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「せっかくですからこの幽霊を使って情報収集とか諜報活動とか盗み聞きとかさせようと思ってましたのに……!」
『……俺に犯罪の片棒を担がせようとしてたのか?』
「何とでもおっしゃいませ! 使えるものは何でも使う、これは生きる上での教訓ですわ! 」
『おい、開き直るな』
「それに幽霊なんだから法の抜け穴をついているのですよ!? 完全犯罪になるはずでしたのに……!」
『まったく、悪知恵だけは働くようだな。もっと有意義なことに頭を使えないのか?』
「そうでもしないとわたくしの身が危ないんですのよ!」
ゲーム内でもシェイラの記憶の中でも覚えのない幽霊に混乱し、いろいろ調べてみたが何も分からず。
わかったのはシェイラの近くから離れられないらしい、ということくらい。なんとかして距離を離そうと試みたが、最大で5m。それ以上は互いに引っ張られて元の位置に戻ってしまうのだ。
とはいえ、幽霊のことは命に関わるわけではないので後回し。
優先すべきことは他にあるのだから、と方々駆け回ってどうにか死刑を回避できないかと調べたが、何の対策もできないまま1ヶ月が過ぎてしまった。
人払いをしたガゼボでお菓子とお茶を嗜みつつ、誰にも見せられない『死刑回避対策ノート』を開く。
箇条書きにいくつかの対策案が書かれているけど、その多くには取り消し線が引かれている。
「……修道院に入るには3年の修行が必要なのは盲点だったわ……かといって学院に入学しなければ違法魔法師になってしまう……この先ずっと逃げ回る人生はできれば避けたいですし……もう隣国への亡命? でも身分が証明できなければ国境を越えられないし、わたくしの顔は世間に知られ過ぎていますわ……」
ぶつぶつと呟きながら頭を抱える。
学院入学式のときに主人公と出会ってしまうと思い出したのだから、出会いそのものを避ければいい、と思い立ったはいいものの、公爵令嬢として学院に入らないという選択肢はありえない。
仮に貴族の身分を捨てて平民になったとしたって、学院に入るのは平民も義務付けられているから逃れられない。
ゲーム通りに入学したときに、シェイラが自分の意思を貫けるかわからない以上、どうにかして対策を練る必要がある。入学式が行われる5ヶ月以内に!
「貴方も! 何か名案はありませんの!?」
『無理を言うな。記憶が抜け落ちている状態で策を練ったところで穴だらけだろう?』
「うぅ〜、そうかもしれませんけど……! わたくしだって朧げな記憶をかき集めて対策を考えているのですよ……!?」
お行儀は悪いけど、テーブルの上に突っ伏して足をバタバタさせる。
正直言って、1人で練った対策のほとんどが使いものにならなくて焦っている、というのが現状だ。
基礎教養は淑女教育の一環として習得しているが、今必要なのは専門的な法制度とか魔法社会の仕組み、そしてその抜け穴。しかし15歳の子どもの知識が現実に太刀打ちできるはずもなく。有効な解決策を導き出せていない。
そんな簡単に法の目を掻い潜れるのなら騎士団など必要がないのだ。
シェイラの知識で考え得る対策案については下調べが終わっているけど、結果は惨敗。
もうシェイラを死んだことにして、年齢詐称、顔面整形した別の身分を捏造する、くらいしかないが、娘を溺愛しているお父様がそれを許してくれるはずがない。
完全に行き詰まって、幽霊なら誰にも口外できまい、と全部洗いざらい白状しているというのにこの仕打ち。
「……これって詰みではありませんか?」
「……『つみ』ってなんですか? おねえさま……?」
「わ、あわわ、何でもありませんのよカミル……!」
大慌てでノートをスカートの下に隠して笑みを作る。
生垣の隙間からひょこっと顔を出したのは、弟のカミルだ。
シェイラには兄1人、弟1人がいるが、全員母親が違う。
第一夫人は病死、第二夫人は出産のときに命を落としていて、現在公爵家にいるのはカミルの実母の第三夫人だ。
兄とは折り合いが悪く、できる限り顔を合わせないようにしているのだが、弟のカミルはシェイラにこうして会いにきてくれる。
シェイラの言動はほぼ悪役令嬢と言ってもいいが、身内には甘い。身体の弱い第三夫人に代わって外に誘っていたら、すっかり懐かれてしまった。
「……? おねえさま、何かかくしましたか?」
「い、いいえ!? なーんにも隠したりしておりませんわよ!」
ほほほ、と誤魔化しついでに、こちらのお菓子は絶品ですのよ! ほら! とカミルに向かって手招きする。
ついでに、黙っているのですよ! と幽霊の方へ視線を送り、首肯が返ってくるのを確認する。どう考えても、誰もいない空間に喋りかけているのは頭がおかしくなったと思われてしまう。
きょろきょろと辺りを見渡し、誰もいないことを確認した弟はちょこちょことやってきてシェイラの隣の椅子へ腰かけた。
どうも、第三夫人はシェイラのことを快く思っていないらしく、カミルと一緒にいると叱られてしまうのだという。
まあ、自身で産んでいない娘──しかも横暴な振る舞いを常とするシェイラに好印象を抱いている方が珍しいだろう。
いえ、もちろん、前世の記憶を思い出してからはそんな振る舞いしておりませんけれども!
「それで、どうしたのかしら? この時間は剣のお稽古ではありませんでしたか?」
「……剣は、すきじゃない、です……」
どうやら、こっそり抜け出してきたらしい。
かわいらしい反抗に、つい笑ってしまう。
5歳下のカミルは内気な性格で、人見知りすることも多く、静かな場所を好んでいる。
家の外よりは中が好きだし、剣よりも本を読んでいる方が好きな子だ。剣の稽古は肌に合わないに違いない。でも確か、教育方針は第三夫人が統括していたような。
……だとすれば、シェイラにできることはない。
ただでさえ好ましく思われていないのに、恨みを買うようなことは避けたい。こう見えても、公爵家内部の諍いは少ない方がいいと思っているのだ。
例え、つい先日まで諍いの中心にいたのだとしても! きちんと心を──正確には記憶を──入れ替えたのだから!
「好きじゃなくてもやらなければ、貴方のお母様が悲しむのではありませんか?」
「……ちがうの、今日のせんせい、なんだかこわいの……」
「こわい?」
声は少し震えていて、うつむく顔には陰りが見える。
普段とは違う様子に少し首をひねる。
今までのことを思い返してみると、好きじゃないから、といった理由でサボるような弟ではない、と思い直す。
内向的ではあるものの根は真面目で、周囲の大人の期待に懸命に応えようと努力するのがカミルだ。何か子どもながらに感じるものがあったのかもしれない。指導者の機嫌が悪かったとか、今日に限って対応が雑だったとか。
大人でも子どもに当たる人はいるし、完璧ではない。
……とはいえ、騎士団でも高名な人に稽古をお願いしていたと思ったけど。
「わかりました、わたくしも一緒に訓練場に伺いますわ」
「……ほんとう?」
「ええ、カミルが怖いというのであれば、わたくしからしっかりと注意いたしますわ! 『公爵家を敵に回して貴族社会を生きていけると思っていますの?』って!」
「……えへへ、ありがと……」
不安そうだった表情が少し明るくなったのを見て、シェイラもにこりと笑う。
元気づけるためでもあるが、これはれっきとした脅しでもある。本当に、貴族社会というのは縦社会。身分が全てだ。
国に5つしかない公爵家を敵に回せば、その後の生活も身分も命も保障できない。特にうちのお父様は他人に見切りをつけるのが早い。シェイラが頼み込めば簡単にその首を差し出させることも可能だ。
……やりませんけどね! ええ、脳裏に浮かんだだけで実行しようなどと! 決して思ってなどおりませんわよ!
「あぶないあぶない……うっかりすると染みついた悪役令嬢しぐさが飛び出てしまいますわ……!」
「……おねえさま?」
「ええ、なんでもありませんことよ! さ、訓練場へ向かいますわよ!」
ノートは見られないようにドレスの中に隠し、屋敷の東側にある訓練所へと向かう。もちろん、シェイラから離れられない幽霊も一緒に。