Ⅰ. 見知らぬ世界へ④ 共犯者
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
転生から一週間が経ち、わたしはおおよそこの世界について理解してきた。この世界における国際情勢のこと、自分が今いる国のこと、同盟国のこと、敵国のこと、魔物のこと、エトセトラ、エトセトラ。
わたしはベッドに寝転がり、教本を眺めながらいつぞやの座学の時間を思い返す。
「いま、この世界はおおよそ二つに分かれています。我々、天使の加護を受けた誇り高き人類と、悪魔に見初められた醜き魔物とに、です。君たちはもちろん知っているでしょうが、我々が慕うべき天使の加護は大変ありがたいもので、これを受けている我々が、我々こそがこの世の頂点に君臨し、世界を治めるべきなのです。そして世界中に天使の加護を行き渡らせるのです。それが達成されたとき、我々は天使から千年の安寧を約束されるのです。これがどれだけ素晴らしいものかはあえて語る必要はないでしょう、人間である君たちには、ね。しかしながら世界には、崇高なる天使を侮蔑し、あろうことか悪逆非道の悪魔を崇拝する不届き者が存在します。それが、魔物です。奴らは、心優しく、何よりも平和を愛する人類とは違い、争うこと、奪うことが大好きなのです。そして、その矛先は太古の昔から現在に至るまで、一貫して我々人間に向いています。そうです、我々は理不尽な攻撃のもとに、何百、何千年も曝されてきたのです。これでは人類は滅びかねません。―――外を見てください。我々は栄えています。魔物の攻撃の気配など、微塵も感じないでしょう。しかし魔物の攻撃は、現に続いています。矛盾していますね。この矛盾を起こしているのは誰でしょう。国防軍です。彼らがこの矛盾を引き起こしている、いや、引き起こしてくれているのです。彼らがこの矛盾を引き起こしてくれているおかげで、我々は平和に暮らすことができているのです。彼らは自ら、自分の愛する平和を投げ捨てて、我々の為に好まぬ戦闘をされていらっしゃるのです。彼らはまさしく、”光の戦士”なのです。しかしながらその光の戦士も、我々と同じ人間です。年を取れば衰えますし、大きな怪我を負えば死んでしまいます。ですから、いつまでも彼らに頼りきりではいけません。彼らの役目を引き継ぐ者が必要なのです。そしてそれが、君たちです。君たちは、次世代の光の戦士となるために、わざわざここに集まっているはずです。(中略)君たちはここで十分に戦う術を身につけ、魔物と戦うのです。我らがザレンベルクの栄光ある国防軍人の一員として、天使に刃向かう愚か者を討ち滅ぼし、この世に安息をもたらすために! 天使と人類に栄光あれ!!」
わたしは心底、くだらないと思った。吐き気がした。さすがは宗教だ。天使の加護が世界に広まれば千年の安息が訪れる、だ? たいした茶番だ。だがあの日、あの部屋にいた奴らは全員、それに熱狂していた。異様な空気だった。いまわたしの隣のベッドで寝ている女も同類だった。あの教官は魔物を醜いと罵ったが、わたしから見れば連中も相当醜かった。
もっとも、現状は大魔王とやらの首級を獲ることが元の世界に帰る条件らしいし、目的は一致しているので、協力はした方がいいだろう。ただ、そのためには連中と同じく天使を崇拝するフリをする必要があるだろうとわたしは思う。連中、天使を崇拝しない奴は人間であろうとむごい仕打ちを平気でしそうな雰囲気だったからな。
などと物思いにふけってると、横から物音がした。見ると、エリシアが起きてこちらを見つめていた。
「なんだ、起こしちまったか?」
「いいえ、別に」
「そうか」
「......ねえ」
「なんだ」
「君ってさ、......天使、信じてる?」
思わぬ質問に、わたしは一瞬固まった。天使を信じていないことがばれたのか? 様々な憶測が頭をよぎる。が、いつまでも黙っていては余計に怪しまれる。わたしはとりあえず、その場しのぎの回答を述べた。
「......君は、どうなんだ?」
「信じてない」
「......は?」
思いもよらない答えに、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。この女、天使を信じていないだって? あんなに熱心に毎朝、天使に祈りを捧げていたのにか?
「おいおい、それ、本当か?」
「あら、意外だった? 本当よ。あんなの、真に受ける方が馬鹿。だけど、ところがどっこい、世の中はそうもいかないんだけどね。わたしや“あなた”と違って」
「......わたしが、おれが、天使を信じていないとなぜ思う?」
「あら、疑問かしら? わたしには丸わかりだったわよ」
「そうか。......なら君は、なぜ軍人なんかになろうとしているんだ?」
「それはヒミツね。まだあなたに教える時じゃない」
「そうか」
わたしはため息をつく。
「そんなに拗ねなくてもいいわよ。わたしの理由はまだ言えないけど、少なくとも天使を信じていないという点ではあなたと同じだわ。わたしたちは仲間よ。いえ、ルームメイトだからというわけじゃなくて。ま、でも信仰するフリは今後もちゃんとすることね。でないと、こんなことがバレたらあいつら、わたしたちになにするかわかったもんじゃないわ」
「......そうだな」
わたしたちは仲間、か。まさか隣に、わたしと同じ、天使を信じない”不届き者”がいるとは思わなかった。これは、ちょっとは気が楽になりそうだ。
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