第九話:『悪魔の契約書1』
「…はぁ…はぁ…!帰ってきた…!もう、二度と、あの階段は、登りたくも、下りたくもねえ…!」
アジトである倉庫の扉を開けた瞬間、俺たちは、そのまま床に倒れ込んだ。
(…クソッ…!腕が、折れた…!あの後、リリスの地図を頼りに、例の『非公式階段』まで、なんとかたどり着いたはいいが…明かりもねえ、足場も崩れかけの階段を、腕が折れた俺と、足を捻挫したリリスが、銀貨100枚っていう大金抱えて、下りるのが、どれだけ地獄だったか…!)
(途中、イグニが「あ、トカゲさんの巣、通り過ぎましたね!」とか、呑気なこと言ってたが、もう、ツッコむ気力もなかったわ…)
空気中に舞う埃と、自分たちの汗と血の匂い、そして、あのトカゲの巣から移った、謎の粘菌の匂いが、その地獄の道中を物語っていた。
目の前には、依頼の成功報酬である銀貨100枚の山。しかし、俺は崩れてきた瓦礫の直撃を受け腕を骨折し、リリスも逃げる途中で足を捻挫していた。全員、ボロボロだ。
「いっ…てえ…!クソ、骨が軋む音が聞こえる…!」
俺が折れた腕の痛みで呻く。
「私の足もだ…捻挫くらいで済んだのが、不幸中の幸いか…」
リリスも、足を引きずりながら、壁に寄りかかった。
「旦那様、リリス、痛いですか…?」
イグニは、俺たちの無様な姿を、不思議そうに、小首を傾げながら覗き込んでいる。
「痛いに決まってんだろ!骨が!骨が変な方向に曲がってんだぞ!」
俺が、八つ当たり気味に叫ぶと、イグニは、はっとしたように、目を輝かせた。
「大変です!曲がってるなら、まっすぐにしないと!」 彼女は、俺の折れた腕に、その小さな手を伸ばしてくる。
「やめろ!触るな!近づくな!お前にまっすぐにされたら、俺の腕が粉々になるわ!」 俺は、必死に後ずさった。
その、俺たちの、どうしようもないやり取りの、すぐ横。 樽の上に、いつの間にか顕現していたザガンが、優雅に足を組み、銀貨の山を、まるで宝石でも鑑定するかのように、指先でつまみ上げていた。
「…おい、ザガン。てめえ、何、人の報酬、勝手に触ってんだ」
「フン。実に、下品な輝きだ」
ザガンは、俺たちに視線を移すと、その銀縁の眼鏡を、くい、と押し上げた。
「して、小僧。貴様ら、その怪我、どうするのだ?この、銀貨100枚の使い道だが…」
彼は、俺たちの答えを、心底、楽しそうに、待っている。
「決まってんだろ!治療費だよ!こんな怪我、治さなきゃ…
待てよ…この腕、治すのにいくらかかるんだ…?まさか、銀貨全
部なくなるとか、そういうオチじゃねえだろうな…」
「あり得るな。アンデッドの私と違い、生身のお前たちの治療費は高い。スラムの闇医者にかかれば、銀貨五十枚は下らんぞ」
リリスが、冷静に、そして残酷な分析を口にする。
「銀貨五十枚!?冗談じゃねえ!何のためにこんな目に遭ったと思ってんだ!」
「…だったら、ザガン!てめえが治せよ!悪魔の力とかで!」
俺が、無茶な要求をすると、ザガンは、心底、呆れたように、ため息をついた。
「なぜ、余が?余は、観客だぞ。それに、余の力は、破壊と混沌に特化しておる。治癒など、専門外だ。…もっとも、その腕、いっそ、もいでしまった方が、静かになるとは思うがな」
「てめええええ!」
◇◇◇
「……ヒーラーが、いるな」
俺は、一通り切れ散らかした後呟いた。
「絶対に、必要だ。それも、タダで、何度でも、文句も言わずに、俺たちの無茶に付き合ってくれる、お抱えのヒーラーが」
「そんな都合のいい聖職者が、このスラムにいるものか。寝言は寝て言え、小僧」 リリスが、鼻で笑う。
その瞬間、脳裏にある光景が蘇った。 地下都市に来て間もない頃、広場で見た光景だ。人の良さそうなシスターが、見るからに胡散臭い詐欺師に、なけなしの有り金を、満面の笑みで渡していた、あの光景が。
口の端が、片方だけ、ゆっくりと吊り上がっていく。痛みで歪んでいた顔が、獲物を見つけた捕食者のそれに変わるのを、自分でも感じた。
「…おい、リリス」
「なんだ…?」
「最高の『カモ』が、いたのを思い出したぜ」
第9話をお読みいただきありがとうございました。
命がけの強盗で銀貨100枚を得ましたが、治療費で半分消えそうな勢いです。
しかし、この主人公が素直に病院に行くわけがありません。
彼が思いついたのは、「タダで治癒魔法を使えるカモ(聖女)を騙して連れてくる」ことでした。
次回、ついに「承認欲求モンスター」こと、ポンコツ聖女が登場します。
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