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第十話:『悪魔の契約書2』

腕に巻いた汚い包帯から、鈍い痛みが絶え間なく主張してくる。懐に入れた銀貨の袋の、ずしりとした重みだけが唯一の慰めだった。


俺と、足を引きずるリリス、そして俺の外套の裾を固く握りしめるイグニは、スラムの広場にいた。目指すは、あの極上のお人好し――元聖女セシルだ。


『ククク…聖女を騙す詐欺師とは。実に、醜悪な配役ではないか。特等席で、観劇させてもらうぞ』


(うるせえ!黙って見てろ!)


果たして、彼女はいた。今日も今日とて、広場の隅で、見るからに目つきの悪いゴロツキに、なけなしの所持金を施そうとしている。


「おい、てめえ」


俺は、ゴロツキの肩を無遠慮に掴んだ。


「そいつは俺たちの『組織』が保護してるシスターだ。…これ以上、嗅ぎまわるってんなら、てめえの指が何本か、水路のヘドロの中から見つかることになるが…それでもいいか?」


ハッタリだ。だが、今の俺の、血と埃にまみれた姿は、本物のゴロツキよりもよほど説得力があったらしい。男は、顔を引きつらせて逃げていった。


さて、本番だ。 俺は、セシルに向き直ると、改めて彼女の姿を観察した。


亜麻色の髪をおさげにして、優しげな翠の瞳。安物の法衣。そして、その法衣の上からでもはっきりと分かる、豊満な胸。


(…デケェ…)


聖女というより、もはや聖母だ。


(…クソッ、こんな本物の聖女みたいなのを、これから騙すのかよ、俺は。…いや、俺たちの治療費のためだ。やるしかねえ!)


俺は、顔についた泥を手で拭うと、完璧な媚びへつらい敬語に切り替えた。


「おお、聖女セシル様!ご無事でしたかっ!」


「あ、あなたは…?」


「ええ!我々は…この腐った地下都市に光を取り戻すべく戦う、名もなき『革命家』なのですっ!」


その言葉に、セシルの瞳が、カッと見開かれた。


「まあ!『革命』!なんて…なんて、尊い響きなのでしょうっ!」


(…食いついた!)


彼女は、俺の言葉尻を奪うように、食い気味に続ける。


「わたくし、知っておりますわ!圧政に苦しむ民を救うため、己の身を顧みず、崇高な理想のために戦う…!ああ、それこそが、真の『自己犠牲』ですわっ!」


(『自己犠牲』…なるほどな、こいつの琴線はそこか…!)


「ええ、その通りです!我々は、スラムの民を搾取する悪徳貴族から、民の希望である『豊穣の聖遺物』を奪還すべく…!」


「まあ!『聖遺物』を!民の『希望』のために!ああ、あなた様こそ、神に代わって民を導く、現代の『救世主』ですわっ!」


セシルは、もはや完全に自分の世界に入り込んでいる。俺は、わざとらしく折れた腕をさすり、激痛に顔を歪めてみせる。


「ぐっ…!この腕は、その戦いで負った名誉の負傷…。しかし、民の笑顔を取り戻せるのなら…!」


「ああ、おやめなさい!それ以上は、わたくしの心が痛みで張り裂けてしまいますわっ!」


セシルは、両手を胸の前で固く組み、その瞳を潤ませていた。


「わかりましたわっ!このセシル、微力ながら、皆様のその尊い『革命』に、この身を捧げましょう!」


彼女は、自らの言葉によって自らを罠にハメ、喜んでその中心へと飛び込んできた。


「―――話が早いな」


感動しているセシルの背後から、リリスがぬっと現れ、一枚の羊皮紙を突きつけた。魔法の隷属契約書だ。


「我らの『革命』に、その身を捧げる覚悟があるのなら、その血をもって、ここに示していただこうか」


「ええ、喜んで!」


セシルは、契約書にびっしりと書かれた、米粒のように細かい隷属条項など読みもせず、躊躇いなく指に針を刺し、血判を押した。

契約が完了した直後。俺は、もう演じる必要はないと、だらり、と体の力を抜いた。


「それで、ケンタ様。我々の、その『革命』とやらは、これから一体…」


「ああ?」


俺は、小指で鼻をほじりながら、完全なタメ口で答える。


「ああ、それな。アレ、全部ウソだから」


「…………え?」


セシルの、完璧な笑顔が、石膏像のように固まった。


「う、そ…?では、あの聖遺物は…?あなたの、そのお怪我は…?」


「ああ、ただの強盗だ。衝撃波に巻き込まれて骨折っただけ」


俺は、リリスが持っていた契約書の写しをひったくり、セシルの目の前に突きつけた。


「第二条、『甲(健太)の命令は絶対であり、セシルは己の意思、信条、財産の一切を放棄し、甲に奉仕するものとする』!」


「なっ…!?」


「ああ、それとな」


俺は、ニヤリと、この契約書で、最も、力を入れた部分を、指差した。


「俺のお気に入りは、これだ。第九条!『❘セシルのその日の服装は、❘甲《俺》の気分によって、決定される!』」


「ふ、服装…!?」


セシルの顔が、さっと、青ざめる。


「ああ!さらに!」


俺は、最も重要な、米粒のような文字を、朗々と、読み上げた。


「『甲は、乙の特定の下着を、"不要"と判断する、『神聖不可侵の権利』を有する』!…どうだ?俺の、この、細やかな配慮!最高だろ!?」


『ククク…!クズが!クズの所業の、お手本のような条文だ!』


ザガンの、賞賛(という名の罵倒)が、頭に響く。 リリスも、さすがに、ドン引きしていた。


「…ひどい…ひどいですわ、ケンタさん…。わたくしの、純粋な善意を…!」


(お、泣き落としか?だまされねえぞ)


俺がそう高をくくっていると、セシルの様子が、徐々におかしくなっていく。 彼女は、涙を流しながらも、どこか夢見るような、うっとりとした表情を浮かべ始めたのだ。


「ああ…!なんて可哀想な人たちなのでしょう…!」


彼女は、まるで舞台の独白のように、天に語り掛け始めた。完全に自分に酔っている 。


「嘘つきで、だらしなくて、すぐに暴力に訴える…。ええ、わかりますわ。わたくしのような聖女が、その清い心で導かなければ、あなたたちはきっと、すぐに破滅してしまう!」


「…は?」 俺は、思わず、間の抜けた声を漏らした。


「…小僧。こいつ…」


リリスが、俺の袖を、くい、と引いた。その声は、❘あの悪魔ザガンと対峙した時よりも、明らかに、ドン引きしていた。


「…こいつ、壊れたぞ。目が、完全に、イッちまってる」


「きゅうさい…?(きょとん)」 イグニが、不思議そうに、小首を傾げる。


俺は、リリスの言葉を、否定できなかった。 目の前の、うっとりとした表情で、涙を流す女は、もはや、俺が騙した、あの人の良い聖女ではなかった。


(…ヤベえ…俺たち、とんでもねえもん、拾っちまったんじゃねえか…?)

第10話をお読みいただきありがとうございました。

カモだと思って騙した聖女は、話の通じない「本物(狂人)」でした。


契約書にはサインさせましたが、どうやら主人公は、とんでもない地雷を踏み抜いてしまったようです。


次回、この「勘違い聖女」が、主人公たちの前で暴走を開始します。


果たして彼らは、彼女を御することができるのか?(無理です)


彼らのさらなる受難を応援してくださる方は、ぜひ作品フォロー、☆評価をお願い致します。

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