第五話:『悪事への片道切符』
隙間から吹き込む秋の夜風が、肌を刺す。
倉庫の中は、絶望という名の冷たい空気で満ち満ちていた。
「…腹、減った…」
俺が、床に転がったまま、力なく呟く。
「旦那様…わたしも、です…」
隣で、イグニが、さらにか細い声で答えた。
「フン、貴様らがうるさいせいで、集中できんではないか。静かにしておれ」
リリスは、壁際にうずくまったまま、分厚い依頼書の束を睨みつけている。ここ数日、彼女はずっとこの調子だ。
「うるせえ!てめえが腹減ってねえのは、死んでるからだろうが!」
「なんだと、小僧。❘不死者への差別か?それとも、私に何か食べさせてくれるという、殊勝な申し出か?」
「んな金、あるわけねえだろ!」
俺たちの、どうしようもない言い争い。
その時だった。リリスが、読んでいた本を、バンッ!と大きな音を立てて閉じた。
そして、血眼のまま、どこかから見つけてきた『非正規ギルド』の依頼書を、樽のテーブルの上に叩きつけた。
「…見つけたぞ、小僧」
「あ?なんだよ、急に。どうせ、また、ギャンブルの必勝法でも見つけたとでも言うんだろ。もう金は一銭もねえぞ」
「違う!」
リリスは、ギラギラとした瞳で、依頼書の一点を指差す。
「やらねば餓死するだけだ。選択の余地などない。これしかない!」
「…『成金貴族邸より"呪いの宝石"を窃盗すべし。報酬、銀貨100枚』…強盗だぞ!?捕まったらどうすんだ!」
「その時はその時だ。だが、このままでは確実に明日か明後日には行き倒れる。どちらがマシか、考えるまでもないだろう!」
リリスの言う通りだった。
「…待てよ」
俺は、依頼書の、ある一点を指差した。
「この依頼書、場所が、『中層・商業区』って書いてあるぞ…」
俺は、倉庫の天井――いや、俺たちスラム区の『フタ』である、無機質な岩盤を見上げた。
「…どうやって行くんだよ!あの『公式階段』は、確かに通行料は無料だが、『検問所』があるんだろ?俺たちみたいな、スラムの住人が、すんなり通れるわけ…」
この地下都市『タルタロス』は、巨大な縦穴に築かれた、階層都市だ。 俺たちがいる最下層の『スラム区』から、ターゲットのいる『中層・商業区』へ行くには、いくつかの巨大な螺旋階段を登るしかない。
そのうち、表通りにある『公式階段』は、通行料は無料だ。だが、階層の境目には必ず『検問所』が設置されており、警備兵が常に巡回している。 俺たちのような、身分証も持たないスラムの住人が、正面から通ろうとすれば、高圧的な尋問を受けることも多い。
「フン。だから、私の『知謀』がある」
リリスが、俺の懸念を遮った。
「いいか、小僧。問題は、『行き』ではない。確かに、あの検問所の警備兵は、我々のようなスラムの住人を、汚物でも見るような目で見てくるだろう。だが、我々は、まだ、何もしていない。せいぜい、賄賂を要求されるか、最悪、追い返される程度だ。そこは、貴様のその、三文芝居でどうとでもなる」
「…まあ、そうかも、しれねえが…」
「問題は、『帰り』だ」
リリスは、古びた羊皮紙――このタルタロスの、古い地図を広げた。
「宝石を盗んだ後、警報が鳴れば、あの『検問所』は、即座に封鎖される。我々は、袋のネズミだ。そこで、これを使う」
リリスは、地図の、スラムのさらに奥、誰も寄り付かない『東地区』の、さらに端を、指でなぞる。
「ここに、『旧世代』が作ったまま、忘れ去られた『非公式階段』がある。これを、我々の『脱出路』とする」
「…どう見ても、ただの崩れかけの穴ぐらにしか見えねえんだけど…。本当に、繋がってんのかよ、これ…」
「私の計算を疑うか、小僧?このルートこそが、我々に残された、唯一の活路だ!」
最悪な選択とはわかっている。だが、それしかないほどに俺たちは追い込まれていた。
「…よし、分かった。潜入と脱出ルートは、それしかねえとして…」
俺は、もう一つの、致命的な問題点を指摘した。
「大体、どうやってやるんだよ!お前は頭脳担当、俺は…なんだ?総大将か?肝心の戦闘員がいねえじゃねえか!」
「む…」
リリスも、そこまでは考えていなかったようだ。腕っぷし自慢のオークやミノタウロスを雇う金など、当然ない。 その時だった。
ぐぅぅぅぅぅぅ………。
部屋の隅から、ひときわ大きく、そして物悲しい音が響き渡った。
音の発生源であるイグニは、自分のお腹をさすりながら、不安そうに俺たちの言い争いを見ている。
俺とリリスの視線が、ゆっくりと、その小さな竜人の少女に向けられた。
「…おい、イグニ」
「…はい、旦那様…」
「お前…竜人なんだろ?なんかこう、特別な力とか、ねえのか?」
「ちから…?わかりません…。でも、私の手、たまに、いうこときです…」
イグニは手をいじりながら答えた。
「ん?どういうことだ?」
「はい。勝手に、あったかいのが、ぶわーってなって…。前の村では、みんなのおうちが、ぜんぶ、ぺしゃんこになりました」
彼女は、まるで他人事のように、そう付け加えた。
(前の村…?何かやらかして追い出されたクチか…?「あったかいのがぶわー」ってなんだそりゃ。全然わからん…まあ、いい!どっちにしろ、もうこいつに賭けるしかねえんだ!)
俺はイグニの前にしゃがみ込み、悪徳商人のような笑みで囁きかけた。
「いいか、イグニ。難しいことは言わねえ。俺が『やれ』って言ったら、なんかこう…目の前の敵を、バーン!ってやるんだ!」
俺は、渾身の力で殴りかかるジェスチャーをしてみせる。
「バーン…?」
「そうだ!バーンだ!もし、それができたら…」
俺は、ごくりと唾を飲み込み、最大の切り札を切った。
「メシをやる。腹一杯、食わせてやる!」
虚ろだったイグニの瞳の奥に、チリ、と小さな火花が散った。その光は、飢えた獣のそれだ。
「めし…!おなかいっぱい、たべれますか…?」
「ああ!ステーキでもなんでも好きなだけ食わせてやる!」
(※成功報酬が入ってからの話だが)
「やります!」
イグニは、力強く、そしてはっきりと頷いた。
「ククク…食い物で手懐けるか。実に浅ましい。実に、貴様らしいやり方だ。だが、悪くない」
ザガンの声が、どこか満足げに響いた。
こうして、俺たちは得体のしれない「あったかいの、ぶわー」に全てを賭けるという、無謀な計画に乗り出したのだった。
第6話をお読みいただきありがとうございました。
空腹のあまり、ついに「強盗」という手段に出ました。
作戦の要は、幼女の「あったかいのがぶわー」という、あまりに不穏な供述だけです。
食い物で子供を兵器利用する主人公のクズっぷりを笑っていただけたら、ぜひ作品フォロー、☆評価をお願い致します。
皆様の応援が、彼らの犯行(執筆の原動力)になります。
次回、『初めての中層』。
ザガンが恐ろしい嫌がらせをしてくれます。




