Ⅹ. シュタインハルト大尉
最終試験から一週間後、ザレンベルク帝国国防大学校では卒業式が執り行われた。卒業生はここでそれぞれに階級章が渡され、その階級通りにさまざま配属が決まる。大抵は軍曹だが、成績上位者は准尉または少尉の階級に、また、ごくまれにだが突出した成績を修めた者はそれ以上の階級になることもある。エミールはそのごくまれの一例で、卒業と同時に大尉となった。なお、エリシアは中尉、ヤコヴレフとフィアモーレが少尉となった。
またエミールたちの配属は極めて特殊であった。これはエミールが転生者であることが要因で、彼らは帝国陸軍第三軍団所属特別第六翔騎戦隊に配属となった。第六とあるが、一から五と七以降は存在せず、転生者の存在を隠蔽するためのダミーとなっている。
「卒業おめでとう、エミール・シュタインハルト大尉」
卒業式後、エミールは校長に呼び出され、二人きりで話していた。
「ありがとうございます、ラファレウス校長」
エミール、敬礼。
「しかし、おめでとうとは言ったが、君の是非をほとんど訊かずに兵士としてしまったのは悔やんでいる。すまなかった。――戦争ごとは初めてか?」
「いえ、構いませんよ。帰るためですから。それにわたしは前世でも兵士でした。こういうことには慣れている」
「そうか。ならいいのだが。……前世での戦争の話、よければ聞かせてくれないかな。前世ではどんな風に戦っていたのだ?」
「いいですよ。――前世ではここの世界のように魔術はありませんでしたし、ゴブリンやドワーフもいない。人と人の戦いでしたよ。わたしは戦車兵でした」
「戦車か、兵香戦争でカジャナが投入したといわれている。これは機密事項なので他言無用だが、我らが連合国でもいま戦車の開発に取り組んでいるんだ」
「戦車は陸上戦の在り方を大きく変えたと思います。大砲をひっさげた巨大な鉄の塊が迫ってくる様子など、歩兵からしたら恐怖以外のなにものでもありませんし。きっとこの世界でも、戦争の在り方は大きく変わっていくでしょうね」
「だろうな。もうすでに剣や槍、弓が戦場からほとんど駆逐されてしまった。魔術はまだ生き残っているが、今後どうなることやら」
「確かに、この間の最終訓練でもヤコヴレフ以外に剣をメインで使っているのは見たことがないですね。わたしも魔術の剣は多少使いましたが、それでも多少だ、彼のようにメインで使ったわけじゃない。――航空機が登場すれば天馬やドラゴンの立場も危ういかもしれませんね」
「航空機か。これも現在極秘裏に開発しているんだが、君の前世にはあったのか?」
「ええ。航空機のない戦争など考えられないほどには」
「なるほど。――天馬は、他の馬とかもそうだが、あれらは生物だ。扱いを間違えば病気になるし、産まれてもそこから育てあげなければならない。それに意思をもっているから制御できなければ危険だ。その点、航空機ならその弱点を克服できる」
「それは敵も同じでしょう。ドラゴンだってそうしなきゃいけないはずだ。時代の流れには逆らえませんね」
「そうだな……」
校長はコーヒーを一口飲み、話す。
「わたしも老いたな。昔よりもずいぶんと時の流れがはやく感じる。この戦争は、わたしが生きているうちにはきっと終わらんだろうな。数百年もやってきて、なにひとつ進んでいない。ひとつの戦いに勝利して兵を進められたと思ったら、次の戦いで押し戻されて振り出しに戻る、この繰り返しだ。心なしか、昔より勝利できなくなってきているようにも感じる。――出発は三週間後だったか」
「はい」
「いまの戦場はわたしが経験したものよりもずっと過酷になっているだろう。だが、我々の勝利には大尉、君の存在が必要だ。……頼んだぞ」
「もちろんです、校長」
卒業から一ヶ月後、エミールらはレフランド火山王国軍の攻撃を受けているヴィクトル島の防衛のため、翔騎兵母艦に乗って海の旅をしていた。戦況は現状五分五分だが、本土がすぐ近くにある敵が補給面などで有利だ。長引けばこちらが不利になる。早々に片を付けてしまわないといけない。
「あなたの権能がオペラと関係している、ねえ」
エリシアが首をかしげて言う。
「ああ、そうだ。前世にわたしの権能と同じ名前のオペラがあったんだ。カール・ウェーバーの”魔弾の射手”だ」
このオペラでは、主人公のマックスが射撃大会で好成績を修め、恋人のアガーテとの結婚を彼女の父に認めてもらうべく狩猟仲間のカスパールと共に七発の魔弾を作った。しかし、カスパールは悪魔ザミエルに魂を売り、魔弾七発中六発は自分の意図するところに命中し、最後の一発は悪魔の意のままに飛ぶように作られた。結果、射撃大会でそのことを知らないマックスが最後の一発を撃ち、カスパールを射殺してしまった。
「あのとき弾がおかしくなったのは七発目だった。別の日に二人で試したときもそうだったろう? 七発目から狙い通りに飛ばなくなって、君が撃墜した。たぶん、この権能は一日六発までは自分の狙い通りに飛ぶんだ。で、七発目から悪魔の意のままに、つまり自分の意図しないところに飛ぶ」
「なるほどねえ。あまりに効果が強大な権能はなにかしらのデメリットがつくという話は聞いたことがあるけど、生で見るのは初めてだわ」
「だから、乱発はできない。使いどきを見極める必要がある」
「そういえば、七発目以降はなにを狙って飛んでいくのかしらね」
「わからんな。あの日は全部君が撃墜してしまったし、撃墜せずにほったらかしたのは最終訓練のときの二発だけだからな」
「そうね。――吸血鬼との戦闘はなにか思い出した?」
「いやまったく。あいつに蹴り飛ばされてから目を覚ますまで空白のままだ」
「そう」
「あいつが逃げたのか、死んで消滅したのか、まったくわからん。また戦場で出くわせば厄介だ。天馬に乗っていたんじゃなおさらだ」
「なら一層気をつけなくてはね。わたしも、あいつに妨害されて結局加勢できなかった」
「そうだな」
それからまたしばらく船の中で波に揺られ、いよいよヴィクトル島が間近に迫ってきた。いよいよ本物の戦場だ。訓練通りに出撃準備をし、エミールを筆頭に四人が飛行甲板に揃う。
「行こう、みんな」
ここまでお読みいただきありがとうございます。「異世界聖戦譚」はこれにて完結です。
面白いと思っていただけたなら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけるとありがたいです。
ブックマークも宜しくお願いします。
また本日より、新シリーズ「異世界転移したので、血統に備わる秘力で理想郷を創る」の連載を始めました。本作とテイストは異なりますがそちらも異世界転生・転移ものでございますので、ご興味ある方はそちらもどうぞ宜しくお願いします。




