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1-8


「どのあたりが目的の場所かわかったりしませんの? 同じ幽霊なんですから」


『そうしたい気持ちはあるがこの山、不可解な気配が多過ぎる。幽霊の痕跡ひとつを辿るのは難しいな』


「……案外役に立たないのですね」


『……役に立つためにいるわけではないが』



 伝令が伝わっていたのもあって、割とスムーズに山へ入れたのはいいが、侯爵が鍛錬に使う山道はそれなりに長く、話にあった場所にはまだ辿りつけてはいない。そもそも積んであった石を崩してしまったのなら見つけられないのでは?



「あーもう! わたくし疲れましたわ!」


『早く探せば早く帰れる、と言っていたのはご令嬢だろう?』


「そうですけれども! わたくし、少し休憩にいたしますわ!」



 パーティーに出席する体力はあるけれど、山登りする体力はない。だって公爵令嬢ですもの。


 おもむろにポケットからハンカチを取り出し、平らな石の上に敷いて座る。山の中を探し回るところ──しかも探しているのは何とは言えない状況──を見られるわけにもいかず、従者を山の麓で巻いてきたのだ。


 持っていた鞄から瓶と包みを取り出す。水の入った瓶からひとくち、包みを解いてクッキーをひとつつまむ。万が一のことを考えて持ってきたのだが、シェイラの心の平穏を保つために早速役立ってもらおう。


 あーん、と口に入れようとしたとき、びゅんと黒いものがシェイラの目の前を横切る。



「……!? ない、ないですわ、わたくしのクッキーが!」



 周囲を見回すと、近くの木の上にカラスのような黒い鳥。

 その嘴にあるのはシェイラのクッキー。



「ちょっと、わたくしのものを奪おうなどと! 動物のくせに!」


『……いいだろう? クッキー1枚くらい』


「…………仕方ありませんわね、寛大なわたくしに感謝なさい!」



 一瞬頭に血が上ったけれど、そんなことでは今までの『シェイラ』と同じ。

 心優しくあるべきだわ、相手が盗人猛々しい動物であっても! と気を取り直して2枚目のクッキーに手を伸ばすと、また目の前を横切る黒い影。


 目線を上げると、木の枝でクッキーを咥える黒い鳥。



「……これは馬鹿にされているのかしら?」


『……カラスは賢いと聞くが、人を馬鹿にするかどうかは……』


「いいえ、馬鹿にしているのですわね、そうですわね!?」



 シェイラが石から立ち上がると、黒い鳥も飛び上がる。

 そのまま山の奥に飛んでいくのを見て、シェイラは後を追うために靴紐を締め直す。



『おい、まさか追う気じゃ……』


「わたくし、傷付けられた矜持(プライド)を回復するには同じ目に合わせるしかないと思っていますの」


『ちょっと頭を冷や……』


「ブラッドベリー公爵令嬢を無礼(なめ)るとどうなるか、思い知らせて差し上げますわ!」



 幽霊が諌めるようなことを言っているのが聞こえるが、今のシェイラには右から左。黒い鳥が飛んで行った方へと飛び出していった。





「やっぱりわたくしを馬鹿にしているんですわ……!」



 黒い鳥はシェイラのペースに合わせて、少し遠い枝に止まる。

 シェイラが追いつく、と思えば飛び去ってまた離れた枝に止まる、ということを繰り返している。山歩きに慣れていないシェイラが追いつくくらいだ、黒い鳥に弄ばれている気がしてならない。



『……というかこれ、どこかへ連れて行かれているのではないか?』


「……? 鳥が? わたくしを?」



 仕方なくシェイラに付き添っている幽霊がぼそりと呟く。

 その言葉に足を止めると、黒い鳥も少し離れた枝に止まった。



「……言われてみれば、一定のペースで歩かされてますわね」


『動物を操る魔法師がいないとは限らないが……』


「けれどわたくしたちが探しているのは、この山で侯爵様が感じた違和感の場所ですわ。人間である侯爵様が感じ取れたのですから、より変化に敏感な動物が場所を知っていても可笑しくはない……かもしれませんわ」



 不自然な動きが今回の件に関わっているかは不明だが、ここまできて引き返すのも癪だ。行ってみて違ったのなら戻ればいい、とシェイラは黒い鳥の向かう先へ足を進めることにする。


 決めたら曲げないシェイラの性格をだんだんと理解してきた幽霊も、その少し後ろをついてくる。


 幸い、黒い鳥との追いかけっこは程なくして終わりを迎えた。



「……やっぱり、動物は異変に気づいていたのですね」



 黒い鳥が止まったのは、人の目が届かない奥まった草むら。伸び放題の草を掻き分けた先に、黒い靄の立ち登る場所があった。



『侯爵殿が言っていたのはこれか』



 すーっと幽霊が確認しに行ったのは黒い靄の中心。

 衝撃で崩れてしまったとみられる石が無造作に散らばっている。



「ちょっと! 近寄って問題ありませんの!?」


『本体はさっきの首なしだろうからな。ここにあるのは欠片のようなものだ』



 幽霊同士何か感じるものがあるのか、地面をじーっと見つめている。シェイラも、さっき階段で追われた時のようなぞっとする気配は感じていない。何がともあれ、確認は大事、とおそるおそる散らばった石に近寄ってみる。


 黒い靄は石のある場所の中心から出ているようにみえる。



「……何でしょうね、これ」


『多分、何かが埋まってるな』


「埋まってる?」



 言われて再度視線を落とすと、この石の周りだけ草が生えていない。土の色味も少し違うように見える。



「……これは、掘り返してみないといけませんわね」



 令嬢らしからぬ行動ではあるが、非常事態だ。

 適当に落ちている太めの枝を拾って土を掘り返していく。思っていたより簡単に掘り進められるのは、やはり掘って埋めたからだろう。それほど労力をかけることなく、枝は何か固いものに突き当たる。



「……何かしら、これ……」


『……壺、か?』



 真っ黒な壺のようなものが、そこには埋められていた。

 大きさはシェイラの腕にようやく抱えられるくらい、重さはおおよそ5kgくらい。よく見れば黒い粘液で金継ぎされているようで、破片が繋ぎ合わせられた表面をしており、ところどころに欠けが見られる。

 蓋の部分には見たことのない文字が書かれた細い布が巻かれていて、不気味な雰囲気を漂わせている。


 数回深呼吸。

 意を決してシェイラは蓋に手をかける。



『おい、そのまま開けるのか!?』


「迷っている時間はありませんわ、あの怨霊がこのまま黙って待っているはずありませんもの」


『だからって、』


「それとも何ですの? 貴方が開けてくださるとでも?」


『………………』



 できないことをわかっていてシェイラは口にする。

 目の前にいる幽霊は物を動かすことも、触ることもできないのだから、シェイラがやるしかない。


 不快感はあるが、蓋を覆う布に力を入れて引きちぎる。

 思っていたより簡単に外れていき、その度に黒い靄が増えていく。最後の木蓋に貼られた、文字の書かれた紙を破ると中身がようやく御目見えする。



「……これは……!」




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