第十三話:『パシリの誕生』
次の日の夜。俺たち一家は、ささやかな祝宴を開いていた。床に車座になって。
テーブルすらない床の上に、こんがりと焼けた、分厚い肉の塊が、どんと置かれている。滴る肉汁が立てる、ジュウ、という心地よい音。部屋に満ちる、肉の焼ける香ばしい匂いが、俺たちの胃袋を刺激する。なお、ナイフもないので、イグニの爪で切り分けている。野蛮すぎる。
「うおおお!肉だ!床に直置きだけど、本物の肉だぞ!」
俺たちは貪るように肉を食った。 セシルが買った「幸福の権利証」を焚き火代わりにしようとしたが、セシルに取られてしまった。
「旦那様!おいしいです!これが、祝宴…!」
イグニが、口の周りを肉汁でテカテカにしながら、目を輝かせる。
「ああ、そうだ!どんどん食え!」
「フン、安物のエールだが…まあ、悪くはない。グラスもないから、瓶から直飲みだがな」
リリスは、女王然とした態度を崩さないが、声は弾んでいる。
「セシルも食えよ。まあ、お前のせいで床で食う羽目になってるが、一応、今日の主役だからな!」
「まあ、団長さんたら、素直じゃありませんこと。ですが、皆様、床に直接お肉を置くのは、衛生的によくありませんわ。わたくしのハンカチをお使いになって」
「うん、誰のせいだ!」
セシルは、早速おせっかいぶりを発揮している。
めちゃくちゃな状況だが、それでも、全員の腹は満たされていた。
俺は、その光景を眺めながら、柄にもなく、ほんの少しだけ口元を緩めてしまった。
「なんだ、小僧。気でも触れたか?気味の悪い笑みを浮かべて」
リリスが、すかさず突っ込んでくる。
「う、うるせえ!腹いっぱいになったら、誰だってこうなるだろうが!」
「あらあら、素晴らしいことですわ。食卓を囲むと、人の心は豊かになりますのよ」
セシルが、嬉しそうに微笑む。
そんな、本当に、ほんの束の間の、平穏な時間だった。
その時、部屋で一番居心地の良さそうな(何もない)隅に陣取ったザガンが、つまらなそうに口を挟んだ。
「…ふむ。下等な祝宴だな。床に置いた肉を、手で貪り食らうか。実に、品がない」
「あ?んだよ、文句あんのか。じゃあお前、何なら食うんだよ」
「決まっているだろう」 ザガンは、ふん、と鼻を鳴らすと、さも当然のように、手を差し出した。
「…小僧、ケーキはどこだ?」
「は?ケーキ?」
俺の言葉を無視しザガンは続ける。
「そうだ。祝宴といえば、甘味。甘味といえば、ケーキだろう。さあ、出せ。余は、イチゴが乗っているやつが所望だ」
「あるわけねえだろ!んなハイカラなモン、スラムのどこに売ってんだよ!」
俺がそう一蹴すると、ザガンの常に余裕のあった表情が、ぴしり、と凍りついた。 部屋の温度が、気のせいか数度下がったように感じる。
「…ない、だと…?祝宴に、ケーキが、ない…?」
彼の声から、いつもの尊大さが消え、純粋な驚きと、深い絶望が混じる。
「…砂糖なき祝宴など…それはもはや、葬式ではないか…」
「縁起でもねえこと言うな!」
ザガンは、真顔で立ち上がると、俺に言い放った。
「許さん。余は、そのような蛮行を許さんぞ、人間!今すぐ、この街で、最も美味いケーキを、余の元へ持ってこい!これは、悪魔としての❘命令だ!」
「ひっ……!?」
本気だ。こいつ、ケーキのためだけに世界を半分焼き尽くしかねない目をしている。 俺が恐怖で硬直していると、ここぞとばかりに他の連中も便乗してきた。
「ほう、小僧がお使いか。ならばついでだ。年代物の赤ワインを持ってこい。エールでは酔えん」
リリスが瓶を振り回す。
「はぁ!? エールで我慢しろよアル中!」
「旦那様! おつかいですか? なら、甘いジュースと、あと骨付きのお肉おかわり!」
イグニが肉汁まみれの顔で叫ぶ。
「お前はまだ食うのか! 胃袋どうなってんだ!」
「まあ、団長さん自ら? 感心ですわ。でしたら、皆の健康のために、新鮮なお野菜とフルーツ盛り合わせもお願いできますかしら? あ、無農薬でお願いしますね!」
「スラムでオーガニック野菜なんか売ってるかボケェ!!」
次々と繰り出される理不尽な要求。俺は額に青筋を浮かべて吠えた。
「てめえら! 俺をパシリか何かと勘違いしてんじゃねえぞ! 団長だぞ!? なんで俺が……」
「あ? 行かぬのか?」
ザガンが、手のひらに圧縮された魔力の球体を生成した。 リリスが、無言で氷の魔法を構え、イグニはよだれを垂らして俺の腕を甘噛みする。
「…………」
俺は、悟った。 ここには、人権なんて高尚なものはないのだと。
「……クソッ! わーったよ! 行けばいいんだろ、行けばぁ!!」
俺は銀貨数枚をひったくると、脱兎のごとく部屋を飛び出した。 背後から、「イチゴは2つ乗ってるやつだぞ!」という悪魔の声が聞こえたが、俺は中指を立てて応えた。
夜のスラムを走りながら、俺は夜空に誓った。 いつか、絶対に、あいつらをふかふかのベッドとして使ってやる、と。
第13話をお読みいただきありがとうございました。
ついに開催された「床での祝宴」。
しかし、悪魔の「ケーキ食わせろ」という理不尽なオーダーにより、感動的な団結は一瞬で崩壊しました。
代表とは名ばかり。実態は、悪魔と猛獣と狂信者の「パシリ」です。
深夜のスラムを走る彼の背中に哀愁を感じた方は、ぜひ作品フォロー、☆☆☆評価をお願い致します。
次回、買い出しで、商業区に向かいます。
そこで、待っていたものとは!?




