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──シェイラが前世を思い出したのはつい1か月前のこと。
いつものように悪役令嬢よろしく我儘放題。横暴、理不尽、八つ当たりとメイドに強く当たっていたとき。怯えたメイドが持っていた花瓶を取り落とし、なんとまあ不運にもシェイラの頭に命中。
その衝撃で前世は乙女ゲーム好きのフリーターであること、ここが乙女ゲーム『恋幻のエクリチュール、泡愛のプラグマ』の中であることを思い出したのだ。
個人的にはものすごく好きで至高の作品だと思っているのだが、世間からの評判は賛否両論。その最たる理由が、『バッドエンドで主人公がほぼ死ぬ』ことにある。
心中あり、攻略対象を庇うこともあり、殺意を持った人間から刺されることもあり。挙げ始めたらキリがないのだが、その犯人の多く──いや、ほとんどが『シェイラ』が原因と言っても過言ではない。
当然、この世界でも人殺しは犯罪。
手を汚した公爵令嬢だって牢獄へ。
──そして処刑されることになる。
「……わたくしだって罪を犯したくはありませんわ……」
頭に花瓶の直撃を受けて目覚めた後は1人で愕然としていた。
思い出した記憶は断片的なものだったが、ゲームは主人公が学院に入学するところから始まることだけはしっかりと覚えている。同じタイミングで『シェイラ』が入学することも。そして、学院に入学するまであと半年と聞いて頭を抱えた。
転生系の小説もマンガもいろいろ読んでいた過去の記憶があるが、元々のルートを改変できる場合と、シナリオの強制力でやりたくなくてもゲームと同じ行動を強いられる場合がある。後者なら打つ手がないし、前者でもあと半年でどうしろというのか。うんうん1人で唸っているとき、だった。
『うん……? どこだ、ここは……?』
「……!? だ、誰ですの……!?」
ここはシェイラの自室。
目覚めたばかりで休養が必要だろうと、人払いしてもらっているから従者も近くにはいない。そのはずなのに、どこからか男の声が聞こえてきて、咄嗟にかけられていた布団を胸元にかき集める。
不審者が簡単に侵入できるほど、公爵家の警備は甘くない。
それでもここにいるのであれば、シェイラなどでは太刀打ちできないほどの実力を持った暗殺者か犯罪組織か。……にしては寝ぼけたような声ではあったが。
「す、姿を見せなさい、この不届者……!!」
不審者に殺されるとしても、せめて顔を見て身元でも割っておかなければ気が済まない。
前世の記憶は蘇ったが、15年も公爵令嬢として生きてきたのだ。高位貴族としての誇りと、自負が染みついている。弱みを見せる訳にはいかない、と言葉だけでも強気に叫ぶと、『不審者呼ばわりとは失礼だな』と返答が返ってくる。意外と近くから声がして、びくりと体が震える。
シェイラはまだ学院入学前だ。
未修学の子どもは魔法を使うことは禁じられているし、この規律を破れば罰則がある。貴族だからといって例外はない。ゲームの中の『シェイラ』は火魔法を得意としていたけど、今のシェイラは使い方を全く知らない。……立ち向かう手段はないのだ。
早まったかもしれない、とついさっきまでの強気な態度を後悔したシェイラの目の前に、にゅいっと美男子の顔が現れる。
「は……んな、なん……!?」
ちゃんとした言葉も発声できなかったのは驚いたから、だけではない。美しすぎるその顔面に言葉を失ったのだ。
本当に美しいものを見たときはそれを表現することはできない、というのを聞いたことがあったが、こんなところで体感することになろうとは。
呻き声にも聞こえる意味のない音を発しているシェイラに、何故か怒った様子の美男子がずいっと顔を寄せてくる。ひぇっ! と後ずさろうとするが、後ろはベッド。逃げ場はない。
『……この俺を不審者扱いするとは失礼な令嬢だな。俺はこの通り……俺は……俺は、誰だ……?』
「………………はい?」
──以上が、シェイラと記憶喪失の幽霊との出会いだ。