猫が人間を飼う世界
拙い文章かもしれませんが、読んでいただければ幸いです。
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私はリリィ、黒くてつややかな毛並みが自慢の猫よ。この街で「人間」を飼うのはちょっとした流行だけど、正直なところ、最初は面倒だと思ってた。
でも、ムギ――私の人間――と出会ってから、その考えが少し変わった。
今、ムギはケージの中でじっと私を見ている。私が棚からビスケットの袋を取り出したのを察して、目を輝かせているのがわかる。人間って単純よね。食べ物をちらつかせればすぐに動くんだから。
「ほら、ムギ、ちゃんと手を出して。」
私は袋から一枚のビスケットを取り出して、ケージの隙間から差し出した。ムギはそれを大事そうに受け取ると、静かにかじり始める。
「そんなに嬉しい?」とつい呟いてしまった。ムギは私の言葉が理解できるわけじゃないけど、顔を上げて少し笑ったように見えた。これだから人間は面白いのよね。私たち猫とは違って、表情が豊かだし、無邪気なところがある。
そのとき、部屋のドアが開いて、灰色の毛並みが美しいジェイクが入ってきた。ジェイクは私の幼なじみで、何かにつけて口を挟んでくるのよ。
「リリィ、またその人間の世話をしてるのか?」
彼はケージの前で立ち止まり、私を見下ろすように話しかけてきた。
「ええ、そうよ。何か文句でも?」
私は軽く耳を動かしながら答えた。こういうとき、ジェイクには適当に相槌を打っておくのが一番。
「俺はごめんだね。」ジェイクは鼻を鳴らした。「人間なんて、すぐにわがままを言うし、世話をするのに時間がかかるだけだ。おまけに、昔の記憶を取り戻して問題を起こすことだってあるらしい。」
私はその言葉に少し眉をひそめた。問題を起こす? ムギが? 信じられない。彼はおとなしいし、私に逆らうことなんて一度もない。
「ジェイク、余計なこと言わないでちょうだい。ムギはそんな子じゃないわ。」
私はぷいっとそっぽを向いた。
ジェイクは、小さなため息をつくように鼻を鳴らして部屋を出ていった。けれど、なんだか少し胸がざわざわした。ムギが昔の記憶を取り戻す? それはつまり、人間だった頃の記憶のことかしら。
ケージの中で、ムギはゆっくりとビスケットを食べ終え、私の方をじっと見つめている。その瞳には、何か深いものが宿っているような気がした。でも、私はその思いを振り払う。
「大丈夫よね、ムギ。」私は彼に向かってつぶやく。「あなたは私の人間。これからもずっとそうでしょ?」
ムギは何も答えない。ただ、静かに笑っているように見える。その仕草が、妙に気にかかる夜だった。