねぇが、それでもテメエよりはまだ全然強いんだよ」


「そんなバカな」


 なんですかそれは。つまりあれですか。

結局のところ、どんなにカズマさんが弱まったとしてもこうなると。


カズマさん(弱まっている状態)>>>>>>>越えられない壁 >>>>>>>>ボク


結局、ボクはどんな状況になってもカズマさんを超えられないと。

どこまでボクは非力なんですか!


あまりに高すぎる現実の壁に、絶望するトウヤ。


「この世はなんて、あまりにもボクには優しくない法則で構成されているんですか」


 頭の痛みと現実の厳しさに、数分の間地面に伏して涙を流していると。


「トウヤ! 起きてる!?」


 何故か、町にいっているはずの幼馴染の一人『レイラ』の声が聞こえてきた。

現実に絶望しているのに、今度は何ですか!


「起きてますよ!」


頭の痛みに耐えながらレイラにそう返事を返す。

全く何だってんですか。ボクが絶望しているのを感知して嘲笑いに来たんですか。


「そう。じゃあ入るわよ!」


そう言って、トウヤ宅に入ってこようとするレイラ。


……ん? 何か大事な事を忘れているような……、あっ!


「ちょっと待ってください!」


トウヤは開きかけた扉を無理やり閉じて、鍵を閉める。


「ちょ、何なのよ! アンタ一体何の真似!」


「いや、ちょ、ちょっと待ってください!」


カズマさんがいるんですよ、しかも見える状態で!


「何でよ! 理由を言いなさい!」


「いや、その」


 言えません! というか会ったとしてもすぐに消え……。


「って、あーーーーーーー!」


 さらに状況の悪さに気付くトウヤ。


「な、何!? どうしたのトウヤ。開けなさいトウヤ!」


 トウヤの悲鳴にただ事ではないと思い、ドアをガタガタ揺らし始めるレイラ。

 そんなレイラに焦りながらトウヤは懐中時計を確認する。

 残りはあと二分!


「な、何でもありません! お気になさらず!」


「気にするわ! というかとにかく開けなさい!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「何で待つ必要があるのよ!」


「え~と、あっ! 部屋の片付け中でして……」


「それが何! アンタの部屋が汚かろうが、いえアンタが汚しくてアホ面だろうがいまさら気にしないわよ!」


「ひ、ひどい。酷すぎます!」


 ボクを何だと思ってんですか!


 レイラの物言いに涙を流すトウヤ。 

しかしそんな事はしていられない。


「とにかくあとほんのちょっとだけ!」


「ちょっと、ってどのぐらいよ!」


そう言われて懐中時計を再び確認する。

後、一分半で十分!


「ええと、後一分半!」


「一分半ですって!」


「そうです! そのぐらいなら待ってくれますよね!」


 そうレイラに確認するも。


「一分半も私に待てって言うの!? アンタが!」


予想通りの返答を返すレイラ。


「なんか隠してるわね! 無理矢理突入することに決定!」


「ちょい待ち! 住人の断りも無しに入るのは不法侵入ですよ! ルールはしっかり守りましょうよ!」


 トウヤは一般常識でレイラを止めに懸る。


「何言ってんのアンタに人権が無いように、アンタに類するものに関しては一般のルールは適用されないわ!」


「横暴だ! いつからボクの周りだけ無法地帯に!」


 世界はそこまでボクにやさしくないのか、とショックを受けるトウヤ。


「とにかくもうちょっと待ってください!」


「うるさい! 扉の前からどきなさい、強行突破!」


「なっ!?」


 ドアを壊す気だと気付き、しかしトウヤはドアに背をあずけて開かないように行動する。


こうなったら力ずくでも入れません! 

どんなに非力なボクでも一分ぐらいなら持ちこたえられる。そうさそうとも。


「今、この瞬間に全てを懸ける!」


 未だかつてない程の意気込みをみせるトウヤ。

 しかし当然ながら。


「フン!」


「のわーーーー、へぶっ!」


レイラの右腕だけによる押し込みで、ドアは簡単に吹き飛ばされる。

 トウヤはその衝撃で吹き飛ばされて反対側の壁にぶつかり、さらに背後から飛んできたドアと壁に挟み潰された。


すべてを懸けてこの程度なのかボクは!


自身の全力の少なさに涙するトウヤだったが、悲しんでいる場合ではなく。

壊れたドアを押しのけて体をお越したトウヤは目の前の光景に愕然とした。

そこには、カズマを見て固まっている真っ最中のレイラの姿が。


「おうなんてこった」


頭を抱え、天を仰ぐトウヤ。

残り時間は十五秒。


「貴方は確かカズマさん。なんで貴方がこんな肥溜めに?」


 町のいざこざで姿と名前を知っていたレイラはそうカズマに尋ねる。


「いや、俺は……」


 カズマはレイナの登場に混乱している模様。

 だが、トウヤにとってそんな事は重要ではなかった。


「……完全に諦めているボクに対してさらにそんなセリフを浴びせますか。それでこそレイラです」


もうどうでもいいですけどね。

トウヤは懐中時計を確認した。

残りは四秒、三、二、一、……。


「オワタ」


すべてが終わりました。

これから先にあるのはカズマさんがどこに消えたのか。何でそんな事が起こったのか。

いやそれよりも何故そんな事をレイラに黙ってたのかを怒られますね。嘘をついてはいませんが真実を覆い隠していたんですから。


この後自身の身に起こるであろう、最悪の光景を頭に思い浮かべるトウヤ。


「ふっ、そんなもんさ。ボクなんて」


 そうトウヤが悟るも、しかし事態は思わぬ展開を見せることに。


「ちょうど良かった。実は貴方にもお願いがあったんですよ」


何故だか続いている会話に、トウヤは疑問に思い前方を向く。

するとそこには、10分たったのに未だに元の姿を維持しているカズマの姿が。


「俺にお願いだ?」


「はい、詳しい話は村長宅で話しますので!」


「まぁ、話だけならな……」


「ありがとうございます。ほら、アンタも来る!」


唖然としているトウヤを睨みつけ、レイラは外へと出ていった。

 カズマもそんなレイラの後に続いて、村長宅へと向かう。


 しばし呆然とするトウヤ。

 しかし自身が置いてきぼりにされていることに気付き、正気を取り戻す。


「カズマさん! なんで!?」


 何これ一体どうなってるんですか?

 トウヤはもう一度時間を確認した。


「10分たってますよね?」


 …………ナンデ?


 さっぱり状況が飲み込めないトウヤだったが、ある事に気がついた。


「呪文ですか!」


『クロックレイズ』! カズマさんが弱くなるだけのものだと思ってましたが……。


「召喚時間を延ばす事ができるんですか~」


なるほどウンウン、とトウヤは何度もうなずく。

しかし、安心はできなかった。

何とか十分以上消えずに済んでいるとはいえ、それがどこまで続くかわからない。


 急いで追いかけねば!


 トウヤは勢い良く立ち上がり、壊れたドアから外に出る。

 そしてカズマ達を追う最中にトウヤは思った。


しかしあれですね。カズマさんの事がばれたとはいえ、それは既に説明済み。

知り合いのボクの家に来たといえばいいわけで、肝心の部分は覆い隠せているんですし。

ボクの運もまだまだ捨てたもんじゃないですね!


天が差し伸べてくれた救いの手を、甘んじて受け入れながら浮かれるトウヤ。


まさかこの後、再び大変な状況に巻き込まれるとも知らずに……。


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