Ⅸ. 最終訓練・Ⅱ④ 直接対決
毎週木・金・日、15時~20時の間に投稿予定
「まったく、そんなにわたしと戦いたくないってのね」
わたし、エリシアは視界いっぱいに飛び回る黒い敵機を前にしてぼやく。
『なんだ、随分と不満そうじゃないか』
不意に脳内に声が響く。
「なんだ、見てたのね。で、なんか用?」
『いいや、用はない。暇だったら姉さんのこと、ちょっと眺めてただけ。こっちは退屈なんだよ』
「そう。――もうすぐ起こしに行くわ。それまでもうちょっと我慢しててちょうだい」
『へえ、もうそんなに経ったんだ』
「そうよ。もうすぐ始まる。それまでに力を回復させておくことね」
『言われるまでもない。もう力を取り戻しすぎてここが耐え切れなさそうだ』
「絶好調のようね」
『ああ。――人嫌いは治った?』
「まさか。治す気もないわ」
『相変わらずだね』
「あなたも相変わらず、人間を可愛がっている」
『人間はいい。弱いのに健気だ』
と、そのとき、背後でフィアモーレが「危ない!」と叫ぶのが聞こえた。恐らくわたしの右側から突っ込んできている敵機群を見て言ったんだろう。わたしはそちらをみることなく氷弾の弾幕で殲滅し、振り返って
「どうかしたかしら?」
と聞く。
「あ、いや、その、横から敵が突っ込んできてたから……」
「そうね。でもこれくらい問題ないわ」
「そっか……強いんだね。――ずっと棒立ちでどうかしたの?」
「あなたにわたしの権能のことって話したっけ?」
「ああ、あれでしょ? 自分と同じ種族以外の生物の心が読めるやつ」
「そう。それでこいつらの考えを読もうとしてた。でも駄目だったわ。こいつら、そもそも読む心がないわ」
いま読もうとしていたわけではないが、こいつらの心を読もうとして駄目だったのは事実だ。こいつらには魂こそあれ、心がない。もっともその魂も、人為的に創られたもので自然に発生したものではないのだが。
「そっか。じゃあ、こいつらがなにしたいのか知るのは難しそうね……」
「そうね。――そっちの具合は?」
「順調。ヤコヴレフも特に問題なさそう。でも、一向に数が減らないのよね。――エミールは?」
「ああ、あいつならもっと向こうの方でやってるわ。なにも問題ない。――わたしはあっちのほうで片付けてるから、なにかあったらすぐ呼んでね。駆けつける」
「わかったわ。あなたも、気をつけてね」
そう言ってフィアモーレは戻っていった。
『なあんだ、姉さんもちゃんと人間の友達いるじゃない』
「馬鹿言わないで。こんなの、二度とごめんよ」
『はいはい』
そう言ったきり頭に声が響くことはなくなった。
「よくあの二体を倒したな、エミール君」
血となったヒュドラとワイバーンをコートの内側に吸収し、身体の前で小さく拍手をしながらジャンが目の前に降りてきて言う。
「また自分の傑作品とやらを召喚して逃げる気か、臆病吸血鬼?」
エミールが半ば煽るように言い放つ。
「まさか。あれだけ面白いものを見せてもらったのだ。観戦はもう十分だ。わたしが直接相手になってやろう」
「そうかよ!」
そう言い放つと、エミールは勢いよく突進し、大きく剣を振りかぶってジャンに斬りかかった。ジャンは片手斧を両手に持って防ぐと、思い切りエミールを吹き飛ばした。
「わたしは、エミール君、君よりパワーもスピードも格上だという自身がある。それに君は天馬というハンデも背負っている。それでどうやって勝つつもりかな?」
エミールは吹き飛ばされた勢いのまま旋回し、体勢を立て直すと権能・射撃之名手を発動。遠距離からジャンを狙い撃つ。放った弾丸は全部で五発。残った弾丸をすべてジャンに叩き込む。ジャン、不動。全弾命中。が、受けたダメージをジャンは即座に回復できるため、有効だとはならなかった。
「舐めやがって、少しは避けようとしたらどうだ」
エミールは弾のなくなった騎兵銃を捨て、次々と様々な属性の魔術攻撃をジャンに叩き込む。火、水、風、土、木、ありとあらゆる属性の魔術で濃密な弾幕を張る。放った攻撃の第一段がジャンに命中しようとしたとき、エミールは彼の姿を見失った。
「なに!? どこにいった、あいつ――」
そう言いかけたとき、突如としてエミールは背後に強烈な気配を感じた。反射的に後ろを振り返り、防御結界を展開する。そのコンマ一秒ほど後に、ジャンの斧の刃が結界に激しくぶつかった。
「ほう、いい反応だ。だが、それがいつまで持つかな」
「舐めるなよ、コウモリ野郎」
右手で結界を張りつつ左手でフェンリルを持ち、斧を結界に押しつけているジャンを撃つ。ジャン、身体を思い切り後ろに反って回避。そのまま離脱し、エミールと距離をとる。
エミール、ジャンを追跡。ジャンの五時を占位する。そして追いかけつつ誘導術式込みの爆槍を発射。三連射。三本の爆槍が逃げるジャンに迫る。が、起爆と同タイミングのジャンの突発的な機動ですべて回避された。そのままエミールのほうを向き、斧ではなくこんどは拳銃を構え、エミールを狙って連射する。エミール、ブレイク。それに合わせてジャンは急加速し、エミールを追いかける。
スピードはジャンのほうが圧倒的に天馬より速かった。神速術式をかけてもじわじわと追いつかれる。振り切れない。おまけにオーバーシュートさせようと急減速しても、それに合わせて相手も急減速して接近戦になるだけだろうとエミールは思う。さきほどジャンの斧を受けて、エミールは確かに純粋なパワーは向こうが上だと実感していた。単純なぶつかり合いでは勝てない。ならば距離をとり多様な魔術で攻めようにも、速度でも勝てないので接近戦に持ち込まれる。天馬の疲労も不安の種だった。肉体的な疲労は回復術でだましだましいけるが、完全ではない。いずれ限界が来る。それに精神的な疲労は回復の手段が一切なかった。
結局はどうあがいても接近戦になることを悟ったエミールは、ジャンを振り切ることを諦め、急減速した。ジャンのほうを向き直り、パワーと動体視力を術式で最大限強化する。
「持ちこたえてくれよ、フラブリィ……」
エミール、剣を持ち、勢いよくジャンめがけてダッシュ。ジャンも斧を構え、エミールを追いかけていたときの勢いのままエミールの突進に受けて立った。
両者、荒々しくぶつかり合う。刃と刃が思い切り衝突したことで火花が激しく飛び散り、またぶつかった際の衝撃波が森の木々を揺らし、二人のいる地点から同心円状に波が広がっていく。
ジャン、二本の斧を駆使して何度も刃をエミールの剣に打ちつけて攻撃の隙を与えない。エミールもどうにかジャンを押し返そうとしたがかなわず、だんだんと押されていった。と、そのとき、ついにエミールの天馬が力尽きてしまった。横にがくっと倒れ、エミールは落馬する。
落ちていくエミールにジャンが追撃を仕掛ける。エミールは炎翼を展開し、空中でもある程度動けるようにしたがすぐにジャンの斧を受け、剣で防ぐも吹き飛ばされて勢いよく地面にぶつかった。ジャン、さらに追撃。落ちて体勢の崩れているエミールにとどめを刺そうとする。エミールはそれを察知すると思い切り横に転がり、ジャンの一撃を回避。そこから勢いよく地面を蹴って起き上がると、フェンリルで射撃しつつ剣を持った手で逆さに着地。さらに地面に付いた手で思い切りジャンプして空中で一回転し、両脚で綺麗に着地して体勢を立て直す。この間およそ二秒ほど。
「フム、確実に仕留めたと思ったんだがな。しぶといな、君。だが、これならどうだ――」
ジャンが体勢を立て直したばかりのエミールに一瞬で距離を詰め、二本の斧を大きく振りかぶって振り下ろす。エミール、それを剣でガード。そのまま後ろにステップで下がると背後に生えていた大木を蹴り、一気にジャンの背後へ回る。ジャンの背中にフェンリルを突きつけ、ゼロ距離射撃。ジャン、すぐさま振り返り、左手でフェンリルの魔弾を受け止める。
「馬がなくなって身軽になったろう。だが、それでもわたしには追いつけんよ」
ジャン、振り返った勢いのまま右手で拳を作り、思い切りエミールのみぞおちにぶち込む。ジャンの拳をもろに食らったエミールは吹っ飛ばされ、百メートルほど離れたところに生えた木の幹に激突した。ジャンは猛ダッシュでエミールに接近し、追撃を試みる。大きく振りかぶった斧がエミールの頭に落ちる寸前に、エミールが地面を強く蹴り、ジャンプで回避。
「フム、本当にいい反応をする。だが、これで終わりだ!」
ジャンは彼の背後に着地しようとしていたエミールに強烈な回し蹴りをお見舞いした。エミール、再び吹き飛ばされ、さきほどまでいたところの木に激突。頭を垂れ、動かなくなった。
「さすがにもう動けんだろう。ここまでだ、エミール君」
ジャンはゆっくりエミールのほうへ歩きながら語りかける。
「なに、死んでいるかもしれんが心配いらん。いま起こしてやる。君と戦いに来たが、殺しに来たわけではないのでね。――ム?」
ジャンは動かなくなったエミールに違和感を覚えた。なにか変だ。言葉でうまく表せないのがもどかしいが、なにか変なのだ。そうジャンは思う。と、そのときだった。それまで下を向いていたエミールの頭がぐいと持ち上がり、ジャンのほうを向いた。そして彼をきっと睨み付ける。その目はいつもの碧い瞳ではなく、ルビーのように真紅だった。
「ハハ、なんてことだ。こいつは素敵だ……」
ジャンは全身がぞくぞくと震えているのを感じた。おびえているのか、武者震いか、はたまたどちらもか。
次の瞬間、エミールが一瞬で起き上がると同時に猛ダッシュでジャンとの距離を詰める。ジャンはその動きをまったく補足できていなかった。そのままエミールは彼の腹を思い切りぶん殴り、吹き飛ばした。
ジャンは五十メートル程度吹っ飛んだところでどうにか踏みとどまり、腰を低く構えて次のエミールの行動に備える。
エミールは剣を鞘におさめると、両手から真っ赤な球体状の魔力の塊を二つ生成した。それは瞬く間に形を変え、全周に鋭い刃を備えた円盤状の飛行物体となる。エミールが右手を前に突き出すのに連動してその二つの円盤刃は動き出し、ジャンに襲いかかった。
なるほど、そう来るか――
あの円盤刃はエミールの意思によって動いているのだろう、とジャンは思う。彼の、わたしへの殺意に反応してわたしを殺そうと動いているのだ。さらに、円盤刃を操りながらエミール本人も剣を抜き、こちらへ猛スピードで迫ってきている。
ジャンは二本の片手斧を思い切り空に向かって放り投げた。投げられた二つの斧は回転しだし、こちらへ向かってきている円盤刃とぶつかり合った。斧を操作して円盤刃の攻撃を防ぎつつ、ジャン本人はジャベリンを生成してエミールの剣を受ける。あまりの衝撃に手がしびれる。
剣を防がれたエミールはすぐさま体勢を低くしてジャンの右脇腹を通過し、一回転してジャンを斬りつける。そこへジャンがジャベリンを振り下ろすも、一瞬で回避された。ジャン、エミールを一時的にロスト。
どこへ行った……後ろか――
すんでのところでジャンプし、エミールの背後からの突撃をかわす。ジャンは地上戦は不利だと判断し、そのまま羽を羽ばたかせて上空に舞い上がった。円盤刃もジャンを追って上昇し、それを防ぐための斧も空に上がってくる。
突撃を外したエミールはすぐさま地面を蹴って大ジャンプし、上空のジャンに斬りかかった。剣はジャベリンで止められた。が、そのままジャンのコートをつかんで背後に取り付き、爆槍を召喚して起爆。ジャンは爆風を防御できずに墜落し、地面に叩き付けられる。そこへエミールは急降下し、落下の衝撃で一時的に動きが止まったジャンの胸に剣を突き立てた。
「わたしの心臓を突いた、か。ハハハ、素敵だ、実に素晴らしい。……今日のところはこれで帰るとしよう。また会おう、エミール君」
そう言うとジャンは全身が小さなコウモリの群れとなり、どこかへと飛んでいってしまった。
「……て,……きて、起きて、エミール」
誰かの声が頭に響く。誰だ。わたしはそっと眼を開ける。ああ、エリシアか。
わたしの身体は……地面に仰向けになって寝そべっているのか。
「ここは……? そうだ、あいつは、あの吸血鬼はどこに行った?」
わたしは勢いよく上体を起こし、エリシアに訊く。
「さあ。わたしは見ていない。でも気配がないから撤退したのかしらね。あの黒い奴らも消えたし」
「そうか……」
わたしは立ち上がって自分の馬を探す。馬はすぐに見つかった。
「ありがとう、エリシア。わたしの馬を見つけてくれてたんだな」
「権能で馬の声を聞けるからすぐ見つけられたわ。まあ馬だけであなたが乗っていなかったのには焦ったけど」
「そうか。心配をかけたな」
「別にいいわよ。さ、帰りましょう? 訓練終了時刻が迫ってる。ヤコヴレフとフィアモーレは上空で警戒にあたってるから合流もしなきゃだし」
「そうだな。帰ろうか」
あの吸血鬼、ジャン・ノスフェラトゥがなにをしたかったのかや、わたしの権能・魔弾之射手の不調の原因、ジャンに蹴り飛ばされてからいまに至るまでの記憶がないことなど、わからないことが様々ある。が、いまはいいだろう。帰ってからじっくり考えよう。
わたしはエリシアの見つけてくれた自分の天馬、フラブリィにまたがって離陸する。上空でヤコヴレフたちとも合流し、母艦のほうに進路をとった。
「こちらシュタインハルト小隊。任務完了、これより帰投する」
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