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 気分転換に、と何気ない世間話をしつつ歩いていると、向かう先から激しい剣戟の音が聞こえてきて、シェイラは首を傾げる。



「……カミル、今の時間はまだお稽古の時間、ですわよね?」


「……うん、そう」


「……変ですわね……?」



 公爵家の騎士団もこの訓練所を使用するが、まだその時間ではないはずだ。時間は区切られているはずだし、規律(ルール)を守れないような騎士は公爵家にはいない。

 ということは指導者である退役騎士── ガスパー侯爵が1人で残っているはず。なのに聞こえるのは複数人と剣を合わせる音。


 なんだか嫌な予感がして、少し待っているのですよ、とカミルを入り口に置いて慎重に中へ進む。足音を消し、ドレスの裾を持ち上げ、こっそりと覗き込む。



「……ガスパー侯爵が暴れていらっしゃる?」



 稽古場の中心で剣を振り回しているのは、シェイラも見た覚えのある顔。あたり構わず剣先を向ける侯爵を、公爵家(うち)の騎士たちが牽制しているように見える。



「……何か叫んでいますわね、貴方、聞いてきてくださいます?」


『……俺は盗聴魔道具じゃないが』


「あら、わたくしが直接行って斬り殺されてもいいのでしたら構いませんけれども」


『………………』



 またこいつは、という顔をしながらも、幽霊は公爵の方へ飛んでいく。


 この1か月でわかったことは多くはないが少なくともこの幽霊、結構紳士的らしい。

 花瓶が直撃した怪我の治療のときには『自業自得だろ』といいつつ心配してくれていたようだし、身を守る術を学んでおくべきかしら、と相談したときには『令嬢は守られるべき存在で自ら戦うことはない』と遠回しに止められた。


 記憶のない状態でこう(・・)なのだから、きっと彼の本質なのだろう。もしかしたら元々騎士とか、守る側の立場だったのかもしれない。

 まあそれをわかってて利用するシェイラは完全に悪役めいた公爵令嬢なのかもしれないけれど。



『……おい』


「あら、早いお戻りですわね。それで何と……」


『……様子がおかしい、さっさと退くぞ』


「ちょ、お待ちになって、そんな急に離れたら……!」



 ぐんと体が無理矢理引っ張られる感覚に、あ、これはまずい、と小さく声が漏れる。令嬢のドレスは結構重い。膨らみを維持するために鳥籠に似た形状の道具を身につけたり、たっぷりのパニエを仕込んだり。ドレスの形状にもよるが、形状の維持のためにバネを仕込んだりすることもある。


 ……何が言いたいのかというと。



「10kg以上のドレスを纏ったまま急な方向転換はできませんわーーーー!!!??!」



 体勢を崩したシェイラは盛大に地面に衝突。

 咄嗟に顔を庇ったので致命傷はないけれど、腕や手からは血が滲む。これは流石に文句のひとつでも言わなければ気が済まない。


 がばっと幽霊のいる方向へ顔上げたシェイラの上に、影が落ちる。



「……シェイラ、おじょう、さま……」


「……えっと、ガスパー侯爵様?」



 ──さっきまで稽古場の中心にいた侯爵が聳え立っていた。けれど、なんだか様子がおかしい。


 シェイラを見下ろしているようだけど、どこか焦点があっていないし、剣を握る手が震えている。床に転がっているシェイラを他所に、何事かをぶつぶつと呟いているのは少し不気味だ。

 それに、彼から『お嬢様』と呼ばれた記憶は一度もない。



「……何かご用でしょうか? お話でしたら執事を通して正式に面会の約束(アポイント)を取っていただいてから……んぐぅ……!?」



 早く立ち上がって離れた方がいい、そう思って立ち去ろうとしたシェイラの喉元にがっしりとした男性の手が。そのまま力の限りに絞められて、息が止まる。



「ぐ……ぁ、なに……して……!!」


「……シェイラおじょうさまのせいで、おじょうさまのせいで……! アタシ(・・・)は……!!」


「……っ、お話に……なりま、せん、わね……!」



 強がりを口にするが、か弱い女性では屈強な男の力に敵うはずもなく。

 視界がぼんやりと黒く染まり、生理的な涙が目尻を伝って流れる。遠くから公爵家の騎士が駆け寄ってくるのが見えるけれど、何人かは侯爵に打ちのめされたらしい。



『おい、しっかりしろ! このくらい振りはらえ!』


「無茶、いわないで……ください、まし……!」



 先に行った幽霊が戻ってきて覗き込んでくるけど、何ができるわけでもない。ガスパー侯爵へ体当たりしてくれているようだけど完全に無意味。半透明の霊体(からだ)では押しのけることなど不可能。


 息が吸えずに、意識が遠のく。

 これは本格的にダメかもしれない、とシェイラは死を覚悟する。


 犯罪者として処刑されるよりはマシなのかも、という気持ちと、じゃあこの1ヶ月の努力は無駄だったということ? という悔しさが脳裏に浮かんでは消える。


 走馬灯ならもっと楽しい思い出が良かった、なんて思いながら、シェイラの意識は途切れた。



 

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