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第十二話:『聖女の、家具代』

あの後はほんとに大変だった。ザガンとセシルの喧嘩を俺一人で止める羽目になった。何とかセシルを説得してザガンを見ただけで攻撃することはしないと約束してくれた。


(なんでこんなことを俺がしなきゃいけないんだよ。てかほかの二人手伝えや!)


アジトに戻ると、セシルは早速、その聖女としての能力を発揮した。


「まあ、なんてことでしょう!お二人とも、そのようなお怪我でずっといらっしゃったのですか…!さあ、神の御前に懺悔なさい。そうすれば、主は汝らを癒やしたもう…」


「へいへい、分かったからとっとと治せや」


「まったく、罰当たりな方ですこと…!」


セシルは、ブツブツと文句を言いながらも、俺の腕とリリスの足を治癒魔法で癒した。淡い、神聖な光が俺たちを包む。


その、神聖な光が、部屋の隅の樽に顕現していたザガンの、銀縁の眼鏡に反射した。 ザガンは、その光を浴びた瞬間、顔を露骨にしかめた。


「(ピキッ)…おい、聖女」


ザガンがセシルをにらむ。


「はい?なんでしょう、悪魔様?」


「その、脳髄を直接引っ掻くような、不快な周波数を出すのを、やめんか。余の、繊細な聴覚が、悲鳴を上げておる」


「まあ!これは、神の祝福ですのに!不快だなんて、罰当たりな!」


この悪魔と聖女はまた喧嘩している。


「うるせえ!こっちは治療中だ!黙ってろ、おっさん!」


「余はおっさんではない!しばき倒してやろうか、ガキがあ!」


そんな会話をしていると、痛みは嘘のように引いていった。

目の前には、依頼の成功報酬である銀貨100枚の山。


「うおおお!銀貨100枚!これで、あのカビ臭い倉庫ともおさらばだ!」


「旦那様!ふかふかのベッド、買えますか!?」


イグニがキラキラした目でこちらを見る。


「当たりめえよ!」


「フン、女王の住処としては不満だが…まあ、倉庫よりはマシな暮らしができるか」


強がっているがリリスも喜びを隠しきれていなかった。


◇◇◇


こうして、俺たちはついに「家」を手に入れることを決意した。

不動産屋のオークに、この地区で一番マシな(それでもボロい)アパート、敷金として銀貨10枚、家賃として銀貨5枚を支払い、ついに俺たちは「我が家」の鍵を手に入れた。


だが、部屋はがらんどうだった。家具一つない。


「よし、ベッドだ!まずはふかふかのベッドを手に入れるぞ!」


「旦那様!わふわふの、お布団も!」


「ああ、任せとけ!」

俺は、団長として、気前よく胸を張った。


「よし、金は俺が預かる!」


「貴様に任せられるか。秒で賭場に消えるわ」


「てめえにだけは言われたくねえよ、このギャンブル中毒が!」


いつも通り、俺とリリスが口喧嘩を始める。


「まあまあお二人とも。お金で揉めるのは、はしたないですわ。ここは、一番公平なわたくしが…」


「「てめえが言うな!」」

(※先日、有り金を全額寄付しかけた聖女)


俺たちの中にまともに金を管理できる奴らはいない。そんなことは分かっている。その、あまりに醜悪な仲間割れを、いつの間にか顕現していたザガンが、腕を組んで、楽しそうに眺めていた。


「ククク…素晴らしいアホどもが、互いに、己こそが会計係にふさわしいと、泥仕合を繰り広げている!実に、実に、醜悪で、美しい光景だ!」


「うるせえ!観客は引っ込んでろ!」


ザガンはけたけたと笑っている。


「団長、じゃあ私がやりましょうか?」


イグニがキラキラとした目をこちらに寄せてくる。


「うん、イグニ。そこにパンあるから食べてなさい。」


「いいんですか!?やったー!」


イグニはしっぽを振りながら、パンを食べることに夢中になっている。こいつは論外だ。


俺は頭を抱えた。 リリスは論外。イグニも論外。俺も……まあ、自信はない。 消去法で残るのは、ひとりしかいなかった。


俺は、セシルに銀貨10枚が入った袋を突きつける。


「セシル、お前だ! お前が一番マシだ!」


「ええっ? わたくしがですか?」


「ああ。この金で、俺たちのベッドと、テーブルと、マシな食器を買ってこい! 頼むから、絶対に、変なもん買うなよ!?」


「お任せくださいですわっ! 皆様のために、最高の『安らぎ』を選んでまいりますわっ!」


セシルは使命感に燃え、輝くような笑顔でアジトを飛び出していった。 その背中を、ザガンだけがニヤニヤと、これから起こる悲劇を確信したような目で見送っていたことに、俺は気づくべきだった。


◇◇◇


数十分後。俺たちはがらんどうの新居で、車座になって「未来」を語り合っていた。


「なあイグニ、リリス。銀貨10枚だぞ? 普通のベッドどころじゃねえ。羽毛だ。俺は絶対に羽毛布団で寝るぞ」


「うもう……! 旦那様、それは食べられますか!?」


「食えねえけど、雲の上で寝るような気分になれるんだ」


「くも……! ふわふわですね! 私、そこでゴロゴロします!」


イグニが尻尾をちぎれんばかりに振る。 リリスも、やれやれといった顔をしつつ、口元が緩んでいた。


「フン、まあ……城の寝台には劣るが、カビ臭い藁よりはマシか。私は南向きの場所をもらうぞ」


「へいへい。ああ、早く来ねえかなあ。今日から俺たちは、文化的な生活を送るんだ……」


俺の脳内には、完璧なシミュレーションが出来上がっていた。 ふかふかのベッド、温かいスープ、そして清潔なテーブル。 もう背中を痛めることも、冷たい床で凍えることもない。銀貨100枚という大金がもたらす、約束された勝利の未来――。


バンッ!


勢いよくドアが開いた。 そこには、太陽のように晴れやかな笑顔のセシルが立っていた。


「ただいま戻りましたわ、皆様!」


両手は――見事に空っぽだった。


俺の笑顔が凍りつく。 リリスが眉をひそめる。

イグニだけが「わーい!」と駆け寄った。


「……セシル? 家具は?」


俺は震える声で聞いた。 まさか。いや、まさかな。配送サービスとか頼んだんだよな?


セシルは、胸を張って一枚の「紙切れ」を俺に突き出した。


「ふふん、聞いて驚いてください! 家具屋さんに向かう途中、素晴らしい出会いがありましたの!」


「で、出会い……?」


「ええ! 恵まれない子供たちを救う活動をしている方に出会って……わたくし、感動してこれを買わせていただきました!」


セシルが見せた紙切れには、汚い字でこう書かれていた。


『幸福の権利証(※効果には個人差があります)』


俺の視界が暗転した。 羽毛布団が、温かいスープが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


「……いくら、したんだ?」


「銀貨10枚ですわ! 本来なら20枚のところを、聖女様価格で負けてくださいましたの!」


「……………………」


飽きれて口がふさがらない。リリスは真っ青な顔をもっと青くしている。


「その方が言っていましたの。『家具なんて物質的な豊かさは、心の貧しさを生むだけだ』って。だからわたくし、皆様のために『心の豊かさ』を選んできましたのよ!」


セシルは本気で、一点の曇りもなく、良いことをした顔で言い切った。


プツン、と俺の中で何かが切れる。


「ふざけんなあああああああっ!!!」


俺はセシルの襟首を掴んで前後に激しく揺さぶった。


「お前っ、お前ぇぇぇ! 俺たちの羽毛布団を! 『心の豊かさ』とかいう詐欺師の養分に変えてんじゃねええええ!!」


「きゃあああ! なんですか、何をするんですか団長さん! 罰が当たりますわよ!?」


「もう当たってんだよ! お前という特大の罰がな!!」


怒鳴ってもこのアホは自己陶酔していて聞く耳を持たない。


「ククク……アーハッハッハ!!!」


部屋の隅で、ザガンが腹を抱えて爆笑していた。


「見ろ! 見ろ、この素晴らしい阿鼻叫喚を! 金を持たせれば騙され、管理させれば使い込む! 貴様ら人間は、欲望がある限り永遠に満たされぬ!」


「笑ってんじゃねえ悪魔! お前分かってて止めなかったな!?」


「止める? なぜだ? 余は『安らぎ』などより、貴様らの『絶望』の方が何倍も面白い」


「くそっ……くそぉぉぉ……!」


俺はその場に崩れ落ちた。 手元に残ったのは、家具一つないがらんどうの部屋と、紙切れ一枚。


「旦那様……床、冷たいです……」


イグニが、板張りの床にぺたんと座り込み、悲しそうに呟く。


「……リリス、頼む。俺を殺してくれ。夢を見たまま死にたい」


「安心しろ小僧。この寒さなら、朝には全員仲良く凍死体だ」


こうして、俺たちの新生活初日は、銀貨10枚分の「心の豊かさ(紙切れ)」を囲み、ガチガチと震えながら夜を明かすことになった。


――セシルが「信仰の炎があれば温かいですわ!」と言い出して、全員から総スカンを食らったのは言うまでもない。

第12話をお読みいただきありがとうございました。

新居と大金を手に入れ、ついに「文化的で最低限度の生活」が始まる……はずでした。


しかし、このパーティーにはセシル(詐欺師の養分)がいました。


家具代として渡した銀貨10枚は、一瞬にして「幸福の権利証(紙切れ)」へと錬金され、彼らの初夜は、冷たい床の上での雑魚寝となりました。


心の豊かさより布団が欲しい主人公たちの、凍える夜を応援してくださる方は、ぜひ作品フォロー、☆☆☆評価をお願い致します。

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