第十一話:『悪魔の契約書3』
セシルの狂気はどんどん増していく。目はどこ向いてるかわからない。ヤク中のそれだった。
俺は、思わず、間の抜けた声を漏らした。 俺は、隣で同じくドン引きしているリリスの袖を、くい、と引いた。
「…おい、リリス…。これ、クーリングオフとか、できねえのか…?契約の無効、みたいな…」
「…無理だ、小僧」 リリスが、顔面蒼白のまま、即答した。
「あの契約書は、古代魔術で縛られている。効力は、絶対だ。我々は、とんでもないゴミを拾ってしまったぞ…」
セシルは、俺たちの、そんな最低なヒソヒソ話など意にも介さず、すっと涙を拭うと、決意に満ちた、輝くような笑顔を俺たちに向けた。
「いいでしょう!この聖女セシル、この身が汚泥にまみれようとも、あなたたち罪深き子羊を、この手で救済してみせますわっ!」
彼女は、ふわり、とスカートの裾を持ち、まるで舞台女優のように優雅に一礼してみせる。
「わたくしがいればもう安心ですわ。これからは、衣食住から、人としての道徳まで、全てを監督して差し上げます。ああ、なんて素晴らしい使命なのでしょう!」
「あー、どうすんだよこれ。なんか変なこと言いだしたぞ。」
「知るか!もとはといえば貴様が提案してきたことだ。私のせいじゃない!」
俺とリリスの言い合いを完全に無視して彼女は、俺の目を真っ直ぐに見つめて、こう続けた。
「さあ、まずは第一の教えですわ、『団長』さん。そのように人前で鼻をほじるのは、おやめなさい。みっともないですわよ?」
その、有無を言わせぬ圧力と、底知れない笑顔に、俺はただ、固まることしかできなかった。
(…は?なにこいつ。俺が騙した側だよな?なんで、こいつが、こんなに偉そうなんだよ…。完全に、立場、逆転してねえか…?)
その、あまりに滑稽な主従の逆転劇を、霊体モードで鑑賞していたザガンが、ついに堪えきれず顕現する。 彼は、腹を抱えて大爆笑しながら、セシルに聞こえるように、わざと、大きな声で言った。
「クハハハハ!傑作だ!小僧、貴様、カモを捕まえたつもりが、最悪の『飼い主』を連れてきたぞ!面倒なことになってきたではないか!クハハハ、ぐはっ!?」
ザガンが、まだ優雅に喋っている、その途中で。 ゴッ!!! という、生々しい音が響き渡った。 いつの間にか、ザガンの背後に回り込んでいたセシルが、聖母のような笑顔で、その拳を、ザガンの後頭部に、全力で叩き込んでいた。
「「「…………え?」」」 俺とリリスとイグニの、思考が、完全に、停止した。
「貴方、悪魔ですわね。問答無用でぶっ殺しますわ!」
最強の悪魔侯爵であるザガンは、まさか、このタイミングで、聖職者に、物理で後頭部を殴られるとは、微塵も予測していなかった。 彼は、よろめきながら振り返り、生まれて初めての「屈辱」と「驚愕」に、その深紅の目を、カッと見開く。
「……貴様…」 ザガンのこめかみが、ピクピクと、引きつっている。
「…今、余の、完璧にセットした、この、オールバックを、乱したな…?」
「「え、そこおおお!?」」
リリスと俺のツッコミは奴らの耳には入ってないらしい。
「まあ、不潔ですわ」
セシルは、ザガンを、心底、軽蔑した目で見下ろし、フン、と鼻を鳴らした。
「あんな、ベタベタした整髪料の匂い、わたくし、生理的に、我慢なりませんのよ」
「不潔だと!? これは、地獄の最高級ポマードだぞ!貴様のような、愛だの恋だの言っている、浮かれた女に、この『ダンディズム』の真髄が分かってたまるか!」
「浮かれた女ですって!? その、黒一色の、センスのないスーツをお召しになった、陰気なおじ様にだけは、言われたくありませんわ!」
「陰気だと!?これは、様式美だ!芸術だ!貴様こそ、その、フリフリの服は、なんだ!悪趣味にも、ほどがあるぞ!」
「まあ!これは、わたくしの、愛の象徴ですのよ!あなたのような、愛を知らない、髪型だけが取り柄の方には、一生、理解できませんわ!」
「なっ…!この、脳筋聖女がァッ!」
「この、時代遅れの、ナルシスト悪魔がァッ!」
俺は、自分の折れた腕の痛みも忘れ、目の前で、「髪型」と「服装のセンス」という、どうでもいい理由で、本気で、がみがみと罵り合う、聖女と悪魔を、呆然と見つめていた。
リリスは、その光景を見て考えることをやめ、さっさと金貨の袋を拾い上げ、中身を数え始めている。 そして、イグニはというと、、
二人の顔を、きょとんとした顔で、交互に見比べながら、こう言った。
「…あのー…。お二人とも、すごく、なかよしなんですね!」
「「なわけあるかあああああ!」」
彼女の、純粋アホ100%の、あまりにズレた感想に対するザガンとセシルの絶叫がスラムの広場に、虚しく響き渡った。
(なかよし…!? どっからどう見たら、そうなるんだよ!俺は、タダのヒーラーが欲しかっただけなのに…!なんで、クソ厄介な聖女と、それを煽る悪魔に囲まれてんだよぉ…!)
俺は考えることをやめた。
第11話をお読みいただきありがとうございました。
契約は成立しましたが、クーリングオフは不可。
主人公は「従順なカモ」を手に入れたつもりでしたが、実際に手に入れたのは「暴力的なお母さん(狂信者)」でした。
そして、まさかの「聖女(物理) vs 悪魔」の開戦。
最強の悪魔侯爵が、後頭部を殴られてマジギレする様を楽しんでいただけた方は、ぜひ作品フォロー、☆評価をお願い致します。
次回、このカオスな一行がついにアジト(倉庫)に集結。
借金返済に向けた、地獄の作戦会議が始まります。




