いつか今日を思い出して~紙飛行機少女~
さて、どうするか?
俺とこいつは特に予定もなく町へと繰り出し、特に目的もなく大型デパートにいた。
「はあ、町の中も店の中もやたらカップルが目立つと思わないか?」
こいつこと、矢島茂樹が低いテンションで言った。
「夏だからな」
と、端的に適当に答える俺は真島翔一。茂樹とは同級生で幼馴染。
「夏、そう夏なのに。俺たちは男二人でこんなところで何をやってるんだ。来年の夏は進学だ就職だで忙しいだろうし、青春を謳歌するには今年しかないんだぞ! なのにもう八月も半ばをすぎようとしる」
電気屋の中をうろつきながら嘆くようにぶつぶつとなにやら呟いている。
「誘ってきたのはお前だろ」
「だめだ、こんな青春の片鱗も見せない十七歳の夏はだめだ! 何かしなくては、思い出に残る何かを」
「ここで何すんだよ? 映画でもみるか?」
「何が悲しくて男二人で映画なんか、甘酸っぱい思い出には可愛い彼女。ナンパだ、ナンパをするぞ!」
「一人でやれよ」
「俺はナンパに成功したことがない。というよりしたこともないし、テレビや漫画の中でしか見たことがない」
「同じく」
こんな不毛な会話をいつまで続けなければならないのだろう。まったく、茂樹の青春病には困ったものだ。高校に上がってからというもの「青春を探しの旅!」などと銘打ってあちこちに連れまわされた。
「自分でいうのもなんだが顔はそんなに悪くないと思うのだ。そしてお前を俺には劣るがそれなりに整った顔立ちをしている。俺たちと同じように青春相手を探している少女がいるかもしれない。いざゆかん!」
「頑張って」
「俺はこうみえてものすごくチキンだ。一人で声を掛けるなんてとてもとても……」
まったく面倒なやつだ。
「お、あそこの子、結構可愛いくない? 一人みたいだし好都合、さていくか」
「相手一人だろ。お前も一人で行け。……そでをひっぱるな」
茂樹に引っ張られてカメラを見ているその少女の元へ向おうかというとき、横から俺たちと同じぐらいの少年が来て少女と少し話した後その場を去っていった。
「連れがいたみたいだな」
「くそ、なぜ俺には彼女がいないんだ……」
茂樹は深くうなだれていた。
「クラスに女子がいないから、ってことにしとけ」
「そうだ普通の高校に言っていれば俺にだって素敵な出会いがあったはず……」
俺たちは工業系の高校に通っている。一応共学なのだが、女子には余り人気のない工業系のため男子、女子の割合は九対一ぐらいだ。そして俺たち機会工学科のクラスには女子が一人もいない。クラス替えも三年間ない。
「まあ、そう悲観すんなよ。女子がいないほうが気楽でよかったけどね俺は」
「お前はまったく。もうちょっと青春に貪欲に生きようぜ」
青春に貪欲って……、もはや意味がわからん。
結局そのあと俺たちは二人で店内を巡り、電気屋で最新のケータイを眺めたり、本屋で雑誌を立ち読みしたり、ゲーセンでハッスルしたりと、なんだかんだ言いながらそれなりに楽しんでいた。
そして遊び疲れて店を出た。
「さ、帰ろ、帰ろ」
「当初の目的はどうしたんだよ」
「……俺らはまだ若い」
だけどきっと数日後にはまた青春病が再発するに違いない。
西に沈みゆく夕日を眺めながら俺たちは町から離れて行った。
青から赤へと染まりゆく空を眺めていると、そこにゆるやかに漂うあるものが目に入った。
「紙飛行機……」
「ん?」
「いや、あれ」
そう言って空に漂う紙飛行機を指さした。まだかなり高い所を飛んでいる。
「ああ、そうだな」
疲れ果てたのか、刺激の返事は素っ気ない。
「ああいう紙飛行機の中には大抵手紙が書いてあると思わないか?」
「……お前はあれか、瓶の中に手紙と植物の種を入れて海へと流したことがある口だろ。それと風船か?」
「……悪いか」
どれも小さいころにやった記憶があった。
「ふっ、青臭い」
青春、青春と騒いでいた奴にだけは鼻で笑われたくはなかった。
「取り敢えず、俺は追いかける」
「まじかよ、俺は疲れたから帰るぞ」
「じゃっ」
そう言って俺は駆けだした。
紙飛行機はゆるやかに住宅が立ち並ぶ住宅街へと進路を向けていた。
それを必死で追いかける俺。
何をやっているんだろう。傍から見たらかなり恥ずかしい奴だなまったく。まっさらなただの紙飛行機かもしれない、むしろその可能性の方が高い。
それでも俺は足を止めなかった。
住宅街に入った紙飛行機を見失わないように、家々の間をぬって走った。時には家と家との間を通り抜けながら(不法侵入)。
家の屋根の上に堕ちやしないかと危惧していたが、それは杞憂に終わった。
四方が家に囲まれた中ぽつんとある公園に無事、紙飛行機は着陸した。それも『まあ、ここにでも座ってゆっくりしろや』と走りつかれた俺をいたわるようにベンチの上へ。
お言葉(妄想)に甘え俺はベンチに座り、半分期待、半分不安のなかゆっくりと紙飛行機の中を開いた。
「……真っ黒?」
いや、違う。
真っ黒かと思わせるほどの大量の小さい文字で小さい長方形の紙は埋め尽くされていた。
よくもまあ手書きでこんなに小さく大量に書いたものだ。
『ハローハロー、聞こえますか? まあ聞こえるはずないよね。文字だからね。
さて、冗談はこれぐらいにしてこの紙飛行機もとい手紙を拾ったあなたへ。送り主からの贈り物です。それは〈ささやかなる非日常〉。長い人生の中でも空から紙飛行機が飛んでくるなんてそうそうないでしょう。(道端で拾ったあなたへこの手紙は遥か上空、遠いどこかから来たものと思ってください)しかも紙を埋め尽くすほどの長文がつづられた手紙なんて。
果たして、あなたが此処まで読み進めているのか、最初の冗談に呆れてぽいしてしまったかはわかりません。それでも私は続けましょう。
〈ささやかなる非日常〉といいましたがそれは何か? まあ、これです。あなたは毎日毎日とただただ同じような毎日を過ごしていませんか? 大抵の人はそうでしょう。習慣化された毎日、予定外のことなんてそうそうおこらない。そんな今日に意味はあるのか。一カ月後、一年後に今日を覚えているのか? 何月何日に何があった。旅行に行った、初めて彼とデートをした、結婚記念日、なんて記憶に残る日ならいざしらず、ただ過ごすだけの日常に記憶に残る日なんて何日なるだろうか。
そんな日常に埋もれているあなたへ〈ささやかなる非日常〉=〈今日〉をプレゼント。きっとここまで読み進めてくれたあなたなら今日の突然の手紙は強烈に記憶に残ったんではないでしょうか。あ、ちなみに今日は八月十七日です。あの哲学書、下村寅太郎の誕生日です。まあ、知りませんよね。かくゆう私も名前だけしかしらないんですけど……。
この手紙を平ったあなた、所で年齢は幾つぐらいでしょうか? まだ子供の君、まあ、まだ子供だし、難しいことは考えずに自由に楽しく行きなさい。中高生の君、勉強ばっかりしろとは言わないさ、でもそれなりにしといた方がいいよ。そして何か打ち込めることをみつけなさい。大学生の君、学生と言うモラトリアムはもう残りわずか、そろそろどうするか考えなさい。社会人のみなさん、社会に飲み込まれないように。いつだってやり直せるって。
さてはて、紙の余白も残り少なくなってまいりました。
要するに、一日、一日、噛みしめて生きろやってことです。
では、そろそろお暇しようと思います。どうか、いつか今日を思い出して。』
……長ぇ。
改めて、よくもまあ、手は気でこんな小さく大量に書いたものだ。
いつか今日を思い出して、か。
夏休みが終わった。あっという間に何事もなく。課題だけを残して。
それからというもの俺は登校中、下校中、幾度となくあの日、あの紙飛行機を拾ったことを思い出し、手紙のことを思い出し、茂樹とした何気ない馬鹿話まで思い出し。まんまと送り主の意図した通りにあの日のことが鮮明に記憶い焼きついていた。
気がつくと空を見上げている。
気がつくと探していた。あの紙飛行機を。
「なあ、お前最近上の空だな」
「そうか?」
「最近お前上ばっか見てるだろ」
「………」
そりゃなんか違うだろ。こいつ馬鹿だったのか。
そういえば茂樹も一応の当事者だったな、簡単に話をしておこう。
「あの紙飛行機あっただろ」
「……あぁ、デパート行った日か。まさか中に手紙でも書いてあったのか?」
「ああ、手紙と言うよりなんというか、面白い文というか」
「へえ、見せてみろ」
「もう捨てたよ」
そういいつつ綺麗に折りたたんで財布の中に保存してあった。
「なあ、下村寅太郎って知ってるか?」
「だれ? 芸能人?」
「だよな」
『ハロー、ハロー聞こえましたよ。てか読みましたよ。なんというか、あなたの意図通りあの日のことは鮮明に覚えている。俺はとある高校二年生の学生だけど、まだまだガキだけど言いたいことは何となくわたっかよ。本当に毎日を無駄に過ごしてるって、あの手紙を読んだとき切実に思った。実際に、ひと月半ある夏休みでもたぶん八月十七日、あなたの手紙を拾った時の日のことが一番鮮明に覚えている。それが下村寅太郎の誕生日だってことも、下村寅太郎って哲学だけでなく様々な分野でもすごいんだな。まあウィキペディア読んだだけだけど。それじゃあ、ささやかなリプライでした』
国語の時間にノートを千切ってこの返事を書き終えて紙飛行機にし、昼休みに屋上に上がりひっそりと風に乗せた。
届くはずないって、わかっているけど。それでも
あての手紙の送り主も紙飛行機を飛ばしたときこんな気持ちだったんだろうか。
俺はすぐに屋上を後にした。紙飛行機の行方を見たくなかったのだ。少しぐらい希望を持ったっていいだろう?
数日たったとある下校中。
「あ、紙飛行機」
隣を歩く茂樹が呟いた。
「何処だ?」
俺はものすごい勢いで空を仰いだ。
空を漂う小さな米粒ほどの紙飛行機を発見した。しかし遥か遠くにあり、すぐに建物の陰に隠れてその行方を見失った。
「何処から飛んできたかわかるか?」
俺は茂樹に問い詰めた。
「ああ、あの病院。五階、左から三番目のあの窓開いてるだろ。その部屋だよ」
茂樹が指さす病院はゆうに1kmはここから離れている。俺は視力は悪い方ではないが窓が開いているかどうかも判別がつかない。
「おまえ、視力幾つだよ……」
「2.0だけど」
絶対それ以上あるに違いない。
病院の五階、左から三番目、その情報をしっかりと記憶に焼きつけた。
翌日、俺は早速行動を起こした。
放課後、学校が終わるとすぐに一人で教室を飛び出し、例の病院と足を進めた。その間、五階、左から三番目と何度も反芻しながら歩いた。
大きな総合病院。
多少尻込みしつつもなかへ踏み込んだ。
入ってすぐのロビーには小さな子供から、お年寄りまで患者であふれかえっていた。その間を縫って受付を向かおうとしていたが、あることに気付いた。お見舞いに来たとしても、何と言う? 名前も病室もわからないのにお見舞いにきたなんておかしいだろう。ただ五階、左から三番目に部屋があるということしか知らないのに。
俺は急遽進路を変更しエレベーターへと向かった。
五階に向かい窓から外を見て方向を確認しながら病室を探した。
「ここ、か?」
503号室。花川千沙。
どうやらあの手紙の送り主は女性の様だ。まだ確定ではないが。
軽く深呼吸。
意を決して軽くノック。
トントンッ
「だれ?」
………だれ?
俺は真島翔一です。なんて言ったって再度「だれ?」と疑問を強めて返ってきそうだな。
「どうも……」
名を告げずに扉を半分だけ開けて顔を見せた。
「……だれ?」
怪訝な顔で俺を見つける彼女。まあそうだよな。
半分開いた扉から見えた手紙の主と思われる彼女は黒い髪が真っすぐ長くて、肌が白い、と言うよりはなんだか青白くて、顔はまだ少し幼さが残るが自分とそう変わらないだろう。切れ長の目の整った顔立ちをしていた。
「えーと、これ、を拾ったものです」
財布から折りたたんだ手紙を開いて前にかざして見せた。
「へぇ……、まさか拾ってる人がいたなんてね。でもどうして此処がわかったの?」
彼女は胡散臭そうに言った。
「ああ、偶然見たんだ。この病室の窓から紙飛行機が飛ぶのを」
俺じゃないけど。
「それで、何?」
「何って、ただどんな人がこの手紙を書いたのか少し興味がわいて、話がしてみたくて……?」
彼女をじっとこちらを睨んでいる。そんなに睨まれると狼狽せざるをえない。
「うん、正直その紙飛行機が、手紙が誰かに読んでもらったってことは嬉しい。まさか会いにまでくるとは予想もしなかったけど」
「あの手紙ってどれくらいの周期で飛ばしてるんだ?」
「不定期、気が向いたときだけ。今まで20回ぐらいかな」
少し、彼女との間の空気が和らいだ気がした。
「内容は全部一緒?」
「大体一緒かな。所々違うけど、行ってることはたぶん一緒。ところでいつ拾ったの? 昨日?」
「いや、下村寅太郎の誕生日の日」
「ああ、あの日ね」
彼女は冗談めかしたことを書いたのを思い出したのか微かにほほ笑んだ。それは俺の鼓動を一瞬跳ねあがらせた。
「いつもあんな長文を?」
「いや、あの日は特別。実は……、誕生日だったの。あの日」
少し言いにくそうに、恥ずかしそうに僅かに頬を染めて彼女は言った。
「へえ、おめでとう。……もう遅いか」
「ううん、一応ありがとう」
そこで会話が途切れた。
遠慮気味に病室を見まわしてみた。
ほとんど何もなかった。ベッドの横の小さな机にシャーペンと便箋が数枚。あれで手紙を書いていたのだろう。テレビもない。時計もない。小さな鏡が壁に取り付けられている。こんなに何もない空間で暇を持て余さないものだろうか。俺なら考えられなかった。本も漫画も雑誌もなにも置いていないなんて。
からっぽだった。
窓の外に目を移していた彼女が口を開いた。
「ねえ、闇といえば、何?」
「闇? 暗闇の闇? 何って言われても………、真っ暗?」
「そうだね。目を瞑ると真っ暗で何も見えなくて、夜になって電気を消すと真っ暗で何も見えなくて。怖くて」
彼女が何を言いたいのかまだ分からなかった俺は黙って言葉に耳を傾けた。どこか達観したような小さくて微かな言葉に。
「白い天井、白い壁、白い床、白いカーテン、白いスーツ、白いパジャマ。空っぽの私。眠りから目を覚ますとそこは白い闇で、気を抜くとそのままのみ込まれそうで怖くて。目を瞑った。そこに光がなくても、くだらない妄想次第では明るくなって。だけど白い闇には『現実』があった。」
滔々と語る彼女の言葉に口を挟む余地はなかった。いや、挟む言葉が見つからなかった。きっと何を言っても今の俺のは意味のない安っぽい台詞しか言えそうになかった。だから黙って、彼女を見つめて、静かに聴いた。
「ここ数年、いつも、いつも同じような毎日で、記憶に残るようなことは何もなかった。今日と昨日、明日と今日の区別が曖昧になって、今日が何月で、何日かなんて気にすることもなくなって。だけど、あの手紙を書いた日のことはなんとなく覚えている。自分に言い聞かせるように意味のない毎日を愁いた言葉を綴り、ペンを走らせた日の想い、記憶。だけど他には何もする気力がなくて、結局は予定調和の毎日を過ごすだけで、いつしか明日がいらなくなった」
彼女はそう言って口を閉ざした。
この閉鎖された白い闇の中で彼女はいつも一人で何もできない自分を責め続けていたのだろうか。白いカーテンは堅く閉ざされている。この時間は下校中の中学生、高校生が多いから、きっと見たくないのだろう。自分にはない当たり前の日常を当たり前のように持っている彼らを―――僕等を。
「もう。どれぐらい入院してるんだ?」
「さあ……最後に学校に行ったのは中学二年生になったばかりの最初の二週間だけ。そのときもほとんど保健室で過ごしていたけど。……惨めだったな。どうして自分だけ? ってどうしても思ってしまうから。すぐまた白い闇に引き戻された」
大丈夫だって。すぐ良くなるって。また学校に通えるさ。
安っぽい言葉ばかりが浮かんだ。
だけどそれを口にしたらもう彼女は自分を見ないだろう。
「そろそろ看護師さんが夕食運んでくるから帰った方がいいよ」
「うん。わかった」
部屋を出る直前、振り返って俺は言った。
「また、来てもいいか?」
彼女は少し目を丸くした。そして、
「ううん。もう来ないで。もう私は……」
優しく笑ってそう言った。
次の日彼女は飛んだ。
ただ、紙飛行機みたいにうまく風に乗ることはできなかった。
俺が知ったのはテレビで流れるニュースでだった。
学校から帰宅して何気なくテレビを着けるとニュースが流れていて、そのことに触れたのはほんの十秒ほどだった。病院の外見が映されてナレーターの無機質な声が淡々と起きた事実だけを述べた。彼女の名前が出たわけではなかったけど俺には確信めいた何かがあった。そうであって欲しくない。だけどきっとそうだって思ってしまった。
息を切らして病院まで走った。
昨日と何も変わらない風景だった。何の跡形もない。
ただ、503号室は空っぽだった。いや、部屋全体はほぼ昨日と変わっていなかった。彼女だけが欠落していた。
「あっ……」
机の上に紙飛行機が置いてあるのを見つけた。
「それ、もし男の子が来たら渡してくれって」
いつの間にか後ろに白衣を着た五十がらみの医師が立っていた。
「男の子って君のことかな?」
「はい……、そうだと思います」
「そうか。じゃあ、はい」
その医師は机の上の紙飛行機をそっと掴み、俺に手渡してくれた。
「君は、彼女と親しかったのかい?」
「いえ、昨日知り会ったばかりです」
「そうか、もう少し早く……、いや、なんでもない。それじゃあ」
医師はそう言い残し立ち去って行った。
もう少し?
もう少し早く彼女と出会っていれば?
俺が彼女に明日を与えられたとでも言うのか。
重い足取りで病院の廊下を歩いた。
すれ違いの看護師二人が言っていた。
「あの子、もうあんまり長くなかったらしいわよ」
「そうなの、あの子自身はそのこと知ってたの?」
「さあ、たぶん知らなかったと思うけど……」
そんな会話を半ば放心状態で聞いていた。
気がつくと病院の外にいた。
握りしめたままだった紙飛行機を今やっと思い出した。歪んだ形を丁寧に直して中を開いた。
『ごめんね。
ありがとう。
たまにでいいから、
明日でも、十年後でもいいから、
いつか今日を思い出して』
悪いたとえだと思うけど、俺が大好きなマイケル・ジャクソンが亡くなった時も涙はでなかった。だけど今は鼻がツンと痛くて、前が歪んできて、涙が頬を伝った。青い空を見上げて、それはきっと眩しすぎる太陽のせいだって、誰に言うわけでもなく言い訳した。
忘れないさ、きっと何度も今日を思い出す。
「あれは……」
上を見上げた時病院の中庭にある背の高い貝塚伊吹の木の枝の間に白い物体を発見した。罫線の模様が目立つあの紙飛行機は紛れもなく俺が依然飛ばしたものだった。
こんなところまで飛んできてたなんて……。
そのとき一陣の風が吹いた。
貝塚伊吹の木に引っ掛かっていた紙飛行機がふわりと浮かびあがり、飛び去った。
ほとんど無意識に手元の紙を元の紙飛行機に戻し、先に飛び去った紙飛行機めがけて飛ばした。
なんとか追いつき、並走して遠く飛び去って行った。
次こそちゃんと、届いてくれよな。
最後まで読んでいただきありがとうございます>_<