フレア邸
オレたちがギルドを出たのは、昼食の時間帯だった。
午後からの予定に備え、国営ギルドからギルド学園までの道のりにちょうど位置する場所にある、フレアハウスことウィンドマン邸に立ち寄ることにした。フレアが急かすからだ。
「あらあら〜。いらっしゃいレイドくん。」
フレア家の玄関からフレアママこと、マリアさんが出迎えてくれる。相変わらず美魔女だ。大きな胸元が開いた美しいワンピース姿は彼女の美貌を隠すことなく飾り、眩しい笑顔の破壊力も更に増している気さえする。
あら!制服姿やっぱり似合ってるわね〜と嬉しいことにベタ褒めしてくれる。
黒い大きめの外套に赤い模様入りのマフラーが特徴だ。ネクタイや胸飾りは何やら炎獅子を模しているらしく、寮によって色等が違うらしかった。
「そのヘンテコで可愛らしい帽子はなにかしら?」
「これは自前のピエロハットです。お義母さんの分もありますよ。」
「え、えーっと、私は結構よ。」
「……マリアさんも若いしきっと似合うから、今度制服着てもらおうかな。」
「ええっ!?冗談よね?///」
口が滑って声に出してしまった。何かの伏線回収で着てくれないかなぁ。
人差し指の上でピエロハットをくるくると回しニヤニヤしていると、彼女に苦笑いさせてしまう。
頬に汗の滴が一筋垂れている様で、珍しく焦っているのか、普段見ない姿を引き出して傍観すると言うのはやはり面白い。
レイド・クラウンは演技派(というか口達者?)なのだ。やろうと思えばフレアママを羞恥に追い込んだり、絶叫させることだって容易い。
それにしても相変わらず凄い豪邸だ。
昼には王国の片田舎にありそうな貴族邸を思わせ、夜になれば切妻屋根の連なりが空に向かって鋭いシルエットを描き出し、魔女の住処のようなミステリアスな雰囲気へと表情を変える。
最も目を引く特徴は、一階リビングにある大きなベイウィンドウ。フレア家の象徴とも言える。
広々とした窓辺には、調度品が並んでいて、フレア家の女性たちの日常がちらりと垣間見えて背徳感を感じてしまう。
ちょうど二階から、制服姿のフレアが危なっかしくぴょんぴょんと階段を駆け……飛び降りてくる。レイドくんいらっしゃい!っとお決まりの大歓迎を受けたところで、オレは予定の時刻までの間、フレアと共にリビングでゆっくり過ごさせてもらうことにした。
ソファでフレアの肉体を抱きしめていると、なんだか呼吸が落ち着いて眠たくなってくる。
強く抱きしめるほど服越しに火照った彼女の体温を感じ、そのカクテルのように透き通った艶やかな髪を指先で愛でる。美しく繊細な艶髪の滑らかさが感じられた。
小さい頃からフレアはボディタッチの多い子だったから、最初は内心戸惑っていたが、オレもいつしか慣れて、受け入れるようになった。
とにかく触れることが大好きな彼女は隙あらば腕を絡めたり、後ろから抱きついたりとさまざまな愛情表現に近いアピールをしてくる。
周囲の人間の目には刺激が強すぎるかもしれないが、これは彼女にとってもおそらく心身回復の意味も込めて重要なスキンシップの一部なのだと思う……ことにした。
マリアさんがシチューをコトコト煮込んでいる音がする。フレア家の今日の夕食らしく、嬉しいことにご馳走になるのだ、甘くていい匂いがする。
まだ味見は出来なさそうなので代わりにフレアの頭に音もなくキスすると、「キャー」とわざとらしくマリアさんが口元を隠した。
フレアが顔を上げる。
今度は甘い桜の花の蜜のような芳香が鼻をかすめる。体は満ち足りた日常の些細な幸福感に溺れ、夢の中を静かに漂っているような気分になる。
もう雨の中ギルド学園に行くなんて拒否だ。
入学前に呼び出しを受けた辺りから幸先が悪すぎる。
そんなことを杞憂していると、きゃるんとしたフレアのピンク色の瞳がオレの目をジッと捕まえた。
◇◆◇
今日は雨。
私は髪がボサボサになるからあまり好きじゃない。
学園長との待ち合わせまで、まだ少し時間がある。
「レイドくんの夢ってなーに?」
「世界平和。」
…………やっぱり曖昧に返されてしまう。
冗談半分のつもりで聞いてみたが、いつも通りの返答だ。
レイド君には掴みどころがなく、秘密な部分が多い。
彼の夢や何が真の目的だとかは、長年付き合いがあるフレアにもやっぱりよくわからない。
「そーじゃなくて、やりたいこととか?」
「……世界征服?」
「真逆じゃん!」
「表裏一体だよ。」
この他愛のない甘い空間が大好きだったが、残念ながら時間は刻一刻と溶けていく。
「レイドくん、そろそろ準備して行かないと……。」
「お外寒いから、もうちょっといようよ。ねぇ?」
外出したくないらしい。
子供っぽいのがわざとらしくなんかムカつく。
私が口を尖らせると、レイドくんは悪戯な笑顔で首を向けた。
女性的な長いまつ毛とハリのある綺麗な白肌。
糸目な彼が笑うとずる賢い狐に見える。
ちなみに、レイドくんは糸目だが正確にはちょっと開いている。
───暖かいレイドくんの手のひらが私の頬に触れ、瞼に触れ、唇に優しく触れる。
「レイドくん、やっぱり遅刻はだめだよ。」
愛情深い仕草を少しずつ受け入れていく。
レイド君のくせに…………生意気だ。
彼からのスキンシップなんて普段中々ないのだ、体がびっくりする。もっと好きになってしまうが、いいのだろうか?断られてももう遅いが。
レイド君は、フレアは世界で一番可愛いから何しても無罪だよ〜とか、意味のわからないことを頭上から囁いてくる。ホントに遅刻する気なのだろうか??
なんかもう、脳が溶け始めた感じがする。
レイドくんが悪いんだよ?
私なんかにいっぱい優しくするから………………
なーんかまた好きになっちゃったな。
自分はいつから彼を好きになっていたんだろうか?
昔からレイド君の前では心臓の鼓動が収まらない。今だってそうだ。
小さい頃の私は、気づけば彼に振り向いて欲しくて可愛くなろうと、カッコつけようと色々努力して必死だった気がする。
さりげない告白は何度も失敗したっけ。
それからはレイド君の好きなものをたくさん調べた。たくさんプレゼントも交換したし、何度もデートを重ねていくうちに、ギュッと距離を縮められたと思う。
いつしか理想はほとんど現実になっていた。
気づけば2人の関係は幸せなものになっている。
たくさんの想いが詰まったあの頃も良い思い出だ。
レイド君がずっと隣にいてくれるなら、もう何もいらないと今でも思っている。
初めて気持ちに気づいてもらえた時、心臓が飛び出るほど嬉しかったことを、ふと私は思い出した。
フレアは、彼の優しさと意地悪さに弄ばれる、この甘い瞬間が永遠に続けば良いのにと心底願った。
愛の呪縛は、外の雨音を完全に掻き消していた。
「遅刻したら…………フレアのせいにしようかな。」
「えっ!?」




