表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑と十の育成法   作者: 小市民
第一章 召喚
11/36

第十節 活躍する少年

(12/03/10)誤字・脱字修正

「おらよ」


「ぐ、うぅ……」


 ノリオは山賊たちに引きづられてアジトの広場に放り出された。

 ノリオが苦痛に耐えながら前方を見ると、そこには一人の男が焚き火の炎に照らされて立っていた。

 男はノリオに顔を向けた。


「ノリオ。俺はもの凄く傷ついたぜ。まさか俺の命令を無視して人質を逃がそうとするなんてよ」


「お、親分……」


 山賊の親分、ヤマセがそこに居た。


「その悪党面と、無駄にでかい体のせいで一人寂しく生きていたお前を拾ってやったのは誰だ。俺だろう? なのに何でこんな事をした、ぅん?」


「すまねぇんだな親分。でも……」


「……大方、情が湧いちまったんじゃねぇのか。あの小僧はお前以上に哀れな面をしてやがった。心の優しいお前は同情して逃がそうとしたんだろう。けどな」


 ヤマセはゴリオを睨みつける。


「お前は山賊だ。山賊が情けをかけちゃいけねぇ。そんな事すりゃ俺たちの沽券に関わる。違うか?」


 ノリオに確かめるような声で話すヤマセ。


「ノリオ。もう一度チャンスをやろう」


「チャ、チャンス?」


「ああそうだ」


 ヤマセは倒れているノリオに近づき、顔を覗き込む。


「あの小僧を殺して来い」


「そんな事!」


 出来るわけない、と言おうしたノリオだったが。


「ならお前死ぬか?」


「う、うぅ……」


 ヤマセの発言に震え上がるノリオ。

 ヤマセはそんなノリオに諭すように言った。


「俺はお前を相当買ってる。お前が思っている以上に、な。だがお前のその優しさがせっかくの才能を台無しにしちまってる。

 俺は悲しいぜ。『獣人化』が出来る奴はこの中じゃ俺とお前だけだってのにな」


「お、親分……」


「だからノリオ。あいつを殺して来い。そうすればお前のその意味の無い優しさを捨てることができ、さらに組織のナンバー2に慣れる。

 そして他の奴らもお前を認める」


 ノリオはヤマセの言葉に下を向く。

 自分が認められる。皆に。それはとても嬉しいことだった。

 でもその為にトウヤの命を奪うなどと、ノリオには考えられなかった。

 

 そんなノリオにヤマセはさらに諭す。


「大体、お前があの小僧を助けた所で、感謝すると思うか? お前は山賊、小僧は人質。

 するわけないだろう。しかもお前みたいな顔の奴に感謝するなんて事、今まで誰かした奴がいたか?」


「!?」


 その言葉にノリオは気づいた。

 ヤマセが言ってる事は本当だ。今まで誰も自分に感謝してくれた人はいなかった。

 でも、トウヤだけは違った。


 自身に最初は恐怖したものの、それを正直に話して謝罪までしてくれた。

 それはノリオにとって初めての経験であり、そして何より嬉しかった。

 自身を対等な人間として扱ってくれた。それがどれだけ嬉しいかった事か。


 ノリオは覚悟を決めた。


「親分」


 真剣な面持ちでそう答えるノリオ。

 今まで怯えた顔しか見たことが無いヤマセは驚いた。


「やってくれるか。ノリオ」


 自身の想いが伝わったと思い、口を緩ませる。


「俺は、親分に感謝してる」


「……何?」


 しかし、すぐ怪訝な顔になるヤマセ。


「俺が今こうして生きてられるのも、親分のおかげなんだな。

 もし親分に拾われなかったら、俺は今頃野垂れ死んでいたんだな。その事には本当に感謝してる。けど……」


 ゴリオは、ゆっくりと立ち上がった。


「親分のその命令は聞けないんだな。いくら自分の為とはいえ、友達を見殺しには出来ないんだな」


「……意味がわかってるんだな。最後のチャンスを断るって事は」


「わかってるんだな。でも、もう決めたんだな」


 ゴリオの初めて見せた顔に、ヤマセは悟った。


「……もう、何を言っても無駄ってことだな」


「すまねぇんだな。恩を仇で返して」


 その事に関しては、心底済まなさそうにするゴリオ。

 ヤマセは顔を上に向け、右手で顔を覆う。


「ノリオ。非常に残念だ。非常にな」


 ヤマセが次にゴリオに見せたのは無表情の顔だった。


「なら此処で、お前も小僧も始末する」


「それだけはさせないんだな!」


 ヤマセの発言に、すぐに『獣人化』するゴリオ。

 上半身を黒い体毛で覆った、巨大なゴリラ男がヤマセに襲いかかる。


「ぐっ!」


「はぁ!」


 ゴリオはその圧倒的なパワーで、ヤマセを後方へと押し込む。

 壁の割れる音が辺に響いた。


「フッ、ノリオやるじゃねぇか。やっぱりお前を失うのは惜しいぜ」


「トウヤ君はやらせないんだな!」


 必死な形相でさらに拳で殴り付けようとするゴリオ。

 しかし。


「だがまだまだ甘い」


「!?」


 突如『獣人化』したヤマセに、驚き後方へと下がる。


「久しぶりだぜ。この姿になるのは」


 そこには、『熊』がいた。

 太い腕に鋭い爪、上半身を茶色い体毛で覆った熊男がそこにいた。


「さて、ゴリラは熊に勝てるかな」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ヤマセの言葉に、ゴリオは唸り声を上げて再び体ごと突っ込む。

 ゴリオの巨大な腕が、ヤマセに襲いかかる。

 しかし、その腕を熊の腕力で受け止めるヤマセ。


 そのまま鋭い爪をゴリオに向かわせる。

 ゴリオは、それを恐れずに腕を引き裂かれながらも押さえ込む。

 

 激しく続けられる攻防。

 しかし、体の大きさで段々とゴリオがヤマセを押していく。


「ぐはっ!」


 ついにゴリオに押し負けて、ヤマセは後方に吹き飛ばされる。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」


 呼吸を乱しながらも、ゴリオは油断せず身構える。

 そんなゴリオに、ヤマセは笑った。


「ハッハッハッ! やっぱり惜しいぜ。ここまで俺を追い込める力、そうそうあるもんじゃねぇ。どうだノリオ。戻ってこないか?」


 追い込まれながらも余裕で軽口を叩く。


「……御免なんだな。もう決めたんだな」


「……そうか」


 ヤマセはゆっくりと起き上がる。


「もしかして、俺を追い込んだ、とでも思ってるんじゃねぇか?」


「?」


 ゴリオは、何かが引っかかった。

 自分がこんな力を持っているとは思わなかった。あのヤマセとここまで戦えている。

 しかも、自分の方が優位な状況にいる。信じられない事だった。


 しかし、そんな事があるのだろうか。

 今まで恐れていた人物が、こんなに簡単に追い込めるのはおかしい。

 不可思議な状況に混乱するゴリオに、ヤマセは答えた。


「くっくっくっ。確かにお前の力は素晴らしい。さすが『獣人化』出来るだけの事はある。けどな、それじゃ勝てないんだぜ」


 ヤマセはゆっくりとゴリオに近づく。

 得体のしれない圧迫感に、ゴリオはジリジリと後退した。


「その答えを教えてやる」


 そう言って、大きく息を吸い込むヤマセ。

 そして。


「カッ!」


 鼓膜が破れるかと思うほどの叫び声をあげるヤマセ。

 その叫び声が挙がった直後。


「ガッ!」


 ゴリオは立っていた場所から、はるか後方に吹き飛び、壁に大きな穴を開けて地面に倒れる込む。


「ゴ、ゴフッ」


 口から血を吐くゴリオ。

 そんな彼にヤマセは言った。


「これが答えだノリオ。『音』。『獣人化』が出来て、初めて可能となる『音』による攻撃。

 『音』を自在に操れるようになって、初めて真の『獣人』と言えるんだ」


 ゴリオは顔を上げて、周りを見た。

 叫び声を聞いたのはまわりの山賊たちも同じはずなのに、吹き飛んでいるのは自分だけ。

 一体何が起こったのか。


「不思議そうだな。最後に教えてやろう。今俺がやったのは発した『音』に指向性を与え、目標だけに『音波』の攻撃が行くように仕向けたんだよ。

 これはかなりの技術が必要な技だ。いつかお前にも教えようと思ったんだが、残念だ」


 ヤマセは周りを見回した。


「お前らノリオを殺せ。その次はあの小僧だ」

 

 ヤマセはそう言って自身の部屋に戻ろうとする。


 ゴリオは後悔した。


 結局自分ではトウヤを助ける事が出来なかった。

 どんなに優れた力があっても使いこなせなければ意味がない。

 自分は今まで何をやっていたんだろう。


 ゴリオの目に涙が溢れる。


 暴力が嫌いだと思っていたからこんな事になった。

 友達を助ける事も出来ず、自分も命を落とす。

 こんなに悔しいことは無かった。


 誰か、誰でもいい。頼む。助けてくれ!

 自分の事はいい。力があるのに何もしなかった、これは自分の責任。

 でも彼だけは、トウヤ君だけは、救ってくれ!


 ゴリオは心の底から願った。

 叶わないと知りながらそう願った。

 しかし、その願いは叶った。


 突如響きわたる轟音。


 部屋に戻ろうとしたヤマセは何事かと振り返る。


 まさか自衛団!? こんなに早くここを嗅ぎつけたのか。

 ダミーのアジトまで用意したのに何て速さだ。


 しかし、ヤマセの予想は外れていた。

 

 激しく巻き起こる砂埃。その影からその男は現れた。

 赤く燃えたような髪を棚引かせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手に着けた青年がゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

 その男を見てヤマセの周りにいた、一人の山賊が悲鳴を挙げた。


「あ、悪魔だ。あの時の!」


 ヤマセは数日前に起こった出来事を思い出した。

 ゼノを攫ったとき、一緒にいた何者かを始末させようとしたあの晩。

 一人の手下を除き、全ての者が重傷を負って壊れた小屋の周りに倒れていた時の事を。


「そうか。お前が……。一体何の用だ!」


「お前らをぶっ潰しに来た。軽くな」


 赤髪の男、カズマはそうヤマセを侮辱した。

 戦闘が始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 数分前の事。

 牢屋の隅で話す二人の姿がそこにあった。


「いいですかカズマさん。作戦は至極簡単です」


「おうよ!」


「一つ。カズマさんが山賊達相手に大暴れ。一つ。その間にボクはゴリオさんを救出して即逃亡。これだけです」


「おうよ!」


「それでは準備といきましょう」


 トウヤは立ち上がり、ポケットに手を突っ込む。

 中には残り七個となった実があった。

 その内の一つを取り出し、右手に握る。


「来い、カズマ!」


 赤く発光する『実』。そして緑色に発光する『腕輪』。


「レイズ!」


 呪文と同時にさらに実が光り出す。

 そして。


「よし!」


 そこには元の姿に戻ったカズマがいた。


「時間がありません。さっそく作戦開始です!」


「おう、いくぞ!」


 そう言って、構えを取るカズマ。

 その構えは、いつか見た嵐を巻き起こす大技の構え。


「ちょっ!?」


 こんな所でなんて技を!


 トウヤが止めようとするも、時すでに遅く。


「覇ッ!」


 掛け声と共に発生する嵐。


「ホギャア!」


 トウヤはカズマの後方にいたにも関わらず、吹き飛ばされる。

 続いて、辺りを覆い尽くすような爆音。


「いくぜ!」


 そう言って、破壊された小屋からカズマは歩いて出ていった。

 しかし、爆風に吹き飛ばされたトウヤが付いていけるはずもなく。


「何でこんな所で大技出すんですか! 牢屋の扉を壊すだけでいいでしょ! 何で小屋まで壊すんです、この破壊魔!」


 絶対に村長に会わせないようにしないと、と心で誓いつつ立ち上がる。

 そして、カズマの後を追おうとして、立ち止まる。


「あ! そういえばゼノさんの置土産」


 数時間前に遭ったゼノの言葉を思い出し、隣の牢屋に寄ることにしたトウヤ。

 中を覗くと、先ほどの爆発でこちらにも被害が出ており、荒れ果てた姿に。


「余計な手間を。さっさと探してゴリオさんと逃げなきゃいけないのに!」


 愚痴を言いながらすぐさま袋を探し出すトウヤ。

 しかし、袋はすぐに見つかった。


「あ、あった!」


 薄汚い腰袋がそこにあった。


「よし、逃げましょう!」


 袋を手に取りすぐさま小屋から出るトウヤだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ヒエェ……」


 トウヤが外に出ると、そこはすでに廃墟と化していた。

 小屋の壁は壊れ、屋根は吹き飛び、炎が小屋に飛び火して燃えている。


「何という惨状。これをカズマさん一人でやったんですか」


 改めて、カズマの凄さと怖さとアホさを理解したトウヤ。

 何故大人しく戦う事が出来ないのだろうか、とトウヤは大いに悩む。

 しかし。


「ハッ!? こんな事をしている場合では無かった! ゴリオさん!」


 トウヤはゴリオを探して廃墟の中を進む。

 その時、一際大きい声が辺りを包んだ。

 そして。


「ギャアァァァァァァァァァァ!」


 トウヤの目の前を、嵐が通り過ぎていった。

 そして、直後に落ちてくる山賊たち。

 若干痙攣しているところを見ると、何とか生きているようだ。


 というよりも。


「無闇に大技を打たないでください! 死んでましたよ、あと数センチで!」


「トウヤ君!?」


 そんなトウヤの言葉に、探していたゴリオが現れて答える。


「ゴ、ゴリオさん! 良かった、無事……とは言えませんね、その傷では」


 トウヤはボロボロになったゴリオを見て、顔を青くさせる。


「立てますか? 何とかここから逃げ出さなければ!」


「しかしまだ親分が。それにあの赤髪の男……」


「大丈夫。赤髪の人は味方です。それにその親分さんもカズマさんにやられてしまうでしょう」


 あの局地的大嵐男なら瞬殺するだろう。

 こんな事になるならあの時逃げるでんでした。

 余裕で山賊全員全滅です。


 トウヤがそんな事を思っていると。


「トウヤ君。彼の知り合いなんだな?」


「え、ええ。彼には何度も助けて頂きまして、今回もお願いをしまして……」


 情けなく、涙を零してまで。

 若干引きつった顔をするトウヤ。


「ま、まさか俺を助ける為に?」


「……まぁそうですね」


 自分もですが、とはいえない小心者のトウヤ。


「あ、ありがとうなんだな」


「お礼はいいから早く逃げましょう! 山賊達が全滅でもここにいたら命を失います!」


 そう言ってトウヤはゴリオを連れてアジトから遠ざかっていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ヤマセは焦っていた。

 一体何が起こっているのか。自分たちは一体何と戦っているか、と。


「何なんだ。何なんだ、お前は!」


「さっき言ったろ。お前らを軽くブッ潰す者だってな!」


 ヤマセは大きく息を吸い込み、『音』の大砲をぶつけようとする。

 しかし。


「おせえよ!」


 ヤマセのスキを付いて、腹に一撃を入れるカズマ。


「グホッ!」


 悶絶するヤマセ。


「お前アホか? 相手のスキが無い状態で大技出す馬鹿がどこにいる。いいか、大技ってのは今みたいな状況で……」


 そう言って、ヤマセの腹に右手をかざし、左足を下げて腰を落とすカズマ。


「放つんだよ!」


 大きく右足を捻りながら踏みつけ、地面を砕く。

 そして右足から体、右腕へと捻りが伝わっていき。


「覇ッ!」


 右手から、一気に全ての回転エネルギーを放出するカズマ。

 ヤマセは、腹から爆音を鳴り響かせると同時に後方へと吹き飛ぶ。

 そして。


「ゴフッ!」


 後方にあった、巨大な扉のようなモノにその体を叩きつけ、口から大量の血を吐く。

 カズマはゆっくりと構えを解く。

 そしてヤマセに近づいていき、まだ気絶していないことを確認する。


「へぇ。防御力は中々のもんだな。かなり手加減した一撃だったとはいえ。けどな……」


 そう言って腕をヤマセに近づけていくカズマ。

 ヤマセはこれから来る衝撃に怯え、目を瞑る。


「…………?」


 しかし、いくら待っても衝撃が来なかった。


 恐る恐る目を開くヤマセ。

 カズマの姿はどこにもなかった。

 召喚時間を過ぎ、消失時間へと入ったのだ。


「ふざけるな」


 しかし、ヤマセはそんな事を知っているはずもなく。自分は見逃されたのだと勘違いをした。


「ふざけるな。ふざけるな!」


 訳の分からない。『獣人化』すら使わなかった奴に一味は全滅。しかも自分は情けをかけられ止めを刺されずじまい。


「こんな屈辱があるか!」


 ヤマセは激怒した。そして自分が寄りかかっている巨大な扉に顔を向ける。


「見てろよ……」


 その顔には狂気の表情が浮かんでいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……どうやら本当に終わったみたいですね」


 近くの建物に隠れて様子を伺っていたトウヤは、辺りが静まり返った状態から戦闘が終わったのだと判断した。


「……カズマさんが五分前に消失時間に入って戦闘が終わった可能性もありましたが、

 召喚時間十分経過前から静かになってましたし、それにこれだけ時間がたって騒ぎが起きないところを見ると、おそらく大丈夫なんでしょう」


 トウヤは安堵の溜め息を吐いた。

 そして後方へと顔を向ける。


「ゴリオさん。ボクたち助かったみたいです」


「そうか。それは良かったんだな」


 ゴリオは痛みに堪えながらも微笑んだ。

 何故トウヤ達がまだアジト内にいるのかというと答えは簡単。

 ゴリオのケガが思った以上に酷く。動くことができなくなったからだ。


 そんなゴリオを置いていくことも出来ず、トウヤは震えながらも近くの部屋で嵐が去るのを待っているはめに。


 でも、もうそれも終わりです。山賊たちは全滅。もうボクたちを襲う者は誰もいません。


「助かった~」


 安心感から腰の力が抜けるトウヤ。

 ゴリオはそんなトウヤに真面目な顔で言った。


「トウヤ君。本当にありがとう。君の御陰で助かったんだな」


「え! いえいえ、そんな。ボクがやったのはカズマさんに助けを乞うことと、ゴリオさんと共に逃げ出す事。そんな感謝される事ではありませんよ」


「それでもだな。君が助けを求めてくれなかったら俺は助からなかった。本当にありがとう」


 ゴリオは頭を下げて感謝した。


「え、いや~」


 そんなゴリオの態度に照れくさく頭を掻くトウヤ。

 しばらく無言で座り込む二人。

 

 とにかくゴリオさんが動けるようになるまでここに残っていよう。

 もう誰も襲ってこないんだからここにいても安全。

 むしろ森の中に入った方が危険かもしれませんし。


 その内自衛団が、というかレイラとレイナが助けに来てくれる。それまで大人しくしてよう。


 そうトウヤが今後の事を決めていた次の瞬間、その叫び声は聞こえてきた。


「赤髪! それとノリオ! ついでに小僧! まさか助かったとは思ってないだろうな!」


 ヤマセの怒声が響きわたる。


「な、な、な……」


「お、親分なんだな」


「そんな!」


 一番の危険人物がまだ動いている!?


「カズマさんは何やってんですか!」


「俺が何だって? あ、あと悪りぃ。最後の熊だけは止めをさせなかったは」


 消失時間を終え、再びミニマム状態で姿を現したカズマは、そうトウヤに答えた。


「今更遅い! それと熊?」


 トウヤはヤマセの熊化を見ていないので、意味がわからなかった。

 そんな事をしている間にも、ヤマセは叫び続ける。


「俺をコケにしやがって! 後悔しろ! 本当は自衛団に当てるはずだった秘密兵器。ここで使ってやる! ありがたく思って恐怖して死ね!」


 そう言ってヤマセは寄りかかっていたドアの扉を開けていった。

 隠れてその様子を伺っていたトウヤはゴリオに尋ねる。


「何ですかあのでかい扉は! 何が入っているんです!?」


「あ、あれは。まさか……」


 顔を青くするゴリオ。そして痛む体に鞭打ち立ち上がる。


「駄目だ親分! その扉を開けちゃ駄目なんだな!」


「ハッハッハッ! 後悔しろお前ら!」


 そして、扉は完全に開いた。

 トウヤは奥で何かが動くのを捉えた。

 それも巨大な何か。


「一体何が、ってギャアァァァァァァァァァァァァ!?」


 そこから出てきたのは犬だった。しかしただの犬ではなかった。


「何ですか、あの巨大さは! しかも首が二つ!?」


  その黒い体は全長十メートル程。尻尾は蛇で、さらに一つの体から二つの首が出ていた。


「オ、『オルトロス』って、あいつらは言ってたんだな」


「『オルトロス』ってあの神話の!? そんな馬鹿な! というかあいつらって」


 トウヤはゼノを連れていった者たちの事を思い出した。


「トウヤ君の隣にいた老人を、連れ去るよう言ってきたやつらなんだな。その報酬としてあの『オルトロス』を親分に渡したんだな」


「やっぱりあの人たちが。でもあんなのもらってどうするんですか!? あんな凶暴そうなの言う事聞く番犬とはわけが違いますよ!」


 ヤマセはアホなのか、とトウヤは思った。


「あの怪物は親分の言うことを聞くようにされてるらしいんだな。それで……」


「なんてこった」


 もうボク達は終わりだ。あんなのに加えてカズマさんが倒しきれなかった親分さんまでいて。


「もう駄目だ。終わった」


 トウヤは死を覚悟した。

 しかし突如、その異変は起きた。


「や、やめろ! 言うことを聞け!」


 ヤマネに襲いかかる『オルトロス』。

 そして。


「ギャぁ…………」


「ヒィ!」


 『オルトロス』に噛み砕かれるヤマセ。

 そのグロテスクな光景にトウヤは目を逸らす。


「ど、どこが言うこと聞くんですか! 食べられちゃいましたよ!」


「だ、だから俺は言ったんだな。あんな奴らを信用するなって」


 ヤマネの余りにも悲惨な最後に、顔を歪めるゴリオ。

 いくら殺されかけたとはいえ、一度は自信を助けてくれた人。

 ゴリオは涙を浮かべて震えた。


「ど、どうしましょう。このままではボクたちも!」


「……トウヤ君は逃げるんだな」


「えっ、ゴ、ゴリオさんは?」


「…………」


「だ、駄目ですよゴリオさん。そうだ。カズマさんなら何とかなるかも」


「おお、まかせろ! あんな犬とやりあえるなんて事滅多にねぇぜ」


「……何故この状況でそんな楽しそうな。とにかく、ってゴリオさん!?」


 いつのまにか外に向かって走り出したゴリオ。

 まだ痛くて動けないはずなのに、痛みを無理矢理耐えて『オルトロス』に向かっていく。


「ああもう! 何で命を粗末にする行動を! ここに最終兵器が残っていると言うのに!」


 頭を抱えるトウヤ。しかしそんな事をしている状況ではなかった。


「カズマさん。あのお犬様はお願いします。ボクはその間にゴリオさんを」


「おうよ!」


「それでは、来いカズマ! 『レイズ』!」


 いつの間にか出していた『実』を右手に握り、すぐさま呪文を唱える。


「頼みましたよ!」


「まかせろ!」


 『オルトロス』に飛び掛っていくカズマ。


「ゴリオさん!」


 トウヤはすぐさまゴリオの元へと駆け出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トウヤが駆けつけると、そこには地面に倒れるゴリオが。


「ほら無茶をして! そんな体で何が出来るってんですか!」


「でも、このままじゃ……」


「いいから後はカズマさんにまかせましょ。ほらすでに決着が……」


 自身で指さした方向を見て唖然とするトウヤ。

 そこには『オルトロス』に苦戦するカズマの姿が。


「ちょっ!? カズマさん、貴方任せろって言いましたよね!」


「分かってるよ! だけどこいつすばしっこくて、おまけに硬いんだよ!」


「言い訳すんな! 有言実行しなさいよ! 自信満々に勝てると言っといて!」


 トウヤは憤慨した。

 自分の言葉に責任を持ちなさい!


「うっせぇ! 絶対勝つ! ただ時間が掛かるだけだ!」


「それはどれほどですか! 十分でケリは着くんですか!」


「つかねぇよ!」


「嘘つきぃーーーーーーーーーーーー!」


 トウヤは叫び、愕然とした。

 

 どうする、どうするトウヤ。どうすればいい。

 このままでは後八分でカズマさんは消える。

 そのあとの展開は言うに及ばず。


 満足に動けないゴリオさんと非力なボク。

 親分さん同様美味しく頂かれるに決まってる。

 どうするどうする。十分で倒すことは出来ない。そう倒すことは出来ない。


 しかし倒すこと以外であの巨大犬を止める方法は……、あっ!


 トウヤは『オルトロス』の出てきた巨大な扉を見上げた。


「これだ。カズマさん!」


「何だ!」


 『オルトロス』の噛み付きを避けつつ、トウヤに答えるカズマ。


「あの『オルトロス』の出てきた所までそいつを吹っ飛ばしてください! それで」


 ゴリオに振り返る。


「その傷でこんな事を言うのは忍びないのですが、でもボクの力ではあの扉を閉める事は出来ません。だから……」


「わかったんだな。まかせるんだな」


 ゴリオはよろよろ立ち上がる。


「でも!」


「それしか方法は無いんだな。さすがトウヤ君。すごい作戦を考えるんだな」


「……ありがとうございます。それではよろしくお願いします!」


 ゴリオはうなづき、扉に向かっていく。

 それを見届けてトウヤはカズマに叫んだ。


「カズマさん! 吹っ飛ばしちゃってください!」


「無理だ!」


「…………はぁ?」


 カズマの『無理です』発言に首をかしげるトウヤ。


「な、何を言ってんですか! あの全てを吹き飛ばす大技で決めちゃってくださいよ!」


「俺だってそうしたいがスキがねぇんだよ!」


「隙ぐらい作ってくださいよ! それでよく倒せると言えましたね!」


「うっせぇ黙れ!」


「逆切れするな!」


 トウヤは再び時計を見た。

 後6分。


 ど、どうする。ボクの寿命はあと六分!

 それで人生終わり? そんな馬鹿な事認められますか!

 折角ボクにしては珍しく、冴え渡った案が浮かんだというのに、結局これですか!


 やっぱりこんな事なら逃げておくべきでした。それなら……、いや無理ですね。

 鼻で追いかけてくるし、第一ボクの足で逃げ切れるとも思えません。

 ああもう! だから外は嫌なんですよ! あの時だって……、ん?


 トウヤは、最初に山賊に襲われた時の事を思い出した。


 ……あの時、山賊達から何で逃げ切れたんでしょう? ボクの足じゃ絶対追いつかれるはずなのに廃屋までとはいえ逃げ切れた。何故? 

 ……そうです。あの時はゼノさんがいたから。でもだから逃げ切れた? いえ違います、そうだ!


 トウヤは、ゼノから牢屋の中で譲り受けた腰袋を取り出した。


 そうです。あの時、ゼノさんは何か実のようなものを投げて、それであの悪臭が出て逃げられたんです。

 ……そうか! この国の人は鼻がいいから、僕よりもあの臭いに参って、それで追ってこれなかった!

 これだ、これしかありません!


 トウヤは袋を開いて中を見た。


 えっと、いろんな実がありますね。でも結構大きめの実だったはず。あの大きさに類似するのは……。


 トウヤは『ジュニクの実』と同じ大きさの黒い実を取り出した。


 そしてカズマたちの方へと視線を向ける。


 『オルトロス』と言っても犬には違いないはず。山賊たちであれだけ効いたんです。

 少なくとも動きを一瞬止める事は出来るはず。でも失敗したら……。

 いや、いやいや。失敗しようが、これ以外に方法はありません!


 ボクはこの実をあの犬の方向に投げるだけ。身の危険は無い、はず?

 と、とにかく!


 トウヤは大きく振りかぶる。

 そして。


「カズマさん! 『オルトロス』の動きを止めます! 後はよろしく!」


 『オルトロス』に向かって、黒い実を投げつける。

 投げた実は山なりの曲線を描き、カズマたちのいる地面近くに落ちる。

 

 直後に破裂音。


 黒い煙が『オルトロス』を囲んでいく。


「グゥルゥゥ、ガッ、ハッ」


 苦しく悶え、動きを止める『オルトロス』。


「カズマさん!」


「お前にしては予想外に上出来だ! トウヤ!」


 構えながらトウヤを褒めるカズマ。


「伏せてろよ!」


「えっ? 何故?」


 ふと疑問に思うも、しかしすぐにトウヤは事態に気付いた。

 自身が『オルトロス』と巨大な扉の直線上に立っている事に。


「しまった!」


 慌てて地面に伏せる、というかへばりつくトウヤ。

 その衝撃で懐中時計を落としてしまう。

 トウヤが地面にへばりついたのを確認したカズマは。


「覇ッ!」


 『オルトロス』の一瞬のスキを突き、拳から嵐を放つ。

 その直撃を受けて『オルトロス』の巨大な体が扉に向かって吹き飛んだ。


「ヒィ!」


 頭部を何かが掠ったと感じたトウヤ。

 そして。


「今なんだな!」


 『オルトロス』の体が扉の奥に入るのを確認したゴリオはすぐさま扉を閉めにかかる。


「やったんですか?」


 体をお越しながら懐中時計を見るトウヤ。

 残り時間は三十秒。ギリギリだった。


「やっ……」


「ガゥ!」


 両手を天に上げようとした瞬間、聞こえてきた声で背後に振り向くトウヤ。

 そこには半分閉められた扉の隙間から片方の首を伸ばしてトウヤに襲いかかる『オルトロス』が。


「ああ……」


 恐怖に竦み、動けなくなるトウヤ。

 そんなトウヤに襲いかかる『オルトロス』。

 しかし。


「いいから引っ込んでろ……」


 トウヤに噛み付く寸前、『オルトロス』の眉間に右拳を捩じ込むカズマ。


「この駄犬が!」


 右腕を振り切った事で、再び扉の奥へと『オルトロス』の頭が消えていく。

 それを確認して再びゴリオが扉を締めにかかる。

 そして消失時間に移行するカズマ。


 もう少しで完全に締り切る、と思った瞬間またもや『オルトロス』は隙間から右手を出して抵抗する。

 

 こんの!


 トウヤはあまりにしつこい『オルトロス』に対して、ついにキレた。


「いいかげんに……」


 袋から黒い実を数個取り出し、両手で大きく振りかぶる。


「しなさいってんですよ!」


 扉の隙間に全ての実を投げつけるトウヤ。

 その直後、扉の奥から連続して破裂音が鳴り響く。


「グゥルゥゥ、ガッ、ハッ」


 先ほどより多く漂う悪臭に右手を引っ込める『オルトロス』。

 そして再びゴリオが扉を閉め始め、そして完全に扉がしまった。

 中から悪臭に悶え苦しんでいるのか暴れ続ける『オルトロス』。


 しかしついに、その音も聞こえなくなった。

 密閉空間に溜まった悪臭に、『オルトロス』は気絶してしまったのだ。

 静かになった扉の奥に、扉に耳を当てて中を確認するトウヤ。


 完全におとなしくなったと思い、地面に倒れ込む。

 そして心の底から安堵した。


「助かった~~~~~~~~~~~~」


 こうして、少年の初めての戦いは幕を閉じた。

(o´Д`)=з < 後はエピローグだけなんだな >

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ