第九節 立ち上がる少年
(12/03/10)誤字・脱字修正
トウヤは死を覚悟した。
それも悲惨な死を。
自分はこれから、この目の前の山賊に噛み砕かれ、おいしく頂かれてしまう。
そう思ったトウヤは、震えながら山賊に命乞いをした。
「ボクはおいしくありませんよ、どうか食べないで!」
恥も外聞も無く、涙と鼻水を垂れ流すトウヤ。
「ちっ! おいクソガキ、さっさと俺を召喚しろ。死にてえのか!」
カズマは山賊に戦闘態勢を取り、トウヤに叫んだ。
しかし、恐怖で動くことが出来ないトウヤ。
そんな彼に山賊は口を開いた。
「泣かないで欲しいんだな。俺は見張りを頼まれただけ。君には一切手を出さない事を誓うんだな」
「どうか、どうか! ……へっ?」
彼の口から飛び出した、予想外の発言に、トウヤは驚いて山賊の顔を見つめる。
今、この人はなんと言いました?
ボクの幻聴なのでしょうか。それともここはもうあの世。
「あ、あの。その。一体……」
「心配ないんだな。自衛団が手を引いてくれたら必ず親分は君を返してくれる。それまでの辛抱なんだな」
「は、はいぃ……」
その恐ろしい外見とは裏腹に、慈愛に満ちた心遣いをみせる山賊。
本当にこの人は山賊なのか、と疑問を抱くのも無理はない。
「……こいつ本当に山賊か?」
カズマも同様の疑問を口にする。
ボクは何か、大きな勘違いをしているのでは。
そう思ったトウヤは、怖面の山賊に質問した。
「あの、貴方は一体何者なんですか?」
山賊ではなく、天よりの使いですか? それにしては恐ろしい顔ですが。
「俺のことか? 俺はノリオ。山賊なんだな」
「や、やっぱり山賊! しかし何故そんなにも、心がお綺麗なんですか!」
山賊が、全て汚い心の持ち主だと断定していたトウヤにとって、目の前の山賊『ノリオ』は未知の生命体だった。
物珍しい顔で、ノリオを見つめるトウヤ。
その視線に気まずい顔をして、ノリオは言った。
「あ、あんまり見ないで欲しいんだな」
「あ、これは申し訳ない」
失礼なことをしたと思い、すぐに視線を逸らすトウヤ。
「……すまないんだな。こんな怖い顔をしてて」
「え? いえ別にそんな事は……」
すみません、思ってました。しかも喰い殺されるかと思うほどに。
トウヤは凄く気まずくなった。
「いいんだな。自分でもわかってる。今まで会った人も俺の事を怯えた目で見つめてた。
それほどの物だと自覚してるし、納得もしてる。別に気を使う必要は無いんだな」
ノリオは苦笑いを浮かべてそう言った。
何とも悲しそうな彼の笑顔を見て、心を酷く痛めるトウヤ。
ボ、ボクはこんなお優しいお方に何て酷い事を!
ボクにはわかる、わかります。彼はボクと同じように己の不運に嘆く悲しき弱者。
自分と同じような境遇の人にボクは!
「誠に申し訳ありませんでした!」
トウヤはノリオに土下座した。
トウヤの突然の行動に、驚くノリオ。
「い、いきなり何を! 頭をあげるんだな!?」
「いいえ、山賊さん。いえ敢えてノリオさんと言わせて頂きます。本当に、誠に、申し訳ありませんでした!」
さらに深々と頭を下げるトウヤ。
「正直に言います。ボクは貴方を山賊だからと恐怖したのではなく、貴方の顔に恐怖してしまいました。
貴方がその事に関して過去、どのようなつらい目に遭ったかも知らずに! 知らずとはいえ本当に申し訳ない!」
「い、いいんだな。気にしないで欲しいんだな。俺も納得してるんだな。だから……」
「納得はしているのでしょう。しかし悔しんでもいるはずです!」
トウヤはそう断言した。
図星を刺されたような顔をするノリオ。
「そ、そんな事はないんだな。そんな事は」
「いえ、そんな事はありません! ボクだってそうなんですから!」
「え? き、君も?」
驚くノリオ。
「はい、ボクも貴方と同じです。生まれながらに貧弱で、さらに虚弱で脆弱で。
過去何度も強くなろう、賢くなろう、そう努力してきました。しかしやる事成すこと全て駄目。
幼馴染の二人は簡単に出来ることがボクには出来ない。これほど悔しい事はありません!」
初めて、心の内を他人にさらけ出したトウヤ。
その言葉に、ノリオは共感の意を示した。
「き、君も……」
「ボクも最初はどうにかしようと努力しました。しかしどれだけやっても結果は同じ。
そんな事が何年も続いた後、ついにボクは悟りました。この世には天に愛された人と天に見放された人、その二種類が生まれてくるのだと」
トウヤは涙を堪えた声で続ける。
「だからボクも無理矢理納得しました。ボクには何も出来ない、だから諦めようと。
確かに納得はしています。でも悔しくもある。だからノリオさんの事が理解できます!」
「き、君も。君も辛かったんだなぁ」
ノリオは涙を浮かべていた。
そんな彼にトウヤは。
「ボク、トウヤと言います。ここで会ったのも何かの縁。どうぞよろしくお願いします!」
「……俺に名前を教えてくれるのか? こんな俺に?」
「もちろんです。確かに貴方は山賊で、ボクは人質です。ですがそんな関係を超えた絆が僕たちにはあります。そうでしょ?」
「そ、そうなんだな。そうなんだな! ありがとうトウヤ君。ボクの事をそこまで理解してくれる人は、今までいなかったんだな」
「こちらこそありがとうございます。ボクは初めて山賊に捕まって良かったと思いました!」
初めての理解者に、互いに感謝する二人。
そして彼らは親友となった。
にこやかな顔でウンウン、と頷く二人を見ていたカズマは、呆れた顔でこう呟いた。
「……お前ら二人とも、ホント、アホだな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が落ちたばかりの頃。
自衛団達が基地としている建物から、その怒声は鳴り響いた。
「何で駄目なんですか!」
レイラは、血が出るほど握り締められた拳を、机に向かって振り下ろした。
その衝撃で、会議室の机は、大きな音をたてて叩き割られる。
周りは、レイラの初めて見せる激昂ぶりに、どうすればいいかと慌てふためく。
しかしそんなレイラに対し、自衛団団長、シゲマツは冷静に答えた。
「……たった一人の人質の為に、そのような危険な真似は出来ない」
「……んな」
小さく呟くレイラ。
まずいと思い、近くにいたレイナがレイラに近づく。
「ふざけんな!」
シゲマツに向かって飛びかかろうとするレイラ。
しかしレイナが羽交い締めし、それを止めた。
「落ち着いてレイラ! 八つ当たりなんて駄目!」
「煩いレイナ! 離せ!」
「駄目だよ! 皆さんも止めてください!」
レイナは一人では止めきれないと思い、周りに助けを求める。
そんな彼女の言葉に、呆然としていた自衛団の面々はすぐさま行動に移った。
「落ち着けレイラ。冷静に!」
「そうだとも。こんな所で暴れても意味がないぞ!」
「くそっ! 何て力だ!」
数人がかりで止めにかかるも、抵抗する彼女を完全に止めることが出来ない。
「トウヤの命がかかってるんだ! なのに……」
「だからといって山賊から手を引いてどうなる。そんな事をすれば多くの人が犠牲となるのは目に見えている」
冷静に答えるシゲマツ。
「でも、でも!」
「落ち着いてレイラ。そんな事をしてもトウヤは……」
必死に止めようとするレイナ。しかしそんなレイラに彼女は言ってはならない事を。
「アンタがトウヤの事を言うな! アンタがしっかりしてないからトウヤが!」
「レイラ!」
レイラの発言に今まで冷静だったシゲマツは声を荒らげて叫んだ。
「!?」
シゲマツの怒号で冷静になるレイラ。
「ご、ごめんレイナ。私そんなつもりじゃ……」
「いいのレイラ」
レイナは悲しそうな顔で答えた。
「レイラの言うとおり。私がしっかりしてればトウヤが連れ去られる事はなかった。それに自衛団に迷惑をかけることも……」
「そんな事は無い! 迷惑だなんて」
「そうだとも、気にするな。こんな時のための自衛団なんだ。迷惑だなんて思っていない。それにこうなったのも我々の警戒が甘かったからだ」
「くそっ! 昼間の騒ぎのせいで人員を割きすぎたからこんな事に」
「……それに山賊達が我々の動きを見抜いていたのもある。どこから嗅ぎつけたのやら」
「俺たちの中にスパイがいるんじゃないのか!?」
「おい! 滅多な事を言うんじゃない!」
「だがそれなら説明が付く。今回の件、どうもきな臭い」
「おい、お前まで……」
様々な疑惑が上がり、混乱しだす自衛団。
「いい加減にせんか!」
そんな自衛団の面々に向けてシゲマツは叫んだ。
一気に静かになる面々。さらにシゲマツは続けた。
「内部情報漏えいの可能性。警戒を緩めてしまった落ち度。そして人質の件。
確かに問題だらけの状況だ。しかしそんな時に冷静さを失ってどうする。
しかも仲間を疑い出して内部分裂までお越しかけるとは」
シゲマツの言葉に、落ち込む面々。
「ともかく、早々に対策を取ろう。時間を掛けてしまえばトウヤ君の命に関わる」
「……なら早く助けに!」
「落ち着けレイラ! 我々の情報が漏れている可能性がある中、下手に動けばトウヤ君の身に危険が迫ることになるぞ!」
「なら! ならどうすればいいんですか!」
レイラは悲鳴に似た声でシゲマツに尋ねる。
「それをこれから考えるのだ」
そう言うとシゲマツは自衛団の面々に顔を向けた。
「いいか! これから各自に作業を与える。まずは町の警備に付く者。我々が混乱したスキを奴らが付く可能性がある。そこで……」
シゲマツは各自に命令を与えていく。
各々が与えられた任務に向かい部屋を出ていった後、彼は部屋に最後まで残っていたレイラとレイナに顔を向けて言った。
「レイナ君。君には悪いのだが今は一人でも多くの力が必要だ。協力してはくれまいか」
「もちろんです。私に出来ることなら!」
レイナは真剣な面持ちで答えた。
「うむ。ならばレイナ君。それからレイラ。二人にはこれからやって貰いたいところがある」
「そんな! 私たちはトウヤを……」
反論を口にするレイラを手で制すシゲマツ。
そして彼は二人に小声で話を始めた。
「聞け。そのトウヤ君を助けに行くんだ」
「えっ!?」
レイラは驚いた顔をする。それはレイナも同じだった。
「我々が山賊から手を引くことは出来ん。しかしそれではトウヤ君の身にいつ危険が迫るかわからない。
かといって下手に動けば奴らに気付かれる。ならば信頼出来る二人にすぐさま救出に向かってもらうしかない。
この命令は私と君達だけが知る極秘任務。いくらスパイがいようとも、私の独断で決めた任務をすぐさま嗅ぎとる事は出来んだろう」
「だ、団長!」
「ありがとうございます!」
二人は、シゲマツに心から感謝した。
そんな二人に対し、彼は地図を広げながら話を続けた。
「いいか。私は二人に部屋で待機するように命令を下した、と仲間達に伝える。
レイラが冷静さを失っており、このままでは士気に影響を与えるので大事をとって任務から外す、とな。
レイナ君はそんなレイラを監視する役。これで二人が姿を表さなくても誰も疑わん」
さらに地図を指して続ける。
「君たちはその間に、この町から人目に点かないよう脱出、このルートを通ってここにに向かってくれ。
この場所は自衛団の情報部が掴んだ情報の中でも、最も奴らの拠点と思わしき場所。
無論、違う可能性もあるが何もわからんよりはマシだ」
シゲマツは二人の顔を見た。
真剣な表情で話を聞くレイラとレイナ。
「どうだ。やれるかこの任務」
「やります。やらせてください」
レイラが言った。
「私もやれます。もしこの場所が違ったとしても私たちでトウヤの居場所は突き止めます」
「ありがとう。すまんなレイナ君。自衛団でも無い君にこのような事を。しかし頼れるのは二人しかいない。
誘拐されたのがトウヤ君で、彼と仲の良い君たちだけが、現在最も信頼できる。頼んだぞ。彼の命を救ってくれ」
「「はい」」
二人は同時に答えた。
「……それでは頼んだぞ」
そう言ってシゲマツは建物の外に出ていった。
直後、二人は動き出す。
建物の裏口に向かい、誰にも気付かれないよう外に抜け出す。
そして、人気の少ない暗い道を駆け抜けて、二人は町を脱出した。
しばし無言で、大地を駆け抜ける二人。
しかし暗い森の中に入った直後、レイラが呟いた。
「御免、レイナ」
「えっ?」
突然の謝罪に驚くレイナ。
「さっき言った事。アンタのせいだって……」
「いいよ。本当の事だもん」
「……違う。アンタのせいじゃない。あの山猿達のせい」
拳を握りしめるレイラ。
「もしトウヤに何かあったら、あいつら只じゃ済まさない」
「……殺すのは駄目だよ」
レイラから出る殺気を見て、そんな事を言うレイナ。
「何でよ! トウヤがもし死んだら……」
「殺したら一瞬で終わりだよ。苦しいの」
「……レイナ?」
どす黒いオーラがレイナから漏れだし、怯えるレイラ。
「全く、山賊に焼かれそうになったって聞いた時には必死で我慢して自分を抑えたのに。
馬鹿な人たちだね。自分から苦しみたいだなんて。これが世に言うマゾって人の事なんだね」
口を歪めて、クスクス笑うレイナ。
「トウヤが死んだら? そんな事絶対させないよレイラ。
それにそんな事にならなくても山賊たちはもう終わり。
苦しみ悶えてこの世に生まれてきた事を後悔するのは決定事項だもん」
「……そ、そう。お手柔らかにね」
「うん、もちろんだよ。じっくりゆっくり、こってりまったり、ね」
「……馬鹿な山猿達」
レイラは憎んでいるはずの山賊達に、ほんの少し同情した。
「それよりもアイツ。怪我とかしてないかしら」
「う~ん。というより怯えて震えてるかも。早くいかなきゃ」
「確かに。あいつの事だから恐怖で心臓発作になるかも。飛ばすわよレイナ」
そう言って、今まで以上に速度を上げて森を駆け抜けるレイラ。
レイナもそれに続いていった。
トウヤの無事を祈りながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方、山賊たちのアジトの中にある牢屋小屋では。
「つまりボクたち負け組は家の中でひっそりと暮らすしかないんですよ」
「う~ん、確かにそうなんだな。そうすれば惨めな思いをする事は無くなるかも。
でもそれは人としてどうかな、と俺は思うんだな」
「確かに。ボクたちはまだ人として終わっているわけではありません。
勇気ある一歩を踏み出して外に出ていく必要はあります。でもその勇気を持つのが簡単ではないというか」
「そうなんだな。今まで駄目だったのに今度こそ、とはなかなかいかないんだな。希望のほとんど見えない状況の中なら尚更……」
「「う~ん」」
トウヤとノリオ、二人して唸る。
山賊と人質という垣根を超え、親友となった二人は、いつの間にか『負け組の生き方』について真剣に討論していた。
希望もない自分達が、今後どのようにして生きていくべきなのか。
自分たちに明日はあるのか。
時間を忘れ、語り合う二人。
そんな二人に呆れたカズマは、二人を放っておいて空中で寝転がっている。
「……あ、そういえばお聞きしたい事がありました」
トウヤはふと疑問に思った。
「どうしてノリオさんのような優しい方が山賊に?」
「そ、それは……」
トウヤの質問に対し、途端に暗い顔になるノリオ。
「あ、すみません。言いづらいことなら……」
「いや、別にトウヤ君なら構わねぇ。トウヤ君も想いの丈を話したんだな。俺だって話さなければ、卑怯なんだな」
真剣な顔になるノリオ。
「別に対した理由じゃないんだな。どこにいっても怖がられる俺を唯一迎え入れてくれたのが親分なんだな。
俺の風貌と怪力が山賊に向いているって言われたから、ただそれだけなんだな」
「……そうなんですか。でも、例え山賊だったとしても認められたんです。それは嬉しいことだったでしょうね」
ノリオを励まそうとするトウヤ。
「……けど、結局駄目だった。どんなに顔が怖くても、どんなに力があっても、それを使えるだけの心が俺には無かったんだな。
誰かの事を傷つけて物を奪うだなんて、俺には出来ないんだな」
溜め息を吐き、話を続ける。
「だから山賊仲間からは『クズオ』って言われて、馬鹿にされてるんだな。今だってお前に出来るのは人質の監視だけとか言って。
でもその御陰でトウヤ君に会えたんだな。最初は落ち込んでたけど、今は凄く嬉しいんだな」
「ノ、ノリオさん」
トウヤはあまりにも気の毒な彼に同情した。
酷い。あまりにも酷い仕打ち。それにノリオさんを『クズオ』だって!
ボクの親友になんて言い草ですか!
激怒したトウヤはノリオに言った。
「ノリオさん! ノリオさんは『クズオ』ではありません。『ゴリオ』です!」
「ブフッ!」
トウヤの発言を聞き、吹き出すカズマ。
ノリオは驚いた表情で、トウヤを見た。
「……あっ! 御免なさい。そういう顔だとか言うんじゃなくで、ゴリラのように逞しくて、優しいという意味で」
トウヤは、自身の発言がノリオを傷つけた、と思い釈明を始める。
しかし。
「す、すごいんだなトウヤ君。何で俺の能力が分かったんだな!」
「へっ、能力?」
「あれ、わかってて言ったんじゃないのか? ほら」
意味が良く理解できていないトウヤに、腕を見せるノリオ。
何だろう、とトウヤとカズマが彼の腕を見ると、彼の腕が変化を始めた。
黒い毛が段々と生え、さらに腕が今までも太かったのにそれ以上に大きく膨れ上がっていく。
その腕はまさに、ゴリラの腕のようだった。
「なぁ!?」
「何だ!?」
トウヤとカズマは揃って驚愕した。
「ノ、ノリオさん! あなた『獣人化』の能力者何ですか!?」
「ああ、トウヤ君の言うとおりゴリラだ。よくわかったんだな、トウヤ君」
「いえ、アハハハハ」
冷や汗をかき、乾いた笑いをあげるトウヤ。
顔から発言しました、とはとても言えなかった。
「で、でも凄いじゃないですか! 『獣人化』が出来るなんて!」
「あ、ありがとう何だな。トウヤ君」
「いいな。いいな。ボクも『獣人化』出来たらなぁ~」
羨ましそうな声を出すトウヤ。
しかし、ノリオは首を横に振った。
「言ったんだな。こんな力があっても使うのを躊躇って役立たず。それじゃ何の意味もないんだな」
「あ、そうかぁ。でも、何も無いボクよりはマシですよ。やっぱりいいなぁ」
「ん? でもトウヤ君だって何かしら能力はあるはずなんだな?」
「う! 痛いところを突きますね」
ノリオの言葉に、しょぼくれるトウヤ。
「……ボク、何の能力も無いんです。普通の人でも体を変化させることは出来なくても、足が速かったり力があったり鼻がよかったり。
獣の特性みたいなのが少なからずあるんですけど、ボクには全くと言っていいほど……」
自分で言って、さらに暗い顔になるトウヤ。
そんなトウヤを見て、ノリオも落ち込む。
「……御免なんだな。そうと気付かず余計な事を」
「いいんです。気にしないでください。言ったでしょ? もう慣れたんです」
苦笑いでそう答える。
「でも……」
「う~ん。じゃああれです。これから貴方の事をゴリオさんと呼んでも構いませんか?」
「え? ゴリオ?」
「はい。だってクズオなんてあんまりです。ノリオさんはゴリラの力を持ってるすごい人なんです。
ゴリオさんじゃなきゃダメです。親友としてそう呼ばせていただきます。
拒否は出来ませんよ。これはゴリオさんのボクに対する謝罪の意味もあるんですから」
「……あ、ありがとう何だな。とっても嬉しいんだな」
ノリオ、いやゴリオは本当に嬉しそうにお礼を言った。
「……あっ、そうだったんだな。何か飲み物を持ってくるんだな。いっぱい話して疲れてるだろうし」
「ありがとうございます。確かに喉がからからです」
「ま、待ってるんだな。今持ってくるんだな」
そう言ってゴリオは檻小屋から外に出ていった。
その様子を見ながら、トウヤは朗らかな笑みを浮かべた。
「初めての親友。何と素晴らしい事でしょうか。外も実に良いもんですね」
「おいクソガキ。聞きたいことがあんだけどよ?」
それまで黙っていたカズマがトウヤに質問した。
「何ですか? 今、人が気持ちよく友情の素晴らしさを噛み締めているというのに」
「『獣人化』って何だ?」
「さっきも言ったでしょ。肉体を獣のそれに変化させる能力です。
普通の人はそんな事は出来ませんが、能力者として才能がある人はああいうことが出来るんですよ。
まぁボクが知っているのは彼を含めて二人ですけど」
「二人?」
「ええ、村長も『獣人化』出来るんですよ。狼ですけどね」
「へぇ~。狼ねぇ」
「はい。だからとても強いんです。だからボクは、村長に最終的には逆らえません」
食べられちゃうかもしれませんから。
「……一度、あのジジイと戦って見てえな」
そんな事を宣うカズマに、トウヤは顔を引き攣らせた。
「やめてください! そんな事になったら村が壊滅します!」
「するか!」
「しますよ! 馬鹿力のカズマさんと、狼男の村長。あきらかに死闘の匂いがします!」
ボクの平穏を壊すような真似はしないでください!
ゴリオが戻ってくるまで、そんな言い合いをする二人であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「な、何でそんな事を!?」
手に持っていたコップを落とし、ゴリオは親分に尋ねた。
「よく考えてみろ、あの自衛団が大人しく言うこと聞くと思うか? そんな訳ねぇだろうが」
「でも、だからと言ってトウ、いやあの少年を殺さなくたって!」
「はぁ……」
山賊の親分は大きく溜め息をつき、ゴリオを呆れた目で見つめた。
「お前は本当に腰抜けだな。あんな小僧が死んでも、一向に構わんだろうが。そんなんだからお前は『クズオ』って言われるんだぞ」
「し、しかし!」
ゴリオは親友の為に、親分に食い下がる。
しかし。
「うるせぇ。もう決定だ。元々時間稼ぎに攫った小僧。あの物が届いたからには、もう用がねぇ。
まぁ、少しは自衛団どもの動きを遅らせる事が出来たんだから、あの小僧に少しは感謝しねぇとな」
そう言って大声で笑う親分。
「ううぅ……」
「ほら、さっさと見張りに戻れ。その水は小僧にか? いいぞ渡してやれ。
少々役に立ってくれた小僧に、俺からのプレゼントだと行ってやりな!」
また大声で笑い出す親分を背に、ゴリオは肩を落として牢屋へと戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いいですか。絶対に喧嘩はさせませんからね!」
「少しぐらいいいだろ!」
「少しじゃ済まない! それに、貴方の事を紹介するのも面倒です! ってゴリオさん、いつの間に」
カズマとの言い合いに熱中している間に、戻ってきたゴリオ。
そこでトウヤは気づいた。
自身が独り言を大声で喋っていたことを。
実際にはカズマがいるのだが、ゴリオには見えない。
自身がとっても恥ずかしいことをしていた、とは思われたくないので大慌てするトウヤ。
「あの、今のはですね。ええと今度村で一人劇を行おうと……、ってゴリオさん?」
言い訳していたトウヤは、そこでゴリオの顔が苦痛に歪んでいることに気付く。
「どうしたんですか? あ、もしかしてまた他の山賊に『クズオ』呼ばわりを!
そんな輩には言ってやればいいんですよ『俺はゴリオ』だと」
「……トウヤ君」
自身の事を気遣うトウヤを、ゴリオは涙を浮かべて見つめた。
自分はこの初めて出来た友達に何もしてやれないのか。殺されるのを黙って見ているというのか。
……いや、そんな事は出来ない!
そう決意した瞬間、ゴリオは動いた。
自身のポケットを探り、牢屋の鍵を出す。
そして牢屋の鍵を開けつつトウヤに言った。
「トウヤ君。逃げるんだな!」
「えっ? 突然何を」
「いいから逃げるんだな。このままじゃ君は……」
「そこまでだ『クズオ』」
声と同時に誰かに殴り飛ばされるゴリオ。
「ガハッ!」
吹き飛ばされて壁にぶつかる。
そんな彼に、突如現れて殴り飛ばした山賊は言った。
「やっぱりお前は『クズオ』だな。こんなガキを助けようなんて、本当にお前は屑野郎だ」
「なっ、なっ……」
いきなりの事態にトウヤは混乱した。
ゴリオさんは仲間の筈なのに、一体何が。
「おい、このクズを連れていけ!」
その声に、ぞろぞろと現れる山賊たち。
彼らは倒れたゴリオを掴むとそのまま牢屋の外へと向かっていった。
「な、何やってんですか! 仲間に向かって!」
トウヤは、山賊相手だというのにそう怒鳴った。
「あっ? お前には関係ねぇ話だろ。いや、関係あるか」
そう言いながら、牢屋ごしにトウヤを見る山賊。
「えっ?」
「あいつはな。お前を助けようとした。山賊のくせにな。だから制裁を加えるのさ」
「えっ、えっ、えっ!」
意味がわからないトウヤ。
「あいつは、お前が殺されるのが嫌で逃がそうとしたんだ。理解したか?」
「……えっ、殺される?」
「そうだ」
ニヤニヤした顔で話を続ける。
「お前はもう用無しだ。だから殺す、それだけだ」
「そ、そんな~」
自身の緊急事態を把握し、涙声になるトウヤ。
「そういうこった。理解したか? じゃあな。ほれ」
山賊は水の入ったコップを牢屋の中に置いた。
「そいつは親分からのプレゼントだ。少しだけ役に立ったお前へのな」
そう言った後、笑いながら山賊は牢屋小屋を去っていった。
置いて行かれたコップを呆然と見つめるトウヤ。
「……ボクが、殺される」
だからゴリオさんはボクを助けようとしてくれたんだ。
そんな事をすれば自分の身が危なくなるのはわかっていたはず。なのにボクを。
「どうすれば。どうすればいいんですか」
トウヤは涙を零し、地面にうずくまる。
自分はもうすぐ死ぬ。もういらないから殺される。それにゴリオさんも。
制裁と言ってましたが、山賊の制裁が痛めつけて終わるとは到底思えません。
おそらく、苦しまされて殺される。自分より悲惨に。
トウヤは、自身の死もそうだが、初めて出来た友が殺される事にも絶望した。
「ボクのせいで。ボクのせいでゴリオさんが!」
一体、どうすればいいんですか!
このままじゃボクもゴリオさんも!
どうしようもない状況に、頭を抱えるトウヤ。
しかし。
「おいトウヤ! 泣いてる場合じゃねぇぞ!」
「はっ! そうだ、そうでした。ボクにはカズマさんがいました!」
今まで忘れ去っていたカズマを思い出したトウヤ。
「カ、カズマさん!」
「どうして欲しいんだ?」
カズマはトウヤを真剣な眼差しで見つめた。
「え、そんなの助けて……」
「お前は一度俺の協力を拒んだ。その俺に助けてくれだ? ふざけんな」
「う、うう……」
カズマの言葉に何も言えなくなるトウヤ。
そうでした。ボクは一度彼の意見を拒んでしまった。
そんな彼に命が危なくなったから助けてなんて言えません。
トウヤは、涙を零して震えた。
ボクのわがままでボクも、そしてゴリオさんも死ぬ。
それは嫌ですけど、でもカズマさんに頼む事も出来ない。
ボクは、ボクは何て非力なんだ!
でも、それでも。
「……カズマさん」
「ぁん?」
「お願いです。助けてください」
トウヤは、涙を流しながら土下座した。
「お前は、本当に調子に乗ってんな。誰が……」
「それでも!」
トウヤは顔をあげた。その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「今のボクに出来ることは、助けを求める事だけです。何の力も持たないボクに出来るのは……」
「……こんの」
「それに!」
巫山戯るな、と叫ぼうとしたカズマはトウヤの叫びに驚いた。
「それに、ゴリオさんが危ないんです。ボクを助けようとして、彼は山賊たちに連れて行かれました。
絶対ただではすみません。そんな事、ボクは嫌だ! でも、でも力の無いボクには何も出来ない。
だから、だから助けてください」
再び頭を下げるトウヤに、カズマは聞いた。
「……あいつを助けてくれってか?」
「はい」
「……お前は?」
「……出来れば助けて欲しいです」
「はぁ~。ったく情けねぇ」
カズマは頭を掻いて、トウヤの助けに対して答えた。
「……お前は俺の協力を断った。だからお前は助けてやんねぇ」
「ううぅ、はい」
「それとな。あのゴリラを助けるのも断る。何で俺があんなの助けなくちゃならないんだ」
「ぐすっ」
トウヤは再び涙を流す。
やっぱり駄目だった。そりゃそうですよね。あれだけ文句を言ったりしたんです、当然です。
自分の命もゴリオの命もここで終わる。トウヤはそう理解した。
「……けどな」
「ぅえ?」
「……けどあいつを助ける手伝いはしてやってもいい」
「カ、カズマしゃん」
「お前のダチなんだろ? だったらお前が助けろよ」
「でも、でもボクには……」
「確かにあの山賊共を倒すのは無理だな。けど……」
カズマはそう言って触れもしないのにトウヤの胸を叩いた。
「あいつを逃がす事は出来るだろうが。逃げるのはお前の得意分野なんだからな」
「……ぅう、はい」
「よし、そんじゃ行くぞトウヤ!」
「はい! カズマさん!」
少年は、初めて誰かの為に立ち上がった。