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第十六話:『史上最悪の、NPO法人』

数日が過ぎた、穏やかな朝だった。

コンコン、と、アパートの扉をノックする、丁寧な音が響いた。

「はーい、どちら様ですの?」

セシルが対応に出ると、安っぽい木の扉の向こうに、一人の女性が立っていた。


彼女は、狭い廊下を抜け、軋む床の音にも眉一つ動かさず、俺たちのいる部屋へと入ってくる。その雰囲気は、明らかにスラムの住人ではなかった。


モデルのような長身に、タイトなスーツ。この『下層』の、泥一つ、埃一つ、付着していない、完璧に磨かれた靴。 眼鏡の奥からは、冷たい金色の瞳が、感情を一切、乗せずに、俺たちを、まるで「備品」でも確認するかのように、一瞥した。 脇には、分厚い法典と、パンパンに膨れた革鞄。


面倒ごとを察知したのか、部屋の隅で寛いでいたザガンが、すっとその姿を霊体化させる。


『ほう…魔族の血か。だが、なんとまあ、つまらぬ匂いが混じっておるわ。役人の匂いだ』


頭の中でだけ、楽しげな声が囁いた。


「ごきげんよう。わたくし、地下都市税務局・特別査察官のヴァイスと申します。こちらに、天沢健太様はいらっしゃいますか?」


「税務局…?」


その不吉な単語に、俺とリリスは顔を見合わせる。


ヴァイスは、一枚の請求書をテーブル代わりに使っている樽に広げた。その所作には一切の無駄がない。


「先日、貴方たちは非正規ギルドの依頼を受け、見事達成なさりました。その成功報酬、銀貨100枚。素晴らしいご活躍ですわね。ですが、その所得について、一切の申告がなされておりません」


「しょ、所得…?」


「ええ。地下都市では、非正規ギルドの依頼報酬であっても、所得の25%を納税する義務がございます。よって、まずは基本税額、銀貨25枚」


ヴァイスは、淡々と続ける。


「加えて、悪質な申告漏れに対する追徴課税が、50%。無申告加算税が、20%。延滞税が…」


次々と、聞いたこともない税金が加算されていく。


「―――以上をもちまして、請求額は、合計、銀貨102枚となりますわ」


「「「ひゃ、ひゃくにまい!?」」」


俺とリリス、セシルの声が重なった。報酬よりも請求額の方が多い。完全に、詰んでいた。


『クハハハ!その表情!三者三様の絶望の顔!金を得て喜び、次の瞬間には、それ以上の負債を背負う!ああ、これほど美しい喜劇が他にあろうか!』


リリスが、咳払いを一つして、女王の口調で反論を試みる。


「ま、待たれよ。我らは、その…由緒ある貴族の末裔だ。貴族への課税には、特別な手続きと敬意が必要なはずだが?」


「リリス・ゴールドマン様。旧死者王国は三百五十年前に滅亡。それに伴い、貴族の特権も失効しております。法典の第四章、第二節に明記されておりますわ」


ヴァイスは、法典のページを開くこともなく、即答した。

ならば、と俺も食い下がる。


「金なんてねえよ!見りゃわかるだろ、このボロアパート!」


「資産の有無は、納税義務の免除理由にはなりません。分割払いや、そこにいる竜人の少女イグニを含めた、現物での差し押さえなど、手続きはございますが」


ヴァイスの冷たい金色の瞳が、イグニに向けられる。まずい。こいつは、何を言っても通用しないタイプだ。


「旦那様…あの人、怖いです…」


イグニが、俺の後ろに隠れる。


絶体絶命。その瞬間、俺の頭の中で、何かが、弾けた。団長としての『悪知恵』が、フル回転を始める。

俺は、その場に崩れ落ち、子供のように泣きじゃくり始めた。


「うわああああん!ヴァイス様、どうか、どうか我々をお許しくださいいいい!」


「なっ…!?」


突然のことに、ヴァイスの理知的な顔が、わずかに狼狽の色を見せる。


『ほう、始まったか。貴様の三文芝居が。…うむ、涙の使い方は悪くない。もう少し、声に絶望を滲ませろ』


「我々は…! 我々は、この地下都市の恵まれない人々を救うために、日々、身を粉にして働いている、非営利のボランティア団体なのです!」


「ぼ、ボランティア…?」


「ええ! 先の依頼も、全ては恵まれない人々への炊き出しの資金にするため…! この金に税金がかかってしまっては、我々を頼る貧しい人々が、飢え死にしてしまいます! ああ、なんということだ…!」


俺の一世一代の三文芝居。 しかし、ヴァイスは冷静に眼鏡の位置を直すと、冷たく言い放った。


「……感情論は、法の前では無意味です。貴方たちがどのような目的を持っていようと、発生した所得には、税金がかかります」


「ぐっ……!」


(ダメだ、通じねえ! こいつ、鉄壁すぎる!)


俺の芝居が完全に不発に終わり、万策尽きた……その時だった。


「まあ、団長さん! なんて尊いお考えだったのですか!」


俺の後ろで、セシルが感動に打ち震えていた。 どうやら彼女、俺のクソみたいな嘘を、100%真実だと信じやがった。セシルは、涙を浮かべたままヴァイスの前に進み出ると、懐から一枚の紙切れを取り出した。


「ヴァイス様! ご覧ください! これが我々の活動の証です!」


俺は、その紙切れを見て、血の気が引いた。 それは、数日前、セシルが詐欺師に銀貨10枚を騙し取られた時に受け取った、あの『幸福の権利証』だった。


「……これは?」


ヴァイスが、怪訝そうにその紙切れを受け取る。


「『寄付の証』ですわ!」


セシルは、一点の曇りもない笑顔で胸を張った。


「我々はこうして、得た報酬をすべて、恵まれない人々の『幸福』のために使っているのです!」


「……………………は?」


ヴァイスの、常に冷静だったポーカーフェイスが、初めて崩れた。 彼女は『幸福の権利証』とセシルの顔を、何度も見比べる。


「……銀貨10枚を、この紙切れ一枚と……? 理解不能です……。これは、どう見ても詐欺……」


「まあ! 詐欺だなんて、とんでもない! これは、子供たちの笑顔を守るための、尊い権利ですのよ!」


セシルの、あまりに純粋な(アホな)抗議に、ヴァイスの論理的な脳が、明らかにショートを起こしていた。


「し、しかし……法的には……『対価として物品やサービスを受け取っていない、金銭の譲渡』は、確かに『寄付行為』とみなされますが……」


ヴァイスは、自分の法解釈と、目の前の❘現実アホとのギャップに、頭を抱え始めた。


俺とリリスは、この千載一遇のチャンスを逃さなかった。


「そ、そうだ! 俺たちは『慈善団体』なんだ!」


「そうだとも! 我が団の❘会計係セシルが、それを証明している!」


俺たちが畳みかけると、ヴァイスは、役人としての思考に「逃げ道」を求めた。


「……わかりました。寄付の実績があることは確認いたしました。……もし、貴方たちの団体が、正式に『非営利団体』として登録されるのであれば、今回の所得税は免除されます」


「本当ですか!?」


「え、ええ。こちらが、設立届です。団体名と、設立目的を…。もし、貴方たちの活動が、本当に『慈善活動』であると認められれば…」


「団体名は、『天沢一家』だ!」


俺は、ヴァイスが差し出した設立届をひったくると、設立目的の欄に、大きく、こうサインした。 『慈善活動』と。


ヴァイスは、まだ頭痛がするという顔で書類を受理すると、「後日、改めて監査に伺います」と言い残し、足早に去っていった。

俺たちは、その背中が見えなくなるまで、息を殺して見送った。


◇◇◇


「……………行ったか?」


俺が呟くと、全員の肩から、どっと力が抜けた。


「心臓に悪い…!なんなんだよアイツは!」


「『歩く税法典』…噂には聞いていたが、これほどとはな…」


リリスが、ぐったりと床に座り込む。


「ところで小僧。あの『天沢一家』というのは何だ?貴様、何を血迷った。もっとマシな名前があっただろう。『リリス女王と下僕たち』とか」


「却下だ!大体、文句あんのかよ!おかげで助かっただろうが!」


「あるに決まっている!『一家』など、なんという下品で、ありきたりな…!貴様の知性の低さが知れるわ!」


「んだとコラ!」


俺とリリスが掴み合いになりかけると、セシルが、おずおずと口を挟んだ。


「あの、団長さん…わたくしも、リリスさんの意見に少しだけ…。『一家』というのは、その…少し物騒な響きがいたしますわ。我々は、あくまで『慈善団体』なのですから…」


「だからいいんだろうが!」


俺は、自分の名采配のつもりを、胸を張って説明してやった。


「いいか!『天沢一家』!シンプルで、覚えやすくて、何より、強そうだろ!俺は『組長』で、お前らは『組員』!どうだ、しっくりくるじゃねえか!」


「ほう?組長、とな?面白い序列だな、小僧。だが、一つ勘違いをしているぞ」


ザガンの冷ややかな声が、響く。


「その序列で言うのなら、余は貴様の上に立つ存在…さしずめ、『大親分』といったところか。無論、貴様に異論はないな?」


「ぐっ…!」


「旦那様は、組長さん…?」


イグニが、不思議そうに小首を傾げる。


「お、おうよ!だがなイグニ、世の中にはもっと上がいるんだ…!で、お前は若頭な!」


「わかがしら…?」


「あら、ではこれからは組長さんとお呼びしますね」

セシルが、楽しそうに微笑んだ。


「つまり、我々は、ヤクザということか?」


リリスの冷ややかな問いに、俺は言葉に詰まった。


「ち、ちげえよ!あくまで『NPO』!NPO法人『天沢一家』だ!その…なんだ、恵まれない人々を助ける、❘家族ファミリーみてえなもんだよ!」


俺の、苦し紛れの言い訳が、部屋に虚しく響いた。

その、どうしようもない沈黙を破ったのは、いつの間にか顕現し部屋の隅でずっと黙っていた、ザガンの大爆笑だった。


「NPO法人、天沢一家…!クハハハ、面白い!実に面白いぞ小僧!『慈善』と『ヤクザ』、光と闇を混ぜ合わせたような、その冒涜的な響き…!貴様らの浅ましさは、実に余を飽きさせんな!」


いつも通りザガンの笑い声が、俺たちの新しいアジトに、いつまでも響き渡っていた。

第16話をお読みいただきありがとうございました。

借金に次ぐ借金、そして税金の取り立て。


窮地に追い込まれた主人公は、詐欺被害を「寄付」と言い張るウルトラCで、ついに「NPO法人 天沢一家」を設立しました。


ヤクザの皮を被った慈善団体か、慈善団体の皮を被ったヤクザか。


次回はセシル会です。やばい女がより、やばくなります。


ここまでのドタバタ劇を楽しんでいただけた方は、ぜひ作品フォロー、☆☆☆評価をお願い致します。

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